第十七章
レジスタンスの会議室で3人の大人と3人の少年少女が円卓を囲んで座っていた。
「そ、そんなことがあったんですか………」
シュシュが驚きながらつぶやく。
大地はそんなシュシュを見ながら息を吐き出した。
予測していたことであったため、あまり動揺はしていなかった。
―――予測といっても、直感が9割くらいのものであったが。
カイルはというと難しい顔をしていた。
「私達は戦士失格だな……。戦うべき敵に躊躇してしまったのだから」
ファルコが悲哀を含んだ口調で話す。
「私達と相対すれば奴が目を覚ますのではないか、と期待していた……。かつての英雄の姿にショックを受け戦意を
喪失した者だっていたかもしれない」
大地が感じとっていたことには、そういったものも混じっていただろう。
*
そうしてしばらくの間、誰もしゃべらなかった。
どれくらい経っただろうか。
「あの」
沈黙を壊したのは、カイルだった。
「それで、結局ファルコさん達はどうしたいんですか?」
さっきまでの難しい表情とは違い、戸惑ってはいるがまっすぐな目をしている。
「どうって、また戦力を整えてから戦うさ、戦うしかない……」
ファルコは自分が言っていることの難しさを理解している。
その準備期間の間、被害が拡大するであろうことも。
「しばらく
凶戦士を野放しにすることになるが、どうしようもないだろう」
その通りだ、どうしようもない。
この王国の最高戦力がこのレジスタンスであり、それが全く歯が立たなかったのだから。
ファルコの思考が無力さを嘆こうとしたときだった。
カイルが立ち上がり
「だったら、俺達に戦わせてください」
こんなことを言い出したのは。
「………なぁ!?そんなこと……させられる訳がないだろう!」
一瞬理解が追い付かずにファルコは少し反応が鈍くなった。
「そもそも君たちにはXYZ討伐という使命があったはずだ!」
ファルコは声を荒げた。しかし、
「おれっちも兄貴に賛成。」
意外なこと賛同の声があがる。
大地であった。そして彼はその理由を語る。
「凶戦士は多分、宝器所有者だから正気を戻せれば、対XYZの戦力になるんさ」
「……ッ!?それは、本当ですか!?」
するとシュシュが思わず立ち上がった。
「ヤツの大剣にも宝石がついてたから、勘だけど合ってると思うんさ。……それに」
大地がカイルの方を見た。カイルが大地の言葉を引き継ぐ。
「それに、ヤツをしばらく放っておくなんてことは……できません!凶戦士の過去を聞いたら、なおさら!」
今度のカイルの瞳は、迷いのない意志のこもったものだった。
「とにかく俺達は行きます!」
「ちょっと待……」
そう言って、ファルコが止める前に部屋を早足で出て行ってしまった。
残ったシュシュと大地は何か言おうか迷っていたようだが、「失礼しました」とペコリとお辞儀をして
部屋を出た。
*
会議室を出ると、カイルを追ってシュシュと大地がパタパタと走ってきた。
「待ってくださいよぉ~」
さっきまでは怒っているかのような早足だったのが、、普通の速さに戻る。
「あんなこと言ったはいいですけど、どうするんですか?凶戦士と戦うとしても、ファルコさん達の
協力があった方がいいんじゃ………」
追いついたシュシュは困ったような思案顔であった。
「でも、今ヤツと戦いたいってのは俺の自分勝手なんだから、自分でなんとかするしかない」
カイルの声にブレがないのは、意志を変えるつもりのないことの表れであろう。おそらく凶戦士のことが純粋に許
せないのだ。
やがてシュシュも
「はあ………、分かりました」
と、溜息をついて観念したようだ。が、
「でも、私は手伝えませんよ。……XYZを倒す必要がありますから」
「!…そっか、そっちもほっとけないか」
真っ直ぐな表情をしていたカイルだったが、焦りが走った。
「えーと、それでおれっちはどっちについて行けばいいんさ?」
と、それまで黙っていた大地が口を開いた。
「大地はシュシ「カイルについて行ってください」
シュシュがカイルをきっぱりと遮った。
「え!?でもシュシュは怪我が………俺は大丈夫だよ!」
カイルが心配そうな声をあげる。すると、
「いえ、それとは関係なく、です。失礼ですが…、おそらく大地さんとXYZの能力はかなり相性が悪いと思われます」
シュシュが渋い顔をしながら説明する。
「そうなんさ?」
