「クソが、どこにいやがる」
夜も更け星々が満天に広がる頃、大仏坂の道の中途にその男の姿はあった。
粗暴な印象を受ける男だった。ガタイは大きいが顔色は悪く、姿勢は骨ごと曲がっている。無精髭を生やした顔にあるのは欲望と喜悦に歪んだ瞳。汚らしい頬にはこれまた手入れのされていないボサボサの黒髪がかかっている。
纏う服も男と同じように薄汚れていた。もう何日も取り替えていないのだろう。ともすればホームレスにも見える風貌だが、しかし殺意に濁る表情がそれを否定する。
端的に言って、その男は一目で分かる屑の見本であった。
しかしこの鎌倉において彼は一種の特権を与えられた人間でもあった。すなわち、サーヴァントを従えるマスターという特権階級。
男はまさしく、聖杯戦争へと招かれたマスターであった。
「確かにこのへんだったはずだ……おいバーサーカー! てめえしっかり見張っとけよ!」
男は傍らに侍る野獣のような影を怒鳴りつける。狂戦士の忌み名の通りその影は理性を失っている故に、低く唸るような声しか返さない。
それを片手間に確認した男は、ちィッ、と大きく舌打ちした。見張りなどという行為を行えるほどの知性もバーサーカーは持ち合わせていないと分かった上での侮蔑だ。
完全な八つ当たりである。
そして感情を昂ぶらせながら歩いているのは、他のマスターを探し当てるためだ。
つい先ほど突如として発生した巨大な魔力の反応。それはたまたま近くを通りがかっていた男にも感じ取れるもので、故に戦争におけるライバルを減らすために赴いたという次第だ。
「お、いたいた……って、なんだこれ」
苛々と周囲を探ること数分、ついに男は目当てのものを発見した。
すなわち敵マスターの姿。しかしどうにも様子がおかしい。
まず前方に倒れ伏す影。見たところ若い女か、露出した手の甲に令呪らしき赤い痣が見えることからマスターであることは疑いようもない。
それはいい。倒れているのも他のサーヴァントにやられたとか、色々説明付けることはできる。
しかし。
「……なんでサーヴァントまで寝てんだよ」
女の横、そこに倒れていたのは戦国武将のような猛々しい男だ。内包する規格外の魔力からそれが仮装ではなくサーヴァントであるとすぐにわかる。しかし死ぬでも消滅するでもなく、傍らの女マスター同様静かに寝息を立てている。
どう考えてもこれはおかしいだろう。他のサーヴァントにやられたにしろ、ここまで無防備な姿を晒しているのだから殺さない手はないはずだ。男がこの場所にやってくるまでに幾らかの間があったのだから、殺す時間がなかったということもないだろう。
そこにあったのは、揃って間抜けな寝顔を晒す主従と、それを怪訝な顔で見下ろす男という構図だった。なんだこれは、流石にこんな展開想定してないぞ。
「……まあいい。おいバーサーカー、こいつらの魂を食え」
うだうだ考えるのは面倒臭いとばかりに、男は思考を打ち切るとバーサーカーに命じる。
男が使役する狂戦士は高ランクの狂化により並みの英霊を遥かに凌ぐ力を有している。それはマスターの男が自分たちに敵はいないと思いあがるほどのものだったが、代わりに馬鹿げた量の魔力を必要とした。
だからこそ、貴重な魔力を補給できる機会は逃がさない。男はこれまでも何人かの鎌倉市民をバーサーカーの贄に捧げていた。他者を殺すことへの葛藤とか、そんな高尚な精神など持ち合わせるはずもなし。
男には、徹頭徹尾自分のことしか頭にない。
―――くすくす、くすくす。
ふと、どこからか笑い声が届いた。女を手に掛けようとしていたバーサーカーまでもが、その声に反応して手を止める。
声の出所はすぐに見つかった。自分たちの背後、そこに幼い少女が立っていた。
綺麗な少女だった。栗色の髪と瞳を持ち、頬と唇は薔薇色とさえ形容できる。白いドレスを着て微笑むその姿は、まさしく天使か妖精そのものだ。
否、それは天使でもなければ妖精でもなく、傍らの従者と同じサーヴァントであるとすぐに察した。
(なんだこいつ、いつの間に……)
突然のことに警戒するも、目の前の少女は笑うだけだ。攻撃も何も仕掛けてくる様子はない。
ならば容赦する必要はないだろう。いつの間に接近してきたかは知らないが、自分のバーサーカーに正面から勝てるようなサーヴァントではあるまい。
「殺せ、バーサーカー!」
だからこそ命令は至極単純。雄叫びを上げるバーサーカーが巨大な棍を振り上げ、野蛮な暴威もそのままに少女へと叩き付ける。
轟音。衝撃で地面がひび割れ、余波ですらまともに立ってられないほどの威力を以てバーサーカーは少女のサーヴァントを粉砕した。
順当に、何の捻りもなく。少女が狂戦士に抗うことは叶わず、こうして一瞬の戦闘は終わりを告げた。
「は、はは……やっぱ"俺"は最強じゃねえか!」
あまりの威力に呆けていた男が狂喜の声を上げる。男の中では既にバーサーカーの力は自分の力であるという等式が成り立っているらしく、従者に労いの言葉をかけるでもなく己の無敵を賛美する。
