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 伸ばした手はきっと、あの蒼天(あおぞら)へ届くだろう。










   ▼  ▼  ▼





「……ここまで、ね」

 寂静の空に、物憂げな呟きが響き、溶けていった。
 広々と開け放たれた天は寒々しく、無機質な星の光だけを暗闇に湛えているのだった。

 特異点の主たるシュライバーが崩壊し、外界とを隔てていた空間の揺らぎが解除された今、外の世界は凄惨たる有り様を露わにしていた。
 元より再三の破壊に晒された都市ではあった。しかし今や鎌倉の街は、最早そこに人の営みがあったなどと到底信じられないほどに、壊れ、罅割れ、崩壊していた。
 黒く変色した異形の砂漠めいた大地が、ただどこまでも広がっている。
 周囲一帯、あるいは千里の向こうまで同じ景色が続いているのではないかと思えるほどの無謬。地面には人工物の残骸はおろか、生物の死骸の一欠片すら見当たらない。
 ただただ単調に、黒い土石が敷き詰められた光景が、世界の果てまでも広がっているかのよう。砂塵の舞う微かな音すら聞こえない。ここでは既に風すら死んでいるらしい。

「元より我が身に未来はなく、元より世界に希望はなく。
 辿る運命さえ予め確定されたものであるならば、それこそを崩すのが私の報復だと考えていたけれど」

 崩れてしまった世界と同じように。
 語る少女の体もまた、砂像が崩れるように形を失っていく。

 先の一瞬、全ての因果が結実した瞬間。
 それら全てを手繰ったのは、この幼い少女だった。
 アルファ・クロスの墜落、アヴァロンの展開、結城友奈の献身に死想清浄の顕現。
 かの流れは綱渡りの危うさで進行していた。どれか一つが少しでもタイミングをずらしていたならその時点で全ては破綻していただろう。
 そして、シュライバーが持つ絶対回避の権能すらも。
 あらゆる罪業を避ける絶対の運命に守られた白騎士を、ただ一瞬だけ"条理に引き戻して"やったのも。
 それが故に巨大十字の一撃はシュライバーの身を貫き、以て殲滅の幕引きとなった根源こそが、この少女だった。

 ───あるいは。

 ───そうした諸々がこの場に集った運命全て、この少女による手引きなのかもしれないが。

「でも慣れないことをするもんじゃないわね。ちょっと無理をするだけでこれだもの。
 ま、操り人形の死人にしては良くやったほうかしら」
「ランサー……」

 息も絶え絶えで、虚ろな目をした少女が、声の主を見上げる。
 その視線に、ランサーと呼ばれた少女はバツの悪そうな苦笑を浮かべた。

 ランサー───レミリア・スカーレットの体を崩すもの。それは単純な過負荷だ。
 因果を捻じ曲げる域の超級宝具、剥き出しの異界法則、神霊級のサーヴァント。それら事象にかかる運命を、例え一瞬であったとて操った事実は、矮小な吸血鬼であるレミリアの存在を隅から隅まで蹂躙した。
 こうなることは最初から分かっていた。分かった上で、躊躇いなく実行した。
 これはその結果に過ぎない。

「なんて顔してるの」

 だから、自分を見つめる少女の顔を見て、レミリアは思わず笑ってしまった。
 少女は目元に雫を溜めて。今にも溢れ出してしまいそうで。
 自分なんかにそんな表情をする必要なんてないじゃない、と。それが少しだけ可笑しかったのだけど。

「……死んでしまったわ。レンも、ブレイバーも、妖精みたいな女の子も。
 あたしには何もできなかった……この剣を引き抜いても、何も……」
「そうね。多くの人間が死んでいった。こんなにも近くで。あなたはそれが悲しいのね」

 藤井蓮結城友奈、それはキーアの仲間だったサーヴァントの名だ。
 イリヤスフィールもまた一時とはいえ戦いを共にした者であるし、言わずもがなレミリアだってそうだろう。
 あるいは、叢や乱といった人間にさえも、彼女は悲哀を抱いているのかもしれない。
 とはいえ。