大地が気にした風もなく返す。つまるところ足手まといと言われた訳だが、相性が悪いのなら仕方がないと思っている
のだろう。こういうときに感情を抜きにできるのは、大地の長所であろう。
「ええ、なので大地さんはカイルと一緒に凶戦士をお願いします」
シュシュは真剣そのものの表情である。
「……分かったさ」
大地が頷いたのが、合図となったようだ。三人の顔が一段と引き締まる。
「よし、やろう!!」
カイルがアジトの出口へと足を向けたときだった。
「待ってくれ、カイルくん!」
ファルコに呼び止められたのは。
*
ファルコは昔を思い出していた。
それはまだ少年であった頃。隣の町まで薬を買いに行ったファルコは、その帰路の途中、山賊に襲われた。
荷物を奪われ、殺されると諦めかけた。しかし、山賊の刃はファルコに届くことはなかった。
それは、颯爽と現れた男が山賊たちを薙ぎ払ったからだ。
男の風貌から、彼はどうやら王国の兵士であるようだった。
当時の兵士団は腐敗していて、賄賂や横領などの行為が平気で行われていた。
兵士による剥奪行為や、地方村からの救援の無視。そんなことが当たり前となっていた。
必然的に国民は彼らを非難していたし、ファルコもまたその例に漏れていなかった。
そんなファルコは彼に問うた。
何故、関係のない自分を助けたのか、と。
彼は逆に問い返した。
何故、関係のないあんたを助けてはいけなかったのか、と。
そんなことをなんで尋ねるのか、と言うような調子だった。
彼との問答が切欠となり、ファルコは兵士となることを決めた。
入団してすぐに賄賂行為などの摘発が行われた。摘発を進めた中心人物は、ファルコを助けたあの男だった。
その件が買われ、その男は副兵士長となったようだ。その男こそが、かつての隊長であり現在の凶戦士。
戦闘技術はもちろん、その勤勉で柔軟な姿勢や正義感の強さは兵士たちの憧れとなっていった―――。
ファルコは戦士としての理想だった彼を思い浮かべる。
―――関係がなきゃ、助けたいと思っちゃいけないのかよ!
そういったカイルの言葉が記憶に触れたのは、凶戦士の過去があったからだ。
彼が凶戦士になってしまったのは、その責任感の強さや勤勉さ故だろう。
その姿勢を通すための強さであったのに。
強さが足りないことに責任を感じるあまり、手段が目的となってしまった。
心が、凶って(まがって)しまった。
自分たちは彼に対してどうするべきなのだろう。
「……止めなくていいのか、ファルコ」
ギャザーが軽い調子で、しかし真剣だと分かる表情で尋ねる。
「………………………………」
ファルコは答えられず、顔を伏せた。
理屈では、答えは分かっている。凶戦士の強さを考えれば、カイルたちと対立してでも止めさせるべきだし、また、
このまま体勢を整えるのが最善策であろう。
だが、凶戦士を一秒だって放置したくないと言っている少年たちに対して、何も感じないわけではない。感じないわけがない。
かつての英雄を取り戻すには、凶戦士を討伐するほかないのだから。
おそらくカイルは勝機が視えるから、凶戦士と戦うわけではない。彼はきっと、単に凶戦士が許せないのだ。
それは自分たちとて同じ。
しかし、許せないことを許さないためには、どうすれば良いのだろう。
…………。
そもそも、自分がぶつかっている問題とは何か。
答えは単純明快、戦力不足。
それ故、カイルたちに助勢を頼んだのだ。
しかし、頼みの彼らも先ほどの戦いで凶戦士に苦戦を強いられていた。
自分たちも激しく消耗してしまったため、時間をかけて戦力を整えることを考えた。
現在の状態はここだ。
が、かといって体勢を立て直せば、凶戦士に勝てるのか。
……今日の二の舞になる可能性はかなり高い。
凶戦士の姿に浮き足だってしまったとはいえ、ヤツと自分たちの差は絶望的であろう。
―――自分たちだけでは、凶戦士を倒せない。まず、それを認めよう。
認めた上で、この差を埋めうる不確定性を持つ因子があるとしたら、それはカイルたちだ。
そう思う理由は、きっと、かつての隊長と同じ言葉を放ったあの少年が気になるからだ。
自分たちにできないことを、やってくれるのではないか。
カイルの真っ直ぐさなら、凶戦士の凶った心を叩きなおせるのではないか。
彼を見ていると、そんな期待が湧いてくるのだ。
ならば、何故彼らに任せることを戸惑うのだろう。
それは自分たちで凶戦士を倒し、隊長を解放させたかったからだ。
―――自分たちで?
