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Ladybird Girl


夕日の差す街並みの中に、一つ、ぽつんと停まった車があった。
時刻は午後六時をいくらか過ぎた頃――プレシアの放送が終わり、間もない頃だ。
エンジンを止めた車はそのまま動く様子もなく、暗く染まり行く景色の中に溶け込み始めている。
よく目を凝らせば、車中が無人ではないということがわかるだろう。
車の中には二人の少女がいた。黒神めだかと、黒鉄はやての二人だ。
一人でも多くの仲間を集めるべく学校を飛び出した二人だったが――

「ドッキリ……なんだよね?」

助手席に座っていたはやてが、ぽつりと呟いた。
うつむいたまま顔も上げず、心なしか問う声は震えている。
放送で呼ばれた静馬夕歩という名前を、はやてはよく知っている。
はやてと同じく天地学園剣待生だった夕歩とは、天の星を奪い合う間柄として剣を交えたこともある。
そして星獲りが終われば、はやて、夕歩の刃友である無道綾那、久我順らと共によく遊び、よく食べ、よく――

「いやー、まいっちゃうよねー。あんなふうに言われたらさ、まるでしぐまが……」

まるで……まるで。その後に続く言葉が、出てこなかった。
口を半開きにした間抜けな顔のまま、無理矢理に笑みを浮かべようとしても頬が強張って動かない。
顔も上げられず、何も言えないまま、時間が過ぎていく。
もう夜は街全体を包み込んでいて、そこかしこに置かれた街頭が弱々しく辺りを照らしている。
ぱち、ぱちと半分切れかけた電灯がかすかに音を立てる他には、虫の声一つない。

「ねぇ、なんかしゃべってよー」
「――――」
「きっとさ、あたしたちが慌ててしぐまたち探してたら、いつもどおりのむっつりした顔で、『ドッキリ成功!』なんて書かれた板持ってひょっこり出てくるんだよね?」
「――はやて」
「いやもうほんと、こんなの誰が考えたのかなー。趣味悪いよね、まったく」
「――はやて。そんな言葉で、自分を誤魔化せるか?
 ……私は、そんな言葉で――自分を誤魔化したくなどない。己の内にあるこの感情に、蓋をすることは出来ない」

めだかは、己の不甲斐なさを噛み締めるように、ゆっくりと心中を吐露した。
プレシアに読み上げられた名前の数は六つ。その中には、めだかもよく知る箱庭学園生徒会書記の名前もあった。
阿久根書記が死んだなどと、めだか自身信じ切っているわけではない。
しかしこれだけ大がかりな舞台を用意した主催者が、放送においてフェイクを入れるような真似を――そんな片手落ちをするだろうか。
おそらく、読み上げられた内容に虚偽はない。たった六時間の間に、六人もの人間が死んだのだ。

「だって、だって――嘘だよっ! しぐまはね、強いんだからっ!」
「――言い争っている時間はない。今は一刻でも早く、一人でも多くの同士を見つけねばならん」

めだかとて――信じたくはないのだ。既に阿久根高貴が死んだなどとは、到底思えないのだ。
中学時代には阿久根と敵対していたこともあるめだかだからこそ分かる。
阿久根高貴という男は、およそあらゆる分野において天才という呼称を授かるほどに、才に満ちていた。
こと戦闘においては、『破壊臣』という二つ名が決して大袈裟なものではないと誰もが認める実力を備えている。
そんな阿久根でさえも、数時間で命を失う――此所は、そんな場所なのだ。
今こうして手をこまねいている内に、犠牲者は更に増えていく。
殺し合いに乗った他者がいると皆が知った今では、立ち回りを決めかねていた人間が殺人を選択する可能性も高くなっただろう。
ぼんやりとしている暇などない。ハンドルを握る手に、力が込められる。

「行くぞ、はやて」
「……うん」

 ◇

道中でめだかが何かを喋っている、というところまでは認識できても、その意味までは理解できないというほどにはやての頭は混乱していた。
車が止まり、降りるように促され、そこでようやくめだかがどこを目指していたのかを知ったほどだ。
夜闇の中、白い壁色がうっすらと浮かび上がる――巨大な建造物は、病院だった。
非常灯だろうか。病棟のそこかしこが緑の淡い光に照らされている。
一見した限りでは人影は見当たらないようだが――

「怯え隠れた人間が、身を潜めているかもしれぬ……そうでなくとも、救急薬など有用な道具がある可能性は高い。
 学校にも机や椅子、果ては野球部の金属バットや剣道部の竹刀、木刀など武器になり得る備品が手付かずのまま残っていたからな」
「人探しと、薬探しってことだね。おっけーわかった」

