STRONG
東雲三日月と久我阿頼耶の二人が其処に着いたとき、既に太陽は濃いオレンジに色を変え、景色には黒が混じり始めていた。
はじめ、阿頼耶はその光景を、美しいとさえ感じてしまった。
一面が赤に染まる中、夕日に照らされた金色の髪が風になびいている。
金髪の持ち主である少女の顔は青白く、しかしそれが少女の美形を際立たせている。
目じりは赤く、頬には涙の跡があった。少女はここで泣いていたのだ。
赤が血で、それが、少女の足元に倒れ伏せた、かつて人だったものが流したのだと分かったとき、意味は逆転したが。
「何――これ」
思わず漏れた疑問形に、答えるものは誰もいない。しかし答える必要はなかっただろう。
呟いた阿頼耶をはじめ、其処に居合わせた全員が、その答えを知っていたのだから。
硬直した阿頼耶と三日月の存在に気付いた金髪の少女が、ゆっくりと二人の方を向いた。
少女の手には、斧の形を模した金属製の黒杖が握られている。
強く握りしめたそれを、少女は二人へと向ける。
少女の口が微かに動いたその瞬間、阿頼耶と三日月は、その場から散った。
過去に幾度も潜り抜けた荒事の経験が、二人に危険を知らせたのだ。
二人がいた位置に突如出現した光る円は、捕縛する対象を見失い瞬時に消滅した。
「問答無用……ってわけね」
もしあの光円に捕まっていたならば、自分たちも少女の前にこときれた死体として転がっていただろう。
思わず冷や汗が額からこぼれ落ちるものの、今はそれを拭う隙さえも見せたくない。
今、自分は殺し合いに巻き込まれているのだと、強く実感する。
そして同時に、こうも思う。この状況こそが自分が拳を磨いていた、その理由なのだと。
ここで眼前の少女を止めることが、自分の迷いに対する答えになるのだ。
「いくわよ、三日月」
「……わりーなあらやん。ちょっと待っててくれ。
なぁ。そこで転がってるおっさん――殺したのは、お前か?」
少女は頷き、三日月の問いに肯定を示す。
「そうか。……先に言っておくぜ。多分、我慢できねぇ。敵討ちなんて、柄じゃねーんだけどな」
三日月が、動く。全身の筋肉を使い、獣のように跳躍する。
少女が黒斧を構え、両者は激突した。真正面からの半月の蹴りは少女の斧に受けられ、捌かれる。
遅れて阿頼耶も戦線に参戦する。阿頼耶の狙いは少女の拘束だ。
今の三日月は、戦闘狂の一言では片付けられないほどに気が立っている。
おそらくは、少女が殺害したという男性が、三日月の知人だったのだろう。
激昂するのも無理はない。だが、それは少女を害してもいい理由にはならない。
もし三日月が少女を殺せば、それはプレシアに屈したと同義だ。
少女と三日月、両方を止める。
「……やれやれだわ。でも……ッ、やる!」
軽快なフットワークで、阿頼耶は黒衣の少女へと近づく。
少女さえ行動不能にしてしまえば、三日月を御するのは難しくないはずだ。
先に止めるべきは、こちら。阿頼耶の右ストレートが、少女の顎先を狙い弧を描く。
しかし、阿頼耶が全力で振り抜いた拳は、ただ空を切るだけに終わった。
相手が年端もいかぬ少女だから。そんな理由で阿頼耶は手を抜いたりなどしない。
つまり、阿頼耶の全力が、少女にいとも容易くかわされてしまったということだ。
――さすがにそれは……カチンとくるわね!
阿頼耶が二撃目を放つと同時、三日月が少女へと飛びかかる。
同時に襲い来る二方向からの打撃を、しかし少女は焦る様子もなく見極め、捌く。
金髪の少女は、フェイト・テスタロッサは、物心つくかつかないかという頃から戦闘訓練を強いられてきた少女だ。
フェイトは、自身の戦闘技能に絶対の自信を持っている。
フェイトの技術は育ての親である使い魔リニスに教授されたものだ。
フェイトが得た力は、フェイトとリニスの絆と言ってもいい。
故に、フェイトは負けられない。
育ての親リニスと、産みの親プレシア。
二人の母を背負う少女は、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「バルディッシュ……!」
フェイトの叫びに呼応するように、黒鉄の杖がその姿を変える。
フェイトの道を切り開く、ただ一つの剣。それがバルディッシュ。
振り回される剣斧を前に、阿頼耶と三日月の二人は距離を取らざるを得ない。
そして、今度距離を詰めたのはフェイトの方だった。
飛翔魔法を併用した高速機動戦闘がフェイトの十八番。
稲妻と形容するに相応しい神速が、二人を切り刻まんと戦場を駆け抜ける。
捉えられたのは、三日月だった。横凪ぎの斬撃が、三日月の胴を両断――しない。
バルディッシュを握るフェイトの右手に、覚えのある感触が返ってくる。
これは、南雲と名乗ったあの男の防御壁と同一のものだ。
そして、南雲が使っていたそれより、堅い。まともに打ち込んでも崩せる気がしないほどだ。
「……捕まえたぜ」
三日月の操る掌握領域がバルディッシュを握り、離さない。
握られた拳がフェイトの細い身体を吹き飛ばす。地を転がるも、即座に体勢を立て直した。
鈍い痛みが身体の芯にじくじくと響く。吐く息が荒れ、リズムはばらばらだ。
だが、この程度ならば、まだやれる。屈するには到底及ばない。
(……厄介だね、あの力は。近接での打ち合いは五分。だけど……)
ここで無駄に消耗してしまえば、フェイトはプレシアの望みを叶えられない。
選ぶべきは、確実な勝利をもたらす戦術だ。拘りや誇りなんてものは、捨て去ってしまえ。
得意とする高速近接戦闘を捨て、フェイトは呪文の詠唱を開始する。
雷の光が無数の槍へと姿を変え、刺し穿つ敵へと照準を合わせる。
遠距離からの高火力魔法による掃討が、フェイトの選んだ戦術だ。
「Ready……Fire!」
飛来する十二の雷槍。非殺傷設定を切られ一本一本に致死の威力が込められたそれを、三日月は全身で受け止めた。
全身に纏った掌握領域の防御を切り裂いた槍が、三日月の身体を切り刻む。
飛び散る血が、三日月の後方にいた阿頼耶の顔を濡らす。
「……っと。あらやん、大丈夫か?」
「大丈夫かって……バカ! アンタのほうがよっぽどでしょ!?」
相当な深手を負ったにも関わらず、未だ笑みを絶やさない三日月を、阿頼耶は怒鳴り付ける。
しかし阿頼耶も、三日月が自分を庇って傷ついたということは、理解している。
もし阿頼耶がまともに先の攻撃を受けていれば、今の三日月のように軽口を叩く暇などなく絶命していたことだろう。
掌握領域という防御手段を持つ三日月が前へ出たのは、阿頼耶のことを気遣ってのことなのだ。
(守られて、それで終わりだなんて……らしくないじゃん、わたしっ!)
