国連・社会権規約委員会:新型コロナウィルス感染症(COVID-19)と経済的、社会的および文化的権利に関する声明
E/C.12/2020/1
2020年4月17日
原文:
英語
日本語訳:平野裕二(
日本弁護士連合会の特設ページに掲載された、新倉修&共益的正義・法文化研究所翻訳チームによる
全訳〔PDF〕も参照)
訳者注/この声明自体は4月6日に採択されたものである。以下の訳は先行未編集版に基づいている。
I.はじめに(略)
II.パンデミックが経済的、社会的および文化的権利に及ぼす影響(略)
III.勧告
10.規約上の権利および義務がこの危機の最中にも保護されかつ履行されることを確保するため、国は一連の緊急措置をとるよう求められる。とくに、パンデミックへの対応は、公衆の健康を保護するために入手可能な最善の科学的エビデンスに基づいたものであるべきである [4]。
[4] 社会権規約委員会、一般的意見25号(2020年、科学)参照。
11.とられた措置によって規約上の権利が制限される場合、当該措置は規約第4条に掲げられた条件を遵守するものであるべきである。要約すれば、当該措置は、COVID-19によってもたらされる公衆衛生上の危機と闘うために必要であり、かつ合理性および比例性を有するものでなければならない。パンデミックに対応するために締約国が採用する緊急措置および緊急権限は、濫用されるべきではなく、かつ公衆衛生の保護のために必要でなくなった段階で速やかに解除されるべきである。
12.パンデミックへの対応においては、すべての人々の固有の尊厳 [5] が尊重されかつ保護されなければならず、また規約によって課される最低限の中核的義務が優先されるべきである [6]。このような困難な状況にあって、司法およぶ効果的な法的救済へのアクセスは、ぜいたくなどではなく、経済的、社会的および文化的権利(とくに、もっとも脆弱な状況に置かれたおよび周縁化された集団が有するこれらの権利)を保護するために不可欠な要素のひとつである。したがって、たとえば、法執行官がドメスティックバイオレンスの事件に対応すること、ドメスティックバイオレンスに関するホットラインが運用されること、ならびに、司法および法的救済への効果的アクセスがドメスティックバイオレンスを受けた女性および子どもにとって利用可能であることは、欠かせない。
[5] 経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約の前文参照。
[6] 社会権規約委員会、一般的意見3号(1990年、締約国の義務の性質)、パラ10-11参照。
13.危機に対する包括的なかつ調整のとれた保健対応を確保する目的で、国が、官民両部門の保健資源が住民全体の間で動員されかつ共有されるようにするための適切な規制措置をとることは不可欠である [7]。今回の危機に最前線で対応する存在として、すべての保健従事者に対し、感染から身を守るための適切な防護服および防護具が提供されなければならない。保健従事者が意思決定担当者による協議の対象とされ、かつその助言に正当な考慮が払われることも不可欠である。保健従事者は、COVID-19のような疾病の拡散について早期警報を発し、かつ予防および治療のための効果的措置を勧告するうえで、きわめて重要な役割を果たしている。
[7] 社会権規約委員会、一般的意見14号(2000年、到達可能な最高水準の健康に対する権利)参照。
14.締約国は、健康に対する権利を含むすべての経済的、社会的および文化的権利の全面的実現のために、利用可能な最大限の資源を振り向ける義務を負う。今回のパンデミックおよびそれと闘うためにとられている措置はもっとも周縁化された集団に不均衡な悪影響を及ぼしているため、国は、これらの周縁化された集団にさらなる経済的負担を負わせないようにする目的で、もっとも公正なやり方でCOVID-19と闘うために必要な資源を動員するべくあらゆる努力を行なわなければならない。資源の配分においては、これらの集団の特別なニーズが優先されるべきである。
