【クラブ棟】その1「規則は破るべきものなりや?」



ここ最近の姫代学園は様子がおかしい。
一つは、ここ最近気分の悪くなる生徒が続出していることだ。
この前の放課後、見回りをしていたらタバコの匂いが校舎裏からしてきた。覗いてみればそこには素行悪めの子が数人。
注意しようと声を上げようとしたところで、彼女らが突然胸を押さえて次々と倒れたのだ。

「ちょっと、どうしたの!?」

ちょっとタバコを吸ったぐらいでそんなことにはならないはず。
駆け寄って手近な一人を助け起こす。

「どうしたのよ」
「あ、あぁ、中払か……。タバコを吸ってたら突然胸が痛くなってな」

彼女は何度か深呼吸し、起き上がった。

「なんか、もう痛くない……な?」
「タバコを吸うなっていう神のお告げじゃないの? あと風紀委員としてタバコは没収します」
「嫌だね、と言いたいところだが……なんかもう、吸う気分じゃないな」

そんなこんなであっさりと済んだものの、原因は不明。
その翌日、別の生徒が授業中に苦痛を訴えたのだ。それも複数人。

「頭が……痛い……!」
「私もお腹が……」
「腕が……あだだだ……!」

みな保健室へ行ったものの、全員特に健康上の異常は見受けられなかったという。
少なくとも私には影響がなかった。少なくともなにか理不尽なルールで圧迫されている様子はない。
それとも私がたまたまルールを遵守出来ているだけなのか。
どうにもこうにも腑に落ちない。なにせ、被害者の選定に節操がない。白昼堂々、無差別、無目的。その割に苦痛以上の被害報告もない。
Who done itも(だれが)Why done itも(なぜ)How done itも(どうやって)やってるかも見当がつかない。
何か私の把握してないルールがあるのかもしれないがルールを押し付けられているのは私ではないし、誰がやっているかわからない以上殴って解決もできない。
殴って解決できないと言えば、まどかさんのチェーンメールもそうだ。
チェーンメールを無視することによるペナルティ(ルール)で、それがどうしたの?(インヴァリドルール)で握りつぶせるが、
逆に言えばそれ以上怪異側からのアクションが来ないということでもある。これについては他の被害者に張り付いて姿を見せるのを待つしかない。
いずれにせよ、私一人では解決策が見いだせない。風紀委員として歯がゆいことである。

「中払さん、ですね。お聞きしたいことがあるのですが」

そんな事を考えていたら後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには私より背の低い、黒髪ロールの少女がいた。下級生だろうか。少なくとも見覚えがない。

「何かしら?」
「これは失礼しました。合法律子といいます。最近非常勤講師として着任しました。担当は公民なので基本的に高等部の方の受け持ちですね」

まさか新任の教師だったとは。

「すいません、とんだ失礼を」
「いいのいいの、よく間違われるから。それよりこの学園の怪奇現象とかについてなにかご存知かしら?」
「話すのはいいですけど……どうして?」

尋ね返すと近寄ってきて小声で耳打ちされる。

「ここだけの話だけど、上は認めてないけどこういう怪異が起きてるって噂を小耳に挟んでて。危険は避けたいなぁ、と」
「なるほど」

とりあえず、思いつく怪異の話をする。

「そうですね……最近、原因不明の体調不良者が出てる話はご存知ですか?」
「えぇ。私の授業中にも体調崩す人が現れて……」

思った以上に影響は広範囲にわたっているらしい。どうにかしたいが取っ掛かりもつかめない現状。
他にもいくつか話しておいた。まどかさんのチェーンメール。そしてクラブ棟の女子失踪事件。
真夜中にクラブ棟を歩いていると、「貴様は虎か?」と聞かれ、
肯定すれば「本当にそうか試してやろう」、否定すれば「だが我の存在を知ったならば生かしてはおけぬ」と言われ、殴り殺されるらしい、という話。
抵抗しようにもそいつは相対した者の倍の力で殴ってくるので誰も勝てないという。

「怖いですね。気をつけますね。教えてくれてありがとうございます」

そう言って一礼して去っていく律子先生。
新任教師にまで怪異に怯える状況は実に良くない。
そんなわけで、今のところ出処がはっきりしていて対処できそうなクラブ棟における女子失踪事件に手を付けることにした。
殺されるのに話が伝わってるのがいかにも怪しいが怪談話は得てしてそういうものだ。危険な怪異は早めに潰すに越したことはない。

夜を待ってクラブ棟に向かう。
懐中電灯片手に、部室を一つ一つ覗いていく。大抵の部室は施錠されていて窓から中を見るだけ。
そうして進んでいくうちにある部室の扉が、するりと開いた。空手部。他の部室と比べると広く、武道館が空いていなくとも活動ができる。
その奥に、人影。懐中電灯に照らされたその姿はひと目見てもわかるほどに筋骨隆々。おそらく、これが怪異の主か。

「何者?」
「貴様は虎か?」

こちらの問いかけを無視し、噂通りの問いを投げかけてくる。どちらにしろ結末は一緒とされている。ならば。

「もしそうなら?」
「本当にそうか試してやろう」

そう言うや否やその巨体に似合わぬ速度でこちらに近づいてくる。
プランは決まっている。怪異に真の理不尽というものを叩きつけ、潰す。
倍の力で殴るというのもそういうルールなのだろう。私の能力ならその力も失われるだろう。
巨大な拳が振るわれる。私はそれを受けるように腕を掲げ


ゴリュッ


吹き飛ばされた。

なぜ? どうして? ルールは無効化したはず?

