雲を衝く。という言葉が有る。
あまりに背丈が大きく。空に浮かぶ雲に届く程に大きいという意味だ。
「ほへぇ~~」
新発田新美(しばた にいみ)が見上げる鉄の巨人が、まさに『雲を衝く』という言葉が相応しいものだった。
それ程の全高がある訳ではない。精々が7m程度。大きいと言えば大きいと言えるが、この東京にあっては、比較にならぬ程に大きな建造物が無数に有る。
地方都市、更には田舎と呼ばれる所にだって、10mを超える建造物など、首を巡らせれば幾らでも見る事ができる。
まして此処は東京だ。日本で一番の大都市、世界中を見渡しても、有数の巨大都市だ。100mを超える建築物など数えるのも馬鹿らしくなるほどに存在する。
ならば、何故、この高々7m程度のヒトガタが、雲を衝く巨人に見えるのか。
答えは明瞭。至極単純。巨人の内に漲る力の故だ。腕を動かせば山を動かし谷を埋め。脚を動かせば大陸の端まで瞬時に駆け、海を飛び越えて異なる大陸へと到達する。
巨人の内から溢れ出る僅かな力でさえ、見るもの全てにそんな夢想を抱かせる。
ならばその力を全て解放すれば何が生じるのか?地球すら破壊してしまうのではないか?流出するエネルギーが太陽系の星を全てを飲み込み、新たな太陽として輝くのではないか?
そんな事を考えてしまう程に、鉄の巨人から感じる力は圧倒的なものだった。
それは巨人と対峙する者達も、同じだったらしい。
雷光の如き眩い輝きと、触れてもいないのにアスファルトが融ける程の熱を纏った長槍を、巨人の頭部に突き立てたランサーの顔も。
一矢一矢が狙った場所へと確実に飛んでいく矢を、一度に百以上放ち、巨人の全身を閃光で覆い尽くしたアーチャーも。
二人とも揃って表情の無い蒼白な顔を晒している。
この巨人には、己が渾身すら通じないと。己にとっての乾坤一擲の一撃すらが、児戯にも劣る程度だと。そう、識ってしまったから。
無理もないと新美は思う。高々7m。そこらの集合住宅にも劣るサイズの巨人から受けるイメージは、百万の民と十万の軍勢を内に抱え、地平線の果てまで埋め尽くす波濤の如き大軍勢を受け止める堅牢無比の大城塞。
対人宝具でしか無いランサーの槍では傷つけることなど到底叶わず。アーチャーの対軍宝具を以ってしてもそれは同じ。
卵を投げて城壁を崩そうとする愚を犯していた事を、ランサーとアーチャーは漸く悟ったのだった。
形状は人体のそれに近しい筈が、関節部位に直撃を受けても傷一つ受けた様子が無い。異常な頑強さと言うべきだった。
巨人が動く。
脚を上げて下す。只それだけの動きに、大地が震え、大気が鳴動する。
血相を変えて逃げ出そうとする二騎のサーヴァントへと、巨人の口に当たる部位から、高熱の息吹(ブレス)が吐き出される。
プロミネンスの如き閃光が周囲を白く染め上げて色を喪わせ、閃光に相応しい高熱が、二騎のサーヴァントの霊核すらも焼き尽くし塵すら残さず焼滅させた。
「いや、スゴイスゴイ」
何処かズレた反応を示して、新美はカンカンと、軽く硬い音をさせて、手を叩いた。手首まで覆うスーツの先から覗く両手は黒光りする鉄のものだ。
指の先から肩に至るまで、新美の腕は血の通った温かい生身の肉ではなく、血の通わぬ冷たく硬い鉄で出来ていた。
『出来ていた』である。『覆われていた』では無い。
この女の身体は両手両足が無く、有るのは無骨な鉄の腕と脚。人の四肢に似せようだとか、人体の動きを再現しようだとか、そういった精巧さや精妙さを一切持たぬ、只々腕と脚に似せただけの鉄。
