シリーズ/美空ウイルス

美空ウイルス.exe【ver:28.1】---------------------------------------------------------------

ハルナは自室に籠って同人のネタを書き続けていた。
「案外、せつなちゃんも可愛いわよね。体は大人、心は子供…うふふ」
部屋には不気味に笑いが響きわたる。笑いが止んだ頃には、代わりにペンの走る音が聞こえていた。

トゥルルル…

電話が鳴る。最初、ハルナは無視しようとしたが、呼び音が耳に煩い。
ハルナは受話器へと手を伸ばすと、受話器を取り、ガチャンと元に戻した。
静寂が回復した。
ハルナはため息を吐き、鼻唄交じりでペンを動かした始める。
「電話なんて邪魔邪魔〜!今のパル様は誰にも止められないのー…」

トゥルルル…

また電話だ。こういう相手は何度でも掛け直してくる。また受話器を置いても無駄なのだ。
ハルナは嫌々受話器を取り、耳に当てた。
『もしもし、早乙女か?』
「ったく、何よ。長谷川?今、本番前で大変なのよ」
本番前?何の本番前だ?締め切り前日…といえば正しいだろう。
ハルナは自分の台詞に疑問を感じたが、それに気を留めていられるほど穏やかでない。
『長く話す気はない。だから、ちゃんと答えてくれ』
「…なに」
『お前らがやってるラジオ番組の話なんだが…』

ラジオ番組?なんのことだ?
ハルナには、さっぱり意味が分からなかった。

…そこまで書いて、刹那は筆を置いた。


美空ウイルス.exe【ver:28.2】---------------------------------------------------------------

やはり、まだまだ修行中の身、師匠をネタにするには力量が足らなかったらしい。
「早乙女さんと、長谷川さん…いや、難しいな」
刹那は真剣な顔で妄想する。
濡れ場はなんとも淫らで、しかし、刹那の隠れたサディスト的才能を開花させる。
「書くぞーっ!私は書ききるぞー!」
刹那は満月の掲げられた夜空に吠えた。


…舞台を照らすスポットライト。舞台袖から夏美が姿を現す。拍手をしていた。
「刹那さん、凄いよ。私びっくりしちゃった!」
「ありがとうございます…演劇なんて私、初めてなものですから…」
「全然平気!素人には見えないよ」
夏美はウインクを送った。



…夏美は目を覚ました。ここはいつも通りのベッド。
ドアの向こうからは、ちづ姉が朝食を作る音が聞こえてくる。
「ふぁあ〜夢か…」
こうして夏美の一日は始まった。



美空「これが、世界が繋がるってこと?」
超「そうヨ。混沌とした、スレの本性ネ」
美空「ここは何処?」

超「ザジちうスレへ、ようこそ」


美空ウイルス.exe【ver:28.3】---------------------------------------------------------------

「ザジちうスレへようこそ…」

ただ真っ白い世界。白紙の上に立っているような錯覚。
教室にいた全員は、周囲を見回し、まずこの光景に驚いた。
「何がどうなっていますの?」
あやかが最初に口を開いた。その度胸は流石だ。
「ここはザジちうスレ…諸君らのいた世界の更に広い解釈の視点ヨ」
超が答えた。ここで、皆は超の存在に気が付いた。皆の中に、一際鋭い視線を送る者がいた。
「超さん…」
「やぁ、ハカセ…久しぶりネ」
「今度は何をしたんですか?」
葉加瀬の声には憎しみと悲しみが混じっている。
「何もしてないネ。あえて言えば、何もしないことをしたヨ」
超は笑いながら、次の言葉を紡いだ。
「それより、綾瀬さんの会いたがっていた人は見付かたカ?」
それを聞いた夕映は、きょろきょろと見回し、その瞳で彼女を捉えた。
「のどか!」
「ゆえ!」
二人は互いに見合ってから抱きついた。

「恐らく、諸君らは私を怖れ、また憎んでいると思うヨ…しかし、それでは何も解決しないネ。
この現実を知ると良いヨ!」
それに対し、ネギが口を開いた。
「超さん、僕は悲しいです。どんな理由があったとしても、自分勝手に皆を巻き込むなんて」
超はネギに掌を向け、その言葉を遮った。
「では、ネギ先生は当たり前の平和という陰に隠れた、無視されるべき運命を認めるカ?」
ネギは言い淀んだ。どちらの主張も正当ではあるのだ。ネギに構わず、超は続ける。
「この先に、ザジちうスレを制御する悪がいるネ。答えは、そこで見い出さなければならないヨ」

