動く者なき静寂の空間に、雫の垂れる音が響く。
ぴちゃん、ぴちゃんと規則的に落ちる雫は水たまりに波紋を描き、水面に映る月影をその度に揺らしていた。
ぶつ切りにされた人体の破片が散らばる路地を、
エミリー・レッドハンズは言葉無く彷徨う。
一歩を踏み出す毎に、雨も降っていないはずなのに反響する水音。白い月明かりを背に歩く少女の、焦点の合っていない目はどこか虚ろだった。
鮮血と肉片と臓物満ちる惨状を往く彼女は、まるで幽鬼のようで。
けれどもその瞳に、昏い意思は尽きることなく───
◆
「レッスン1。エイヴィヒカイトは人の魂を扱う」
「魂を燃料に超常の力を発現させるのがエイヴィヒカイトなわけだけど、僕が言いたいのはそれじゃない」
「単純な話でね、聖遺物の使徒は魂を吸えば吸うほどに強化されるんだ」
「百人殺せば百人分の、千人殺せば千人分の、命と力を得てそれに比例して死に難く、感覚も含めた身体能力が増強されていくってのが術理の基本骨子さ」
「単純な不死性にしても、蓄えた魂分殺せばいいってものじゃない。魂の総量に比例した霊的装甲を身に纏うことで肉体の耐久度も格段に上昇する」
「今の君でも拳銃程度じゃ傷つかないくらいには硬くなってるんじゃないかな?」
「そういうわけで、手っ取り早く強くなりたいってんなら簡単なことさ。分かるだろう?」
「手当たり次第に殺してまわればいい。それだけで、君は今よりずっと強くなれる」
◆
シュライバーの言っていることは、どうやら本当のことだったらしい。
活力が満ちる。体の内側から熱くなって、激しい高揚感が全身を駆け巡る。
全身を満たす充足感は、決して殺人の快楽であるとか閉塞の打破から来る精神的なものに留まるまい。
人を殺せばその魂を回収し、吸った分だけ強くなる外法。
単純で悪辣で何より荒唐無稽だが、なるほど確かに、実現してしまえばここまで凶悪な代物もそうない。
単純だから隙がない。悪辣だから躊躇もいらない。荒唐無稽だからこそ、現実に現れれば文字通りの悪夢だ。
殺害遺品のようにオリジナルの狂気性が具現した異能が容易に発現しない分、単純な強化率で言えばこちらのほうが圧倒的に高い。
どちらがより強力か、より有用かなどと、その場の状況や使用用途によっていくらでも変わるのだろうけど。
少なくともエミリーにとっては、こちらのほうが性に合う。
……そんなような、気がする。
◆
「レッスン2。エイヴィヒカイトには位階が存在する」
「分かりやすく言えばレベルだね。全部で四段階あって、君はレベル1。ちなみに僕はレベル3」
「活動、形成、創造、流出。聖遺物の使徒の強さは魂の保有量に比例するけど、位階の違いも大きく関係する。というかメインはそっちかな」
「位階が一つ違えば強さも桁外れに跳ね上がる。よっぽどの例外でもない限り、下の位階の奴が上の位階相手に勝てる道理はない」
「特にレベル1……活動は完全に扱いきれてない都合上、暴走の危険もあるからね。できるだけ早く形成位階に到達することをお奨めするよ」
「方法? 知らないよそんなの。僕らは早々に卒業しちゃったからねぇ、基準を底辺に合せる趣味はないんだ。
ああでも、ヴァルキュリアの後釜はそこまでいくのに数年かかったとか言ってたっけ? 彼女がいれば色々聞けたかもしれないけど、無いものねだりしても仕方ない」
「とりあえず殺しまくってみればいいんじゃない? 幸い活動位階の能力は初動が速い上に不可視だから、大量殺戮には向いてる代物だし」
「一万人くらい殺す頃には身体に使い方がしみ込んでるだろうさ。どれだけ頭が足りてなくても反復学習は有効だからね」
◆
確かにこの力は、無力な一般人を大量に殺す分には非常に有用なものだった。
見えない刃を素早く広範囲に散らせる活動は、往来を埋め尽くす人の群れを瞬時に狩りつくした。
胴体手足の区別なく寸断し、切断に切断を重ねた肉片は空中で血煙となって霧散した。人の形を保つどころか、そもそも肉塊として地面に転がることのできた者はまだ幸運な部類だったと言えるだろう。大半の者は粒子のレベルまで切り刻まれ、辺りを満たす血の海の一滴と成り果てた。
彼らが一体どんな人々であったのか。
エミリーは知らない。考えもしない。
街の異変に怯え逃げ惑う無辜の民であったのか。
訳も分からず飛び出して、あるいは恐怖によって凶行に及ぶ衆愚であったのか。
目の前の異常事態にただ目を輝かせ熱狂する、痴れた盲目の輩であったのか。
エミリーは知らない。考えもしない。
血に愉悦する快楽殺人鬼でも、血の道に殉教する求道者でもなく。
既に彼女は、人の死を"統計"として観測する者となっていたから。
人とは数。自らの内に取り込まれる魂の総量。
エミリーは、人をそのようなものとしか見ることができなくなってしまったから。
だから、彼女は───