力無く頷き、ふらふらとした足取りで病院の中へ入ろうとするはやて。
心ここに在らずといった体のはやての姿を見て、めだかは――
そっとはやての手を取り、優しく握りしめた。

「う……ひゃっ!? こ、こそばいよそんないきなり!」
「思ったよりも冷えているな。少し暖めていくと良い」
「で、でもさ。ゆっくりしている暇はないってさっき言ってたし……」
「もちろん無駄にしてよい時間などない。だがな、私は――これが無駄な時間だとは思っておらんよ」

握られた手を通して、めだかの温もりが伝わってくる。
あ、と気付く。自分でもまったく気付かないくらいに、気持ちが落ち込んでいたことに。
夕歩の名前を聞いてからずっと、はやては足りない頭でぐるぐると同じことばかり考えていた。

――しぐまは、本当にいなくなっちゃったの?

「……私は、よく人の心が分からぬ粗野な人間だと言われていてな。幼馴染みにも、よく小言を貰っていた。
 そんな私だから、今からかける言葉も、貴様が望むような言葉ではないかもしれない。
 だが、それでも敢えて言わせてもらおう。――静馬夕歩は、貴様がそうやって下ばかり向くことを、喜ぶのか?
 私は、誰かが俯く姿を見たくない。顔を上げてくれ、はやて」

ぎゅう、と、手を握る力が強くなっていた。
夕歩の死を認めたくない――その気持ちはもちろんまだいっぱいある。
だけど夕歩がいなくなったかもしれないだなんて、そんなはっきりしないことに頭を悩ませるだなんて、そんなのは黒鉄はやてがやることじゃない。
元々頭を使うのは得意じゃないのにあれやこれやと考えすぎて、結局どうにかなると考えなしに突っ込むのが、黒鉄はやてという人間だったじゃないか。
そう考えると、少し元気が出てきて――心が、軽くなって。
色んなことを考えてた頭と心に余裕が出てきたら、今度はまた、別の感情がむくりと湧いてきた。
顔を、上げる。前を向く。そんな当たり前ができるようになって、当たり前の気持ちを忘れていたことに気付く。

「あはは、あたしって、ほんとバカだなぁ……めだかちゃん」
「……私でよければ、いくらでも使うがよい」
「胸、借りるね……」

涙がぼろぼろとこぼれおちて、めだかの制服を濡らす。
声にならない声が、夜の闇にとけて消えていった。

「……ふぅ」
「もういいのか?」
「ん。いつまでも、泣いてちゃいられないしさ……顔上げなきゃね、ちゃんと」
ぱん、と景気付けに自分の両頬を強く叩く。

「よっしゃ、ご心配かけました! 黒鉄はやて、完全復活ッス!」
「よし、それでは……行くか」

薄暗い病院の中を、二人は二手に別れて探索することにした。時間の短縮が主な目的だ。
薬品の知識を多少ながらに備えているめだかが診察室の並ぶ棟を、支給品の日本刀を携え病室棟を回るのがはやて。
もし誰かと遭遇した場合には、その人物を連れて合流を。収穫の有無を問わず、二時間後には集合し、別の場所へ向かう――などなど。
打ち合わせを済ませ、二人は病院の中へと足を踏み入れた。

 ◇

「いやいやいや……ちょっとこれは洒落にならない怖さでしょう……?」

夜の病院以上に肝試しに最適な場所があるだろうか。いや、ない。
そして肝試しが好きな人種というのは少なからず怖がりの要素を持っていて――黒鉄はやてもそのご多分から漏れることはないのだった。
一歩一歩進むだけで、心臓がばくんばくんとアップテンポを刻んでいる。
かつん、かつんと響く靴音が二つになった日には、速攻で逃げ出す勢いだ。
もっと増えたら? 泣き出すか漏らすかのどっちかだと思う、マジで。

「だいたい怯えてる人がこんなところに一人で隠れられるわけないってば……
 はうあー!? い、いまなんか光った? ……って、鏡じゃん! ベタ! ベタすぎるよあたしー!」

ことあるごとにこんなリアクションを取っていれば、当たり前のように探索は捗らない。
既に半数ほどの病室を回ったものの、収穫はまったくのゼロ。
――せめて、あやながいればな。
今は側にいない刃友のことを、はやては思う。
ほとんどすれ違いのような形で一度は顔を見れたものの、今はどこで何をしているのかも分からない。
放送で名前が呼ばれなかったということは、あの場からはうまく逃げ出せたようだ。
しかし――もし、無道綾那の名前が呼ばれてしまったら。
はやてはそのとき、何を考えるのだろうか。
ぶるぶるぶると頭を振って、悪い考えを頭から追い出す。
そんなことに悩んでも仕方がない。今は、自分がやらなきゃいけないことに全力を注ごう。