一応は、簡潔とはいえ、人の四肢の動きが出来る様には造られていて、肩と股、肘と膝、手足の指に関節が有るが、人体の行う精妙な動作をこれでこなせるかよいえば、否である。
人工皮膚など用いていない、鉄が剥き出しになった荒い作りの義肢は、見る者達の精神に何かしらの揺らぎを起こさせる。
今、新美の足元に転がる二つの死体が、まだ生体活動を行っていた時に示した反応は、侮蔑であり嘲りだった。
当然と言えば当然だ。明らかに義肢としては不出来な作りの代物を手足とした女が、殺し合いの場所に立てば、侮られるのも極々自然な流れだった。
結局のところ、二人は己の過ちの精算を、一つしかない生命で行う羽目となったのだが。
新美の四肢は、一見したところ只の無骨な金属でしかないが、実際には優れた魔術礼装である。
見た目相応に重量のある四肢は、魔力を通すことで飛燕の如き軽捷さで振るう事が可能で、人体の柔軟性と、鋼の硬度を以って動かす事が可能となるのだ。
更には重量増加。剛性強化。硬度強化。といった付与魔術を追加で発動させる事も出来た。
放たれる魔術を魔力を通した鉄腕で砕き、瞬時に距離を詰めて、重量増加の魔力付与を発動させた腕で一撃。
それだけで、大言壮語を吐き散らし、そして吐いた言葉に相応しい実力を持つ魔術師二人が、胸骨を砕かれ、心肺を潰されて死んだのだ。
「ライダー。こっちもお願い。片付けるの面倒だし」
死体の懐を検めて、財布や身分証を剥きとってから、ブンブンと右腕を振りながら呼び掛けると、巨人が応じて新美の方を向く。
『たいしたものだ。雑魚でもない魔術師を二人まとめて殺してのけるか』
巨人の内側から響く声。この声を聞いた者は、誰しもが、気迫に満ちた男を想起するだろう。
千軍万馬をも平伏させる眼光と、獅子を素手で屠る屈強を誇る男を。
サーヴァントとマスターという関係性に有ってなお、只人なら膝をついて頭を垂れる圧と威を感じさせる声だった。
「大した事じゃないよ」
巨人の威容も声の圧も、全く意に介した風も無く。早く早く、と、巨人へと平然と左手を振って促すと、巨人は二つの骸を拾い上げる。
「おにょ?」
何をするのかと新美が見つめる中、二人の骸は巨人の掌の中で燃え上がり、秒で無数の塵となり、風に吹き散らされて消えていった。
「おお~~」
カンカンと。再度鉄の打ち合うが鳴り響いた。
やはり何処かでズレた女だった。
◆◆◆
◆◆◆
無窮の広がりを見せる灼熱の砂を、眩く輝く太陽が照らしている。陽光に灼かれる砂浜、触れれば火傷する程の熱を帯び、地表付近の空気を歪ませて陽炎を生じさせていた。
顔を上に向ければ、あまりにも蒼が過ぎて黒ずんでさえ見える空。
生物など何処にも見えず、気配さえも無い世界に、新美は一人立ち尽くしていた。
「ほあああ~~~」
前後に左右、更に上下と見渡して、自分は見知らぬ土地、それも砂漠にいる事を認識する。
「うん。夢だね」
間違いなく夢だ。一秒で全身から汗が噴き出そうなのに、肌は湿り気すら帯びていない。
殺意すら感じる光を放つ太陽に目を向けても、網膜が焼かれることも無い。
夢だ。完全に夢だ。少なくとも視覚に関しては完全に再現されている。
視覚以外はどうなっているのかは判らないが。熱は感じない辺り、触覚は置いてけぼりになっているのだろう。
「いや、それにしても、何故に砂漠」
新美には何も判らない。これが己のサーヴァントの生前の記憶だということも、サーヴァントと霊的に繋がったマスターは、サーヴァントの生前の記憶を夢に見るということも。
キョロキョロと周囲を見回す新美だが、どちらを向いても砂と空しか見え無い。
「飽きた」