◆
「レッスン3。渇望について」
「さっき位階を上げる方法なんて知らないって言ったけどね。実はあれ、半分は嘘なんだ」
「なんせこれに関しては言ったところで意味ないからね。むしろ知識が先入観になって成長を妨げる恐れすらある」
「でもまあ、そんな悠長なことは言ってられないみたいだし」
「君も聞きたがってるしね。いいよ、言ってあげようじゃないか」
「聖遺物の使徒の強さは、さっき言った通り魂の総量と位階の高さの相乗で決定される。それは間違いない」
「けどね、強さを決めるファクターは他にも存在する。忘れてないかな? エイヴィヒカイトを扱う本人だって魂を持ってるんだ」
「つまり"当人の魂の強さ"が第三の要素ってわけさ。そこらの雑多な人間の魂には誤差程度の違いしかないけど、僕らは元から超人だったのが魔人錬成で更に強化された存在だ。その身一つで常人を遥かに超える強度の魂を持っている」
「その強さを決定するのが"渇望"。どれだけ狂信的な思いを抱いてるか、強く願えば願えるほどにその魂は輝きを増す」
「つまるところ、そんな渇望を持ってさえいるなら簡単に上の位階に行けるのさ。そして当然だけど、肉体や技術と違ってそんなものは意図的に習得することができない」
「言ってしまえば心のありようだからね。訓練するとか学習するとか、そんな道理が通じない次元の話になるのさ」
「翻って、君は狂信に足る"何か"を持っているのかな?」
「今までのちっぽけな人生の中で、そういったものを得ることができたかな?」
「心当たりがあるなら───精々祈ればいい」
「泣いて喚いて叫び尽くして、夢よ叶えと願えばいい。狂信すらできない奴に、現実を捻じ曲げることなんかできるわけないんだから」
◆
狂信と彼は言った。
狂おしく願う何かがあるなら、それを強く祈ればいいと言った。
信じるものは、ある。
欲しくて欲しくてたまらなくて、失いたくないと心の中で万も億も叫び続けた願いがある。
───パパ……
エミリーは心の中で呟いていた。
───パパ、パパ、パパ、パパ、パパ!
エミリーは心の中で叫んでいた。
駄目だ、まだ足りない。まだ勝てない。まだ見えない。
わたしのパパを思う気持ちは、こんなものじゃない。
愛を求めた。それのみを願った。
何もかもを失くした自分に、パパは何もかもを与えてくれた。
だからわたしは、パパさえいてくれるならそれでよかった。
それだけで、よかったはずなのに。
「パパ……」
茫洋と呟く。
心の中だけじゃなく、はっきりと自分の口で。
呟く。
秘めた想いの形のままに。
「パパ、今までどこいってたの……?
ほら、ジャックとペーター、もうこんなに大きくなったんだよ。みんな良い子で、なかよしで、ずっとずっといっしょ……」
ただ情景を思い浮かべる。叶えたい望みを、手を伸ばす願いを、溢れ出るがままに言の葉に乗せる。
文脈として成立しない小節の羅列は、しかし他ならぬ彼女の中にあっては何よりも尊い言葉として成立していた。
謳うその様は詩劇のようで、朧気な月の明かりの下、揺れ歩く少女の姿は一種の神秘性すら感じさせた。
あるいは、その光景を見る者があればこう口にするかもしれない。
不思議の国のアリスと。
「───パパ」
誰も見えず、誰にも届かない無意味な呟き。
しかしそれは、心の全てを吐き出したかのような、とてもとても、愛おしそうな呟きだった。
『D-3/市街地/一日目・夜』
【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]二画
[状態]活動位階、魂損耗(中)、思考混濁、疲労(大)、精神疲労(大)、全身にダメージ、身体損傷(急速回復)、殺人衝動(小・時間経過と共に急速肥大)、"秒針"を摂取
[装備]鮮血解体のオープナー(聖遺物として機能、体内に吸収済み)、属性付与済みのナイフ複数。
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。皆殺し
1:自分の力を強化する。
2:敵を殺す。
3:その後でシュライバーも殺す。
[備考]
※魔力以外に魂そのものを削られています。割と寿命を削りまくっているので現状でも結構命の危険があります。
※半ば暴走状態です。
※活動位階の能力は「視認した範囲の遠隔切断」になります。
※最低でも数十人単位の魂を吸奪しました。
【バーサーカー(
ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
3:エミリーにもそこそこ見どころがあったみたいだ。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、
ギルガメッシュの主従を把握。
最終更新:2019年06月14日 13:16