幻想郷内でも名のある実力者達が集まっていたお陰で、魔物は一瞬にして戦闘不能に陥っていた。
黒く不気味な影のような者、それが第一印象だ。
「全く、また物騒なモノが現れたものですわ」
魔物を先頭不能にした張本人“
十六夜 咲夜”が言う。
彼女は魔物が戦闘態度を見せた刹那にお得意の時間停止からのナイフで片を付けたのである。
霊夢や魔理沙が出る幕も無かったという訳だ。
「見た所、幻想郷内の生物じゃないみたいよ。パチェ、何か分からないかしら?」
木陰から“
レミリア・スカーレット”が出てきて魔物を適当に観察した後に訪ねる。
吸血鬼とされる彼女だが、手に持っている日傘のお陰で影から出てきても平気なようだ。
「この本によると……異世界の生物でxyzという物が関係してるみたいね」
“
パチュリー・ノーレッジ”の言葉に周囲は益々混乱の意を強める。
xyzという言葉を聞いた事のある者はこの数十人にも上る中でも一人も居なかった。
そりゃ異世界の事なんか知ってるという事自体があり得ないのだから。
せいぜいパチュリーの持っている書物か空間を操れる“
八雲 紫”程度の物だろう。
その肝心の紫はこの場に居ないのだからどうしようもない。
「取りあえず、こいつはどうするんだ? 起き上がって攻撃されても厄介だろ?」
魔理沙の言葉に霊夢は黙って手を魔物に向ける。
すると、魔物は結界に包まれて身動きの取れない状態になった。
「これで良いんじゃないかしら? この程度の結界があれば十分でしょ?」
成程、策は何とか講じられたという所だろう。
博麗の巫女の結界とあれば余程の力でも無い限り破られはしない筈だ。
果たして境内には再びお祭りムードが沸き起こり、妖怪達が各々楽しみだし始める。
「で、これも新しい異変という所かしら?」
変化したままの幻想郷の空気に若干の苛立ちを覚えながらレミリアが切り出す。
紅魔館のお嬢様としてもこの博麗神社の祭りは楽しみにしていたのだろう。
その為に彼女は事件が始まろうとしている事に腹を立てているのかもしれない。
「これで終われば良いんだけど、そうも行かないでしょうね」
幾つもの異変に出会っている霊夢ならではの勘。
この面での霊夢の勘にまさる者は幻想郷内には存在しないだろう。
さっさと解決して宴会を始めたい所だが、何しろなんの情報も無いのが歯痒くて仕方ない。
せめて紫が早めに来てくれれば動き始めるのが早くなるので良いのだが。
現在の所では情報面で便りになるのは紅魔館の知識人のパチュリーのみなのだ。
「で? なんなんだよさっきのxyzとか言うのは」
皆が疑問に思っているだろう事を魔理沙が口に出す。
パチュリーは脇の本を手慣れた様子で開くと、要約して話しはじめた。
「xyz……かつて空間統合事件を起こした異世界の物体のようね。
正体は不明。生物なのか物体なのか……はたまた空間そのものなのか」
「今回の異変はまた強力そうだな」
流石に相手が空間そのものという可能性もあるだけに魔理沙が大きくため息をつく。
過去にも吸血鬼や亡霊、月人に神などと色々な者と戦ったがスケールの意味でも文句なしに最大である。
霊夢はただ一つ「今晩までに終わるだろうか」という一抹の不安を抱いていた。
「で、これからどうするんだ? 空気が不味いままだぜ……」
魔理沙が心底嫌そうな表情で言う。
実際のところ、少しでも雰囲気が変わっているというのは気分が悪い物だ。
一部の妖怪達はそんな事お構い無しに既に境内で踊り始めたりなんやらとやっているのだが。
既に八方塞を迎えてしまった幻想郷の面々は必死に知恵を絞ろうとしている。
とは言っても既に得られる情報は得てしまったのでこれも半分以上が無駄であると言えよう。
結界に包まれた魔物を観察するパチュリーに自然と皆の視線が集まる。
今のところ頼りになるのは彼女のみで、彼女が何かを発見することを期待している。
「幽々子様は1000年以上生きておられるのですよね? 何か思い当たる事とかありますか?」
“
魂魄 妖夢”が“
西行寺 幽々子”に尋ねる。
月人などが未だ姿を見せていない状況下では彼女の生きている長さは相当な物だ。
そういった知識もこの場では重要な情報の一つになるだろう。
「そうは言ってもねぇ……1000年も生きてたらそんな細かい事なんて覚えてられないわよ」
空間結合は細かいことではないと思うのだが、そこには誰も突っ込まない。
幽々子が本当に忘れているのか、それとも初回の空間結合時に幻想郷は全くの無関係だったのか。
どちらにせよ有益な情報が得られる気配が無く、各々が心の底で深い溜息を吐く。
本当に溜息を吐いた者も何名か居るが、その辺は幽々子は気にしていない様子だ。
「歴史の事なら慧音が居れば良いんだけどなぁ」
どうせ考えた所でどうしようも無いと悟っている霊夢はやる気なさげに言う。
確かに幻想郷内で最も歴史に詳しいのは“
上白沢 慧音”であろう。
歴史に関しての能力を持つ彼女なのだから、過去を遡っての歴史調べなぞ容易な物だろう。
だが、残念な事に彼女も未だ神社には姿を現していない。
それを踏まえての霊夢の発言なのだ。
「悩んでても仕方ないだろ? 異変を解決する気のある奴は一緒に行こうぜ」
豪快な発言、まさに魔理沙特有の物である。
本当の所は境内でどんちゃん騒ぎをしている者も全員集めて特攻を掛ければ良い話である。
が、それでは統率が取れない。
無駄な被害を出して混乱させるよりも少数精鋭の形を取った方が良いのは明らかである。
「とりあえず、私と魔理沙は決定だとして……他に誰か行く?」
霊夢参戦決定。
まあ、彼女の参戦は最初から見えていた事なのでメンバーも納得の表情だ。
霊夢自身、たとえ一人だろうが異変を解決する心算なのだが、戦力が多いにこしたことはない。
「私は天気が悪いから遠慮しておくわ。夜になったらパチュも連れて参戦しようかしら。
昼の間は……咲夜? 紅魔館代表としてお願いできるかしら?」
「じゃあ、
白玉楼からは妖夢ね。私も夜になるまでここで適当に休んでるわ」
レミリアと幽々子の推薦で咲夜と妖夢が参戦。
これで昼間に行動するメンバーは4人……戦力的には申し分ないだろう。
無論、霊夢は夜まで異変解決を引き延ばすつもりなんか更々無く、夜は宴会を開こうと目論んでいる。
「これで4人……それじゃ私達は行くけど紫や永琳が来たら状況の説明は頼むわ」
緊張感の殆ど無い会話。
それはここが異変と関係の強すぎる幻想郷という世界だからか?
画して霊夢達は特に当てもないままに神社を出る事にしたのだった。
最終更新:2010年04月02日 15:20