「問おう。汝が不遜にも余と契約せしマスターか?」

 そう言って現界したのはネメス頭巾と王衣(シェンティ)を纏った……いかにも古代エジプト人ですよという恰好をした人物だった。
 顔立ちは中性的で女性か男性かは判別つかない。
 だがその美しさの前では性別は関係なかった。
 そして迸る神気の前では人間であるかどうかですら意味がなかった。

 神気……すなわち神の証明。
 ここに召喚されたのは神霊にも等しい王であり、あらゆるものはその王気の前にひれ伏すだろう。


 もっとも……赤子であるマスターは最初からハイハイの姿勢だったわけだが。

「…………は? おいおいおいおいッ! 嘘でしょ、お前……!!」

 召喚に応じたアサシン……『女王ハトシェプスト』は理解が追いつかず素の声が出てしまう。
 当然と言えば当然だろう。これから願望成就のための殺し合いが始まるというのに肝心のマスターが赤子とあらば困惑するのも仕方のないことだ。
 女だからとなめられまいと覇気を上げて現われた自分が滑稽にすら思えてくる。

「いや、でも他に誰もいないし……」

 抱き上げると赤子はキャッキャッと喜ぶ声を上げた。
 あれだけの神気と覇気を浴びせられた赤子は怖がるどころか親しい者として喜んでいる。
 そしてその面貌は赤子でありながら勇ましさを感じさせた。

「我が甥そっくり……でもないわね。でも──」


 *  *  *

 紀元前15世紀。
 古代エジプトのとある神殿で二人の統治者(ファラオ)が相対する。

「叔母上」
「ここでは女王と呼びなさいと何度も言っているでしょう」

 男装し、名実ともにエジプトの女王となったハトシェプスト。
 父たるアメン・ラーと同じく神の香を漂わせ、猛々しく神気を迸らせる女主人。
 彼女と対峙するのは二十二、三歳の青年だ。
 冷たい夜にもかかわらず真夏の太陽に等しい熱気が青年の体へ叩きつけられていた。そうでなくても絶対的な権力を持つ女王の不興を買えばいつ謀殺されてもおかしくない状態であった。

 だが青年は怯まない。屈しない。
 無知からの蛮勇ではなく恐怖を知る勇気があり、自棄ではなく王者としての責務が彼を女神と対峙させるに至った。

「私にこの国をお貸しください」

 その青年は後に最も偉大なるファラオの一人。
 エジプトのナポレオンとも呼ばれエジプト史上最大の領土を勝ち取る征服王──トトメス三世であった。
 トトメス三世の勇気と覚悟を見たハトシェプストは砂嵐の如き神気を抑えた。

「いいでしょう。その勇気に免じて許します。私が蓄えた国力を持って、失った国土を……いいえ世界の涯まで王の支配下に置くのです」

 トトメス三世は知らない。
 彼女が実は最初からそのつもりだったことを。

 夫であるトトメス二世が死に、後継者に選んだのは側室のイシスとの間で出来たトトメス三世だった。
 当時、ハトシェプストは「勝った」とほくそ笑んだ。なぜならトトメス三世は二歳だからだ。
 先王トトメス一世の娘である自分が摂政となって実権を握り、然る後に王を謀殺して玉座を奪えばいい。
 神によって生み出されたこの身と正当な血筋が何者にも我が治世を否定させない。
 そう思っていたのに……


「──────────」


 たった二歳の甥を見た瞬間、全てが打ち砕かれた。
 王権を乗っ取ろうというハトシェプストの野心は砂漠の砂粒のごとく吹きとばされた。
 代わりにこの子のために一生をかけてエジプトを守り、その全てを譲りたいという願いが生まれた。
 神たる身にそうさせるほどの王気があの幼子にあったのだ。

「あなたは私が育てた王の中の王。過去の王たちを超える最高の王になりなさい」

 この二十二年はその為にあったと心の内で告白する。
 そしてこのやりとりの後、一年もしないうちにハトシェプストは安心したかのように死んだ。

 *  *  *

 赤子の相には覚えがあった。王気の片鱗だ。
 王の器に年齢は関係ない。それは彼女自身が身をもって知っている。

「汝もそうなのであるな」

 優しく頬を撫でると嬉しそうにする子ども。
 名前も知らない。
 だけど主と認めるには十分だった。



 さてこの赤子について血生臭い話を語らねばならない。

 ハトシェプストが召喚される直前、この赤子を持ってきた魔術師がいた。
 この魔術師は既にいない。この赤子であるというオチでもない。
 この魔術師の一族は清廉で、屈強で、完璧な人を作るという妄執に取りつかれていた。

「最強にして無垢なる魂の人。それが世を統べれば不幸に満ちたこの世を正せる」

 そんな子どもの考えそうな絵空事を信じたのである。
 彼の一族はそのために何代も重ねて試行錯誤した。
 西洋のホムンクルス。東洋の贋造生命。中華の蓮華珠。カバラのアダム・カドモン。
 そういった「完璧な人間」の文献を漁り人間を作ろうとして、結果は見るも無残な人間もどきを量産してしまっていた。
 彼らが人体の錬成に失敗したのではない。

