vag先生7

407 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/17(土) 15:41:51 ID:3L1PjQAD0
389のつづき(暇なので、保守代わりの外伝です)

ふと気がついた彼女は、爽やかな風に吹かれて水辺に佇んでいました。

緩やかな起伏を描いて、遠くまで続く鮮やかな緑のカーペット。
そよ風に乗って、草の香りが優しく鼻先をかすめていきます。
小高い丘の向こうには、抜けるように高く青い空が広がり、眩しいほどに白い雲がふわふわと漂っていました。
振り返ると大きな池、いいえ、湖と呼んだほうが相応しいほどに大きな水面が、遠くまで広がっていました。
明るく輝く太陽の光が水面にきらきらと乱反射して、眼が眩みそうでした。

彼女は、ゆっくりとした動作で大きな伸びをしました。
「ここはどこだろう?」とまず思い、そしていつも一緒に過ごしていた仲良しの男の子をきゃろきゃろと探しました。
でも、その男の子は見あたりませんでした。


408 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/17(土) 15:42:52 ID:3L1PjQAD0
暖かく降り注ぐ光を浴びて、思わず彼女は草の上でころころ転がりました。
生まれて初めて見たのですが、それが自分の大好きなものであることがすぐ分かりました。

背中を草にこすりつけながら、彼女は背中にあった筈のカサブタが綺麗になくなっていることに気付きました。
そう言えば、折れた筈の歯もちゃんと生えているし、クルリと丸まった爪は棘のように尖った先端まで美しく伸びています。
ずっと感じていた痛みや苦しみが、ことごとく消え去っていました。

草原をよく見ると小さな虫たちが、根元を歩き、草の上を飛び交い、せっせと働いていました。
彼女は、ずっと前に仲良しの男の子と黒い大きな虫を追いかけたことを思い出しました。
あれはいったいいつ、どこであった出来事なのだろう…?
すごく昔のような気もするし、ほんのちょっと前のような気もしました。

あの男の子とまた会いたいな…、と彼女はちょっぴり寂しくなりました。


409 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/17(土) 15:43:52 ID:3L1PjQAD0
草原で小さな虫を楽しく追いかけていると、やがて丘の上に見知らぬ大人の猫が現れました。
彼女はちょっと怖くて、草むらに身を隠しました。
でも、大人の猫は優しい目をしていたので、自分のことを虐めたりしないとすぐに分かりました。

大人の猫は、こっちへおいで、というように目線で合図しながら、元来たほうへ戻ろうとしました。
彼女は素直についていきました。

丘に上ると、遥か彼方に、優しく輝く美しい橋が見えました。
とても美しいのでつい見とれてしまいましたが、大人の猫がどんどん先に行ってしまうので、慌てて後を追いました。

連れられた先には、木々が並び、花々が咲き乱れ、そしてたくさんの動物たちが仲良く暮らしていました。
動物たちはみんな元気いっぱいで、楽しそうにじゃれたり、お昼寝したり、美味しいごはんを食べたりしていました。
猫もいましたし、小鳥もいましたし、見たことのない大きな生き物もいましたが、喧嘩もせず、一緒に遊んでいました。


410 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/19(月) 12:14:57 ID:NbLUjRP90
彼女はすぐに他の猫や動物たちと仲良くなりました。
同じくらいの月齢のキジトラの女の子と特に仲良くなり、いつも一緒にいました。

キジトラの子は、小さい頃に交通事故に遭って死に掛かったそうです。
道端で苦しんでいたところを、知らない女の人に拾われて大切にされました。
ところが事故の後遺症で、自力で歩けず、オシッコもできず、ずっと苦しい日々を過ごしました。
保護してくれた女の人は、何度も病院へ連れていってくれて、寝ずに看病もしてくれました。
でも、残念ながら元気な姿には戻れず、ある朝力尽きたそうです。
気がつくとやはりこの場所に来ていて、それからずっとここで暮らしているそうです。


411 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/19(月) 12:15:57 ID:NbLUjRP90
話を聞いた彼女は、自分がどうしてここに来たのか覚えていないことに気付きました。
それを話すと、キジトラの子がこっちへおいでというように歩き始めました。

連れられて来たのは、小さな泉の前でした。
なんでも、そこを覗き込むと、自分が暮らしていた頃のこと、
自分が旅立った後の様子などが泉に映し出されるということでした。

彼女は泉の前に立ち、鏡のように青空と雲を反射している水面を見つめました。
すると、水面にもやもやと別の世界が映り始めました。


412 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/19(月) 12:16:57 ID:NbLUjRP90
あ!あの男の子!