「………ゲイル、動ける者たちで索敵隊を組んで、凶戦士を捕捉してくれ。ギャザー、怪我の無い者をここに集めて
おいてくれ!」
ファルコは顔を上げ、立ち上がった。
「やるのか……?」
ギャザーが驚いてファルコを見つめ返す。ファルコの顔に迷いはもうなかった。
「ああ……。カイルくんたちに丸投げするようだが、可能性があるとしたら、彼らだ。……それを1%
なり2%なり大きくするためにできることをしよう」
「ヤツらに託すってことか?」
今度はゲイルがファルコに尋ねる。
「そうだ。私たちは、自分たちで凶戦士を倒すことに固執していたようだ」
今日の討伐作戦で、カイルたちを率先して前に出さなかったことがその表れ。
「「…………」」
その言葉で、ギャザーとゲイルの顔つきが変わる。二人とも思うところがあったのだろう。
「誰がするのかなど、どうでもいいことなのに、だ」
兵士長が凶戦士に堕ち、それに自分たちが敵わないことを認める、ということは、『凶戦士』という概念に自分た
ちの誇りが負けていることを認める、ということ。
そういう考えがあったから、カイルたちに任せることに踏み切れなかった。
本当に大事なことは誇りではなく、凶戦士を倒し、兵士長を『凶戦士』から解放することだったはずだ。
カイルたちに少し待ってもらえるよう、伝えなければなるまい。
そうしてファルコは走り出した。
*
「ファルコさん…?どうしたんですか?」
とりあえず、シュシュが代表して応対する。
「凶戦士のことなんだが、私たちにも協力させてくれ!」
ファルコが、息を切らせながら駆け寄ってきた。
「えっ、ちょ……、ファルコさんたちは戦力の調整があるんじゃ……」
一体、どういうことだろう。
カイルは驚きながら、説明を求めた。
「いや、君たちにすべて賭けてみることにしたんだ」
つまりカイルたちが負けると後がない、ということ。
「……それに、凶戦士の居場所はわかるのかい?」
ファルコの言葉を聞き、カイルはギクリとなって大地を見る。
すると大地も、やべ……、と情けない笑みを浮かべていた。
「今、索敵部隊を組んで探しているところだ。だから、もう少し待ってくれないか?」
その申し出はカイルたちにとって、まさに渡りに船であった。
「「あ、ありがとうございます(さ)!!」」
結局レジスタンスの助けがなければ、どうしようもなかったのだ。
だが、ファルコは述べられた礼に対して、ゆっくりと首を振った。
「礼を言うべきなのは、こちらのほうだよ。ありがとう」
「「「?」」」
カイルたちはその理由が分からず、キョトンとした表情をする。
「それと頼みが一つ、ある。」
ファルコが一段と顔を真剣にした。
「隊長を救って欲しい……!……彼を凶戦士のままにしないでくれ!」
カイルは大地やシュシュと顔を見合わせる。
凶戦士という存在から兵士長の解放すること。おそらくこれは、このアジトにいる兵士全員の願いである。
「頼む……!無責任なことを、と思うがそれでもだ!」
かつての副隊長が頭を下げる。
先ほど、ファルコはカイルたちにすべてを賭ける、と言った。
それは覚悟を決めてきた、ということ。兵士全員の思いを背負えるか、こう問われていることにカイルは気が付いた。
手に汗が滲んできた。
「隊長を助けてくれ……!」
正直、勝つ算段なんてものはない。下手をすれば、ここで死んでしまうかもしれない。
だが、今はカイルたちがやらなければどうしようもない、という状況なのだ。
ならば………、応えねばなるまい。応えなければならないし、応えたい。
もとより、凶戦士のあり方が許せないのなら、他に方法などないのだ。
「……やります!やらせてください!」
気づくとカイルは声を上げていた。
*
「よーし、じゃあ作戦会議をするさ!!」
大地が快活に切り出す。