15.すべての締約国は、脆弱な状況に置かれた集団(高齢者、障害のある人々、難民および紛争の影響を受けている住民など)ならびに構造的な差別および不利益の対象とされているコミュニティおよび集団を保護し、かつパンデミックがこれらの集団に及ぼす影響を緩和するため、国際協力等も通じ、焦点化された特別措置を緊急にとるべきである。このような措置には、とくに、水、石鹸および消毒剤がないコミュニティにこれらを提供すること、すべての労働者(資格外移住労働者を含む)の職、賃金および諸給付を保護するための焦点化されたプログラムを実施すること、パンデミック中の立退き強制または住宅抵当権実行手続を一時的に禁止すること、困窮しているすべての人々に食料および所得保障を確保するための社会的救援および所得支援プログラムを実施すること、ロマなどの脆弱な状況に置かれたマイノリティ集団および先住民族の健康および生計を保護するための特別に調整された措置をとること、ならびに、すべての者が教育目的のインターネット・サービスに負担可能な費用でかつ公正にアクセスできることを確保することが含まれる。
16.すべての労働者は職場における感染リスクから保護されるべきであり、国は、雇用主が最善の実践であると認められた公衆衛生戦略にしたがって感染リスクを最小限に留めることを確保するための、適切な規制措置をとるべきである。このような措置がとられるまで労働者に就業義務を課すことはできず、労働者は、十分な保護のない状況で働くことを拒否したことを理由とする懲戒その他の処罰から保護されるべきである。加えて、国は、パンデミック中に労働者の職、年金およびその他の社会給付を保護し、かつ、たとえば賃金助成、税の支払い免除および補完的な社会保障・所得保護プログラムの確立を通じてパンデミックの経済的影響を緩和するための、即時的措置をとるよう求められる [8]。
[8] 規約に基づく労働者の権利の保護一般について、委員会の一般的意見18号、19号および23号を参照。
17.食料品、衛生用品ならびに必須医薬品および医療物資による不当利得を防止するための規制措置も取られるべきである。推奨される措置としては、パンデミック中はこれらの物資に対するすべての付加価値税を解除すること、および、必要不可欠な食料品および衛生用品の費用を助成することによって貧困層がこれらの品物を負担可能な金額で入手できるようにすることなどが挙げられる。
18.パンデミックに関する正確かつアクセシブルな情報は、ウィルスの感染リスクを低減させるためにも、危険な差別から住民を保護するためにも、不可欠である。このような情報は、脆弱な状況に置かれた集団(COVID-19感染者を含む)に対するスティグマ化および有害な行動のリスクを低減させるためにも高い重要性を有する。このような情報は、アクセシブルな形式ならびにすべての現地語および先住民族言語で、定期的に提供されるべきである。すべての生徒(とくに、より貧しいコミュニティおよび地域の生徒)が負担可能な費用でインターネット・サービスおよび必須技術機器に速やかにアクセスできるようにするための措置をとり、パンデミックのために学校および高等教育機関が閉鎖されている間、生徒がオンライン学習プログラムから平等に利益を得られるようにすることも求められる。
19.COVID-19パンデミックは世界的危機であり、規約に掲げられた中核的原則のひとつである国際的な援助および協力の決定的重要性 [9] を浮き彫りにしている。このような国際的な援助および協力には、研究、医療器具および医療物資ならびにウィルスと闘う際の最善の実践の共有、危機の経済的および社会的影響を軽減するための調整のとれた行動、ならびに、効果的かつ公正な経済的回復を確保するためにすべての国が共同で行なう努力が含まれる。脆弱な状況および不利な立場に置かれた集団ならびに脆弱国家(後発開発途上国ならびに紛争状況および紛争後の状況にある国を含む) のニーズが、このような国際的努力の中心に位置づけられるべきである。
[9] たとえば、経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約第2条(1)、第11条および第15条参照。
20.締約国は、COVID-19と闘うための国際的努力に関連して域外的義務を負っている。とくに先進国は、パンデミックの被害を受けている世界の最貧層による必須用品へのアクセスを妨害することになる医療器具の輸出制限といった決定を行なわないようにするべきである。さらに、締約国は、一方的な国境管理措置によって必要な物資および必須物資(とくに基本食料品および保健機器)の流れが阻害されないようにすることを求められる。国内供給確保の目標に基づくいかなる制限も、比例性を有しており、かつ他国の緊急のニーズを考慮したものでなければならない。
