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 ガーンドレッド家。
 古くから欧州に根を張り、時計塔にも影響力を持つ由緒正しい魔術師の一族だ。

 彼らの特徴は病的なまでの慎重、悪く言えば臆病さ。
 名誉ある儀礼の場にさえ分家の人間しか寄越さず、その癖儲け話にはやたらと敏感な"ハゲタカのガーンドレッド"。
 そう声高に揶揄したところで報復が飛んでくるわけでもなく、他家の軽侮を買うのは無理からぬことだった。

 ガーンドレッドは名誉に執着しない。
 勲章の数、人脈の幅、そんなものを誇って何になるのか。
 嗤われるならむしろ好都合。余計な勘繰りを受けずに済む。
 侮りたければ侮らせておけ。虫の喧嘩を買う獅子などいないのだから。

 そんな精神性は、肉食獣の爪を見事に隠し切り。
 結果として部外者の誰一人、彼らの異常性を見抜けなかった。
 極東は東京で勃発し、最終的に先進国の首都を壊滅させる惨事を産んだ〈はじまりの聖杯戦争〉――その内情が明るみに出るまでは。

『首尾は』
『順調だ。爆弾(ボム)を炸裂させ、蛇杖堂の霊地を一つ破壊した。
 奴のアーチャーは脅威だが、やはり正面戦闘ではこちらの英霊に分があるらしい』

 かの聖杯戦争に於けるガーンドレッドの立ち回りを一言で形容するならば、"テロリスト"という表現になろう。
 徹底的な破壊と妨害工作。蛇杖堂寂句及びノクト・サムスタンプを隠れ蓑にした、監督陣営の殺害。
 策士傭兵による東京の傀儡化が進んで以降は、戦神爆弾――阿修羅王を人目憚らず導入し、都市に甚大な被害を与えてきた。

 一般社会への神秘漏洩を避けるのは魔術師にとって基本の心構えだが、彼らが主張する言い訳は呆れたものだ。
 "目撃者がいなければ、あらゆる犯罪はただの事故になる"。
 どの道阿修羅王の暴威から逃げ延びられる人間などほぼ居らず、居たとしても哀れな被害者の主張は非常下の幻覚と片付けられるのが見えている。
 よって無問題。戦後の後始末で多少の追及は食らうかもしれないが、蜥蜴の尻尾を二、三ほど切り落としたら事足りる。

 ハゲタカを騙る獅子ほど恐ろしいモノはない。
 何故なら彼らに誉れはないから。
 仮令魔術使いの一族と謗られようが、ガーンドレッドの魔術師は顔色一つ変えなかったろう。

『素晴らしい。"私"もさぞ喜ぶだろう』

 否。そもそも彼らに、斯様な感情を抱く自由は残されていなかった。

『36号の起用が白眉だった。あれほどの傑作とは思わなんだ』
『同感だ、"私"よ。バーサーカーを本格運用し始めて暫く経つが、信管の損傷は予想を大きく下回っている。この分であれば戦争終結まで問題なく保つだろう。憂い事が一つ消えたな』

 ガーンドレッドの魔術は、『共有魔術(コネクト・マギア)』に特化している。
 別段物珍しい術でもなければ、凶悪な性能を誇るわけでもない。
 ある物体や生物が持つ生体情報を、任意の対象と共有する魔術だ。
 記憶、感覚、技能に活力。あらゆるデータを分かち合い、完璧なコピー体を作り出す。
 ……というのは理論上の話で、千年の研鑽を経て尚理想の一割にも到達できていないのが現状だった。

『66人の"私"を解体・摘出した生体組織を材料に鋳造された、対聖戦用の虎の子――マスターピース』

 だが。
 現当主、セオヴォール・ガーンドレッドの大成を以ってその前提は崩壊する。

 類稀な才覚を有していたセオヴォールは、条件を満たした他者へ強制的に生体情報を共有する秘術を開発した。
 これによりガーンドレッドの魔術師には、ごく一部を除きセオヴォールの人格が共有されている。
 徹底した小心も、誰一人悪目立ちしない立ち回りの巧さも、蓋を開けてみれば何のことはない。
 全員が同じ人間なのだから、中枢と末端の意向に差異の生じる余地がないのだ。
 故に彼らは一過性の感情に左右されることなく、機械のように邁進を重ねることが出来た。

『それだけのリソースを費やしたのだから、簡単に壊れられては困る。
 予備もあるにはあるが、爆弾を制御出来るかどうかは運否天賦だ。"私"は不要なギャンブルを何より嫌う』
『そのことだが、一ついいだろうか。"私"よ』