三人は昨晩、寝室にあてがわれていた部屋に戻ってきていた。
元々、カイルと大地の寝室であったが、シュシュが一人はイヤだと言って、結局、三人で寝たのは記憶に新しい。
新しいはずなのだが、だいぶ前のことのようだ。
「とりあえず、凶戦士について分かってること、っつーと何だ?」
額に皺を寄せながら、カイルは簡易ベットの上に座る。
「あの巨躯とパワー、それからスピード、身のこなし……。でもやっぱり一番厄介なのは、あの宝器さ」
大地もベットに腰を下ろし、目を細めた。
「大剣を受け止めた瞬間の、ふわっとする感覚……。なんなんだ、あれ」
いくら凶戦士とカイルの体格差があるとしても、あり得ない吹きとばされ方だった。
それに体格差が原因ならば、吹きとばされる前の打ち合いでも、そうなっていなければおかしい。
「そういえば、そのことについて私にも詳しく教えてもらえませんか?」
それまで黙っていたシュシュが入ってきた。
「シュシュはXYZのほうに行くんじゃないのか?」
疑問を抱くカイル。
「はい。でも、私も何かお手伝いできるかもしれませんしっ!」
シュシュはそう言って、ニコッと笑顔を見せた。
その笑みを見て、固い表情をしていたカイルと大地も釣られて、顔を綻ばす。
「そっか、サンキュ。後でシュシュの敵の方も考えようぜ」
カイルは程々にほぐれた体に再び力を入れつつ、こういうときに笑えるシュシュの精神性に感心するのであった。
*
「………だろ」
「いや、でもそこは………ですし」
「じゃあ、~~~はどうさ?」
作戦会議を始めて、どれ位が経ったであろう。
部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「すまない、思ったより時間がかかってしまった」
入ってきたのはファルコとギャザー、ゲイルであった。
「ヤツの居場所が見つかった。移動しながら、作戦を考える。着いてきてくれ」
それだけ言ってすぐに体を反転させ、行ってしまった。その背中には、最初の討伐作戦のときにはなかった覇気が満
ちているようだった。
「俺らも行こう!!」
カイルが呼びかけると大地はコクリと頷いた。大地が先に部屋を出る。
「……ここからは別行動ですね」
シュシュが、ふぅー、と息をゆっくり吐き出した。彼女なりのリラックス方法なのかもしれない。
さすがに強張った面持の彼女にカイルは声をかける。
「XYZの場所は分かるのか?」
「ええ………、なんとなくですが」
と、そこでシュシュはカイルの方に手の平を突き出した。
「?」
が、カイルは意図がわからずキョトンとする。
「ハイタッチですよ、ハイタッチ。作戦の成功を祈って」
ああ、なるほど、と合点がいったカイルは自らも手を出した。
「―――お互い上手くやりましょう、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる。……それから、行ってらっしゃい、だ」
パチンと小気味良い音が部屋に響いた。
*
カイルたちが部屋を出てからしばらくして、シュシュも出発した。
その時に、シュシュは短めの槍一本、レジスタンスから拝借した。
これもXYZ対策の一つである。それというのは、普段、シュシュが近接戦闘において宝器で顕現させている水の槍
は消耗が大きいのだ。例えば、『ラルゴ・アンダンテ・アレグロ』や『槍の射出』などは、発射して当たるか外れる
かすれば、圧力を保つ必要はない。が、水の槍を発動する『ベンチュード』はそれを常にキープしなければならない。
加えて、現在のシュシュはかなり疲弊している。自らの宝器『グランディオーソ』のおかげで傷は治ったが、それは
体力が回復したわけではないのだ。
これらの理由から、今回は通常の槍を使用することとなった。短めなのは、シュシュのリーチに合わせてだ。