やっぱり俺に敵なんていない。聖杯を獲得すべきマスターは俺であり、天下に遍く名を響かせるのも俺なのだという根拠のない自負すら抱いて。
そして、それから。男とバーサーカーは快進撃を続けた。
太刀を構えた鎧武者がいた―――鎧ごと叩き潰してやった。
戟を備えた中国武人がいた―――そんなもの蚊の一撃にも等しかった。
高所で弓を射る狩人がいた―――豪雨の如く降りかかる矢など気にせず悠々と近づき、高みから引きずりおろしてやった。
天馬に跨る美しい女がいた―――根本から羽を毟り取り血の海に沈めた。
髑髏の仮面を被る影がいた―――腕の一薙ぎで塵屑のように消した。
黒の外套を纏う魔女がいた―――操る魔術の悉く、バーサーカーには一切通じなかった。
それだけではない。バーサーカーだけじゃなく、この俺が自らサーヴァントを仕留めることも少なくなかった。
最初は向かってくるサーヴァントに恐怖したが、咄嗟に突き出した手が相手を貫き殺したことで確信に変わった。
【俺は天に選ばれた存在だったのだ】
屈強な騎士の首を片手で捩じ切り―――どうやって?
槍の一撃を事もなげに弾くと返す刃で胸を貫き―――ただの人間に何故そんなことができる?
放たれた弓矢を宙で掴み投げ返して射手の眉間を穿ち―――おいおい道理に合わんだろう。少しは疑問を持てよ。
あらゆるサーヴァントをバーサーカーの手を借りずに打ち倒した―――うるさい黙れ。俺ができると言えばできるんだ。それが天下の理屈だろう。
英霊がなんだ、サーヴァントがなんだ。所詮俺の手にかかればこんなもの雑魚でしかないではないか!
そうして当たり前のように聖杯は俺の手の中に舞い降り、あらゆる願いは果たされる。
俺は、この世の全てを手に入れたのだ。
▼ ▼ ▼
『××日午前3時10分ごろ、鎌倉市長谷の大仏坂切通しにて原因不明の爆発事故が発生しました。事故の現場で男女2名が倒れているのが発見され病院に搬送されましたが、2人は全身を強く打っており間もなく死亡が確認されたそうです。
2人の男女はいずれも身元不明で、警察は2人の身元を確認すると共に、爆発の原因を―――』
▼ ▼ ▼
古都・鎌倉には多くの都市伝説が渦巻いている。
それは怪物を打ち倒す英雄譚であったり、正体不明の怪人物との遭遇であったり、ここ最近急増した行方不明者や死因不明の死亡者についての怪異譚であったりと様々だ。
多くの住民はそれらを耳にしつつも気にせず日常に埋没し、あるいは多少の興味を抱く程度で終わるのが常であったが。しかし中にはそんなオカルト話にどっぷり嵌ってしまう者もいた。
そして彼らはこう願うのだ。【自分の周りでも非日常が起きてはくれないものか】と。
都市伝説は増殖する。発生を願うものがいるのだから、当然の帰結としてそれは発生し続けた。
これはそんな都市伝説(フォークロア)のひとつ。夢を叶えてくれる幸福の精のお話。
幸福の精はとても綺麗な少年少女で、出会った人の願いをなんでも叶えてくれる。でも、あまりに願うものが大きすぎると幸福の精が怒ってしまい、その人をずっと眠らせてしまうのだという。
『うふふ、あははははは』
誰もいない山道を少女が駆ける。一寸先も見えない闇であるというのに、少女は何に躓くこともなく軽やかに舞っていた。
それはまるで一枚の絵画のような光景だった。とても現実とは思えない幻想的な一幕。少女は愛らしい顔に笑みを浮かべ、木々と戯れるように道を往く。
無垢な印象に違わず、少女に邪念など欠片も存在しない。彼女は都市伝説に語られる幸福の精そのものである故に、あらゆる全ての幸せを心から願っていた。
そう、全て。善人も悪人も関係なく、道理や過程を顧みず、ただひたすらに万人の幸福を願うのみ。
因果? 知らないわそんなこと。
理屈? そんなのどうだっていいじゃない。
人格? わたしはみんなに幸せになってほしいの。
善悪? それはあなたが決めることよ。
幸福に嘘も真も存在しない。あなたがそう願えば、それが本当の幸福なのだから。
だからあなたも幸せになって。わたしはそれだけで満たされるから。
少女は何も知らず、知ろうともせず、盲目白痴のままに舞い踊る。
誰もが望む理想を叶え、しかし真には何も与えない悲しき魔性。幸福の精は、ただ在るがままに人を幸福の夢に沈め続けるのだ。
【クラス】
キャスター
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運A 宝具EX
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
陣地作成:E++
自らに有利な陣地を作り上げる。
キャスターは魔術師ではないためほとんど機能していない。強いて言うならば後述の宝具により支配した一帯こそがキャスターにとって唯一最大の陣地である。
道具作成:-
魔術的な道具を作成する。