 戦争の現場指揮を委ねられた三人の魔術師も例外ではない。彼ら全員が当主である。
 ガーンドレッド家はホムンクルスの実戦運用データの蒐集という尤もらしい理屈を謳いながら、明らかにそれでは説明の付かない執着を以ってこの戦いへ臨んでいた。
 それこそ、魔術界全体から迫害を受けても可怪しくないほどの非道を許容するくらいには。
 ならば一世一代の決戦を、何故他人などに任せることが出来ようか。ともすると蛇杖堂の暴君ならば、違和感を抱いていたかもしれない。

 これは、最早何の価値も持たない情報だが。
 ガーンドレッド家当主セオヴォールは、病的な死恐怖症(タナトフォビア)であった。

 形あるモノは皆滅ぶ。富める者も貧しき者も、誰であれその宿命からは逃れられない。
 そんな子どもでも知っている"あたりまえ"を、彼はどうしても許せなかった。
 死を避けようと思えば、自然とリスクを躱す生き方が身に付き。人はそれを小心と笑ったが、男の耳には届かない。

 御年九十五。冬木の聖杯戦争に絡み損ねた後悔を抱えたまま、とうとう自分も追い付かれるのかと諦めかけた頃。
 狙い澄ましたように舞い込んできた極東聖杯戦争の報せに、老君は百年余の人生で初めて、天に十字を切った。

 『全人類の肉体と精神を完全に分離させ、死が克服された世界を作り上げる』。
 ガーンドレッドの魔術師がホムンクルスを多用するように、誰もが使い捨ての肉体を持ち、精神は何にも害されることのない高次世界に隔離される不老不死の理想郷(ユートピア)。

 それが、セオヴォール・ガーンドレッドの悲願である。
 彼は小心者だが、ある意味では〈はじまり〉に列席したどの魔術師よりも狂っていた。
 新秩序の創造、即ち恒星資格者の視点にヒトの身で到達できていた点は特筆に値する。

『確かに此処数日、戦況は優位に運んでいる、が……だからこそ、真に万全を期しておくべきではないかと思うのだ』
『時間が惜しい。問題提起は率直に行うように』
『"私"は、36号の機能制限解除を提案する』

 小心者は備えるものだ。
 後にミロクと呼ばれるホムンクルスも、その最たるものだろう。
 細部に至るまで綿密に行われた調整。人造生命体としても欠陥品と言っていい、"出来ることしか出来ない"性能こそ彼らが望んだ完全なる形。

『直近の交戦では上手くやり込めたが、アーチャー陣営は依然として最大級の脅威だ。
 ライダー陣営の暗躍も不穏な上、最近ではあの〈葬儀屋〉も面妖な動きを見せている』
『なるほど』
『それに、いい加減爆弾頼りの電撃戦術にも対策を打たれる頃合いではないか?
 今後の戦いはより混沌化していくことが予測され、なればこそ既存の運用体制では不安が残る』

 優秀な素材(じぶん)をふんだんに用いて鋳造した傑作中の傑作。
 だがそのポテンシャルさえ、大半を投げ捨てた。
 すべては万一を警戒してのこと。ガーンドレッドにとっては、無双の力よりブレない安定性こそ好ましい。

『我々が36号へ施している機能制限。特に魔力制御弁の撤廃を進言したい』
『"私"よ。おまえの主張は理解した。その上で、我々はこう回答する』

 しかし、誤算はあった。
 あらゆる特別を兼ね備えて生み出された仮初の命は、二重三重の障害を持たせてもまだ優秀すぎたのだ。
 よって已むなく、生誕後に追加の処置を施して、どうにか予定通りの性能まで貶めた。
 恐らく36号本人すら知り得ない、知らされている筈もない、舞台裏の一幕である。

 最大の賭けであった爆弾・婆稚阿修羅王の制御に成功し、順調な戦果を挙げられた一方。
 大将首は一向に掲げられず、微妙に手を拱いている状況。それが、この時のバーサーカー陣営の内情だった。
 そこを問題視し、改善案の提起を行った彼は間違いなく優秀な人間だったのだろう。

『どうやらおまえは共有が足りないようだ。"私"ならば、そのようには考えない』
『――がッッ!?』

 だが、残念ながらこの共同体の中では"出る釘"であった。
 当主というマザーコンピューターから流れ込んでくる、自我を塗り潰す莫大な情報量。
 それに溺れて絶叫する同胞を見下ろす他二名の眼光の、なんと無機質なことか。

