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CHAGE&ASKAの真実 > 3

ニュー・アルバムを作成中のC&A。曲はほぼ出揃い、ある意味で最も過酷な詞作りの段階に入った。疲れのピークを迎えつつも、神経はいっそう研ぎ澄まされていく。その渦中に行われたプロモーション・ビデオ録りにも、大らかな2人のキャラクターがにじみ出る──。

連日の雨空と肌寒さ。
今年の夏は、夏とは名ばかりの季節だった。
ギラつく太陽も、大きくて白い雲も仰ぎ見ることができない、暗く、無表情な夏。
「どうしちゃったんだろうなー。今年の夏は」
CHAGEがニュース番組に目をやりながら呟いた。スタジオのロビーにあるテレビは、小雨が降る湘南海岸を映し出していた。
その横では、ディレクターの山里剛がスポーツ新聞を大きく広げて、阪神の不調ぶりを嘆いている。
ちょうどスタジオはセッティング待ちになっていて、誰もが手持ち無沙汰で時をやり過ごしているときだった。
「今年は蝉の声だって聞いてないし、蝶だって見てないだろう。これで蛍なんて無理だよなあー」
最後のほうが小声になって、よく聞き取れない。
「なに? 蛍? なんで蛍なんて見たいの?」
思わず聞き返す。CHAGEは「教えなーい」とニヤニヤしながら、音楽雑誌をペラペラとめくった。うつむいた顔は笑顔だけれど、どこかどんよりと曇っている。少し腫れた瞼とくぼんだ頬。疲れているのだ。
「どう? 詞は進んでるか?」
ASKAがCHAGEより三十分程遅れてスタジオに入ってきた。テーブルの上に鞄を置くなり、CHAGEに様子を尋ねる。ゆっくりとうなずくCHAGE。
時は七月下旬。曲がすべて出揃って、もっとも悩める詞の作業に差しかかっていた。
「おれも一曲できたぜ。どんどんいかんとな」
コーヒーを自分で入れながら、ASKAは聞き慣れない歌を口ずさんでいた。それができたての曲であることはすぐにわかった。
ASKAの瞼もCHAGE同様に少し腫れている。目が赤く、睡眠不足を主張していた。
交互に見ればふたりとも同じ顔つき。顔全体はぼんやりとしているけれど、目だけが妙に生き生きしている。言葉は少ないけれど、目が饒舌。動作は鈍いけれど、気持ちは前のリ。
これがCHAGEとASKAの夏の表情なのだ。
ここ数年、夏はアルバム制作に当てられている、自宅で曲を作り、完成した曲を持ってスタジオ入りをして、アレンジャー打ち合わせをしながら、先に上がっていた曲をレコーディングする。
毎日がこの繰り返しだ。
なんにもないところからものを作る作業というのは、自分を追い詰める作業でもある。追いかけて追いかけて、袋小路に追い込んだ魂と向き合うことからはじまる。追い込んだ魂をじっくりと問い詰め、魂が吐き出す音や言葉を形にしていく。
体を動かさないから、肉体的には鈍ってくる。でも、逆に神経はどんどん研ぎ澄まされて、精神的には敏感な状態になる。
心と肉体のバランスが崩れやすい「生み」の作業。ぼんやり顔に目だけがキラキラという複雑な表情になるのも当たり前だ。
彼らのこの表情は、私たちスタッフの夏の風物になっている。
今年は曇りと雨ばかりの夏だったが、C&Aの表情で、誰よりも夏を意識することができるのだ。
「そういえば明日は河口湖、じゃなくて茨城だったよな」
突然思い出したようにASKAが言った。
「Sons and Daughters~それより僕が伝えたいのは」のプロモーション・ビデオの撮影である。当初はロケ地が河口湖になっていたが、望みのロケーションがなかったために、急遽茨城の常陸大子に変更になっていた。
「あさっての撮影が早朝からだから、前日入りするんだって」
CHAGEの言葉と同時に、山里がおもむろにスポーツ新聞をバサッと下ろした。
「撮影ってなんだ。前日入りってなんだ」