待つことも、耐えることも、新美にとっては日常の一つではあったが、いくら何でも夢の中ですら忍耐を要求される謂れはない。
必要と有れば拷問じみた────拷問そのものの、生命の灯火に息を吹きかけるかのような過酷苛烈な鍛練にも耐える事ができるが。それも意味と目的あっての事。
何の意味もなく砂漠の真ん中にいるというのは、無駄な事この上ないのだ。
「せっかく東京来たんだし、夢の国行く夢みよう」
残念、ディ◯ニーランドは千葉だ。
新美は夢の中でウンウン唸り続け、景色が全く変わらないので諦めた。
元々ネズミテーマパークの知識が皆無な為、下手をすればネズミ人間が大挙して練り歩いている地獄絵図を見る羽目になったかも知れない。
「一体何なのさ。この夢は」
空と砂と陽光と、それだけで構成された世界に変化は一向に生じず。
いい加減キレそうになったところへ、漸く望んでいた変化が訪れた。
「ありゃりゃ。なんか来た」
地平線の果てより、砂塵を巻き上げて無数の人間が押し寄せてくる。
槍の穂に陽光を反射して煌びやかに輝かせ、身体を覆うほどの大盾を持った屈強な戦士の群れ。弓を持った兵と、矛を持った兵を乗せ、悍馬に引かれて疾駆する戦車(チャリオット。
現れたのは、戦うための集団。軍隊だ。
駆け足で新美目掛けて進んできた軍勢は、やがて鬨の声を上げ、全速力で走り出す。
「向こうに敵が居るのかな?」
新美の身体を、精悍な顔と鍛え抜いた肉体の戦士たちがすり抜けていく。
振り返り、戦士たちの進む先を見た。
「うわぁ……」
駆ける戦士たちの先には、同じく矛と盾を持った兵の群、そして戦車の集団。そして兵と車両の後方にありながら、その巨躯を見せつける、獅子の身体と人の貌を持つ獅身獣(スフィンクス)。
駆ける兵達が集団自殺を図っているとしか思えない偉容の獣。
人の軍勢など、巨像に踏み潰される蟻の群れでしか無い。現代戦の地上の覇者である戦車(タンク)を持ち出しても、この獣の前にはブリキのおもちゃと変わらない。
にも関わらず、兵達は恐れる様子もなく突き進む。
獅身獣が跳躍し、戦列の最前に降り立つ。
一方的な殺戮が始まろうとした時。獅身獣の一頭が、突如として宙に舞った。
「はえ?」
どれ程の力が加わったのか、獅身獣が空中で四散する。
その肉片と血飛沫を浴びながら、次の獅身獣へと爆走する一輌の戦車(チャリオット)が有った。
戦車を駆るのは、新美の良く知った顔の男だった。
「ライダー?」
二頭の、どう見ても鉄でできた身体を持つとしか思えない巨馬に牽かれた戦車は、爪を振るう巨獣を爪ごと突撃で粉砕し、疾駆して体当たりをする獣を正面からぶつかって撃砕する。
咆哮により発生した炎の竜巻を千々と散らして、爆走により生じる衝撃波で、巨獣の後ろに控える敵陣を切り裂き、無数の兵を挽肉に変える。
まさしく無人の野を征くが如し。兵も、戦車も、獣も、誰もが止めることが出来ない。
そのまま勝利へと続くであろう蹂躙疾走を、天より落ちた光条が止める。
「ラムセスか」
高熱のあまり、ガラス状に変化した大地の上で、ライダーが問う。
天に浮かぶ船に乗った、ライダーに劣らぬ偉丈夫が、地を見下ろして何かを言うが、新美には聞こえなかった。
只、ライダーが哄笑し、船の偉丈夫が腕を振るうのに応じるかのように、無数の獅身獣が現れ、ライダーへと向かって走り出すのし。
鉄の馬と鉄の戦車を駆るライダーは、雄叫びを上げて宙に浮かぶ船へと駆けて行った。
◆◆◆
◆◆◆
「いや、あのタイミングで目ぇ覚ます?」
夢から覚めて、新美は愚痴った。