キャスターは魔術師ではないため全く機能していない。キャスターが作り上げられるのは幸福のみである。
【保有スキル】
無我:EX
確固たる自我・精神が存在しない。キャスターの内にあるのは幸福のみである。
その在り方は幸福感による精神汚染に等しい。あらゆる精神干渉を無効化するが、ある種の精神の歪みがない者とは会話が成立しない。
単独行動:EX
マスター不在でも行動できる能力。
このランクに達するとマスターなしでも無制限に現界が可能となるが、宝具により真の姿を現した場合には魔力を大量に消費するのでこの限りではなくなる。
幸福というものを大人は信じられない。子供は信じ、受け入れる。しかしそのどちらも結局幸福にはなれず、『幸福』は永劫ただひとり。
単独行動のスキルとしては明らかに常軌を逸したランクに到達しており、ある種の上位スキルに類似した特徴を有する。
余談ではあるが、その種のスキルを持つ者は、すなわち『人類■』と呼称される存在であるという。
うたかたの夢:EX
何某かの願望、幻想から生み出された生命体。願望から生まれたが故に強い力を保有するが、同時に一つの生命体としては永遠に認められない。
この存在を生み出した根源とは、すなわち夢界第八層に由来する第四の盧生にある。
【宝具】
『幸福という名の怪物』
ランク:EX 種別:概念・対文明宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
幸福という概念を体現した最悪の夢のかたち。
キャスターと直接相対した者は、その全てが幸せな夢へと誘われる。その夢の中ではあらゆる願望が成就し、その者にとっての理想郷とも言うべき世界が展開される。
そしてその夢に囚われた者は現実では永遠に目覚めることなく、放っておけば数日で衰弱死する。
この宝具から逃れる術は三つ。夢を解する知性を持ち合わせないこと、真に心から満たされていること、そして夢は所詮夢であると現実に向き合う確かな気概を持つことである。
それはスキルとしての精神防壁とは意味合いが多少異なり、例えどれほど堅牢な精神防壁を持とうが夢に逃避する精神性であったならば容易くキャスターの術中にかかる。逆に言えば何の素養も持たない一般人であろうとも心持ち次第ではキャスターに対抗可能ということ。
その性質上高ランクの狂化を施されたバーサーカーには一切通用しない。また、一度夢に堕ちた後でも何らかの手段で強く現実を意識させることができれば眠りから覚ますことも可能である。
この宝具は概念的なものであるが、同時にキャスターという存在そのものでもある。
キャスターの真の姿は数十mほどの植物のような生命体であり、土に根を張ることで周囲のマナを吸い上げる。
またこの形態においては幸福感をもたらす精神干渉波は物理的な破壊・束縛効果を持ち肉体的な快楽を与えるまでに強化されるが、精神防壁や対魔力等のスキルにより対抗可能となってしまう。
真の姿を現した場合、キャスターは確かな実体を持つに至る。
【weapon】
なし。
【人物背景】
異次元より飛来した謎の高エネルギー生命体。男には少女に、女には少年の姿として映る。
かつて南米の古代文明を自覚なしに数日で滅亡させ、正体不明の術師の手により封印され天界に幽閉されていたが、過去に三度脱走している。
性格は無垢。悲しみや怒りといった感情を解さず在るのは幸福のみ。キャスターは存在するだけであらゆる知的生命体を死に至らしめるが、彼もしくは彼女に敵意は存在しない。主観的にはあくまで人に幸福をもたらしているだけである。
一説には人間を滅ぼすための生体兵器だとか、人類が次のステージに進んだ際に真なる幸福を授けるために現れたとか、そんな推測もあるが真実は霧の中。
【サーヴァントとしての願い】
全ての人に等しく幸福を。
【マスター】
不明@???
【マスターとしての願い】
不明。ただし、彼もしくは彼女の願いは当人自身の夢の中で叶った。
【weapon】
不明。
【能力・技能】
不明。
【人物背景】
何かしらの目的を抱き鎌倉を訪れた誰か。
触媒を用いず縁による召喚を試みたこと、鎌倉市民の都市伝説に対する夢想が最高潮に達していたこと、あるいは聖杯戦争の裏に潜む何者かの影響。それらのいずれか、あるいは全ての因果でキャスターを召喚し、覚めない夢へと旅立った。
その後は人知れず眠り続け、召喚より二日後、誰に看取られるでもなく衰弱死を遂げている。
【方針】
彼もしくは彼女にあったのは幸福だけである。
今はもう、願いも未来も存在しない。
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登場キャラ |
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DATE LOST |
キャスター(『幸福』) |
000:封神演義 |
最終更新:2020年04月18日 20:22