「ほほう、面白い力を持っているようだな。魔人能力を無効化する類の能力か……?」

そう言いながら男は私を軽々と持ち上げる。
魔人能力。それも一種のルールの強要。無効化は出来る。だが、どうして……

「俺の能力は『相手の二倍の力を出す』というものなんだがそのせいで全力を出しきれなくてなぁ。お前のお陰で全力を出せるというものだ」

思い切り持ち上げられ、床に叩きつけられる。

「あぐぅっ!?」

どうやら、こいつは怪異でもなんでもなく、ただの不審魔人らしい。
……まずい。理不尽なルールならともかく、これはただの単純な暴力。
魔人能力を無力化したところでそれ以上の力を振るわれるのでは本末転倒。

「に、逃げなきゃ……」
「逃がすわけないだろーが」

なんとか立とうとしたところを再び掴まれ、部屋の奥へ投げ飛ばされる。
その後もこちらの動きを先回りするように殴る、蹴るの暴行を受ける。
怪異との戦いでちょっとは近接格闘に自信はあったのだが、本物のそれにその自信ごと打ち砕かれてしまった。

「どうして、こんなことを……」
「俺の探してるやつを誘い込むためだ。まぁハズレしか引っかからないんだが少なくともサンドバッグにはなる」

誰のことかわからないが、それがわかるより先に嬲り殺しにされてしまうのは明らか。

「さて、聞きたいことはそれだけか。抵抗は大歓迎だ。出来るものならな」

その時、カツン、カツンと外から何者かの足音が近づいてきた。
ぎぃぃ、と扉が開き、差し込む光が私とあいつを照らす。

「ぐぅっ!?」
「!?」

それと同時に男が胸を押さえ、私にも理不尽な圧迫感が来た。
まさかあの光の出処が例の怪異の正体なのか。で、それがどうしたの?(インヴァリドルール)は……有効。体の痛みに耐えながら立ち上がり、呼吸を整える。

「ふーん、怪異と聞いたけどそれにしては実態がありすぎるわね?」

ひとりごちながらこちらに近づいてくるのは……。

「律子先生!? どうしてここに!?」
「今日の警邏は私の番ですから」

先生は返事をしながら足を止めることなく、その男に近づいていった。

「な、何をしやがった……う、ぐ……!」
「してるのはあなたの方では? 不法侵入に暴行、殺人未遂。そうね、学園の規則としても余所者はお断りでしょうし」
「貴様……ぶちのめしてやる……!!」
「はてさて、苦痛に苛まれては本来出せるはずの力も出ないでしょう。大人しくお縄につけば、私としても楽なのですが」
「ふっ……ざけんな! せっかくヤツの潜伏先を見つけたというのに、ここで終わって、たまるか、よ!」

力を振り絞り立ち上がって律子先生に殴りかかろうとする男。

「暴力は……いけませんよ?」

なにやら分厚い本を振るい、全力の拳を迎撃する。

「いぎっ、がっ、腕がっ……!」
「人は苦痛で死ぬこともありますからね。大人しくしていればそこまで苦しむこともないでしょう」

名も知れぬ男は律子先生の連絡を受けてやってきた警備員によって捕縛、連行されていった。

「中払さん」
「は、はい?」
「理不尽なルールを破るのもそれはそれで一つの考えですし、怪異に対しては有効ですが、本来規則(ルール)というものは、己や他の人を危機や悪事から護るためにあるんですよ」

それは確かにそう。私の能力は怪異の理不尽な押しつけに対するモノで、人の法律を破るためのモノではない。

「深夜のクラブ棟に生徒が一人出張るのは良くないことはわかりますね? こんな事になってしまったわけですし、ね?」
「はい……」

その言葉に返事をするとともに全身がだるくなり、力が抜けていくのを感じた。効いてたはずの|で、それがどうしたの?《インヴァリドルール》が意味をなさない。
原因を考えるより先に私は意識を手放した。



ふと気がつくと、見知らぬ天井。見知らぬ部屋。見知った顔。

「あら、目を覚ましましたか」
「ここは……?」
「病院ですね。結構いろんなとこの骨が折れてるそうですし、しばらくは安静に、とのことです」

その後、どうして先生があの場にいたかを

「こんなところでしょうか。それでは、お大事に」

そう言って先生はぺこり、と一礼して去っていった。
私は自分の無力に、泣いた。



『えぇ、はい。そんなわけで怪異騒ぎにかこつけた不審者を確保しました。
 詳細は別途資料をお送りしますので……。
 はい、え? 案件はそれだけじゃない? はぁ……はい、はい』

合法律子の仕事はまだ終わらない……。


最終更新:2022年10月17日 19:03