今、三日月が防御に回ったことで、三日月と阿頼耶の間に役割の分担が為された。
三日月が防御ならば、対する阿頼耶が担うのは、勿論攻撃の二文字だ。
フェイトは第二波の詠唱を始める。先の一撃で、男の方はボロボロだ。
耐えられてあと数発といったところだろう。だがそれは、このまま相手が棒立ちだったらの話だ。
防御壁を纏った男が、フェイトへ向かって進軍する。さながら装甲兵のようだ。
そして装甲兵の後ろ、追従してくるのは拳を握った女闘士。
フェイトは詠唱を切り上げ、既に練り上がった魔力分だけの雷撃を放った。
だが不十分な練磨のもとに放たれた魔力は、三日月の掌握領域の前に力無く霧散する。
雷撃がかき消されると同時、阿頼耶が三日月を飛び越え、フェイトと相対する。
迫る拳を、今度は避けられない。シールドの展開より一瞬早く、阿頼耶の拳はフェイトに届いた。
三日月のものと比べ、重さはない。しかし速度と鋭さが生む痛みは、先のものより強く、激しく。
「くっ……!」
「もう……一丁ォ!」
怯んでいる隙は無かった。間髪入れず襲い来る追撃が、フェイトの眼前へ迫る。
展開途中だったシールドも、今度は間に合った。魔力の防護を前に、阿頼耶の拳は通らない。
しかし阿頼耶の追撃に更に続いたのは、三日月の猛攻だった。
阿頼耶とフェイト、二人を一気に飛び越える跳躍を見せた三日月は、そのまま阿頼耶とは逆サイド、つまりフェイトの背面からの攻撃を仕掛ける。
対するフェイトが取れた手段は、シールドの多重起動。防御壁で作った猛攻の隙を見て、その場から飛翔、離脱を試みる。
これで一旦体勢を立て直す――フェイトのその目論見は、突然の腹部への衝撃が打ち砕いた。
阿頼耶の拳がフェイトを撃ち抜いたのだ。
「悪いけど――逃がさないわよ。目には自信があってね」
久我阿頼耶の強さを支える最大の能力が、その眼力だ。
まるで未来が見えているかのように相手の動きの先を往き、空いた急所を一撃で貫き、屈服させる。
相手に一撃も触れさせず、自分は一撃で相手を沈める。天才という他ないファイティングスタイルは、全てを見通す眼があってこそのもの。
何があろうと絶対に逃がさないという意思を込められた拳が、フェイトのシールドを削っていく。
阿頼耶と三日月の双撃を受けきれなくなった魔力壁が音も無く割れ、消えていく。
打撃がフェイトの身体を打つ。白磁の肌が血と青痣で奇妙な色に染まっていく。
それでもフェイトは、顔を下げない。目は、強く何かを訴える。
阿頼耶の半分ほどしか生きていない少女が、どうしてこんな顔を出来るのか。
いったい何が彼女をこれだけの戦士に仕立て上げたのか。
「なんで……あなたみたいな子が、殺し合いなんて……?」
阿頼耶の拳に、迷いが生まれる。阿頼耶の呟きを受けた三日月もまた、攻め手を緩める。
その一瞬の隙に、フェイトは魔力を練り上げ、形にならないまま足元で爆発させた。
舞う土煙が目眩ましになり、フェイトは阿頼耶たちの包囲を抜け出す。
二人と距離を取ったフェイトが、か細い声で呟いた。
「それは――」
呟きは、土煙に紛れかき消え、二人の耳には届かない。
少女の戦う理由を、二人は知ることがない。
フェイトは自らの不利を悟り、戦闘から離脱した。
フェイトを追う機動力を阿頼耶と三日月は持っていない。
そして、フェイトとの戦闘で三日月が阿頼耶を守り受けた傷は、決して軽いものではない。
フェイトの追跡を諦め休息と南雲の埋葬を行った二人の前に、新たな人物が現れる。
少女の名は朝日奈さみだれ。
彼女は獣の騎士団が守るお姫様で、――地球の破壊を目論む、魔王でもあった。
最終更新:2012年11月01日 02:19