「バカねぇ」

 この場合、度を越えた自罰主義としか言いようがない。
 それはある種の優しさの証かもしれないが、過ぎれば自分を蝕む毒でしかない。

「こういう時は、半分を取りこぼしたのではなく半分を守り抜けたと考えなさいな。
 胸を張りなさい。あなたは間違いなく、私達の勝利の一翼を担ったんですもの。
 ねえ? 金ぴかの王様」

「愚問を言うな。しかしな、我はこの娘が抱く傲慢をいたく気に入っているぞ?
 視界に入る全てを手に入れんとするその欲望、結構ではないか。その身は所詮造花ではあるが、しかし相応の愛で方というものもある」

 あーはいはい、と手を払う。その間にも、レミリアの体は砂のように崩れ落ちていって。

「今回は私たちの勝利───でもきっと、それさえあいつらにとっては計画の内。
 聖杯戦争の進行そのものが目的なら、何がどう転ぼうと奴らに損はないのだもの。
 だから」

 そこで一旦、言葉を切って。

「気を付けなさい。そして心を強く持ちなさい。
 自分の世界を強く信じて、胸の誓いを確かにすれば、きっと地獄でも踏破できる」

「ランサー、なんで、そんなことを……」

 会ったばかりの自分のために、なんでそこまで気をかけてくれるのかと。
 そう問うたキーアに、レミリアは静かに微笑んで。

「私が"私"であれたのが、あなたのおかげだからよ」

 そんなことを、言った。

「《奪われた者》として私は蘇らされた。けれどね、こうして確かな自我を維持できたのは、私と呼応した原初の四人があなただったから。
 四人の中で、あなただけが尊くも輝かしいものを持ち続けた。だからこそ、私は心の何もかもを凌辱されずに済んだ」

 狂気に堕ちた大公爵は、糸鬼のセイバーを狂気に陥れた。
 反転した少年王は、勇者だったはずのアーチャーさえもオルタナティブとして創り変えた。
 過去に縋る無限再生者は、その思念の多くを西方の魔女へと影響させた。
 しかし、この少女は。
 第四の《奪われた者》である、この少女だけは。

「だからいきなさい。その善良さを失わずに、その気高さも優しさもそのままに。謂れなき悪意に負けることなく。
 私の為せた全ての事は、あなたのそうした強さが導いたのだから」

 言葉と共に、柔らかな微笑を浮かべて。
 そのまま、レミリア・スカーレットは形を失い、砂となって風に散った。
 最後の最期まで恐れを抱くことなく。小さな少女に思いを託して。










 瞼を閉じればすぐにでも、英霊たちの最期の姿が浮かび上がる。
 セイバー、死を想った少年は、遂には怨敵たる大悪を下し果てた。
 ブレイバー、かつてランサーだった勇者の少女は最期まで死の運命に諦めることはなかった。
 キャスター、盲打ちの奇術師は事態の行く末を左右するに足る情報をアーサーへ遺した。
 辰宮百合香は、己が身を賭して我が剣に未来を託してくれた。

 彼らは、皆。それぞれの願いを秘めながら。
 一様にして。願いを捨てて、尊きもののために死したのではないか。
 断言はできない。鋭き直感もそこまでは見通せない。だがそれでも、聖杯という虚像を打ち砕き無辜の少女らを明日へ帰そうとする意思に迷いはなく。

「ブレイバーは……友奈さんは、決して許されないことをしました」

 隣に立つ少女があった。今やアヴァロンの顕現により傷の悉くを治癒させて、弾かれた聖剣を手にしたアーサーの隣に並び立つ、幼い少女の姿。
 少女、すばるは空色の目を細めて。灰色の空、遠き日の記憶を思うかのように。

「きっとそれは事実です。でも、友奈さんがみんなのために戦ってくれたことも本当なんだと思います。ですから、セイバーさん」

 すばるの瞳がアーサーへと向けられる。
 そこには翳りの類は皆無であり、ただ真っ直ぐなものが湛えられていた。

「友奈さんは勇者になれたんでしょうか。みんなのために、誰かのために戦える、そんな暖かい人に」
「なれたさ。彼女は最初から、優しい少女だった」

 アーサーは数多の英雄を知っている。円卓に誇る壮麗な騎士たち、ブリテンに抗し戦った敵国の英雄たち。遥か東の都市で邂逅した六人の英霊。そして、今生における多くのサーヴァントたち。
 その誰もが輝きを有していた。譲れぬものを、誇りを、優しさを、そのいずれかあるいは全て。彼らは皆一様に輝かしいものを胸に宿して。
 幾年を経ても色褪せることのない心、運命、業……いいや、いいや違う。