険しい顔でCHAGEを見る。
「えっ? プロモーション・ビデオだよ。なあ」
CHAGEがASKAに同意を求める。大きくうなずくASKA。
「聞いてない。明日の作業はもう決まっているんだ。この状態でふたりが抜けるなんて冗談じゃない」
まばたきもせずにふたりに食ってかかる山里。
「剛ちゃん、頼むからまばたきしてよ。ニワトリみたいな顔になってるよ」
CHAGEが山里の気を鎮めるつもりでジョークを飛ばす。でも、今の山里には通じない。
「中野は剛ちゃんに言ってるはずだけど」
ASKAが言葉を挟む。レコーディング中はレコーディング・スケジュールを優先させるのが鉄則になっている。制作サイドの了解を得ないまま勝手にマネージメント・サイドがスケジュールを入れるはずがないことを、ASKAはよく知っていた。
「聞いていたとしても、この制作スケジュールの中でおれがOKするわけないだろう」
こうなるともうCHAGEやASKAの手には負えない。
「おーい、剛ちゃんが切れてるぞー」
CHAGEのとぼけた電話で、マネージャーの中野があわててスタジオに駆けつけた。
「僕は了解を得ましたが」「いいや、聞いてない」。言った、聞いてないのやりとりがしばらく続いた。でも、どっちが正しいかの以前に、どうすべきかの結論は出ていた。ビデオチームはすでに準備万端で、C&Aの入りを待っている。もうレコーディング・スケジュールを変更するしかない。それがわかっていたから、山里はやり場のない怒りを中野にぶつけるしかなかったのだろう。
「おれにはマネージャーはできねーなー」
山里の前で小さくなっている中野の肩をポンと叩いたCHAGE。この一言で気が抜けたのか、山里の表情が途端に和らいだ。
「仕方ない。なんとかスケジュールを調整するか」
スタッフ同士でもめている最中、こうやってCHAGEに救われることは多い。その場の空気をゆるませる天才なのだ。
出発当日は、出発までの時間を詞書きの作業に当てられた。予定では夜の七時出発になっている。移動時間は約三時間。十時に到着して布団に入れば、翌朝五時起床にも耐えられるであろう。これがビデオ制作チームが考えた前日入りの筋書きだった。
しかし、この時期、筋書きどおりにいかせようとするのが無理な話。
書きかけの詞がキリよくでき上がっていたCHAGEは、早々に家を出て、集合場所であるリアルキャストで待機していた。
でも、集合時間を過ぎてもASKAが現れない。
「あいつ、詞にハマッてんだよ」
CHAGEの言うとおり、ASKAは詞に没頭している最中だった。こうなると、なにがあっても席を立たないASKAの性分を知っているCHAGEは、ASKAを置いて先に出発してしまった。時計は十時を回り、十一時を回り……。いい加減出発しないと、一睡もしないままの撮影ってことになる。やはり映像は顔が命だし、睡眠不足の顔を作品として残すわけにはいかない。
「うん。わかってる。でも、今、ここで席を立ちたくないんだ」
受話器から返ってきたASKAのかすれた声。大事な言葉を生み出しているASKAに、中断せよなどとは誰も言えない。
「詞を書いているときは、一度部屋の扉が閉まると、なかなか開けられないんだ。頭の中が言葉でいっぱいになっているときに、他のことを考える余裕はない」
これは以前からASKAがよく口にしていたセリフだ。
特にこれからやろうとしていることは、撮影というまったく異質な仕事だ。強引な頭の切り換えが必要になる。一度目覚めてしまうと夢の続きは見られないように、頭を切り換えれば、湧き出る言葉も途切れてしまう。このまま夢の中で思考を彷徨わせたいASKAの気持ちは、痛い程理解できた。
「大丈夫。あの人は明日の撮影をなんの支障もなくやる人だから。みんな先に行っててよ」
中野の言葉で、ASKAと福島を置いて残りのスタッフが出発することになった。ASKAが無事に茨城にたどり着いて、少しでも睡眠を取ることを誰もが祈りながら。