あんな良いタイミングで目が覚めるとか有り得ない。せめて決着着いてからにしろよと思う。
「あれってライダーだよね。と言う事は、あの相手がライダーの未練という事?」
という事は勝てなかったんだな。そう結論付けて、新美は寝直す事にした。
◆翌朝◆
「いやはや凄いね、昨日のあの二人。ニュースになっちゃってるよ」
フカフカのベッドに寝転がってテレビを見ながら、新美はケラケラと笑う。
自分もその場に居合わせたにも関わらず、まるで他人事のような物言いであり、振る舞いだった。
新美が居るのは、昨日殺した魔術師の一人が宛てがわれていた邸宅だ。
予めライダーに内部を調査させて、殺した魔術師が一人暮らしだった事を知ると、これもまた奪い取った鍵で侵入。主人を失った家の新たな住人となったのだった。
本来の住居として宛てがわれていた、ボロアパートとは次元違いの住み心地に、新美は心底ご満悦だった。
咲夜屠った二騎のサーヴァントと二人のマスター。相争う二組の元へ、新美と従えるライダーが乱入し、二騎と二人を纏めて屠り去ったというだけの話。
ただそれだけの事ではあるが、矢張りと言うべきか。
超常存在であるサーヴァントが三騎も戦えば、それだけで周囲に尋常では無い損害が生じるのも無理は無く。
「あの二人が戦っていた公園。跡形も無くなってるし」
テレビに映る、遊具も植え込みも纏めて無くなり、地面に複数の穴が空いた、かつて公園だったなどとは誰も信じないだろう惨状を見ながら、新美は何が楽しいのか笑いっぱなしだった。
「ライダーさぁ。あのガラスになってる地面。ライダーの宝具だよね」
新美は目線だけでテレビに映る映像を示す。目線だけで。今の新美には四肢が無く、胴と頭だけでベッドに転がっていた。
外された四肢は、ベッドの周囲に乱雑に打ち捨てられている。新美が己の手足である礼装を、どう思っているかが窺い知れる扱いだった。
「あれだけ加減してやったのに、地に跡を残すとはな。なんとも脆い奴等よ。余が率いた兵達なれば、我が宝具とて、その身で受け止めれば跡など残さん」
新美の転がるベッドの傍に、腕を組んで立つ上半身裸の浅黒い肌の男────ライダーが応える。
背筋を真っ直ぐ伸ばして立つ姿は、玉座に在って国家を統べ、戦陣に在って軍勢を統べる、絶対者として天地の間に君臨した王者の威風が有った。
「いや、それは流石に無いでしょ……」
「現代の脆弱共を基準にするな」
「ええ……」
アレ滅茶苦茶威力なかった?ゴ◯ラが口から吐くやつみたいだったよ。とは口には出さない。
こんな事で争っても仕方ないし、そもそも新美はライダーの生前を識らない。
そして何より、どうでも良い。
聖杯戦争を戦うに際して、そんな事は心底どうでも良くて。
「そんなに強い兵隊さんが沢山居たのに、勝てない相手がいたんだ」
重要なのはこの一点。
此処まで強大な宝具を持ち、ライダーが語るように強壮無比の兵で構成された軍勢を従えていて、勝てなかった相手が居たというのが信じ難い。
空気が冷えた。
「ラムセスがどう遺そうが、あの戦は余の勝ちだ」
底冷えのする眼で、ライダーが睨み付けてくる。飢えた虎でも恐怖で動けなくなるほどの威圧が込められた視線。只人が受ければ確実に気死する程の眼光を受けて。
「ゴメンね」
新美はヘラヘラとした態度を崩さない。本心は窺い知る事が出来ないが、表象は平然たるものだった。
「変わった奴だ」
ライダーは新美の態度にも腹を立てた様子は無く、ただ呆れた様に呟いた。
「私ってそんなに変わってる?コレ以外で」