 それを"愛"と人は呼ぶのだろう。

 ならば、その定義に彼女を当てはめるとするならば。

「結城友奈は勇者である。例えどのような反証があろうとも、それでも僕はそう叫ぼう。心からの敬意を以て、僕は彼女を一角の英雄であると保証する」

 それを聞いて、すばるは安心するかのように笑った。ふにゃり、と聞こえてきそうなほどに表情を崩して、アーサーに笑いかける。

「良かったです。ほんのちょっとだけ安心しました。友奈さんも多分……ううん、きっと喜んでくれると思います」
「僕の言葉程度がその一助になれるというなら、僕のほうこそ嬉しい。そして」

 佇まいを正す。幼い少女に語りかける年長者としてではなく、それは守るべき民へと向かい合う騎士のように。

「彼女と、そして藤井蓮が命をかけて守った君達を、これより僕は全霊を以て守護しよう。それこそが彼と彼女に贈ることのできる最大の手向けだ。安心してほしい、例え天届く巨竜顕れようとも、我が剣に敗北に二字はない」
「……うん、うん。ありがとうございます」

 すばるは気恥ずかしげに頷いて、それからちょっと俯いた。
 気まずさのない沈黙が、二人の間に降りた。

 …………。

 …………。

 …………。

「あ、ごめんなさい。ちょっとアイちゃんの様子を見てきます」
「アイの?」

 数十秒か、あるいは数分か。その後に放たれた言葉に、アーサーが怪訝に思う。

「はい。アイちゃん、ちょっと様子がおかしいっていうか、よく分からないんですけど……」
「いや、確かにそうか」

 当たり前の話だ。彼女は自分のサーヴァントを失っている。彼女たちの間にどのような絆があったのか、アーサーには窺い知ることはできないが、それ如何によっては嘆き悲しみもするだろう。
 特に彼女は幼い。別離の喪失に涙一つなく耐えろというのは酷だろう。

「いえ、違うんです。悲しんでる、というよりは……」

 すばるは何と言っていいものか迷って、そしてこう結論付けた。

「離れようとしないんです。セイバーさんの消えた、あの場所から」





   ▼  ▼  ▼











 ───本当に?










   ▼  ▼  ▼






 そこはまるで、墓場のような場所だった。
 何もかもが崩壊した都市の中で、ほぼ唯一の瓦礫が残っている場所だ。
 雑多な石榑はまるで墓標のようにも見えて。そんなこじんまりとした墓の前で、アイはぽつんと座り込んでいる。

「ねえ、セイバーさん」

 全身を脱力させて、呆然とへたり込んで。
 いじけたような態度のまま、アイは呟く。

「きっと、あなたは最期に怒っていたんでしょうね。あなたを救おうとしなかった、私のことを」

 あの時。
 笑っていた蓮を見た瞬間、アイは思った。ただ一人、蓮を見ながら思った。
 いかないでほしい。
 死なないでほしい。
 生きていてほしい。
 そう思って、強く願って───三画の令呪までをも使用した。

 連れ帰りたいと、願ってしまった。
 死者を、蘇らせようとした。

「私は、あなたを、救わなかった」

 救えなかったのではない。
 救わなかったのだ。

 アイは蓮を救えたはずだった。蓮にとっての救いとは死であるのだから、それを肯定し笑顔で見送ってやればそれで良かった。
 だが、アイはそうしなかった。
 アイは世界を救えなかった。情に負けて、絆されて、藤井蓮を救わなかった。味方だから、大切な人だから、救わなかった。
 "みんな"を救うはずのアイは、そのみんなを分けて、例外を作ってしまった。救う相手を区別してしまった。