「カブト虫、いるかな。それも雌のカブト虫」
午前五時。ASKAは支度部屋となった部屋のカーテンを開けて、窓の外に広がる緑の山々を見ながら呟いた。
「カブト虫? あれっ? 蛍じゃなかったっけ」
ASKAに聞き返す私に、背後からCHAGEの声が飛ぶ。
「なに言ってんだよ。蛍を探しているのはおれだろ」
詞を書き終えて、東京を出発したのは午前一時だという。車の中で二時間程眠ることができたASKAは、そのままホテルで仮眠を取った。見るからに眠そうだ。
宿泊したホテルは旅館風の温泉ホテルで、全室が畳部屋。先に出発していたCHAGEも、布団に慣れなくて寝つけず、大あくびを繰り返していた。
でも、メークが完了して衣装を身につけると、途端にCHAGE&ASKAになりきるふたり。レコーディング中だとか、詞の作業に追われているとか、睡眠を取っていないとかの、裏の事情をまったく感じさせない、絵としてのC&Aがそこにいた。
最初のシーンは常陸大子の駅からだった。プロモーション・ビデオのテーマは、「Sons and──」で歌われている"あの夏を探して"である。駅は郷愁の世界の扉を開ける象徴的なシーンだ。そこからふたりは"あの夏"に体験した数々のシーンをたどっていく。
外国での撮影が多かったが、今回は純和風である。黒澤明監督がこだわりそうな日本の美しい夏の情景を、C&Aのプロモーション・ビデオを手掛けている岩沢清監督が再現するというわけだ。
常陸大子の駅は、夏休みということもあって人はまばらだった。数人の高校生がふたりを見つけ、口を大きく開けて硬直している以外は、のんびりとした早朝の風景。
観光名所である袋田の滝、田んぼのあぜ道と撮影は順調に進んだ。袋田の滝では、観光客が押し寄せ、サインを求める人たちでパニックになった。撮影の合間にカブト虫を探していたASKAも、さすがに袋田の滝近辺では諦めたが、田んぼのあぜ道ではまた性懲りもせずカブト虫を探していた。でも、なかなかカブト虫はASKAの前に現れてはくれなかった。
「カブト虫って昔から大好きな昆虫なんだ。で、偶然手に入れることができたんだけどさ、雌が逃げちゃって、今、雄だけなんだよ。だから絶対ここで捕まえて帰る」
もう、意地になっているとしか思えなかった。
午後になってから、CHAGEが雌のカブト虫を手にしてASKAに差し出した。
「えっ、おまえ捕まえたの? すごいなあ。どうやって捕まえたんだよ」
感動するASKA。得意そうにニッと微笑むCHAGE。
CHAGEは撮影隊の後ろについて回っていた小学生の男の子に、カブト虫がいそうなところを聞いていた。「裏山にいっぱいいるよ。うちにもいっぱいいるよ」。それならば雌を一匹。その代わりにC&Aのサインを。CHAGEは男の子が欲しがっていたサインと雌のカブト虫を交換したのだった。ASKAはこのことを随分後になってから知った。
撮影の最終カットは、創立七十周年を誇る木造校舎の佐倉小学校だった。撮影場所を河口湖から茨城に変更したのは、木造校舎のこの小学校にこだわったためだった。ビデオクルーは木造校舎を探して、二週間もかけてロケハンを繰り返し、たどり着いたのが、ここ佐倉小学校だったというわけだ。
でも、いくらいいロケ場所が見つかったとしても、学校での撮影は教育委員会が頑固な姿勢を示す。なぜ、今回スムーズに許可が下りたのか。
「Save the Children」である。「Save the──」を支援しているC&Aとして、教育委員会がすんなりと許可を出したのだ。支援する側が逆に支援されてしまったようで、少々の戸惑いを感じたが、いい映像のためにここは甘えさせてもらうことにしたのだった。
歩くとギシギシきしむ廊下。寄り掛かるとしなる木枠の窓。でも、校舎はどこもが清潔で、裸足で歩いても足の裏が汚れない。
