灰の空。
一度たりとて晴れることのない、暗澹の空。
異形と化した人々は、最早その先を夢見ない。
何故なら。夢見ることすら、無意味であると心得ているからだ。
この《異形都市》を――再び陽の光が照らすことはない。
ただ生命尽き果てる時まで。
ただ、魂魄の擦り切れる時まで。
退廃に淀んだ営みを謳歌する。
ある者は蟲の身体で。
またある者は、鳥の身体で。
その日は平和な日だった。
いつも通りに朝起きて。
いつも通りに朝食を拵え。
そしていつも通りに、彼へ付いていく。
巡回医。
致命的なまでのお節介焼きという難儀な性格を持った、彼の付き人として。
腫瘍で爛れた身体を――彼は治す。
肺病で血を吐く少女を――彼は癒す。
奇病に冒された子供を――彼は救わんとする。
それを
キーアは、ただ見ていた。
勿論細やかな手伝いはしていたが、結局の所、《数式》を行使するのは彼だから。
だから、ただ見ていた。
彼の手腕を。彼が誰かを救い、感謝の声を浴びせかけられているのを見る度、不思議と誇らしい気分になった。
次の患者が苦しんでいる家へと、休む間もなく足を運ぶ。
彼に疲れた様子はない。慣れているのだ。彼は
キーアと出会うずっと前から、こんな日々を繰り返している。
人込みを縫う彼に並んで歩いている時、ふと、空を見た。
灰に覆われたそれは、真実殺風景そのものだ。
この色合いが、
キーアは嫌いだった。
――いや、誰だっていい気持ちにはならないだろう。
隙間なく立ち込めた灰色は、さながらこのインガノックを生きる者達の未来を暗示しているかのようで。
不吉だ。見ているだけで、気分も暗くなるくらい。
だから彼女は、何の気なしに、こう思った。こう、願った。
――――この灰の先を、見てみたい。
それは本当に、思いつき程度の祈り。
ささやかで、口にすら出さない世迷言。
少女らしい、ちょっとした好奇心からそう思っただけのこと。
だが。
その願いを、遠い都の杯はしかと聞き入れた。
彼女の願いは、聞き入れられて、しまったのだ。
◆ ◇
追われている――それが、
キーアの今置かれている状況を最も端的に示す表現といえた。
「っ、はっ、はっ、はっ……」
周囲に広がるのは、見知らぬ土地。見知らぬ風景。
《異形都市》の様式とは大きく異なった建築物が立ち並び、その道は大きく開けている。
違う。此処は、自分の知る街じゃない。
《無限雑踏街》の喧騒も、退廃した雰囲気も、総じてこの街には無縁のものだった。
深夜の閑寂に世界は覆われ、ただ
キーアの喘鳴にも似た息遣いのみが聞こえている。
曲がり角を右折し、建物の間の暗い裏路地へと逃げ込む
キーア。
薄暗く――挙句散乱した生ゴミが絶えず腐乱臭を醸しているそこは、決して居心地のいいものではない。
しかし、最早つべこべ言っている場合ではないのだ。
何故ならば――今、自分を追っている存在は……
「―――ハッ。下手な隠れ方だな。隠れん坊もロクにしたことねェってか?」
傍らのゴミ箱が、破裂音にも似た甲高い音響と共に破砕する。
風圧と轟音に思わず目を瞑りながら、
キーアは改めて思うのだ。
……人間じゃ、ない。
長い髪をボサボサに切り揃えた野性的な風貌の、その男。
甲冑で覆われた彼の右腕には、一本の長槍が握られていた。
蒼と翡翠が混合した槍の切っ先は、鉄ではなく紅い宝石であった。
この槍が、問題なのだ。
困惑と不安に苛まれ、夜の鎌倉市を宛もなく彷徨くしかなかった彼女は、突如背後からの強い衝撃波に転倒させられた。
下手人は言わずもがなこの《槍使い》。
そして、彼の担う宝珠の槍。
あの槍の切っ先が瞬く度に、地面が、空間が、或いは無機物が――爆ぜるのである。
原理はわからない。けれども、その爆発に接触すれば間違いなく自分は死ぬだろうこと。
それだけは、
キーアにも分かった。
それだけ分かれば、十分だった。
「っ……どう、して、こんなこと……!」
「あ? ――おいおい、笑わせるんじゃねえ。
おまえだって、《願った》から、ここにいるんだろうが。
聖杯戦争について知らねえワケでもねえだろうによ」
が。
所詮一介の少女でしかない彼女の脚力で、人ならざる者を振り切れる筈もなく。
こうして、呆気なく袋小路に立たされる。
呆れたように嘲笑う《槍使い》の宝槍が、今度こそ過たず
キーアの頭に向けられる。
今際にて、
キーアは回想していた。
確かに彼の言う通りだ。
あたしは願い。