「……ん、これって」

廊下の突き当たり――後ろに戻るしかない袋小路の壁に、何か文字が書かれている。
文字の掠れ具合を見るに、書かれてから結構な時間が経っているようだ。
そこには、やけカクカクとした字で、こう書かれてあった。
『右を見ろ』と。向けば、『下を見ろ』と続く。そして『上を見ろ』から――

『今、あなたの後ろにいるのは誰?』

ベッタベタ――故に、恐怖心を煽る文言。ただのイタズラ書きだと分かっていても、無駄に背後を意識してしまう。
――いやいや、こーゆーのって怖い話見たあとのシャンプーと一緒で、せーので振り返れば何もないことに拍子抜けしちゃうパターンだってば。
後ろには何もない。誰もいない。大丈夫大丈夫。言い聞かせるように呟き、そして一気に振り向く!

――振り向いた先には、長髪の女の人が立っていました。

「の、のぉぉぉぉぉぉぉもがっ!?」
「はいはいはやてちゃん落ち着いてー。コワクナイヨーじゅんじゅんデスヨー」

大きな叫び声を上げるところだったはやての口を塞いだのは、はやてにとってはよく見知った顔。
天地学園中等部三年生、久我順の、変わらぬ笑顔がそこにあった。
はやての口を押さえたまま、人差し指を立て静かにするよう促す。

「あんまり大声出したら誰に聞かれるか分からないからねー。
 はやてちゃんも怖いお兄さんとかに追っかけられたくないっしょ?」

了解! と、はやても親指を立てサムズアップ。
そこでようやく、順ははやての口から手を離す。

「じゅんじゅーん!」
「ぬ、ぬおわっ!? い、いきなりの愛情表現、嬉しいんだけど悲鳴も上げちゃうって言うかー……」

有無を言わさず抱きついてきたはやてに、順も些か困惑ぎみだ。
しかし、そこは天地の婬魔色魔お邪魔と言われた久我順――ここぞとばかりにはやてを抱き寄せる。
ほへ、と間抜けな声を出すはやての頬をすりすり。ついでに身体の成長ぶりもチェック。
ホントにまぁ、成長しない子だねぇはやてちゃん……と心の中でこっそり涙を流す順。

「ねぇ、はやてちゃん――夜の病院って恐怖スポットの定番でもあるけど、あたしとしてはそれ以外にも押さえておくべきポイントがあると思うのよね。
 ほら、夜のナースコールから始まるあれこれ……とかさ。
 そもそも夜のって枕詞をつけるだけで大抵のものって素敵な響きになるよね。
 夜のはやてちゃんとか。夜のあたしとか」

…………………………。
沈黙。


「駄目だぁぁぁぁ! よく考えたらあたしたち二人ともボケ担当だしツッコミいないと掛け合いが終わんないしグダグダだし!
 特にあたしって相方が知識ゼロな純真無垢な子だったらそもそもボケとして成立しないし!
 あたし、綾那がいないとダメな身体になっちゃった……
 ……いや、でも、何も知らない子に一から教育するというのもそれはそれで……」

中学生男子並のネタでぐへへと中年男性的笑いを浮かべちゃうのはイマドキの女子中学生としてどうなんだろうというのは置いておくにして。
ここでようやく、はやてと順はそれぞれの状況説明を始めたのだった。
どうやら順は、この六時間以上誰とも会うことなくやり過ごしてきたらしい。
早くも十人以上の人間と出会ったはやてとは大きな差があるが、全体でも四十人程度しかいないのだから、地図上での偏りが大きかったのだろう。
はやては既に学校を中心に八人からなるパーティを組んでいること。
ここには他の参加者探しと物資調達を兼ねて、二人で来ていること。

「あ、そーいえば誰かと会ったら合流しないといけないんだった……」
「あー……あのさ、ちょっとだけ待ってもらっていいかな。はやてちゃんと、二人きりで話したいことがあってさ。
 他の人、入れたくないんだよね」

順の提案に込められた意味は、さほど頭のよくないはやてでも分かる。
静馬夕歩と久我順は、天地学園にて刃友だった。
付き合いも長く、天地に入学する以前、いや、それこそ生まれたときからまるで姉妹のように育ったと聞いている。
親友どころか、家族と言っていいほどの間柄なのだ。
今こそ表には出していないが、放送を聞いたときのショックははやて以上のものだったに違いない。