「生徒が一生懸命ぞうきんで掃除しているんです。モップなんて使わない。手で掃除をしているんですよ」
立ち合った校長先生が笑顔で言った。大事に大事に撮影をしなければいけない。早く撮影を進めようとすると、つい物に対して大雑把になりがちだが、さすがにビデオクルーも心得ていて、教室に置かれたバケツひとつを動かすのでさえ、慎重に行っていた。
「なんかいい撮影だったよなあ」
帰りの車の中で、CHAGEがポツリと呟いた。ASKAはカゴの中でうごめくカブト虫に見入っている。
本人がCHAGE&ASKAというアーティストを演出してこそ成り立つプロモーション・ビデオ。でも、今回は「Sons and Daughters」の世界どおり、すっかり"あの夏"を体験していたふたり。プロモーション・ビデオでは、ノスタルジックな世界を堪能している、演出なしのCHAGEとASKAにお目にかかれるはずである。

八月上旬。CHAGEとASKAを含めたアルバムのビジュアル会議がスタジオで行われた。長くアート・ディレクターを務めている西本和民氏が中心となって、アルバムのデザインの方向性を決めていくのだ。
キャニオンからはディレクターの佐多美保とともに、今まで参加したことない印刷業者の人までが席に着いた。
さっそくデザインの打ち合わせに入る。ところが、肝心のアルバムのタイトルが決まっていない。前回の『GUYS』のときは、一端『HOME』と決まりかけていたタイトルが、急遽『GUYS』に変わって西本氏をあわてさせたが、わりと早い時期だったので、進行を妨げることにはならなかった。でも、今回はデザインに取りかかるべき時期にきて、まだなにも決まっていない。
音源ができても、アルバム・ジャケットの制作が間に合わずに発売が遅れることだってある。
「なにかヒントがほしいんです。そう、歌詞の一節でもいい」
西本氏がCHAGEとASKAを交互に見て言う。絶句するふたり。しばらくの沈黙の後、ASKAがそっと口を開いた。
「詞の中に"エジプトの壁画"っていう一節があるんです。今の段階で絵として見えるのはそれくらいかなあ」
ASKAは鞄の中から詞を取り出した。これは珍しいASKAのレゲエ曲だ。リズムが先行するレゲエとは違って、メロディ優先の"ASKAのレゲエ"になっている。タイトルは仮で「僕はエジプトの壁画になって」とつけられていた。
エジプトの壁画。壁に彫られたレリーフ。古代の遺跡。西本氏は思いつくまま言葉にした。頭の中でイメージを描いて、なにか答えを見つけようとしている。
「あの、アルバム・ジャケットだけじゃなく、歌詞もそろそろいただきたいんです。写植に回さなくちゃいけないんで」
佐多の言葉にふたりは大きく見開いた。
「だって二十五日までにあればいいんじゃないの?」
ASKAの言葉に佐多は息を吞んだ。
「それはマスタリングの終了日。歌詞の締切りは十六日ですよ」
「待ってよ。それじゃああと十日もないじゃない。レコーディングやりながら十日以内で三曲の詞を書くわけ?」
CHAGEが悲鳴に近い声を上げる。
「それだけじゃないんです。あの、あの……」
佐多は身を縮めて口ごもった。
「わかってる。ライナーノーツでしょ」
ASKAが口ごもっている佐多に代わって答えた。
C&AのアルバムにはC&A自身によるライナーノーツ、つまり彼ら自身の曲紹介が掲載されることになっている。普通は音楽評論家が本人に代わって執筆するものだが、本人の思いとは離れたものになりがちだ。そこでASKAのソロ・アルバム『SCENE2』から、本人の書きおろしによる曲紹介を入れ、それをひとつのスタイルとして定着させてきた。楽曲とともに、ライナーノーツはファンにとって楽しみなものになっている。
「でも、このスケジュールだし、ライナーノーツはなくてもいいと思うんです。この分だと、レコーディングに絶対支障をきたすと思うし」