その言葉を待っていたかのように、空間は光に包まれ始めた。
あらゆる輪郭が光に沈み、視界が回復した時、皆はひとつの部屋の中にいた。


美空ウイルス.exe【ver:28.4】---------------------------------------------------------------

その部屋もやはり白く、空白の世界といった感じだった。
しかし、空間を部屋と呼ぶには理由がある。そう、壁に囲まれているはずだ。
そして、この部屋は壁に囲まれている。壁とはいっても、普通の壁ではない。
その壁一面をPCだかテレビだかの画面が埋め尽している、テレビ局の放送室のように…。
画面には何も映っていないようだ。

部屋の中央には背を向けた椅子がひとつあり、それと向かい合う格好で皆は立ち並んでいた。
「ここは…何処なの?」
夏美が訊いた。
『良い質問だよ、夏美君…』
その声は、椅子の向こうから聞こえてくる。太い、男性の声だ。
「あなたは誰なのかしら?」
千鶴が問う。
『那波君、その疑問は面白みに欠ける。もう少し意外性のある質問をしたまえ』
そして、椅子はくるりと回転し、そこに座っている者が姿を現した。
「久しぶりヨ…新田先生」
『ふふふ…君のくれた悪人属性はなかなか体に合っているよ』
椅子の人物は新田だった。珍しくスーツを着ている。
超と挨拶を交している途中に、美空が思わず割って入った。
「ねぇ、超。悪人属性を移動したって言ってたけど、まさか…新田先生に移動したの?」
「そうヨ」
きょとんと返す超。絶望する美空。新田は超の代わりに説明した。
『私は常なる悪なのだよ。だから、今更の悪人属性など無関係…
私は既にいくつものスレで望まぬ属性を与えられているからな』
そして新田はネギに向かって、眼鏡を越えるウインクをした。
すると、ネギが痙攣を始め、次の瞬間には倒れていた。
「ネギ先生!」
あやかがネギに走り寄る。
『彼には少し眠っていてもらおう。彼はランキングに入っていない存在だからね』


美空ウイルス.exe【ver:28.5】---------------------------------------------------------------

新田が指を鳴らすと、壁となっている何十、何百という画面に一斉に映像が流れ始めた。
「あ!これ、私アル!」
古菲が画面のひとつを指さした。画面の中には、シーツの中で涙を流す古菲が映っている。
他の画面にも、それぞれのクラスメイトが映っていた。
ある画面には、ムラマサに憧れる刹那が。
またある画面には、クラスメイトを襲う九番目のザジが。
他のある画面には、冷酷な眼で宮崎のどかを陥れようとする夕映が、映っていた。
「こ…これは」
千雨が声を漏らす。
『そう、これらは君達が出演しているSSの数々だ。スレを越えた、世界の姿だよ』
そう言って、新田は腕を広げた。
『超君、君の推測は正しいが、しかし、ある根本的な部分において完全に間違っている。
まず、視点の問題だ。SSの内部から見た視点が全てではない』
再び新田の指が鳴ると、今度は全ての画面が美空を映した。
『空気とは、属性ではないのだよ。悪人とは違ってね』
「では、何だというのカ…新田先生の考えを教えて欲しいヨ」
新田は鼻で笑うと、身を乗り出した。眼鏡のレンズが輝いた。
『空気とは、確認されぬ存在なのだよ』
「確認されない…どういう意味ネ?」
『長谷川君とザジ君の恋愛ドラマが展開されたとしよう。登場人物は長谷川君とザジ君の二人だけ
で、台詞もその二人のものしかない…そこに2-Aは存在するが、しかし、確認されない』
新田は笑っていた。
『これが空気だよ。そして、読み手によって確認されない存在、それは春日君に限らないわけだ。
また、空気とは君たちのような人物にのみ適応されるものでも…ない』
新田は指で眼鏡を押し上げ、話を続ける。新田のネクタイが不自然に揺れている。
『読み手、書き手もまた空気だと理解しているかね?』


美空ウイルス.exe【ver:28.6】---------------------------------------------------------------

『君が作り出した空間があったろう?あれが見事に空気を象徴している…
…SSを操作し閲覧する超君や春日君のいた秘密基地の空間、舞台の袖に控えてしまった幽閉の空間…』
新田は両腕を挙げ、右手、次に左手の順番に見やった。
『どちらもSSの舞台となる教室の空間からは見ることのできない、確認されない存在ではないか』
超が不機嫌に歯ぎしりをしたのを聞き、新田は落ち着いた様子で話題を変えた。
『まぁ、いい。ここザジちうスレに君たちが現れたのには、理由があるのだったね?』
「勝手に与えられた属性で操られることへの拒絶…ですね」
葉加瀬が超の台詞を代わりに発した。新田は頷き、椅子に背を落ち着かせた。
『神の領域にもてあそばれ、好き勝手に操られる身分から脱しようというのだね?』
夕映やハルナは黙っている。しかし、超は首を縦に振った。
『では、ザジちうスレのあらゆる姿を、お見せしよう』
部屋を囲む全ての画面が、ある映像に換わる。映像の舞台は、夕方。教会の屋根の上…。