新美が目線で示したのは、床に転がる鉄の四肢。一級の礼装でもある四肢を、こうも乱雑に扱うというだけで、新美が世の常の魔術師とは事なる精神の持ち主だという事は窺い知れた。
「余を召喚したならば、凡そ聖杯戦争に臨む魔術師で喜ばぬ者はお前くらいだ」
「凄い自信だね」
「ラムセスが神王などと呼ばれて重宝されておるのだ。なれば余であるならば招いた時点で勝利は定まっておる」
凄まじい。そうとしか言えぬ自信だった。それもまた当然と言えば当然。二騎のサーヴァントを本気の二分も出さずに屠り去ったライダーなれば。
「それで…。怒らないで欲しいんだけど。『ラムセス』って誰」
「…………チッ。オジマンディアスと言えば理解(わか)るな?」
少しの沈黙と、あからさまな舌打ちは、ライダーの呆れと怒りを雄弁に物語っていた。
『只人なればいざ知らず、魔道の輩ならば知っているだろう』という心の声が聞こえてきそうだった。
「…………………分かんない」
「お前それでも魔術師かッッ!!!」
ライダーはキレた。無理も無い、普通はキレる。なにしろブリテンの騎士王にマケドニアの征服王、更には原初の英雄であるウルクの英雄王。
人理に名を刻んだ神話的存在達。聖杯戦争に臨む者が、身代を投げ打ってでも召喚する事を望み、召喚が叶った時点でを勝利を確信する大英雄達。
その彼等に並ぶエジプトの神王を『識らぬ』と言い放ったのだから。
「凡そ教育と呼べるものは何一つ受けていないので」
相も変わらずヘラヘラと、しかし僅かに揺らぎを感じさせる声。
ライダーが何も言わずに押し黙ったのは、声に含まれるものを感じた為だ。
「私の家は、高名な魔術師の家に、代々隷属している家系でさ」
新発田家が隷属の境遇に置かれる事になった詳しい経緯は、新美も知らない。
新発田家は元は欧州に基盤を持つ魔術師ではあったが、十六世紀に日本へと移住し、格の高い霊地に居を構え、代々魔術を研鑽し、明治以降はそれなりに優れた魔術の名家として、時計塔に名を知られるに至ったという。
「それが悪かったんだろうねぇ。霊地に目を付けた他所の魔術師の一族と戦争になってさ。魔術協会にも入っていない。どころか他との付き合いも碌になかったみたいでね。
多勢に無勢で負けちゃったんだよね。九分殺しの当主以外の主要な面々は全滅。当主はそのあと延々拷問されてさ、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)で、隷属を誓わされたってわけ」
霊地を奪われ、屋敷を奪われて、その後の新発田家の運命は、当然ながら無惨を極めた。
従僕や戦闘要員として使われるのは元より、霊薬や魔術の実験動物とされて、全身が溶け崩れ、膨れ上がって破裂し、骨すら残らず燃え尽きた者。
異常性愛者の慰み者にされ、毎日の様に骨を砕かれて狂死した者。
霊地を強奪する為に、暗殺の道具として使われ、苦悶の形相を刻んだ奇怪なオブジェとなって戻ってきた者。
魔術の研鑽も、主家の役に立つように戦闘に特化したものに限定され、根源を目指すという大願は永遠に断たれた。
「新発田の家の当主は、魔術刻印と共に呪いも受け継ぐ。主家の意向に逆らったり、叛意を実行に移したりするとね。死んじゃうんだ」
「叛意を抱いたら、では無く。叛意を実行に移したら。とは、よく分かっているな」
「うん。そこは褒めてやっても良い」
叛意を持たない、などというのは古代の奴隷であっても不可能だ。故に叛意そのものを禁じて仕舞えば新美の一族はとうの昔に全滅していただろう。
「話逸れちゃったね。それで、私が新発田の当主として魔術刻印を継ぐ日にね。私は両手脚を奪われた」