『ま、てッ、話を、これは、我々の為を思って――!』
『蛇杖堂の老い耄れは無能を唾棄するという。
 "私"には理解できない考えだ。
 主人の安眠を脅かす有能など無能にも劣る。そしておまえも、今まさにそういう存在に成った』

 ――これが彼らの、彼の限界なのだ。
 世界を変える祈りを抱きながら、ソレを溢れ出させることが出来なかった老人。
 別段特異な話ではない。世界中を探せば、冗談でなく千や二千は居るだろう。

『が、ががッ、ぁ、がががががが、ぎ、ィ――!??』
『怯えるな。"私"は常に寛容だ』

 世界を変革し得る者は、純粋でなければならない。
 世界の酸いと甘いを知り、それでも己を曲げない圧倒的な自我(エゴ)が要る。
 障害を避け、現実を妥協し、恐怖に阿るような人間では……どうあっても極星の座に辿り着けない。
 だから彼は切なる願いを抱きながら、恒星の資格者という超越の号を冠せなかった。セオヴォール・ガーンドレッドは、ただのヒトだ。

『すぐにまた会おう、親愛なる"私"よ』
『その時は改めて、建設的な話をしようではないか。"私"らしく、我々らしく』

 これが、ホムンクルス36号の仕えた主だ。
 36号は主従の軛を自らの意思で壊し、鞍替えをした。
 次に跪いた相手は真の極星。いつか世界を変える少女。

 狂気を得て、人造生命はヒトになった。
 ヒトのような、ナニカになってしまった。
 それはきっと、良いことなのだろう。
 そのお陰で彼は多くを学び、多くを識れたから。

 だが、だが。
 成長が運んでくるものとは、必ずしも幸福だけではなく。
 思わず逃げ出したくなるような、悩みも然りだ。
 36番目のホムンクルスは今、迷路の中にいる。


◇◇


「……やはり、不可能だな」
「? 何がだ?」
「渋谷東部を覆う結界への突入だ。
 生まれた亀裂が早くも修復されている。今向かったところで、徒労に終わる可能性が高い」

 結論から言えば。
 ホムンクルスが観測した"檻"――蛇腔領域の破綻はごく小規模、且つ一瞬の変調でしかなかった。
 時間にしてほんの数十秒。一分にも満たない束の間の奇跡に、様々な要因が重なり偶然立ち会えたというだけのこと。

 月界から戦力を引き出して天梨を救援するプランはあえなく頓挫したわけだが、彼の悔恨は小さかった。
 よしんば実行に移せたとしても様々な問題に直面したことは想像に難くなく、寧ろ方針のブレを修正できて喜ばしいくらいだ。
 必要な要員を説得する自信も、それを可能にする交渉材料も乏しかったし、上手く行った先にも最大の問題が立ちはだかる。

 蛇腔の主を倒し、朋友を救けられたとして、都市が月に呑まれてしまっては意味がない。
 改めて考えると、狂人特有の感情という宿痾に揺らされた形だったが、兎角そんな気の迷いは消え失せることになったわけだ。

 そこはいい。今更振り返らない。
 問題は、何故あのような事象が起こり得たのか。
 その絡繰(ロジック)の方である。

「こんな真似が出来る手合いなど一人しか思いつかん。だが、奴の仕業にしてはささやかすぎる」

 蛇腔の固有結界は極めて強固。 
 おまけに、月女神のFWが隔離した不可侵領域で二重にコーティングされている。
 純粋な火力での突破は、それこそ天枷仁杜と同じ位階でもなければ不可能だろう。
 聳え立つ不可解に手向ける回答を、ミロクは一つだけ所持していた。

「散ったか、〈脱出王〉」

 山越風夏、ハリー・フーディーニの存在だ。
 手段など見当も付かないが、あの規格外のマジシャンならばやりかねない。
 そう思わせるだけの経験を、はじまりの狂人は共有している。

 事の経緯は扠置くとして、〈脱出王〉は年貢の納め時を迫られた。
 そこで隠し球の手品を開帳し、一度きりの奇跡を引き起こした。
 要するに悪あがきだが、脱出の王とまで呼ばれたステージスターの魂だ。
 醜いだけの徒花など咲かすまい。よってそこには何かしらの意味があったと考えられ、その答えもまた、〈忠誠〉の狂人には想像できてしまう。