美空ウイルス.exe【ver:28.7】---------------------------------------------------------------

夕焼け空にカラスの声が木霊する。夕陽と反対の空では、もう星々が煌めき始めた。
昼と夜の境を見上げながら、不満の溜め息を漏らす。屋根の上は最高だ。
どんな煩わしさも、ここまでは届かない。私と空、それだけの世界。
魔法を崇拝する親からも、教会の雑用を押し付ける人間からも、逃げていられる世界だ。
「美空ーっ!どこに逃げたのですか!早く仕事に戻りなさい!」
あぁ…、シスター・シャークティーが自分を呼んでいる。放っておけばいいさ。
私は自由になりたいんだ。
シスターになることだって、自ら望んだ訳じゃない。
教会にいる時間があるなら、もっと陸上競技に時間を割きたい。
でも、そんな些細な希望も叶わない。見えない鎖が、私を繋ぎ留めている。

不意に、自由だった頃を思い出した。雲ひとつ無い青空。足の下を高速で過ぎていく地面。
転びそうになるくらい、ただ早く、ただ、ただ早く、走る。それだけでいい。
風を裂き、重力からも解放され、自由を感じるその瞬間。そんな自由。それが欲しい。
なのに、手に入らない。昔は、簡単に手に入れられたのに…。

「美空ー」
あぁ…、また誰かが自分を呼んでいる。
あれ?この声は、シスター・シャークティーじゃないな。誰だろう?
私は這って、屋根の端から顔を出した。
「あれぇ?…アスナ?」
「うん。ちょっと、いいかな?」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに下を向いた。何の用だろう?
まぁ、いいや。とりあえず、安全確保が最優先だ。
「あのさぁ、近くにシスター・シャークティーいる?」
「さっき、あっちで擦れ違った」
アスナは右手で遠くの方を指差した。それなら安全。春日美空、まもなく、そちらに参ります。


美空ウイルス.exe【ver:28.8】---------------------------------------------------------------

私たちは教会に入った。薄暗い中で、大きめの鐘が大気を鎮めるように垂れている。
荘厳な鈍い光を放つオルガンのパイプが、私たちの視点に合わせて光沢の向きを変えた。
「教会の中にいて大丈夫なの?見つからない?」
アスナの声が一瞬にして室内に拡がり、すぐに雰囲気の重さに堪えかねて足元に沈殿した。
「灯台下暗し、って言うでしょ?」
アスナの表情が微かに和らぐ。
「で、何の用なの?」
「実は、その、相談って言うのかな…」
「相談?…あぁ、そうそう。もし、この状況でシスター・シャークティーに見つかったら、アスナの
相談を聞いてたってことにするからね?」
「なにそれ?…っていうか、それ事実でしょ」

Σ(´Д`;)ノノ

教会の中は、石の匂いが冷たく籠っていた。鮮やかな窓硝子が、射し込む夜の光に色を添える。
私たちは木の椅子に座った。椅子は軋む音も立てずに静寂を保ち、重みに歪むことさえなかった。
なんて頑固な椅子だろう。

「大した事じゃないの、居候と喧嘩しただけ」
きっぱりとアスナは言葉を発した。
「あ〜ぁ、ネギ先生と?」
「そう」
その話と私に何の関係が?
ぁ、わかった。ネギ先生と喧嘩したから、気まずくて部屋に帰れない。
だから、ねぇ、親愛なる美空様、今夜一夜限りだから、貴方様の部屋に泊めて欲しいのです。
って、頼んでくるつもりか。そこを私はこう答える。いやぁ、どうしようかなぁ…
…今日は夜まで客人が来るのでな…親友のアスナの願いだとしても、難しい要求だ。
そこにアスナが…でも私は帰れない、私は美空と一緒に一夜を過ごしたいの…って、

「ねぇ、アンタさっきから何呟いてるのよ?」

Σ(´Д`;)ノノ


美空ウイルス.exe【ver:28.9】---------------------------------------------------------------

「それでね…ほら、やっぱり帰りづらいって言うか…ね?」
アスナは話を切り出した。下を向きながら言ったからか、その声は教会に響くこともない。
「木乃香とか、いるじゃん」
私はアスナにそう言った。仲直りするには、そういった人の助けが役に立つこともある。
「だから、余計に帰りにくいのよっ」
アスナは、ぷぃっと顔を背けた。心なしか、頬が紅く染まっている。
「だから、泊めてって言ってるの!」

へ?