新美が手足を奪われたのは、回路の質と量が破格だった事と、魔術特性が『風と水』の二重属性だった事に起因する。
「昔日本で死んだ魔術師に、水銀の礼装を使う奴が居てね。ソイツの礼装を再現してみようって事で、私の手足はぶった切られた。
こうすれば常に鍛錬を行う事になる。必ず身につくだろうよ。そう笑いながら言ったアイツ等の顔は、一生忘れられそうに無いね」
表情は笑顔のままで、新美の顔に暗い影が落ちる。一日たりとも、秒瞬の間でさえ忘れた事の無い怨嗟が垣間見える。
軽薄な上っ面の内側に秘めた、生涯消えることのない怨嗟の炎。
この女の軽薄さは、そうでもしなければ正気を保てないが故の、自己防衛のためなのだろう。
「ああ、鉄の義肢にしては、妙な音がすると思ったら、鞘か」
「そうだよ。アレは私の本当の礼装を納めている鞘。本当はね、水銀なんだ。よく気づいたね」
「如何なる品であれ、鉄ならば余が気付かぬ道理無し」
「そうなんだ」
義肢があれば拍手の一つでもしそうな風情で返す。
「話の続きをするとね。さっきも言ったけれど、私の手足を斬ったのは、義肢として日常的に使わせる事で、扱いに習熟させる為だったんだ。後は隠し武器にする為。
いつもは袖の長い服着てるんだ。真夏でもね」
産まれ持った手足を喪い。鉄の鞘に収まった水銀の四肢を得た新美の日常は、行住坐臥の全てが訓練と言ってもよかった。
食事をするのにも、水を飲むのにも、何をするにも魔力を巡らせて礼装を操る日々。
魔力を使い果たせば其処で動けなくなる。そんな身でも、容赦無く課せられる調教(戦闘訓練)。
効率よく、魔力を使う事を強いられる日常は、新美の魔力運用の効率を徹底的に磨き上げた。
「一日中屋敷の中で、戦闘と魔術の鍛錬。奴等の用を果たす為に、一般的な社会常識や、ある程度の読み書きと計算を教わったけれど、それ以外の事は何にも知らない」
凄惨と呼ぶべき生い立ちを、ヘラヘラとした態度で語り終えると、新美は瞼閉じた。
「そして私は此処にいる。私の主人、“元”主人がね、聖杯戦争に参加したかったらしいんだ。けれども七つの枠はもう埋まってる。それで────」
枠が無いのならば作れば良い。単純明快な理屈に基づき、新美を使ってサーヴァントを釣り出し、マスターの殺害を企てた“元”主人は、返り討ちに遭って殺された。
新美がその事を知ったのは、囮となって誘い出したサーヴァントの口からだ。
「なんだか猛烈に腹が立ってさ。せめて私の目の前で死んでくれって、そう思ったんだよ」
激昂してサーヴァント殴り掛かり、当然のように死んで、気がつけば第二次聖杯戦争のマスターとなっていた。
「私の願いなんて一つしか無いよ」
「“元”主人の死を見届けることか」
「違うよ。アイツらを皆殺しにする事だよ。一度死んだせいかな、無くなってるんだよね。制約」
だから問題無く殺し尽くせるんだ。
そう言って、新美は屈託なく無く笑ったのだった。
【キャラクターシート】
サーヴァント
【クラス】
ライダー
【真名】
ムワタリ二世(紀元前十三世紀・中東)
【属性】
中立・善
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具EX
【クラススキル】
騎乗:A
幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師では○○に傷をつけられない。
【保有スキル】
神鉄:A
ヒッタイトで精錬された鉄。並の対軍宝具を寄せ付けない堅牢さを誇り、この神鉄で出来た鎧を身につければ難攻不落の防御を誇り、武具を持てば只の攻撃が城壁を切り裂き砕く程となる。