「俺様には何のこっちゃ分からないんだが……つまりどういうことだ?」
「アレは入口だったのだ。私もよく知る、至高至上の役者を招き入れるための」
「と、いうと――おい、まさか」
「ああ。恐らく今、あの結界の中に我が主がいる」

 神寂祓葉。
 都市の極星、原初にして最高の輝き。
 未練なく渇望し、世界に畏怖され、妄信と忠誠を一手に集めながら、遊びの再演を願う純真無垢な〈主人公〉。

「考え得る限り、最悪の展開だ」

 ミロクは、表情の起伏が分かりやすくなった面貌を歪めて呟いた。
 祓葉は自重を知らない。彼女はやりたいことしかやらないが、やりたいことを全部やってしまう存在でもある。
 矛先が蛇腔の主に向くならいい。ついつい楽しくなって、結界内の全員を片っ端から灼き尽くしていく事態すらあり得るのだ。
 月姫の打倒を急がねばならない理由がまた一つ増えた。
 あまりもたもたしていれば、本当に天使が喪われてしまうやもしれない。

「私は『裏口』の捜索を急ぐ。が、先程別な何者かが吐き出された気配があった。万一に備え、貴殿には周囲の警戒を頼みたい」
「……、……」
「――アサシン?」

 焦るミロクに対し、彼の従僕は何故か意味深に沈黙。
 訝しんで名を呼ぶと、「……ああ」と我に返ったような返事を寄越してくる。

「どうした。何か気付いたことでもあったか」
「いや……些細なことさ、忘れてくれ」
「可能な限り懸念は払拭しておきたい。命令だ、報告しろ」

 そんな誤魔化しも、理屈で動く人造生命には通じない。
 まっすぐな瞳で報告を迫られて、暗殺者の口許から唸り声が漏れた。
 それでもどう伝えたものか考えあぐねている様子だったが、やがて観念したらしい。
 本当に大した話じゃないからな、と前置きして、継代のハサン・サッバーハは。

「ちょっと意外だっただけだよ。あんたが、主人に対して"最悪"なんて言葉を使うのが」
「――――」

 抱いた違和感の仔細を、気まずそうに打ち明けた。
 確かにつまらない、取るに足らない無駄口だ。
 しかしミロクは目を見開き、ちいさな唇を半開きにする。

「……最悪? 私が、そう言ったのか?」
「ああ。流石に聞き間違えはない」

 〈はじまりの六人〉にも、色々な者がいる。主星への向き合い方は様々だ。
 露骨に敵視している者、狂おしく執着する者。果てには、強く畏れている者。
 その中でも、忠義という観点においてミロクの右に出る者はいない。

 読んで字の如くの、忠誠。
 ホムンクルス36号にとって、神寂祓葉は初めて出会った運命だ。
 道具として消費され、結末の違いは焼き切れる時が遅いか早いか以外にない。
 そういう存在を捕まえて名を与え、可憐な童顔を百面相のようにころころ変えた、あの輝きを今も覚えている。

 仮に二度目の死を迎えようと、この狂気を反故にすることはない。
 その彼が、主の登壇を指して"最悪"呼ばわりなんて有り得ざる誤謬。
 事実ミロクは、自分は本当に狂ってしまったのかと愕然としていた。
 何故、こんな不敬甚だしい思考を抱くに至ったのだ。
 長考するまでもなく、理由は一つしか考えられなかった。

「――――私は」

 自分に名を与えた人間は、この都市にもう一人存在する。
 善良なる純真。報われない献身。愛されるべき光。

「主に友を壊されることを、恐れたというのか?」

 日向の天使・輪堂天梨。
 彼女が祓葉の轍になることを、二つの名を持つホムンクルスは我を忘れるほど強く恐れた。
 従者として、主君の喜びに勝るモノなどあってはならない。

 なのに彼は先程、そんな掟を反射的に破っていた。
 これはミロクにとって、価値観が土台から崩れ去るにも等しい衝撃。
 見開いた眼が震え、歩き慣れていないのも相俟ってへたり込みそうになる。

「馬鹿な。有り得ない。許されざる矛盾だ。報恩の為に育てた友を想って主を貶すなど、本末転倒にも程がある――」

 恒星の資格者は、見る者の魂を灼いてしまう。
 だとすれば、まさか。
 自分は気付かない内に、天使の星光にも毒されていたというのか。

 忘れもしないあの夜に刻まれた、愛おしい聖痕。
 その傷跡をも塗り潰すほど、あれの輝きは強いのか。
 驚愕と同時に、友人へ抱くべきでない感情が鎌首をもたげる。
 怒りだ。自分の存在意義を見失わせかけた温もりに、臓腑が煮え立つような憤激を覚え。
 思わず唇に牙を突き立てようとした瞬間、継代が髭を弄びながら話しかけてきた。