教会の空気が、アスナの声に震えた。残響が収まるまで、しばらく掛ったほどだ。
「あのあの〜、アスナ?」
「だから、泊めてよ。一日くらい、平気でしょ?」
ここまで、予想通りだと困っちゃうね。いや、当たると思ってなかったんだけどな…。
「ごめんね、アスナ。今晩は、お客さんが来るんだ」
そう、今日のお叱りが待っているのさ。シスター・シャークティーの長い長いお説教がね。
「お客さんが来てる間は、大人しくしてるからさ」
アスナは譲らない。困ったね、こりゃ。
「なんで、そこまで泊まりたがるワケ?」
「ひとりで夜を過ごしたくないのよ…」
えっ…ぇええ…これって、まさか!

「百合はダメ━━━(OДO;)━━!」

「ちょっwwwなんかアンタ勘違いしてない?!」

Σ(´Д`;)ノノ



美空ウイルス.exe【ver:28.10】---------------------------------------------------------------

そこで映像は止まった。新田の画面を見つめる眼は、ゆっくりと生徒たちのいる方へと動いた。
『今のSSで描かれた春日君は、自らが空気属性になろうとする存在だ。
このような違いを不満としているのかね?』
新田の声は空間に低く響いた。それは、巨人の声を思わせた。
『しかし、どちらかが本当の春日美空だという"答え"はないのだよ。
空気属性を求める春日美空も、空気属性を避ける春日美空も、春日美空に違いない』
次に、新田は懐から一冊の本を取り出した。ネギま!の原作単行本だ。
『原作設定を重んじよ…と、そう言うのであれば、別の返答が用意されている』
そして、新田は画面を指さした。

ザジが映っている。満月を背景に、鉤爪を生やした手でこちらを睨んでいた。
「ちう…怖い…」
その映像を見たザジが、怯えた様子で千雨に抱きついた。
「大丈夫だ。私がついてる」
千雨はザジを撫で、なだめた。新田は椅子に座ったまま、その様子を眺めている。
『これが、ザジちうスレの死を招く元凶なのだよ』
「元凶?」
千雨が抗した。
『そう。原作の展開によって、ザジちうスレを支える根底が覆る可能性があるからだ。
何故だと思うかね?答えは簡単だ。
ザジちうスレは、非原作であることによって存在しているからなのだよ』
すると、新田は深く息を吐いた。ため息とは別の何かだった。
『では、最後に私について語らねばならないね。超君も、自ら語るつもりはないだろうしな』


美空ウイルス.exe【ver:28.11---------------------------------------------------------------

『私は突然、皆の前に現れたのではないのだよ』
新田はメガネを外し、拭きながら言葉を続ける。
『龍宮君、覚えているかね?美空ウイルスを運ぶことによって、このSSを最初に動かしたのは私だ』
龍宮はうろたえ、ハッとしたように表情を改めた。
「まさか、貴様…Winnyttaか!」
新田はメガネを掛け直し、龍宮に微笑んだ。
『覚えていてくれて嬉しいよ』
龍宮は眼を背けた。新田の笑顔が気持悪かったからだ。
『さて、悲しいことだが、私は悪なる属性によって、君たちに対立しなければいけない。
これは超君が招いた事態だ。そこで、君たちには二つの選択肢が残されている』
そして、新田は掌を上に向けて両手を出した。右手には赤いピルが、左手には青いピルが置いてある。
『君たちは知りすぎた。閲覧者の視点を持った者が、描かれる存在には成り得ないのだ。
ザジちうスレは役者の舞台ではないからね。君たちに役者になってもらっては困るのだよ。
このザジちうスレを生き残らせるためには、今回の事件をなかったことにする必要がある。
しかし、自己愛に生き、総体の存続を望まない場合もある。だから、選択を与えよう』
そして、新田はピルの乗った両手を前に出した。
『赤いピルを飲めば、皆はザジちうスレのソースへと還り、ザジちうスレはリロードされる。
全ては元通りだ。しかし、青いピルを飲めば、君たちは自己を持つことになるが、私の室伏はおっきし、
世界は滅亡する』
新田のメガネが、それぞれのピルを反射し映す。この為に、新田はメガネを拭いていたのだ。
『さぁ、選びたまえ』


