それは最初、ライターほどの大きさの火だった。
だが、いつの間にか燃え広がり、燃え広がり、燃え広がり。
次第には家をも焼くほどの大きさの炎になって行く。
いや、炎どころではない。屋敷どころか城さえも焼く災(わざわい)だ。
その中から悲鳴が聞こえる。この聖杯戦争の予選で負けた主従の、断末魔だ。





「どう?凄いでしょ?私の力。」


火事の現場から離れた場所で、美しい振り袖姿の少女が、男に笑顔を見せた。
振袖は紅花から作られた赤をベースに、大ぶりの桜と菊と言った、明るい色の花が咲いている。
帯は黒を中心にしており、小さいが花がいくつも映っている。
そこまで聞けば大和撫子かと聞きたくなるが、髪は日本人特有の黒い物ではなく、燃えるような赤毛だった。
一見白と桃の振袖とはミスマッチに見えるが、それは仕方がない。その振袖が少女そのものだからだ。


「誰が屋敷まで焼けと言った。」


それを咎めた低い声の主は、長身の成人男性だった。
目つきはやや鋭く、燃えるような赤毛の少女とは対照的に、短髪の黒い髪が特徴的に見える。
顔立ちは精悍で、黒い目と日焼けしながらも黄色みがかかっている肌は、日本人らしくある。
身体は服の上から見えるほど筋肉質で、余分な脂肪は少しもない。
日焼けしているが、スポーツ選手やボディービルダーのような、筋肉の山脈というほどではない。
どちらかと言うと警察官や自衛隊のような体格をしている。


「わざわざ気にする必要なんてないでしょ?あ、もしかして元の世界での職業柄、嫌な気分になった?
“わーかーほりっく”ってヤツ?」


少女の笑顔は美しかった。
夜空に浮かぶ花火のように見えた。だが花火は美しくも、火だ。
人を焼くことも、焼き殺すこともある。花火大会で、観客が火傷を負った事件が、それを物語っている。
少女の笑顔もまた、美しくもあり、同時に残酷に見えた。
マスターを慮る様子など、一かけらもその目には浮かんでない。


「そんな素晴らしい物じゃない。たとえ消防士であろうとなかろうと、屋敷が焼けるさまを見ていて気持ちよくなる者はいないだろう。」

「敵の屋敷だったとしても?」

「同じに決まっている。」


男は元の世界では、消防士だった。
高校を卒業してすぐに隊員の一人になり、それから数年もせぬうちに凄腕の消防士として、地元で少しだけ人気となった。
もっと大きい所で働かないかと、他所の消防署から勧誘を受けたことも何度もある。
消防士になってから4年後、高校時代の先輩の伝手で紹介された女性に出会い、すぐに意気投合して籍を入れた。


「そこまで拘ることなの?そもそもこの世界で欲しいのは、消防士としての賞賛なんかじゃ無いでしょ?」

「…分かっている。だが、簡単に人を焼くことなど出来ん。」

ずっと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるマスターを、サーヴァントはくすくす笑いながら見つめていた。
それは少女特有の天真爛漫な笑みではない。屑を燃やした灰を煮詰めた、タールのような笑みだ。


「そんなことをしていると、見逃しちゃうよ?家族とまた、円満な家庭を作りたいんでしょ?」

「お前に何が分かる。」


それは決してマスターの当て擦りなどではなかった。
目の前の少女に、家庭を持つ者の気持ちが分かるはずなど無い。
子供だからではない。人間の子供ですらないからだ。


「え?それは自分は父親だから、子供のお前に分からないってこと?
確かに私には家族も、愛してくれる人もいなかった。けれど、分かるよ。
愛されたいって気持ちも、大好きって思われたいって気持ちも。」


少女は愛されなかった。いや、愛されていたが、それは常に自分ではなく、自分を着た者だ。
だからこそ、持ち主を殺した。私を見てと。私の邪魔になる相手など、死んでしまえと。
しかし彼女は、持ち主の家族に愛されることはなく、別の持ち主に引き取られた。
その持ち主もまた同じだった。最初こそは美しいと言ったが、やがてはそれを着た娘ばかりを愛した。
だからこそ、また殺した。私を見てと。
そしてまた殺した。私を見てと。