鉄の王たるヒッタイトの王が持つに相応しいスキル。
友誼の証明:B
敵対サーヴァントが精神汚染スキルを保有していない場合、相手の戦意をある程度抑制し、話し合いに持ち込むことができる。
聖杯戦争においては、一時的な同盟を組む際に有利な判定を得る。
史上初の講和条約を結んだ逸話から。
軍略:B
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、
逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。
大量生産:A
鉄器を無限に近い形で生産出来る。この場合の鉄器とは、ヒッタイトで使われていたもののみならず、後世になって造られたものも含む。
どこかで帳尻を合わせているのだが、それは彼の周囲以外の誰かであり、何かだ。ライダーとは無関係の場所の素材を消費しているため、彼の懐は全く痛まない。
【宝具】
鉄蹄轟く神鉄戦車(アイアンチャリオット・オーバードライブ)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:300人
ライダーが駆るヒッタイトの神鉄でできた戦車(チャリオット)。
二頭の神鉄製の馬が牽く戦車は、防壁も軍列も破砕する蹂躙疾走を行い、周囲に衝撃並を撒き散らす。
馬蹄による踏みつけと、車輪による轢殺の二度の攻撃判定を有する。
後述の宝具による出力の恩恵を受けている為に、凄まじい出力を誇り、疾走中はエネルギーフィールドを形成して乗り手を守る。
始原の鉄炉(ニュークリアフージョン・サンファーニス)
ヒッタイトの神鉄を精錬する炉を内蔵した神鉄製の巨人。全高7m。
並の対軍宝具を寄せ付けぬ程の堅牢を誇る神鉄が、通常の手段で生産されるはずなど無く。
この炉は超重力を発生させる機関であり、巨大な重力により核融合を行うことで鉄を生成する。
要は太陽の中心核や中性子星が鉄の塊まりであるのと同じ。
核融合により生み出される絶大なエネルギーを、太陽風やプロミネンスとして使用する事が可能で有り、重力操作により超重力を発生させて周囲を圧潰させる様な使用法も可能。
これらのトンチキ兵装を用いずとも、有り余るエネルギーとそれに耐えうる頑強な機体による打撃は、一級のサーヴァントでも容易く屠る。
炉心が宝具で有り、鋼の巨人は付属物であるために、炉心さえ無事なら幾らでも再生する。
この宝具は仕様上、発動時には莫大な魔力を要するが、発動させれば魔力を必要としない。
【weapon】
ヒッタイトの神鉄製の鎧と矛と剣。
【人物背景】
紀元前十三世紀のヒッタイトに君臨した王。
カデシュの戦いでラムセス二世率いるエジプト軍を相手に優勢を保ち、史上初の講和条約を結ぶに至った。
なおこの戦争は、ヒッタイト及びエジプト双方ともに自国の勝利としているが、ヒッタイトがシリアへの影響力を保ち新たな領土を獲得したのに対し、エジプトは何も得ていないところからして、エジプトの敗北である。
【外見・性格】
褐色の肌の痩身長躯に見える男。鍛え抜かれた均整の取れた肉体が、返って痩せて見えるというだけである。
【身長・体重】
193cm・90kg
【聖杯への願い】
ラムセス二世に今度こそ敗北を認めさせる
【マスターへの態度】
変わった奴だが、悪い印象は無いし魔力の質も量も良いのでマスターとして認めてやる。
マスター
【名前】
新発田新美
【性別】
女
【年齢】
23歳
【属性】
中立・悪