聖杯がそれを聞き届け。
あたしはそうしてここにいる。
《聖杯戦争》。
それについても、知識は持っている。
だから――これは彼の言う通り、確かに自業自得なのかもしれない。
どちらにせよ、もうどうにもならないと状況が示していた。
懸命に生き延びる術を探す
キーアだが、どんな手を実行するよりも《槍使い》が動く方が早い。
痛みすら感じる間もなく、宝槍の瞬きは
キーアの頭を吹き飛ばすだろう。
だから、これにて詰み。これにて、お終い。
嘲笑を浮かべ切っ先を合わせる彼の遥か背後。
この鎌倉へやって来て、一番最初に気付いた《異形都市》との最大の違い。
あの場所には決してなかったものが、黄金色の輝きで世界を照らしていた。
月だ。
その輝きを反射する宝槍の煌きは、この世のものとは思えないほど美しくて。
改めて、彼女は思うのだ。
《槍使い》の槍が突き出される瞬間をスローモーションで見つめながら。
せめて――この景色を、彼らにも見せてやりたかった――と。
「駄目だ」
閉じかけた瞼。
それが、驚きに再度見開かれる。
静寂の夜に響いたのは、槍の爆発ではなかった。
鋭い――しかしこの上なく清澄な、金属音。
その音こそが、自分の命を救ったのだと、不思議とすぐに理解できた。
「諦めては、いけないよ」
ぽん。
キーアの金髪に、靭やかな手が乗る。
撫でられているのだと気付くまでには、少しだけ時間がかかった。
何故ならば。
――月明かりに照らされ。
片手に抱いた《何か》で槍を受け止める、翡翠の瞳の美青年。
その貌が……余りにも、美しすぎたから。
「あなた……誰なの?」
「僕かい。僕は――」
彼は、敵へと向き直る。
あれほど脅威的だった宝槍を苦もなく受け止め、《槍使い》をそれだけで無力化し。
優しい声で微笑みながら、彼は一度だけ、
キーアへ振り向いた。
「僕は――セイバー。きみを守る、サーヴァントだ」
開戦の瞬間は、それと全く同時だった。
《槍使い》が自身の得物を引き戻す。
青年……セイバーは、攻勢へ移られる前にと踏み込んだ。
駄目。
キーアは叫ぶ。何故ならあの間合いこそ、敵手の狩場であるからだ。
距離を無視し、炸裂する刺突。
わざわざ馬鹿正直に突進してくる的など、彼にとっては止まって視えることだろう。
ご明察。そんな風に口許が動いたのは、きっと
キーアの気のせいではない筈だ。
空間が爆ぜる。
朱い爆発が起こり、神秘の暴威を炸裂させ――
「温いぞ、《槍使い(ランサー)》」
――それを、セイバーは不可視の得物で文字通り、受け流した。
「風……?」
セイバーが担うそれの間合いは、当然ながら読めない。
しかしながら、今《槍使い》の炸裂刺突は――さながら突風に散らされたように消えていった。
風の剣、だろうか。確かにそれなら、あの《槍使い》との相性は最高だろうが――それだけではない。
「ち――!」
「軽い」
《槍使い》の技巧を、セイバーは素で上回っている。
振るわれる高速の刺突はただ一度としてセイバーを捉えず、空を切り。
対するセイバーの返し刀は、防御することさえ許さず、彼の右腕を寸断した。
間髪入れずの追撃。既に、《槍使い》には何一つとして余裕らしいものは残されていない。
彼は持ち前の脚力で後退し、怒髪天を衝いた。
「舐めやがって」
それは――かの《槍使い》の、言うなれば奥の手とでも呼ぶべき一手の開帳。
炸裂する槍ですら十二分に脅威であったのに、その先とは果たしてどれほどのものが来るのか。
セイバー、下がって。そんな
キーアの声が彼に届く頃には、全てが終わっていた。
結論から言って、《槍使い》の秘奥が披露されることはなかった。
単純な話。それが解き放たれるよりも先に、セイバーの一閃がその首を刎ね飛ばしたのだ。
それで終わり。呆気なくすらある幕切れはしかし、セイバーという男の強大さを理解するには十分だった。
「怪我はないかい」
手を差し伸べる、セイバー。
その手を、
キーアはおずおずと取った。
すると、身体が宙へ浮く。
お姫様がそうされるように、彼女はセイバーに抱えられていた。
「交戦の音を聞きつけた他のサーヴァントがやって来ないとも限らない。
一先ず、ここから離脱するよ。――ええと……」
「……
キーア。あたし、
キーア」
「そうか。
キーア、
キーアか。――うん、いい名前だ。それじゃ、しっかり捕まっていて。早急に離脱するよ」
たん。