「……あのさ、上行かない? ちょっと外に出たい気分だからさ」

順に先導され、はやては共に屋上を目指す。
二人でいるというだけで、さっきまでの心細さは完全に無くなっていた。

屋上の扉を開けると、生温い風が顔に吹いてくる。
この病院は五階ほどのそう高くもない建物だったが、屋上にまで上がると街全体を見ることが出来た。
道路沿いに街頭がぽつぽつと立ち並ぶ他には、殆ど灯りはない。
まばらに点在する小さな灯りが、他の参加者のものなのだろう。

「……よい、しょっと。はやてちゃん、こっちこっち」
順に手招きされるがままに、はやても横に腰を落ち着ける。
「……はやてちゃんはさ、あたしと夕歩のこと、どう思ってた?」
「え、いや。いつもじゅんじゅんとしぐまはなかむつまじくて、うらやましいなーって……」
「はやてちゃんにはまだ話してなかったっけ。あたしと夕歩ってさ、ただ幼馴染みなだけじゃないんだ。
 あたしと夕歩は――異母姉妹なんだよ。半分血が繋がってるんだ。だから骨髄移植なんてのも出来たんだけどね」

――力無く笑う順の姿は、はやてが見慣れた順の姿とはまるで違っていた。
はやてが知っている順は、いつも心の底から楽しそうに笑っていた。
こんな、まるで自分を騙すような笑いかたは――絶対にしなかった。
はやてのバカな頭では、今の順にかける言葉なんて見つけられない。
自分自身、夕歩のことは――まだ上手く受け止められないというのに。
今の自分に出来ることといえば、そう、
手を握る。それくらいだった。

「……はやてちゃんは、バカだけどさ」
「ふおっ、なんというお言葉!?」
「あはは、ごめん。……優しいよね。残酷なくらいに。
 あの、雨の降った日の星奪りのことを、覚えてる?」

覚えている。それは、はやてたちと順たちが全力でぶつかり合った、最初で最後の星奪りなのだから。

「あの日ね、夕歩もあたしの手を握ってくれたよ。
 そういえばさ、あの時夕歩がはやてちゃんにつまんないこと言っちゃったんだってね。
 そのときに、教えてもらったことがあるって言ってた」

はやての言葉ではない。綾那がはやてに贈った言葉だ。
剣待生はみんな自分の剣と一緒に、自分の夢を持っている。
そして逆の手には、刃友の夢を握っている。
はやてが持つのははやて自身と綾那の夢。綾那が持つのは綾那自身とはやての夢。
一人に抱えられるのはそれだけだから、他の誰かの夢まで面倒見ることはできない。

「あたしはさ、……刃友の夢を守れなかった、負け犬になっちゃった。
 あたしはバカだ。夕歩はこんなあたしのために、『あの日』を作ってくれたのに――
 あたしは夕歩に、『明日』をあげることができなかった。でも――」

はやての手を振り切り、順は立ち上がった。
デイパックからごそごそと取り出したのは、一振りの刀だ。
鞘から引き抜かれた刀身が、非常灯に照らされ鈍く光った。

「もしかしたら、こんなあたしでも、夕歩にまた『明日』を与えられるかもしれない」

鈍いはやてでも、これだけ言葉を重ねられれば順の心中を悟るくらいのことはする。
順は――あの放送を信じたのだ。信じて――最後の一人になり、夕歩を生き返らせるつもりなのだ。
だが、そのために順が人を殺すつもりなら。はやては、順を止めるしかない。
はやてもまた、刀を握る。はやての剣で――順を、止められるのか?
分からない。でも、やるしかない。

「じゅんじゅん――本気なの?」
「本気だよん。これだけはさ、はやてちゃんや綾那が相手でも――譲れないから」
「だったら、あたしがじゅんじゅんを止めるよ。だって――じゅんじゅんは、友達だもん。
 友達がそんなことするところなんて、あたし見たくないから」
「……やっぱり優しいよね、はやてちゃんは。好きだったよ、そういうところ」

一呼吸の内に、刃が三度交錯した。
お互いに相手の実力は知っている――だが、直接全力ぶつかることはなかった。
実際に剣を交えて、初めて相手の強さを知る。
はやての剣はまっすぐな剣だ。愚直と言い換えてもいい。
だが、そのひたむきさは体格の不利さえも吸収し、速度と体力ならば同級生たちのなかでも群を抜くものに成長した。
対する順の技は、忍者の末裔を名乗る順に相応しく、トリッキーでテクニカルなものだ。
変幻自在の太刀捌きと奇抜突飛な立ち回りで相手を翻弄する。
二人の太刀筋は真逆と言っていい。まともに打ち合えばはやてに分が上がるだろうが、一度順のペースに巻き込まれれば巻き返すのは難しいだろう。