 洗脳であれ、英才教育であれ、人心は腐る。
 聖杯のごとき無垢なる魂は外からやってくるこの世の悪に汚染されてしまう。
 自然の嬰児の純粋さに報いるほどの人間社会が存在しないのだ。

 彼の父の代にもなると、もはや手は尽くしたというように次の目標が立てられなくなっていた。
 そんな時、チェザーレ・ロンブローゾの”犯罪生物学”を知った。

 "罪を犯すものは肉体のかたちによって決まっている"

 無論、科学的に見れば迷信の域にすぎない。だが魔術的には意味がある。
 惑星と肉体の対応。健全な肉体は健全な精神に宿るという相関性。
 ロンブローゾの論文が否定された後も彼の父と彼はこの考えに傾倒し、新たな目標を立てた。

 ──完璧な人ではなく完璧な肉体さえあればいい。そしてそのサンプルはある。

 魔術師の親子はあろうことかエジプトにあるファラオのミイラを盗み、偽物と挿げ替えた。
 そして離れたこの日本の地でミイラの肉体を蘇らせようと試みたのだ。
 実態は蘇生ではなく駆動であり、遺体にソロモン王由来の降霊術式を組みこみ動かそうとした冒涜的な試みだったのだが。

 しかしこれにも問題が二つある。
 一つ、ミイラに臓器はない。
 来世の復活に備えてミイラの臓器は遺体から壺へ移されており、ミイラの中身は伽藍となっていた。
 もう一つ、ミイラの肉体は老齢かつ朽ち果てている。
 仮に降霊が成功したとしても。駆動と同時に体が崩れ去る可能性が高い。

 この問題を解決する最短距離として魔術師は己と己の父を捧げた。
 ミイラの細胞を採取し、錬金術によって赤子に等しい状態にまで復元し培養した。
 出来上がったのはファラオのDNAを持つ、人とは言えない肉の塊。
 それをミイラのかたちへと魔術的に照合させ、父と自分の臓器、骨、血肉の全てを赤子のものへ置換して埋め込んだ。

 完璧な肉体に自分たちという不純物が混じらぬように置換魔術で自分たちの痕跡を残さず消して同化していく。
 赤子といえど神王と呼ばれたファラオの一人を生き返らせるのであれば魔力も資源もその倍は消費する必要がある。
 ゆえに魔術師の親子は成果を見ることなくこの世から完全に消え失せるのが決まっていた。

「この子が動くのを見れないのが残念だ。だが我が家系の終焉はこれこそが相応しい」

 完全なる人を作り出すのではなく完全だった人体を動かす。
 科学技術、錬金術、仙術、降霊術、死霊魔術……一族が積み上げてきたあらゆる魔術と技術はこのためにあったと確信できる。

「──む?」

 そして最後の瞬間、ふと何かの結界が歪んだ気がした。そして聖杯戦争の知識が頭に入る。左手に懐中時計と令呪が顕現した。

「知らん。うっとうしい」

 それら全ての異常をどうでもいいと切り捨てる。
 なぜなら自分の願望はいま願う。そうだ、今このときこそが一族の悲願が達成される瞬間なのだ。

「我は汝となり、だが汝は我ではない」

 完全なる人よ。世界を救いたまえ。
 そう祈りを籠めて自分を霊子ごと消し去って魔術師はこの世を去った。
 設定されていた魔術礼装が起動し降霊術によって赤子に霊魂が入り込む。


 魔術師は誰よりも早く聖杯戦争から脱落し、誰よりも早く願いを叶えた。
 その家系の名は亜門(アモン)という。


【キャラクターシート】
【クラス】
アサシン

【真名】
女王ハトシェプスト@エジプト/新王国時代(紀元前15世紀)

【属性】
秩序・善

【ステータス】
 筋力B 耐久C 敏捷A 魔力A++ 幸運A 宝具A

【クラススキル】
気配遮断:B
自身の気配を消すスキル。
発動すれば、サーヴァントであっても感知はほぼ不可能となる。ただし、攻撃時には効果が大幅に薄れてしまう。

【保有スキル】
黄金律:A
人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命を示す。
神の国プントとの交易を成功させ、学問の神として祀られたアメンヘテプらを登用して
王朝を盛り立てた事実が、彼女にこのスキルを与えている。

麗しの風貌:B+
服装と相まって、性別をどちらかに特定し難い美しさを(姿形としてではなく)雰囲気で有している。
男性にも女性にも交渉時の判定にプラス補正が働く。
また、特定の性別を対象としたあらゆる効果を無視する。
アモン・ラーを見初めさせた母イアフメス譲りの美貌と男装の逸話から。