「お前の気持ちと俺の気持ちを一緒にするな!!」


柄にもなく、小さい子供に向かって荒げた声を投げかけてしまった。
――パパ大嫌い
あの時のことを思い出し、自己嫌悪に陥る。
むしろ少女の方は表情を崩すことも無く、笑顔を浮かべていた。


「何が違うの?ありのままの自分を受け入れて、愛して欲しいと言ってるだけだよね?
マスターも、私も。」


愛を求めて、何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返すうちに、彼女は人々に恐れられ、燃やされることになった。
こんなことが許されてたまるか。けれど彼女を助けてくれる者も愛してくれる者も無かった。
熱い、助けて。
愛されない自分が、美しさだけが取り柄だった自分が、真っ黒な醜い炭に変わってしまったら、いよいよ自分を愛してくれる者はいなくなる。


「お前と違って、愛されたいがために人を殺したりしない。」


でも、彼女の身体を覆う炎は、燃え広がってくばかり。
そうだ、どうせ愛してくれないなら、火となって色んな人の目に付く所へ行こう。
愛してくれない人なんて、何百人焼け死んだって構わない。
風が彼女の味方をした。初めてだった。空を飛ぶのは。
そして燃えた彼女は炎となり、町を、人を、建物を焼き尽くした。
それはこの東京と言う町の、遠い昔に事件として名を残した。


「でもこれから、殺すことになる。聖杯戦争って、そういうものでしょ?」

「俺はお前のために…動くつもりなど無い。」

「別に私のために戦ってなんて言ってないよ。
でも私は聞きたいわ。この聖杯戦争には、あなたの愛されたいって気持ちを天秤にかけてでも、守りたい人はいるの?」


男は、より多くの人間を守るために戦った。
火と言う、人類の誕生から救いであり、脅威となって来た存在と。
その代償に、家族からの愛を失った。


「どっちでもいいわ。どっちに転ぼうと、私は独りのマスターを愛してあげるから。
だから、マスターも私を愛して。」


そう言うと彼女は、笑顔でマスターに抱き付いて来る。
悪意に塗れた愛など押し付けるな。
胸の中に過った言葉を、口から吐きだすことは出来なかった。
その愛が悪意に塗れた物でも、受け取りたいという気持ちは、ウソではなかったから。
彼女の抱擁に、彼が長い間求めていたぬくもりがあったから。


「そんな顔しないの。まあ、私はマスターが愛に飢えているのは分かっているから、
いつでも頼っていいのよ。」


消防士として自分は、他人のために戦って来た。
だが今度ばかりは、自分のために戦ってもいいんじゃないか。
そう思ってしまった彼の気持ちは、決して消えなかった。


サーヴァントの悪意の炎は、確実に彼の心を侵蝕していた。




【クラス】
プリテンダー
【真名】
振袖・明暦@史実、災害
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力:E 耐久:B 敏捷:C+ 魔力:A 幸運:E 宝具:EX


クラススキル
陣地作成(B+)
本来はキャスターのクラススキル。魔術師として、自身に有利な陣地を作り上げる。炎を燃え広げ、自分とマスター以外の建物を次々に焼き尽くす。
道具作成(D)
本来はキャスターのクラススキル。呪力を帯びた振袖を生成できる。
これを着た者は、サーヴァントを愛してくれない限りは、呪いの耐性にもよるが遠からぬうちに呪殺されることになる。
騎乗(E)
本来はライダーなどのクラススキル。乗り物を乗りこなす能力だが、彼女は風に乗り、何処へでも飛んで行く。火は時として風を味方に付ける。
逆にこれと言って他の乗り物などには騎乗するスキルを持っている訳では無い。



保有スキル

愛情への渇望(EX)
愛して、愛して愛して愛してアイして。アイシて愛してあいして愛して。
愛してくれないのならみんな死ねばいい。みんなみんな、焼け死んでしまえ。
みんなみんなみんな、呪い殺されろ。
それを着た人だけを愛して、振袖を愛さない。そんなこと、許される訳ないよね?