「なー……俺様が振っておいて何だが、そんな難しく考えるコトでもないんじゃねえの?」
「話しかけるな、思考の整理中だ。そも、貴殿に何が――」
「要はさ、ダチのことが思ったより好きになってた、ってだけのことだろ」

 女神の城を見上げながら、髑髏面の暗殺者は嘆息する。

「一緒にしたらキレるかもだが、俺様もまあ、神に操を立てて生きた人間だからな。気持ちは分かるぜ」
「……そうか、貴殿は」
「ま、この仮面を被り出した頃には、ダチなんて一人も残ってなかったけどな」

 〈山の翁〉が統べるのは暗殺教団。
 どこぞの蛇が開設した養成施設とは違い、信仰を祖に成立した団体である。
 故に、仕えるということにかけては一家言ある身だ。それが齎す塗炭の苦しみについても。

「大将には難しいかもしれねえがよ、もうちょい気楽に考えてけよ。
 あんたは俺様と違って、間違えたらこの世から一発アウト、ってわけでもないんだ」

 肩を竦めて冗談めかしたのは、彼なりの励ましなのだろう。
 そういうものを解さないミロクだが、今の言葉には感じ入るものがあったらしい。

「驚いたな。貴殿がそんな気の利いた言葉を寄越すとは」
「おいおい、誰だと思ってんだよ。これでも生前はお偉方の機嫌取りに奔走してたんだぜ? まあ、それが死因になった感はないでもないが」
「感謝する。お陰で靄が晴れた」

 しっかりと二本の足で立ち、少年もまた月の城を、その先に広がる星空を見上げる。
 虚構の空だ。つまらない輝きだ。己の知る星々となんて、比較するにも値しない。

「私は天梨のサーヴァントへこう言った。翼の色に拘るつもりはないと」
「そりゃまた、大将らしい話だ」
「実際今でも、そう思っている。彼女の広げた翼が白でも黒でも、美しい星であるなら構わない」

 だが、と。
 小さく息を吐き、造り物の器は続ける。
 瓶の中の赤ん坊は、大きくなってしまった。

「こうして天秤にかけられると、一抹の疑念が過ぎる。
 その思考自体が、よもや既知の範疇なのではないかと」

 ――本当に友達だって言うのなら、相手の気持ちになるってことを覚えなさい。
 ――それともあんたにとって、友達ってのはただのお供え物?
 水入りに終わってしまった論戦だが、その言葉は妙に耳にこびり付いている。

「であれば現在私が編んでいる筋道は、滑落が約束された破滅の道筋ということになる。率直に言って、これほど恐ろしいことはない」

 輪堂天梨を恒星にする。
 その方針は何も変わらない。
 問題はそこへの向き合い方だ。
 祓葉への忠を貫くことと、彼女の虚を突かねばならないことは現在両立していて。
 後者を仕損じれば、自動的にもう片方も破綻する。
 ホムンクルス36号は能無しの滑稽な負け犬として、無様に舞台を去る。

「我々はプレゼンテーションを求められている。
 己の星を、新たな主役を用立てて、極星の飢えを満たせるかを試されている。
 天梨はそのために見出した器だ。語った友誼に嘘はないが、最初の志を裏切ることもまた出来ない。それをすれば私は私でなくなるだろう」

 総てを救う。善いだろう。
 総てを殺す。善いだろう。
 私は友として、御身の答えを尊重する。
 その上で、主君へ最上の未知を献上しよう。

 紛い物の星を淘汰し、神となった少女は。
 果たして自分に、どんな顔で笑いかけるのか。
 どの顔が、本当に正しい未来なのか。

「迷っている。初めてのことだ」

 出会って丸一日も経っていない、言ってしまえばそれだけの間柄。
 だとしてもホムンクルス36号は、多くのものを貰いすぎてしまった。

 瓶の外に出て、自分の足で地を踏み締める。誰かの隣を、並んで歩く。
 別に望んでいたわけではないが、"はじめて"だったことは確かだ。
 更に言うなら瓶越しとはいえ、誰かに抱き締められる温もりというのも。
 神寂祓葉とはまた違った福音の数々を、輪堂天梨は教えてくれた。