皇帝特権:EX
男と女の王権を有し上下エジプトの女主人として新王国時代を繁栄させたハトシェプストは高ランクの皇帝特権を有する。
クレオパトラと同様に本来は不得手な戦闘をこのスキルで補っているため、
戦闘中は皇帝特権が本来有する圧倒的な性能は発揮できない。

神性:A++
神霊適性を表す。
英雄王を超える神性を有する。生まれた時点でほぼ神。
伝説によると父アモン・ラーからは種、クヌム神からは肉体、ヘケト神からは魂を与えられており四分の三が神である。
男の魂を持った女体であり概念的には両性。また「女のホルス」と名乗りファラオとして神々の座に上げられたため神同然の神性を持っている。

【宝具】
『崇高なるうちの最も崇高な場所』
ランク:A 種別:対界宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:800人
ジェセル=ジェセルウ。
生前作り上げたハトシェプスト女王葬祭殿にして彼女の人生を描いた対界宝具。
神殿の入り口となる参道には神獣スフィンクスが軍勢を為し、
神の国プントから持ち帰った薬樹ミルトや美しい花々が咲き誇る庭園が広がる。
その奥にはハトシェプスト女王の人生を象ったレリーフが並び彼女の一生──すなわち世界があらゆる攻撃を防ぐ対粛清防御を持つ。
この宝具を使用している間はスフィンクスの軍勢を送りこみつつ、治癒と防御の神殿に立てこもる事が可能。

ただし彼女の力を支えるレリーフはその限りではない。


『大いなる碑柱のうち最も巨大な守護碑』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:1人
テケン=ラー。
重さ323トンのオベリスクを召喚し発射する。要は質量兵器。
ハトシェプストのオベリスクはエジプト最大のものである。
ちなみに最初は黄金で作ろうとして諦めたらしい。

【weapon】
基本素手であるが、プントに遣わせた船のオールを召喚して振り回すこともできる。


【人物背景】
古代エジプトにおいて最も偉大な女王。
女王には伝説の女王ニトクリス、最初の女王セベクネフェルがいるが権力を握り、エジプト王国を繁栄させた女王は彼女だけとされる。
彼女は能力の高い人物を身分に関係なく登用し、新王国時代の基盤を作り上げ、蓄えた国力によってトトメス三世は遠征を行いエジプト史上最大の領土を手に入れるに至った。
また王家の谷の最初の王墓となる父トトメス一世の墓を建築し、己の至聖所であるハトシェプスト女王葬祭殿も建造した建築女王でもある。
史実においては当時二歳だったトトメス三世の摂政として玉座についた。

夫であったトトメス二世は彼女の野心を危険視して側室との子であるトトメス三世を後継者に指名したがこれは叶わなかったと思われた。
だが彼女は実権を握っても玉座を簒奪せずにトトメス三世と共同統治であると再三宣告し、トトメス三世が十分な年齢と能力を示すと安心したかのように世を去った。

また旧約聖書においてモーセを拾い、育てあげた王の娘ともされている。
(ただしFate世界ではモーセはオジマンディアスの時代の人となっている)

ラムセスⅡ世(オジマンディアス)は王として実績を認めてざるを得ないが、
自分の神殿に勝手に名前を書いたので嫌い。
トトメス三世は何しても許す。自分のレリーフ削っても許す。

「当世では貨幣が紙と硬貨? 金ではないのか」
(当時のエジプトは金に溢れていたので金の輪が貨幣だった)

【外見・性格】
男装の麗人……最初の女王セベクネフェルが男装していたため伝統として男装していた。
当世では気にしなくていいが、やはり伝統であるので男装する(つけ顎髭は流石にしない)
ホルス神を名乗っていたのでニトクリスのようなウサ耳をしている。(魔術的意味はない)

【身長・体重】
164cm、53㎏

【聖杯への願い】
自分の神殿に書かれたラムセスⅡ世のカルトゥーシュの削除。

【マスターへの態度】
新たな王。自分が今生を捧げる意味(価値ではなく)がある相手。


マスター
【名前】
亜門

【性別】

【年齢】
一歳

【属性】
秩序・中庸

【外見・性格】
王の気配がある赤子。

【身長・体重】
81cm・14kg

【魔術回路・特性】
神代の人であるため質・量ともに非常に高い。

【魔術・異能】
天性の肉体。完璧な人体である。
魔術・異能の類はないが王者が見れば王の器と分かる何かがある。

【備考・設定】
魔術師の肉体が同化したため令呪が赤子の体に遷移してます。
ミイラの等身が近かったらハトシェプストは気づくので使われたのは世代の離れたミイラだったようだ。

【聖杯への願い】
生まれたばかりの赤子なのでそもそも願いがない

【サーヴァントへの態度】
本能的に同胞と理解していて会えてうれしいようだ。
もしかしたら母親だと思っているのかもしれない。

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最終更新:2024年06月14日 01:53