地面をセイバーが蹴った瞬間、心地良い風と疾走感がやって来た。
速い。それこそ疾風と呼ぶのが相応しいくらいに。
この彼が……
キーアのサーヴァント。
少女は抱きかかえられながら、その面貌を見上げた。
それから、自分の右手甲に刻まれた《刻印》を見やる。
《令呪》。自身のサーヴァントとの繋がりの証であり、三度限りの絶対命令権。
使う機会はなるべく訪れてほしくなかったが――これを見ると、やはり、実感させられる。
聖杯戦争。願いを懸けて殺し合う禁断の宴へ、自分は足を踏み入れてしまったのだと。
だからこそ、伝えなくてはならない。
キーアはもう一度セイバーの顔を見上げ、言った。
「あのね、セイバー」
「? どうしたんだい?」
「あたしはね――願いなんて、ないの」
セイバーは驚いた顔をする。
当然だ。鎌倉の聖杯戦争に招かれる者は皆、何かしらの願いを持っている。
まったくそれらしいものを持たない者ならば、そもそもここにいる筈がないのだ。
「ううん、少しだけ違うわ」
言って、
キーアは空を見上げた。
――あの《都市》では、絶対に見られなかった空を。
「あたしの願いは――もう、叶っちゃったから」
その答えに、またセイバーは呆気に取られたような顔をして。
「そうか。それなら、それでいいだろう」
彼もまた、
キーアとは別なベクトルで異質な英霊であった。
このセイバーが抱く願いは故国の救済。
嘗て彼が参じた、別の聖杯戦争では――彼は確かに、その想いを寄る辺に顕界した。
けれど、今は違う。今の彼は、そんな願いは抱いていない。
知ったからだ。知らされたからだ。自分の願いが、歪なものであるということを。
今回のマスターとそう変わらない――幼い、子どもの言葉によって。
「では、僕はきみを元の世界へ送り届けよう。
――暫しの間、この身は、
キーア。きみを守る為の剣となり、盾となる。きみは、死なせない」
聖杯を求めない。
夜毎に侵食されゆく鎌倉の理へ反する志を胸に、彼と彼女は闘いの渦へ呑まれていく。
それでも。空を見た少女と、解き放たれし騎士王の――その抱いた希望が、翳ることは、ない。
【クラス】
セイバー
【パラメータ】
筋力:B 耐久:A 敏捷:B 魔力:D 幸運:A 宝具:C(EX)
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【固有スキル】
直感:A
戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
魔力放出:A
武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。
いわば魔力によるジェット噴射。
強力な加護のない通常の武器では一撃の下に破壊されるだろう。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。
【宝具】
『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
生前のアーサー王が、一時的に妖精「湖の乙女」から授かった聖剣。アーサー王の死に際に、ベディヴィエールの手によって湖の乙女へ返還された。
人ではなく星に鍛えられた神造兵装であり、人々の「こうあって欲しい」という願いが地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精製された「最強の幻想(ラスト・ファンタズム)」。聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、「空想の身でありながら最強」とも称される。
あまりに有名であるため、普段は「風王結界」で覆って隠している。剣としての威力だけでも、風王結界をまとった状態を80~90だとしたら、こちらの黄金バージョンのほうは1000ぐらい。
神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による「究極の斬撃」として放つ。攻撃判定があるのは光の斬撃の先端のみだが、その莫大な魔力の斬撃が通り過ぎた後には高熱が発生するため、結果的に光の帯のように見える。その様は『騎英の手綱』が白い彗星ならばこちらは黄金のフレア、と称される。