付喪の呪い:C
彼女が振袖だった頃から操る呪術を示すスキル。現代で言うサイコキネシスや金縛りなどの効果を持つ。

魔力放出(炎):A
彼女の振袖、正確には彼女自身の肉体に炎の魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することが出来る。炎は次々と燃え広がり、それ相応の魔力か大量の水でもない限りは決して止められない。



【宝具】
『明暦の大火、あるいは振袖大火』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1‐1000 最大捕捉:107000

射程内の範囲にプリテンダーが生み出す灼熱と豪炎、そして強風の吹き荒れる世界。
あらゆる生命、建物を灰燼に帰す炎の世界、江戸時代の忌まわしい大火事の事件の再現を行う。
それ以上に恐ろしいのは、際限なく同時に起こる建物の延焼だろう。当時の時代と違って、木造住宅は減っていても、炎はあらゆる燃焼物を探して燃え広がる。
対抗するにはそれと肩を並べる力(洪水、大爆発など)で建物ごと吹き飛ばす他ない。
この宝具の最も特筆すべき点として、炎の威力がマスターの怨みの心に比例して大きくなることだ。
客観的に見て理にかなった物であろうと、そうで無かろうと、プリテンダーの敵から受けた被害や恨みが強いほど宝具の出力は増し、より炎の勢いも強くなる。



【外見・性格】
本来の外見は、白い振袖を着た赤髪の少女。しかし、少女ではなく本体は振袖に該当する。
ちなみに、一般人相手には、振袖を着た少女の名前を名乗っている。その名前は『梅野』『お菊』、「きの」など多岐に渡る。

底なしの愛を欲する。自他共に認める美しさを持っており、これほど美しい自分ではなく、それを着た者のみが愛されるのはおかしいと、歪んだ思想を持っている。
愛してくれない者、特に自分を着ながら愛される持ち主を、妬み怨み呪う。
逆に愛してくれる存在には、歪んでいるとは言え愛を返してくれる。


【身長・体重】
 振袖としては120センチ,8kg。
 少女としての外見は154cm,47kg。

【聖杯への願い】
自分の胸に収まり切らないほどの愛を。


【マスターへの態度】
憐みと好奇心。
自分に見立てて、愛して欲しい相手から愛されなかった彼を、哀れに思っている。
その一方で、愛以外にも炎を消そうとする、即ち自分とは真逆の存在である彼に好奇心を抱いている。


【名前】
水口鏡太(みずぐち きょうた)

【性別】

【年齢】
31

【外見・性格】
黒髪のスポーツ刈りで、精悍な表情と無精髭、そして筋肉質な身体が印象的な人物。
消防士の隊服に身を包んでいる時間の方が多かったため、高校生時代から来ていた黒いジャージを今は着こなしている。
自分にも他人にも厳しい性格で、それ故仕事でも成功を収めて来た。だが、愛を受け取る力だけは無かった。



【身長・体重】

178センチ 75キロ

【魔術回路・特性】
質:C 量:B
火事の焼け跡にあった懐中時計を拾った時に、聖杯戦争に招かれた。
消防士として鍛えられた体力は、魔力の量を賄うのにも使われるのだろうか。
特性:消火魔術
右手を掲げることで炎を消すことが出来る魔法。水では消火しにくい、化学薬品の炎上などで出来た炎なども、消すことが出来る。
ただし、彼一人では消せる量は限られている。

【備考・設定】

出世する中で結婚し、1児の父になる。だが、夜勤が多い都合上、妻や娘と遊ぶ時間を用意できず、次第に愛が冷えて行った。
夜勤明けで眠っている途中、家に遊びに来た娘の友達を、うるさいと怒鳴ってしまい、それから娘から恐れられる。
転換点となったのは、ある日隣町で大火事が起こり、彼もまた人手として駆り出された。
彼の実力もあり、犠牲者ゼロで火事は終息した。
しかし彼が仕事にいる間、彼の家の近くで小火が発生。家族は誰も死ぬことは無かったが、娘の思い出がいくつか焼けてしまった。
自分のせいで思い出が焼けて無くなったと、妻と娘から罵声を浴びせられ、それから冷え切った生活を送る。
こんなはずじゃなかった。消防士としての成果はもういいから、誰かに愛されていたかった。
そう気づいたのはもう遅かった。


【聖杯への願い】
妻や娘と円満な家庭を築きたい。もう失敗しないから。

【サーヴァントへの態度】
消防士として、人として生かしてはいけない存在。だと言うのに、彼女を歪んだ愛を受け止めたくなってしまうのは何故だろうか。

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最終更新:2024年07月28日 18:09