更に剣を重ねる。一度、二度と剣がぶつかる度に、より深く相手を知っていく。
はやての剣が届く前に、順は動きを予測し受け流し。
順の流れるような太刀筋を、はやては持ち前の反射神経でいなしていく。
どれもが決定打になりうる斬撃を交わしながら、二人は――

「やっぱり強いね、はやてちゃん」
「うんっ、じゅんじゅんも!」

こんなときだというのに、はやては笑っていた。
そう、ただ純粋に――はやては、剣が好きなのだ。
強い相手と、まだ見たことのない剣と仕合える。
ただそれだけのことに、これ以上ない至福を覚えるバカなのだ。

――ほんと、天地はバカばっかだよねぇ。そりゃ楽しくもなるよ。
――でも。
――あたしはもう、楽しさでは剣を振れないから。
――それはもう、ここにおいていくから。

順の振り下ろしが、はやての肩口を狙う。
フェイントも何も入れない、平凡な一振り――それが逆に、はやてに違和感を覚えさせる。
剣を交えるのは初めてでも、順の太刀筋は何度も見てきた。
これは――順の太刀筋とは違う。少なくとも、本手ではない。
剣が、順の右手から振り下ろされ――遅れて、左手からもう一刀が襲いかかった。
右手に握られたのは鞘。本手は、遅れてくる左手――!
避けきれず受けた傷口から流れる血が、はやての袖を赤く染めた。

二刀使い――はやての中に、その認識は確かにあった。
だが、立ち合いが始まる前に順が持っていた得物は一振りであったことが、その認識を忘却させるに至ったのだ。
利き手である右の腕を、深く斬りつけられた。はやての振るう剣に、もはや先程までの精彩はない。

だが、本来ならば肩口から袈裟の形ではやての身体を切り裂くはずであった刃は、はやての右腕を掠めるに留まった。
違和感ゆえにはやてが切り返しよりも後退を優先したがためのものだ。
決着は先延ばしになった――たとえ受けた手傷が確実な不利を呼び込むものだったとしても、とかく望みは繋がれたのだ。

「はやてちゃん――長引かせるような趣味はあたしにはないから。次で決めるよ」
「じゅんじゅん――あたし、バカだから、じゅんじゅんを止める言葉なんて知らなくてさ。
 でもこんなバカなあたしでも――どうすればいいのかは分かるから。止めてみせるよ、あたしの剣で」

手負いのはやてでは、先手を取ったところで行動不能になるまで追い詰めることは難しい――ならば狙うは、後の先。
溜めに溜め抜いた一撃で、決着をつけるしかない。
じりじりと、お互いの間合いが狭まっていく。あと二歩、一歩、半歩――ここ!
順の放つ横凪ぎの一閃――これを紙一重でかわし、反撃を打つ。
相手の切っ先に全神経を集中させる。ここを凌げば――!

瞬間、音と光と衝撃が、はやてを後方から襲った。
集中が途切れ、順の一閃は、吸い込まれるようにはやての胴へと食い込む。

「……ごめんなさいなんて言わないよ、はやてちゃん。……さよなら」

はやての身体が、どさりと崩れ落ちる。決着が、ついたのだ。

最後に勝負を決めたのは、二人の剣の腕ではなかった。
順に支給されたもう一つのアイテムである小型爆弾が、交錯の寸前に投げられていたのである。
箱庭学園風紀委員長雲仙冥利が愛用していたそれは、己の剣で以て順を救おうとしていたはやてを飲み込み――
その隙を縫って、順が勝利を手にしたのだ。

――もう、あたしは剣を置いていくから。絶対に夕歩を助けるから。

あたしも大バカ野郎だ、と自嘲する。
人を殺して、人を救う? そんなもの、誰が認めるのか。きっと夕歩自身、喜びなどしない。
それでも――取り返したいものだから。バカと罵られようと、いくら憎まれようと、夕歩を取り戻せるのなら。
他のすべてを捨ててでも、夕歩を救ってみせる。たとえこの身と心を、悪魔に売り渡すことになろうとも。

さっきの爆音を聞き付けて、はやての仲間が駆けつけてくるかもしれない。
状況は決してよくない。確実な状況が来るまで、無茶は出来ない。あたしが死んでしまえば元も子もないのだ。

――よし、逃げよう。

空を見上げた。こんなにも寂しい夜だというのに。
いや、こんなにも寂しい夜だからか。月は今夜も、綺麗だった。


【黒鉄はやて@はやて×ブレード 死亡】



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最終更新:2012年11月01日 02:18