彼の「約束された勝利の剣」は二重の封印が掛けられていて、剣自体に二重構造のギミックがあり、「風王結界」が解除されても、まだ鞘が付いている。
「強力な武器はここぞという時でしか使用を許さない」という円卓の騎士の決議があり、「この戦いが誉れ高き戦いであること」、「敵が自分より強大である事」など13の条件が半分以上クリアされると円卓の騎士たちの間で使用が可決され、拘束が解けていく。
鞘がついた出力半分程度の状態でもアルトリアの物を遥かに上回る威力があり、アーチャーの「終末剣エンキ」によって発生した都市を飲み込むほどの大波濤を一撃で蒸発・粉砕している。最大出力は最早想像できない領域にある。
『とびたて! 超時空トラぶる花札大作戦』ではアルトリアの物と区別するため便宜上、「エクスカリバー・プロト」と名づけられている。
『風王結界(インビジブル・エア)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1個
剣を覆う、風で出来た第二の鞘。厳密には宝具というより魔術に該当する。
幾重にも重なる空気の層が屈折率を変えることで覆った物を透明化させ、不可視の剣へと変える。敵は間合いを把握できないため、白兵戦では非常に有効。
ただし、あくまで視覚にうったえる効果であるため、幻覚耐性や「心眼(偽)」などのスキルを持つ相手には効果が薄い。
彼の剣を包む鞘の一つでもある。
【Weapon】
前述。
【人物背景】
円卓の騎士たちを率いて戦乱の時代を駆け抜けたブリテンの伝説的な君主であり、騎士道の体現として知られる騎士王。
善良なるものを良しとし、悪しきものを倒す、気持ちのいい正統派ヒーロー。綾香を守る理想の王子様だが、同時に大人びた価値観とニヒルな物言いで綾香を導く保護者的な存在でもある。一人称は綾香には僕で、敵には私。
前回の聖杯戦争で、聖杯入手直前にマスターから強制的に契約を破棄され、その後遺症から前回の戦いの記憶が曖昧である、と誤魔化している。
実はかなりの天然で、番外編に登場する度に拍車がかかっている。また途轍もない大食漢だが、アルトリアと違い、腹ペコキャラではない。
「騎士王」の名に相応しい英霊最高峰の剣技と、卓越した戦況把握能力、マスターの身を必ず守る優れた防衛能力を兼ね備える。
【サーヴァントとしての願い】
キーアを元の世界へ帰還させる。
【基本戦術、方針、運用法】
セイバーは非常に強力なサーヴァントだが、マスターである
キーアの都合も有り魔力の残量に気を配る必要がある。
たとえ条件が解除されていようと、宝具の解放には熟慮せねばならないだろう。
【マスター】
キーア@赫炎のインガノック- what a beautiful people -
【マスターとしての願い】
聖杯戦争の終結。元いた世界への帰還。
【weapon】
なし
【能力・技能】
直感的に人の嘘を見抜くことが出来る。
その他生活能力も人並み以上に身に付けている、母性あるロリっ子。
【人物背景】
原作主人公・ギーのすぐ近くに寄り添い、彼の生きる姿を見つめ続ける少女。
直感的に人の嘘を看破し、その瞳は《美しいもの》さえ見通す。
その素性は一切不明。雑踏街の闇夜を取り仕切るスタニスワフですら全く情報を掴めず、自らも一切語ろうとはしない。
身なりや作法から最低でも6級以上の比較的恵まれた層の出身と思われるが、雑踏街でも暮して行ける程に生活力があったり、もはや都市では当然の景色である変異した人々の姿に驚く、都市の教育プログラムで当然知っている常識すら知らないなど不自然な点が多い。
混沌たる都市下層にあって、誰へも笑顔を向けることができる希有な人間である。
10年前の上層付属病院崩落事故に巻き込まれて重症を負う。
朦朧とする意識の中で自分を必死に救おうとする当時研修医だったギーの声を聞くが、そのまま息を引き取った。
その後、グリム=グリムによって4人目の《奪われた者》となって都市に訪れ、ギーに出会う。
その目的は、自身を救おうとしたギーがどんな人であるのかを知ること。
そしてもう一つはギーとポルシオンに「ありがとう」という感謝の言葉を伝えること。
――しかし、彼女が聖杯戦争へ招かれたのはそれが遂げられるよりも前のこと。
変わらず目的は同じだが、それを聖杯へ委ねるつもりはない。
【方針】
聖杯戦争からの脱出。
殺し合いも、なるべくならしたくない。
最終更新:2020年04月18日 18:59