 それは、アイが抱いた夢に対する、最悪の裏切りだった。

「それでも、私は……生きてて欲しかったんです。ずっとずっと、あなたに……
 それは、いけないことだったんでしょうか……?」

 身を焼くような言葉と共に、アイはとうとう力尽きて顔を俯かせた。それでも、現実は容赦なくアイの心を抉った。

 生きていて欲しかった。
 死者であっても、信念に背こうとも、それでも生きてて欲しかった。
 それは、ハンプニー・ハンバートの時も同じことを思ったはずだ。

 だったら。

『だったら、お前は最初から間違っていれば良かったんだ』

 声が聞こえる。
 声が聞こえる。
 それは決して現実ではなく、アイの心から出る幻聴でしかない。
 だが、それでも、アイを責める声は確かに聞こえた。

『最初から間違っていれば良かったんだ』
「……」
『ハンプニー・ハンバートを救ったりなんか、しなけりゃ良かったんだ』
「……」
『最初からちゃんと間違えて、父親を埋葬したりなんかせず、二人で幸せになれば良かったんだ』
「…………あ、ああ……あ……」

 最早、言葉も無かった。
 夢を壊され、
 父への愛の証明までを壊され、
 世界を救う化け物だったはずの少女は、今やただの小娘であるかのように弱々しく、震えるばかりだった。

『なあ。なんでお前、今さら俺なんか助けようとしたんだよ』

 答えはもう、どこにもなかった。


 そして世界(レン)はアイを(のろ)った。



乱藤四郎@刀剣乱舞! 死亡】

【叢@閃乱カグラ 死亡】


【ブレイバー(結城友奈)@結城友奈は勇者である 消滅】

【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies Irae 消滅】

【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae 消滅】

【ランサー(レミリア・スカーレット)@東方project 消滅】



『C-3/更地/一日目・禍時』

キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]二画
[状態]疲労(大)、精神疲労(大)、魔力消費(極大)、決意、原因不明の悲しみ、黒の剣能を発現。
[装備]乱藤四郎@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:分かっていた。最初から、例えこの身が骸だとしても。
2:それでも、あたしは───
[備考]
黒の剣能:タタールの門を開く鍵の一つ。誰しもが持つ拒絶の顕れ。互いに傷つけ自滅し合うための道具。この剣のような争いの道具を捨てられないが故に、人はシャルノスを求める。



【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]疲労(極大)、魔力消費(極大)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:この状況は、最早……
1:キャスターの言を信じ成すべきことを成す。
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。
セイバー(藤井蓮)と情報を共有しました。
アヴァロンの展開により外傷が完治しました。以降アヴァロンの再使用は令呪の行使により可能となります。


アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 全画喪失
[状態] 疲労(大)、精神疲労(極大)、魔力消費(極大)、呆然自失、精神崩壊寸前。
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代服(収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:────────────。
0:……セイバーさん。
1:"みんな"を助けたかった───本当に?
2:生き残り、絶対に夢を叶える───ただ自分が救われたかっただけだろう。
3:ゆきさんは……───もういない。お前は徒に時間を浪費した。
4:キーアすばるとは仲良くしたい。それだけは本当のはずなのだ───きっと、お前がお前であるならの話だけど。
[備考]
その手は決して伸ばされない。少なくとも、今のままでは。



すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(極大)、魔力消費(大)、神経負荷(極小)、《奇械》憑き
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなのもとへ“彼”と一緒に帰る。
1:生きることを諦めない。
2:わたしたちは、青空を目指す。
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ブレイバー(結城友奈)と再契約しました。
奇械アルデバランを顕現、以て42体目のエンブリオと為す。
機能は以下の通り。
衝撃死の権能:《忌まわしき暗き空》
遍く物質を発振させる電撃の槍を放つ。
《物理無効》
あらゆる物理的干渉を無効化する。
《守護》
あらゆる干渉より宿主を守る。
心の声、あるいは拡大変容
詳細不明。ただし、奇械は人の心によって成長するとされている。
?????
詳細不明。


ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]魔力消費(極大)、単独行動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。全ては人の意思の証明のために。
0:時は来た。
1:赤薔薇王との盟により、明日ある者らへの裁定を下す。
2:世界を救うべきは誰か、己も含め真贋を見極める。
[備考]
最終更新:2020年08月01日 15:20