【外見・性格】
黒髪黒瞳の病的に肌の白い女。
顔立ちは美人の部類に入る。育ちの為やや幼く見える。
服装はいつも男物のスーツを着ている。好き好んできているわけではなく、義肢を隠す為である。
いつもヘラヘラしている女。その所為で感情や考えが読み難い。
実態は内面に秘めた凄惨激烈な憎悪を覆う仮面(ペルソナ)
【身長・体重】
義肢込みで170cm・102kg
義肢なしだと78cm・42kg
【魔術回路・特性】
質:A 量:A
特性:風と水の二重属性。流体操作を得意とする。魔術刻印は背中に存在する。
【魔術・異能】
鉄の四肢:
切断された両手足の代わりとなる鉄製の義肢。一応関節が有り指もあるが、人体の持つ精妙さや繊細さは持ち得ない。
のだが、新美は長年の日常レベルの鍛錬により、生身の四肢を凌駕する動きができる。
頑丈で様々な魔力付与が施された鉄の四肢は、それ自体が逸品の礼装である。
重量や硬度を増すことで一撃の威力を高めることや、剛性や靱性を付与する事で攻撃を受け止めることが可能。
念じる事で簡易な動きならば自律で行わせられる。この為寝る時は外して適当に放り投げ、目覚めれば義肢から動いて装着させている。
新美は軽量化の魔術を常時使用する事で、このクソ重い義肢を使用している。
この為に軽量化の魔術は洗練の極みにある。
水銀の四肢:
鉄の獅子という『鞘』を外した時に使用可能となる、新美の真の義肢。
水銀製の四肢は形状を自由に変化させることができる。巨大な鉤爪を伸ばして斬り裂くのが基本スタイル。
四肢を構成する水銀の一部を鞭のように変化させて、対象を切り刻むことや展開して盾にする事が可能。
この水銀の四肢にも当然だが魔力付与は行える。
【備考・設定】
新発田家は元は欧州に基盤を持つ魔術師ではあったが、十六世紀に日本へと移住し、格の高い霊地に居を構え、代々魔術を研鑽し、明治以降はそれなりに優れた魔術の名家として、時計塔にも名を知られるに至ったという。
その所為で派閥に属さず、派閥を形成しておらず、縁者に有力な魔術の家もない事から、霊地に目をつけた他所の魔術師の一派に襲われて敗北。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)により永遠の隷属を強いられた一族の当主。
新発田家を隷属させた家は、当初は繁栄したものの、土地が合わなかったのか次第に没落。なんとか回路の質と量を増やすべく苦心していたところ、新発田家に破格の質と量を持つ新美が産まれ、これを次期当主を産むための胎とする事を決める。
新美の属性が『風と水』だった事から、新美でかつて日本の地で死んだ魔術子の礼装を再現させてみる為。
礼装の習熟が出来ようが出来まいが関係無く、どうせ胎として使うのだから生きてさえあればそれで良かった。
かくして新美は地獄の日々を送る。礼装を使わなければ日常のあらゆる事が出来ず。調教と称される戦闘訓練に於いては、成す術なく嬲られる。
そんな日々は新美の魔術の才を否が応でも磨き上げ鍛え上げた。
長じた新美が、主家の為の汚れ仕事にも慣れ始めた頃。第一次聖杯戦争の事を聞いた主家の当主が参戦を画策。既存のマスターを殺して成り代わろうとするも、衰退した魔術回路と刻印では如何ともし難く敗死。新美もサーヴァントに殺される事となった。
【聖杯への願い】
“元”主人の蘇生。“元”主人と主家を皆殺しにするのは自分でやる。
【サーヴァントへの態度】
強くて頼りになる良い人。仲良くやって行きたい。
最終更新:2024年06月12日 00:32