檻の中に猫が2匹閉じ込められていました。
そのうちの1匹は、懐かしいあの白黒模様の男の子でした。
いえ、もう男の子と呼ぶより一人前の雄猫と呼ぶほうがしっくりするくらい、大きくなっていました。
最後に会った時よりずっと痩せた感じで、どうしたことか左目がドロドロに膿んだように塞がっていました。
元気がなくて、汚れた毛布の上に横たわったままぼんやりと暗がりを見つめています。

もう1匹は見たことのない茶トラの子猫でした。
まだ生後2ヶ月くらいでしょうか?
こちらは元気で、ころころと雄猫の周りで遊んでいました。
ところがよく見ると、犬歯が1本もありませんでした。


414 名前:黒ムツさん[] 投稿日:2009/01/19(月) 20:07:35 ID:doEd/A6nO
◆A6333/vag.氏の第二部がきましたな
続きを期待してますアゲ

417 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/20(火) 21:34:34 ID:KCAFpFbZ0
407-412のつづき(完全に余興ですw)

その時、檻が置かれている部屋の扉が開き、人間が入ってきました。
泉から見る光景は、人間よりも高いところから見下ろすもので、人間のボサボサ頭がよく見えました。
彼女は、その姿を見た瞬間ブルッと身体が震えました。

にゅーっと自分に向けて伸びてくる手。
その手に掴まれると、その後痛い思いをしたり、苦しい思いをしたり…
狭いところに閉じ込められて、全身が水に浸かって…

彼女は自分の最期の場面を思い出しました。
途端に、恐ろしさで全身がブルブルと震えてきました。
キジトラの子がそれに気付いて、そっと寄り添い背中を舐めてくれました。


418 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/20(火) 21:35:35 ID:KCAFpFbZ0
部屋に入ってきた人間は檻の前でしゃがみました。
泉から見下ろしている彼女からは、背中しか見えません。
茶トラの子猫が転がる姿が、背中越しにちらちら見え隠れしました。

人間は扉を開け、子猫をつかみ上げました。
子猫は無邪気な様子で、されるがままでした。

人間は子猫の口を強引に開けさせ、手に握っていた小さな粒を、そこにポンと入れました。
子猫はちょっとだけ嫌がるそぶりを見せましたが、吐かずにそれを飲みこみました。
何を飲まされたのかは分かりません。

オス猫は檻の中から、その様子を隻眼で見上げていました。
その視線が、反対側から見下ろしている彼女の視線と絡み合いました。


419 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/20(火) 21:36:48 ID:KCAFpFbZ0
彼からも彼女の姿が見えるのは意外でした。
彼はとても驚いた様子で、開いている右目を大きく見開いて、一心不乱に彼女を見つめていました。

ニャオーンと彼女は遠吠えのように鳴きました。
それに応えるように、彼もニャオーンと鳴きました。

が、2匹の視線の間に人間の姿が割って入り、彼の姿は見えなくなりました。
同時に泉にさざなみが立ち、元のように青空を映す水鏡に戻りました。

草の香りを乗せた清々しい風が、彼女の柔らかな体毛を撫でていきました。
辺りは暖かでしたが、いつの間にか小さく丸まっていた彼女の身体は、まだブルブルと震えていました。


424 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/22(木) 09:16:39 ID:+hE9dG1e0
417-419のつづき(書いてて眠ってしまいそうですw)

夜は、満天の星空でした。
大きくてまん丸なお月様が丘の彼方に静やかに浮かび、柔らかな光線で草原を照らしました。
大地には日中の温もりがほのかに残り、寒さはありません。
夜行性の猫たちは、今こそが我らの時とばかりに、大いに駆け回り、はしゃぎました。

遊び疲れるとふかふかの草のベッドで休みました。
誰からともなく集まってきて、みんな一緒に猫団子で眠れば幸せもひとしおです。
寝相の悪い子がごろんと寝返りを打って、下敷きになった子がふがふがと這い出て、またむにゃむにゃと眠ります。
ふと、ある子が寝言で寂しそうに鳴きました。
大好きだった飼い主さんの夢でもみているのでしょうか?

そんな猫たちを見守りながら、お月様は丘の上から天空高く駆け上り、夜は次第に更けていきます。


425 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/22(木) 09:17:42 ID:+hE9dG1e0
ある日の朝。
ここでの日々に慣れてきた彼女は、素敵な光景を見ました。

みんなで転げまわっていたところ、不意に1匹の猫が遠くを見てハッと立ち止まりました。
彼女やみんながきょとんとしてその子を見ると、その子の瞳は、身体は、歓喜の光に満ちていました。
そして精一杯の力で、草原の海原に向かって駆け出しました。

駆けてゆく先には1人の人間がいて、少し震える大きな声で「…!…!」とその子の名前叫びながら、こちらも夢中で駆けていました。
1匹と1人の間の距離は縮まり、やがて1つになりました。
駆けていった猫は、興奮気味にごろごろ鳴き続けながら、やっと再会できた飼い主さんにその小さな身体を懸命にこすりつけました。
飼い主さんはその身体を撫で、抱き上げ、頬ずりし、キスをし、無償の愛情でその子を包みました。
飼い主さんの目からは、暖かい涙が溢れていました。


426 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/22(木) 09:18:43 ID:+hE9dG1e0
彼女はその美しい光景を見て、とても嬉しく感じました。
まるで自分の身に起きたことのように、喜びが溢れてきて、幸せな気持ちになれました。

