ケアンズの系譜
先に、ケアンズは南部にとって存在感の薄い場所であると述べた。確かに、南部のシドニーとの距離は2000kmあり、その距離は東京と沖縄の距離よりも、やや遠い。第二次大戦以後のマスツーリズムの拡大する以前の時代におけるケアンズは、いわゆるエキゾチックな東洋のイメージと同等にされて語られていた。18世紀において、ヨーロッパの植民地主義の拡大に伴い、旅行記などの形で、植民地を題材にした文学作品などが広く流布するようになる。とくに、アジア太平洋地域は、温暖で、異質な動植物の住む場所といった、「エキゾチック」なイメージが付与されていくことになる。南部住民は、このヨーロッパ人の視点を内面化し、ケアンズを北部と言うよりも、ヨーロッパから見た「極東」の一部として把握していくことになる。ケアンズはヨーロッパからやってきた南部住民にとっては、「エキゾチック」な南洋諸島に地理的に近接し、同時に、南部とは異なった熱帯の気候を持っている。
また、この北部地域には、アジア太平洋地域からの労働者が居住する場所でもあった。1901年の連邦政府の白豪主義政策に代表されるように、南部からアジア人はほぼ完全に排斥されることになった。しかし、北部では真珠貝採取、さとうきびのプランテーション栽培といったことがなされていた。前者の真珠貝採取は、年間で10%のダイバーが死亡するなど、極めて危険な労働であり、またオーストラリア人には不得手な分野でもあった。ここで和歌山県から真珠貝採取労働者が、この産業に出稼ぎに出て行った。この神授外債主産業はケアンズの北に位置する木曜島周辺で行われていた。ケアンズの金鉱でなされていたのは後者のサトウキビ栽培であった。日本人は少ない賃金で猛烈に働いたと言われている。日本人労働者は時にストライキを起こして雇用主に反抗したとされるが、現地人と大きな衝突を起こしたとされる記録はなく、地元住民も日本人に対して不快感を持ったかもしれないが、大きな敵意を持つと言ったことはなかったようである。
しかし、ここでアジア人に対するケアンズ住民の敵意を持たせたのは中国人労働者であるとされている。彼らは、真珠貝採取産業の興る以前のゴールドラッシュの時代においてケアンズに到来し、その後は日本人らと同様に、サトウキビプランテーションや、焦点を営むことで生計を立てていたという。しかし、ギャンブルを行い、阿片を吸引する彼らの姿は、現地人の間に道徳的頽廃をもたらすものであるとされた。このように、白豪主義が導入された以後であっても、北部地域にはアジア人が一定の社会的なプレゼンスを持っていた。
このような南部のオーストラリアとは異なった北部地域の様子を伝えたのは、当時の小説家やジャーナリストであった。特に、ここで最も強い影響力を持ったとされるのは、Victor Kennedy による著述活動であるとされる。KennedyはNorthern Affairsという新聞を刊行し(公刊頻度は?)、1927年から1933年頃に欠けて北部の様相を南部に伝達し続けた。この新聞は南部でも広く読まれ、観光ガイドとしても機能したとされている。
このKennedyによる北部地域の記述は、いわゆるエキゾチックなケアンズのイメージを教化しただけでなく、自然や景観の叙述をこれまでのものと大きく変えた点にあるとされている。それ以前のケアンズを中心とした北部地域のイメージは、「フロンティア」であった。すなわち、北部地域は、南部と異なった自然環境、いわゆる豊かな自然を有している。しかし、それらは鑑賞したりするものではなく、あくまで飼い慣らすための自然、そして、資源として利用されるべき自然という、Utilitalianismの発想によって占められていた。ここでKennedyが先駆的になしたのは、Romanticism的な自然景観の描写である。このRomanticism的な叙述によって、ケアンズは観光地としての色彩を帯び始める。ここで、ケアンズを含む北部地域の自然は、アーリ(1995)で指摘するような「ロマン主義的まなざし」の対象になった。ロマン主義的まなざしとは、自然を一人で、孤独に鑑賞する、いわばエリート主義的な自然の楽しみ方になる。現在のマスツーリズムに見られるような団体旅行において集団で自然を眺めるといった姿勢は俗なものとして排斥される。この実用主義的utilitarianな見方から、ロマン主義的romanticな見方への転換によって、ケアンズは観光地として発見されていくのである。
このロマン主義的な自然に誘引された南部住民、とくに富裕層はケアンズを避寒地として訪れることになる。当時のケアンズへのアクセスは船舶に限られていた。1940年代には鉄道が完成し、南部からも鉄道によって移動することが可能にはなった(どのくらいのスピードで行けたのか。)船舶の時代、南部のメルボルンからの移動時間は二週間かかったとされている。
最終更新:2009年10月17日 11:51