 主よ。今なら分かる。
 これが、友を持つということか。
 貴女は私に、この感覚を与えたがっていたのか。

 だとすれば、初めて貴女を恨みたい。
 なんと煩わしく、そして呪わしい葛藤だ。
 何も知らない盲目の赤子でいられたら、こんな贅肉を抱えず済んだろうに。

「天梨は助け出す。これは変わらない。貴殿に語ったのは全て、私個人の問題だ」

 星に、手を掲げる。
 人魚姫は、愛する王子と自分の未来を天秤にかけ、前者を選んで泡と消えたという。
 ならば自分は、一体どちらになるのだろう。
 人間にされてしまった、生き人形の己は。

「答えを、出さなくてはな」

 ホムンクルスは、葛藤の告白をそう締め括った。
 答えは出す。己の真も定義出来ないようでは話にならない。
 〈脱出王〉は死の淵に立たされ、自分の奇術の骨子を曲げてまで奇跡を起こしたのだ。
 あれに出来て己に出来ない道理はない。狂人の自負と人間のような煩悶が、一度は暗靄に覆われかけた思考回路を晴らす。

「話は終わりだ。先にも命じたが、貴殿には護衛を頼む」
「応よ。ま、こんな老いぼれの無駄口が役に立ったなら幸いだぜ」
「放逐されたのは陰陽師の主従のようだ。気配は此処を遠ざかっている。よってまず問題ないだろうが、念には念を入れたい」
「――え、マジ? あんなお悩み相談コーナーやっといていつの間に解析してたんだ?」
「私は高性能なのでな。【受胎告知】による強化も加わって、より低リソース、高解像度での解析が可能になった」

 物思いに耽る時間は此処まで。
 依然月は健在で、自分達はそこを追われた格好だ。
 戻ったとして出来ることは限られているが、このままのんびり待つなど論外である。

「その真価を、多少なりふり構わずに発揮する。是が非でも月の裏口を暴き出してみせよう。
 とはいえ、再入城のタイミングは入念に吟味する必要がありそうだ。
 "裏口の特定"と、"内部状況の読解"。両方が完了し次第、改めて貴殿に指示を出す」
「…………なんつーか、大将も大概凄え奴だよな。いや分かってたことではあるんだが、改めて」

 ま、正面戦闘以外なら何でもやりますよ。
 そう答えて、暗殺者は気を張りつつ――まだ残っている端末を念のため集結させておく。
 女神から追放処分を喰らった主従の、つかの間のやり取りであった。


【月光夢幻神界〈渋谷〉・『月姫真体・堕落恒星』近辺/二日目・午前】

【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(小)、脳にダメージ、肉体強化、"成長(第3フェーズ)"、迷い
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:"裏口の特定"を完了させ、"内部状況の読解"を行う。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:……ほむっち。か。
3:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
4:アンジェリカ・アルロニカ――。
5:第二、第三の恒星神への対処法を見出すためにも、この作戦は成功させねばならない。
6:天梨への向き合い方について迷っている。友を持つとは、こうも苦しいものなのか。
[備考]
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、肉体が成長しています。現在は人間換算で11-14歳程度の外見です。
※解析に加え、解析した物体に対する介入魔術を使用できるようになりました。

※月の内界と、外界との間に、裏口とでも呼ぶべきもうひとつの扉があると推測しています。
※〈脱出王〉が開けた、蛇の固有結界に生じたほころびを感知しました。
 →『ショー・マスト・ゴー・オン』での描写通り、亀裂は既に閉じているようです。
  が、これが〈脱出王〉の仕業であり、かつ神寂祓葉を侵入させるための試みだったことを察知しました。
※香篤井希彦、及びキャスター(吉備真備)の放逐を察知しました。希彦組は城から遠ざかっているようです。


【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』、警戒&端末集結中
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:大将も大変だな。色々と、さ。
1:大将の忠告を無視する気もないが……ノクト・サムスタンプ、少し気になるな。
2:状況が落ち着いたら新宿の兵隊(機動隊員)の余りをこっちに呼んでみるのもアリだが、さて。
3:役に立つかはさておき、端末を集結させておく。こうなりゃ俺様も全ツッパだ。
[備考]
※宝具を使用し、相当数の民間人を兵隊に変えています。
※OP後、本編開始前の間に、新宿警察署に集まっていた機動隊員たちを催眠下に捉えていました。
※自身が2回目の参加であること、前回のマスターがノクト・サムスタンプであることを知りました。
※新宿の機動隊員たちは、数こそ減ったものの幾らか生き残りがいるようです。


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最終更新:2026年10月13日 00:49