再会の喜びが一段落すると、飼い主さんに抱かれたその子がみんなの傍に戻って来ました。
お別れの時が来たのです。

燦々と降り注ぐ太陽の光の下。
見送る猫やその他の様々な動物たちと、見送られる猫は、名残惜しそうに暫く見つめあいました。
やがてその子がニャオーーンと高く長く一鳴きすると、飼い主さんは歩き始めました。

行く先は、丘の上から見えたあの美しく輝く橋です。
動物たちに見送られながら、1匹と1人はゆっくりと橋に近づき、そして橋の途中で輝きに包まれて見えなくなりました。


427 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/23(金) 10:40:26 ID:/ri0AhRr0
それから数日後。

いつものように皆で楽しく駆け回っていると、また1匹の猫がハッと立ち止まりました。
「あ、お迎えが来たんだ、いいな」と利発な彼女にはピンときました。
案の定、遥か先に人影が見えていて、立ち止まった子はパッと駆け出しました。

ところがです。
途中まで元気いっぱいに駆けていたその猫は、
途中で高くジャンプすると、今度は大急ぎで彼女たちのもとへ戻ってきてしまいました。
彼女は訝しく感じました。
でも彼女以外の子たちは特に驚いた様子はありません。

遠くに見えた人間は、大きな声で「…ちゃん!…ちゃん!」と涙声で呼びながら、小走りで駆けてきます。
太った女の人で、駆けるのは遅かったです。


428 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/23(金) 10:41:30 ID:/ri0AhRr0
呼ばれている子は、その人間から逃げ続けました。
とても興奮していて、全身の毛が逆立ち、尻尾が大きく膨らんでいました。

彼女はどうなることかと心配しながら様子を見ていました。
すると、最初に彼女を案内してくれたあの大人の猫が現れて、人間の前に立ち塞がりました。
大人猫と人間はしばらく向き合っていましたが、やがて人間は踵を返しました。
がっくりと肩を落として、うつむきながらとぼとぼと草原の彼方へ歩いていきます。

あとになって逃げ回った子に話を聞いてみました。
その子が言うには、あの人間にとっては自分が一番大切なペットだったつもりらしいけれど、
あの人間より美味しいご飯をくれて優しかった人間はたくさんいたし、
はっきり言うと、あの人間は気分次第で言うことやることが違ったから嫌いだった、ということでした。
難しいものです。


429 名前:黒ムツさん[sage] 投稿日:2009/01/23(金) 17:09:40 ID:2pGqG1yK0
◆A6333/vag.はプロの小説家なんじゃないか?

430 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/27(火) 06:49:47 ID:VsoxJJDp0
424-428のつづき

また別のある日。

ここ2、3日元気のない猫がいました。
茶と白の毛色の、1歳くらいのオス猫でした。
遊びの輪に入らず、草の上で香箱座りしたきり、たまに溜息をつくだけで、まるで魂が抜けたような様子です。
まあ、現状以上に魂の抜きようもありませんが。

彼女はその猫が気になり、チラチラと様子を窺っていました。

ところがその日、茶白のオス猫は疲れた様子で立ち上がり、ふらふらと歩き始めました。
ちょうど近くにいた彼女は胸騒ぎを覚え、オス猫からつかず離れず距離を保ちつつ見守りました。


431 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/27(火) 06:50:48 ID:VsoxJJDp0
オス猫は、みんなのいる場所からだんだん遠ざかっていきます。
追いかけていた彼女が振り返ると、みんなの姿はキャットフードのカケラよりも小さく見えました。
丘の彼方の輝く橋も、そこからだと小さく見えました。
オス猫は歩みを止めません。

さらに進むと、太陽が傾いて日差しが弱まってきました。
黄昏が下りてきて、彼女の影が草原に長く伸びました。
太陽が浮かぶ地平の反対からひんやりとした風が吹いてきて、ちょっと肌寒くなってきました。
それでもオス猫は歩みを止めません。

やがて空は藍色に暗く染まり、その空よりも暗く重苦しい雲が広がってきました。
彼女は寒さでブルッと身震いしました。


432 名前: ◆A6333/vag. [sage] 投稿日:2009/01/27(火) 06:51:50 ID:VsoxJJDp0
とある崖の淵で、オス猫の姿が見えなくなりました。
まるで消えてしまったように、フッといなくなってしまったのです。
彼女は淵に駆け寄り、そして驚愕しました。

崖の下には、暗いじめじめした土地が地平の彼方の闇の中まで広がっていました。
その土地に、びっしりと動物たちがひしめいていました。
彼女には知る由もありませんでしたが、その大半は人間が「牛」「馬」「豚」「羊」「ニワトリ」と呼んでいる動物たちでした。
どの子も一様に目が虚ろで、希望も絶望も忘れた様子でウロウロと彷徨ったり、自分の身体に噛み付いたりしていました。

よく見ると猫など小動物もウジャウジャいて、彼女が追ってきたオス猫の姿も見えました。
オス猫は湿った汚泥にゴロンと横たわり、何もかも面倒くさそうに溜息をつきました。
いったい彼に何があったのでしょう。
最終更新:2010年01月28日 17:20