槍が壁に突っかからないように注意しながら、レジスタタンスの出入り口である墓穴から出る。
さて、とりあえずはXYZの所へ向かわなければ。
正確な座標は分からないが、東の方角になんとなく感じられる。
できるだけ体力の消費を抑えるため、小股でゆっくり走っていく。
墓地から少し行くと、林と草原の境界となっている場所に着いた。シュシュはそこで足を止める。
目的の敵がそこにいたからだ。
「来たね。こっちから君の場所は分かんないからさ、待ってたよ」
ナイフの少年は薄い笑いを顔に貼り付けながら、戦闘態勢をとる。
その周りに七色の光がともり、風のナイフが無数に形成され始めた。
シュシュはそれには何も返さず、少年の右耳を凝視した。
すると、そこについているピアスには米ほどの宝石が付加されているのが分かった。
あれも宝器―――か。
戦闘中によく相手のことを細かく観れるものだ、と大地の洞察に舌を巻く。
「その様子じゃ、君のお父さんのことを掘り返しても無駄かな?」
ニタニタとした気持ちの悪い笑顔だ。
それを見ていると怨嗟があふれ出てくる。
殺したい……、殺さなければならない……。
が、ダメだ。体力を温存するために、ここは抑えなければ……。
自制しろ……。
ヒュウゥゥン、と風が唸る音が響く。あのナイフは視認できないが、おそらく無数のナイフがこちらに向けられてい
るのであろう。
「ま、そっちはもうあんまり期待してないし、まともにやりますか」
少年の薄い笑みが、凶暴なものへと変わり。
その瞬間、シュシュへ向かって不可視の風刃が射出された―――。
*
ファルコに先導されたカイルと大地は、ゴツゴツとした岩が目立つ荒地を歩いていた。
ギャザーとゲイル、マスターオブソード、他にレジスタンスのメンバーが数人ついてきていた。
現在、ほぼ万全の状態であるのはここにいる者たちだけであるようだ。
凶戦士の反撃によって、組織は壊滅的だった。しかし、それでも死者がいないことは凶戦士の手加減だったのだろう。
どうやら、ヤツは戦闘不能にするだけして去り、ひたすら戦いと強さを求めているらしい。
ファルコがふと足を止めた。
凶戦士がかなり離れた位置で、岩に座っているのが分かった。
ここは視界が開けた場所だ。おそらくあちらも気づいているだろう。
ファルコは、これだけ離れていれば、ヤツの突撃にも反応できる、という判断をしてここで足を止めたのであった。
ちなみにこちらは凶戦士の正面側だ。後ろから
不意打ちをかけないのには、理由がある。
それというのは、どうせ不意打ちをしても気づかれて、逆に浮き足立ってしまう、ということであった。
もっと言えば、凶戦士を倒すというのなら。凶(まが)った心と戦うというのなら。
正面から対峙するしかあるまい。
というのが、カイルがファルコたちに提案したものであった。
「来たか……。お前ならまた来ると思っていた」
凶戦士の低く力強い声が聞こえてきた。
距離があっても聞きやすいのは、音に芯が通っているからだろう。
その凶暴なる瞳と、視線が交わった。『お前』というのは、どうやらカイルのことらしかった。
「お前を許せなかったもんでな!」
凶戦士に届くようにカイルは声を張る。
「ふははは。面白い、戦おうではないか」
凶戦士が立ち上がって、大剣を構える。それを見てこちらの陣営も武器を構える。
いくら距離があるといっても、あちらとこちらの両方から距離を詰めたら、それは一瞬であろう。
大気がピリピリと張りつめ、震えているのが感じられる。
風が流れ、木の葉がフワフワと浮いていた。
それがゆっくりと地面に降りていくにつれ空気がどんどん膨れ上がり、葉が地に降り立つ―――。
瞬間。それが合図となり、両陣営はぶつかり合うこととなった。
最終更新:2013年06月16日 00:04