美空ウイルス.exe【ver:28.12】---------------------------------------------------------------

二つのピルを前にして、皆の返答は早かった。
「難しくてよく分からなかったアルが、元通りでいいアル!」と、古菲。
「そうだよね、いつも通りが一番だよ」と、まき絵。
「私、今の世界が好きなんです…だから、」と、葉加瀬は超の肩に手を置いた。
超は瞼を閉じ、フフッと微笑むと、曇りなき眼で答えた。
「赤いピルを選ぶネ!」
皆が頷く。新田も頷き、そして、そのまま赤いピルを口へと運んだ。

ザジちうスレは、リロードを始めた。

部屋は七色に輝き、重力も消えていく。生まれる前に戻るような感覚。
こうして事件の幕は閉じた。


美空ウイルス.exe【ver:28.13】---------------------------------------------------------------

刻は下校時刻。今日も退屈な授業を済ませ、楽しき放課後が訪れる。千雨は欠伸をした。
「拙者がいない間に、何かあったでござるか?」
山から帰ってきたばかりの楓が皆に訊き回る。
「長瀬、お前は何回問えば気が済むんだ」
そう、龍宮が返した。

「のどか、今日は図書館探検です」
「わかってるよ、夕映」

「朝倉さん、約束通り、西の花畑に行きますからねっ」
「わかってるってば。さぁ、行くよ、さよちゃん」

「葉加瀬〜!一緒に帰ろ〜!」
「ああっ、夏美。ごめんね、ちょっと用事があるんだ」
「え、そうなの?」
「うん。だから、今夜も待ち合わせの場所でね」
「わかった。デートに遅刻したら怒るからね〜」
「はいはいw」

教室は、全く元通りになった。

なったけれども…


美空ウイルス.exe【ver:28.14】---------------------------------------------------------------

沈む夕陽は鮮やかなオレンジ色に輝いている。学園を覆う屋根は燃えるように、夕陽に応える。
街を見下ろす世界樹の枝上に、二人はいた。
「ハカセ…村上さんと一緒に帰るんじゃなかたカ?」
「今日は良いんです、超さんに用事があるからって言ってありますし」
葉加瀬は超に微笑んだ。つられて超も頬が緩む。
「それで、用事とは何カ?」
「プレゼントが、あるんですよー」
「プレゼント?」
首を傾げる超に、にんまり笑顔の葉加瀬はポケットを探る。
「ちょっと待っててくださいね…あ、あった」
葉加瀬が取り出したのは、一粒の錠剤だった。
「これは何の薬ヨ?」
「飲んで下さい」
「何の薬か教えてくれなければ、飲まないヨ」
葉加瀬は悩んだように額を指でいじり、言葉を見つけた。
「皆と仲良くなれる薬です」
「仲良く?…どういう意味ネ?」
「え〜っと、つまり、対立しないで済むんですよ」
「対立しない?」
「ああ、もう飲んでください!」
葉加瀬は無理矢理、超の口の中に錠剤を放り込んだ。口を押さえ、超が飲み込むのを待つ。

ごくん…

「ぷはぁ!…ハカセ、何するカ!」
「えへへ、プレゼントですよ、プレゼント
…アアッ、いけない!夏美とのデートに遅れちゃう!」
「待つネ、ハカセ!」

やがて夜になり、その次には、新たな明日が待っている。
その錠剤が入っていた小包は、まだ研究室にひっそりと置かれたままだ。


美空ウイルス.exe【ver:28.15】---------------------------------------------------------------

こうして、私の復讐劇は終焉を迎えた。
実際、まだ空気とは何なのか分かっていない。でも、分かる必要はないのかもしれない。
私が、全ての世界で空気なのではないからだ。

ザジちうスレ…それが私たちの世界なことに変わりはない。今までも、そして、これからも。

小包を漁ってみたが、ヒロイン属性の錠剤はなかった。
必要ないからだ。ヒロインは属性ではないからだ。きっと、そうだ。
これからも私は待ち続ける。華々しきヒロインとしてのデビューがやって来ると信じて。

色々な出来事があって、更にそれがなかったことになってしまったけれど、私は何とも思っていない。

私たちの住むこの世界は、幹ではなく枝なのだろう。
だから、樹が衰えたとき、真っ先に力を失ってしまうのも、この世界だ。
けれども、その枝の先には、幹にない花や葉を付けることができる。

だから、この世界に居続けることを選んだ。私は、この世界に居ても良いんだ。


超にありがとう。
新田にさようなら。
そして、すべての空気たちへ、おめでとう。


by.謎のシスターM

【おわり】

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最終更新:2007年07月29日 02:35