佐多はふたりの負担を少しでも軽くしようとしていた。それはプロデューサーの渡辺もマネージャーの中野も同じだった。
一年前のロンドン──。『GUYS』のレコーディングが後半に差しかかった頃、朝までレコーディングをして、そのままライナーノーツを書き進めるのがふたりの仕事になっていた。これを山里が黙認するはずがなかった。毎日眠そうにスタジオ入りするふたりに耐えきれず、山里は東京に怒鳴り声で電話を入れた。「ライナーノーツなんて書かせるな! 楽曲だけに集中させろ!」
去年の苦い思いを再び繰り返したくはないスタッフは、誰もがライナーノーツに対して後ろ向きだった。
「おれは時間がないとかの問題じゃなくて、別の理由でやめたいんだ」
CHAGEが重そうに口を開いた。
楽曲は聴くことでイメージしてもらうものだ。でも、自分たちのライナーノーツを読んだことで、聴く人のイメージが断定されてしまう。楽曲は自由に想像してもらうものだし、読むことで想像が広がらないのは耐えられない。
これがCHAGEの考えだった。確かに音楽を文で表現するのは、時としてナンセンスとしか言いようがなくなる。
「だから、考えを変えればいいんだよ」
今度はASKAが口を開いた。
「ライナーノーツと呼ぶからいけないんだよ。別に曲紹介をおれたちがやる必要がないんだ。それよりも、歌詞の行間に隠された言葉を並べるつもりで書けばいい。楽曲がもっと膨らむし、読む人のイメージだって膨らむ」
三~四行でいいんだ。書こうぜ。最後につけ足したASKAの言葉で、CHAGEが大きくうなずいた。
詞の行間を改めて表現することは、もうひとつの歌詞を作ることになる。ライナーノーツなんていう言葉の枠をはるかに超えた、立派な芸術になる。
「剛ちゃんからクレームがこないように、ちゃんとやるからさ」
ASKAが佐多に笑顔を向けた。佐多は安心したように安堵の表情を浮かべた。
一時間の予定が二時間に及んで会議は終了した。印刷関係のスタッフを見送りに出ていた佐多が、笑顔でスタジオに戻ってきた。
「作戦勝ちです。少しだけど、歌詞の日にちを延ばせそうです」
印刷関係のスタッフをCHAGEとASKAに会わせて、現場の緊迫感を見せるのが、実は彼女の作戦だったのだ。いくら口で言っても、レコーディングの過酷さは伝わらない。スケジュールに追われる印刷関係者は日にちの延長をただ突っぱねるだけだ。でも、誰だって大変なのだ。誰だって頑張っている。その思いが伝わったのか、少しだけゆるい姿勢を見せてくれたという。
「それでもやっぱり早くやらなくちゃな」
CHAGEは一枚の歌詞カードをテーブルの上に無造作に置いた。タイトルは感じで一文字。遠くてその一文字が読み取れない。目を凝らしながら近づく。
そこには「蛍」と書かれてあった。
だから蛍を探していた……。
「この天気じゃ、蛍なんて無理だよな。だから頭の中にある蛍をイメージした」
CHAGEがテレくさそうに言う。
「カブト虫じゃなかったっけ?」
わざと突っかかってみる。
「それはASKAだろ。蛍はおれだって言っただろ」
スタジオからはビッグバンド風の楽曲にのったCHAGEの声が聴こえてきた。
 ここは遥か異国の空 叶わぬ夢に体を寄せて
 そしてふたつのホタルは 糸を引くように
 もつれて ほどけて はじけて 夜空へ……
「これ、いいよな。いい歌だよな」
ASKAがうっとりと聴き入っている。
「さっ、おれも帰って詞を書くぞ」
ASKAが鞄を抱えて立ち上がった。
相変わらずふたりの表情はどんよりとしている。でも、日増しに目の輝きがより強くなっている。それはいい詞が上がっている証拠。それはいいアルバムを目指している証拠。
今年は夏らしい夏を望めなかったけれど、レコーディング後半にどんどん色濃くなっていくふたりの表情は、嬉しい夏の風物になる。
最終更新:2025年12月22日 00:40