21.国はまた、開発途上国にさまざまな債務救済の仕組みを認めるなどの措置によって、パンデミックとの闘いにおけるこれらの国々の財政的負担を緩和するために、国際金融機関における議決権を用いることも求められる。締約国はまた、COVID-19関連の科学的前進(診断、医薬品およびワクチンなど)の利益にすべての人がアクセスできるようにするため、適用される知的財産権制度における柔軟な運用その他の調整も促進するべきである。
22.一方的な経済制裁および金融制裁は、保健制度を弱体化させるとともに、とくに医療器具および医療物資の調達との関係で、COVID-19と闘うための努力を阻害する可能性がある。このような制裁は、COVID-19保健パンデミックと効果的に闘うために必要な資源に被制裁国がアクセスできるようにするため、解除されるべきである [10]。
[10] 社会権規約委員会、一般的意見8号(1997年、経済制裁と経済的、社会的および文化的権利の尊重との関係)参照。
23.パンデミックというものは、国境を越える脅威に立ち向かうための科学的国際協力が必要であることを示す、きわめて重要な例である。ウィルスその他の病原体は国境を意に介さない。十分な措置がとられなければ、地方で発生したエピデミックがたちまちパンデミックと化し、破壊的な影響をもたらす可能性がある。この分野における世界保健機関(WHO)の役割はなくてはならないものであり、支持されるべきである。パンデミックと効果的に闘うためには、国内的解決策では不十分であるため、国際協力に対する各国のいっそうのコミットメントが要求される。国際協力の増進は、たとえば潜在的病原体に関する科学的情報の共有を通じ、パンデミックに対応する各国および国際機関(とくにWHO)の備えの強化につながるはずである。また、パンデミックとなる可能性があるエピデミックの発生に関して各国から提供される、時宜を得た透明な情報に基づく早期警報機構の改善にもつながることが期待される。これにより、これらのエピデミックを制御してパンデミックに発展しないようにすることを目的とした、最善の科学的エビデンスに基づく早期介入が可能となろう。パンデミックが発生した場合、とくに医療分野で最善の科学的知識およびその適用方法を共有することが、疾病の影響を緩和し、かつ効果的な治療およびワクチンの発見を加速させるために、きわめて重要となる。さらに、パンデミック後は、将来起こり得るパンデミックのために教訓を学び、かつ備えを強化するための科学的研究が促進されるべきである。
24.COVID-19は、公的保険制度、包括的な社会的保護プログラム、人間にふさわしい労働、居住、食料、水および衛生のシステム、ならびに、ジェンダー平等を増進させるための制度への十分な投資が持つ、きわめて重要な役割を浮き彫りにしている。このような投資は、世界的な保健パンデミックに効果的に対応し、かつ、複合的かつ交差的形態の不平等(国内および国家間の双方における所得および富の奥深い不平等を含む)に対抗していくうえで、きわめて重要である。
25.最後に、委員会は、すべての締約国に対し、COVID-19パンデミックに対処するための資源の臨時動員が、規約に掲げられた経済的、社会的および文化的権利の完全かつ平等な享受に向けた長期的な資源動員の弾みとなることを確保するよう、呼びかける。そうすることにより、締約国は、世界人権宣言に掲げられた、自由な人間が「恐怖および欠乏からの自由」を享受する世界の実現という理想を達成するための土台を築くことになろう。国内的および国際的な協力および連帯を促進するための機構を整備し、かつ経済的、社会的および文化的権利の実現のために必要な制度およびプログラムに相当の投資を行なうことにより、世界は、将来のパンデミックおよび疾病によりよく備えることができるようになる。委員会は、規約に基づくさまざまな任務を果たしていくことを通じ、COVID-19パンデミックが経済的、社会的および文化的権利に及ぼす影響を引き続き監視していく所存である。
- 更新履歴:ページ作成(2020年4月21日)。/冒頭に全訳へのリンクを追加(4月30日)。
最終更新:2020年04月30日 10:05