【クラブ棟】その2「合法律子の姫代学園失踪事件調査報告」



彼女―――中払桃と初めて出会ったのは、私がOBとして所用のため姫代学園を訪れた時だった。


例によって、通路を歩いていた時に中学生と間違えられた私は生徒に絡まれていたのだ。
細かいこと原因は覚えてなかった因縁づけのようなものだったことは間違いない

いつものことではあるのだが、とても困ったものだ。
昔は小学生に間違われていたのだからこれでましにはなった方だ。、
高校生ぐらいの頃に「お母さんのお使いができてえらいね」と言われたときにはショックが隠せなかったものだ。

もちろん問題はない。

法を犯すタイプは魔人能力で対応できるし、いざというときのために私は六法全書を持ち歩いている。
六法全書は重さ4㎏、分厚いので鈍器として攻防に優れている。
映画でよくある拳銃で撃たれたけれど、遮蔽物があったから大丈夫というシーンもこれでばっちりなのだ。
法学者はこれが枕元になければ安心して眠れないのだ。

私がどうあしらうか思案していたその時。

「やめなさい。その娘、嫌がってるわよね」

ホイッスルの音とともに少女の声がその場に響き渡った。

そこに現れたのは二つに結んだおさげと真っ赤な眼鏡。腕につけられた風紀委員会と書かれた腕章。
膝丈で揃えられた制服のスカート。
およそ風紀委員と聞いてイメージするような典型的な外見の少女。
それが中払桃だった。


「あっ、風紀委員、逃げましょう!」

風紀委員の登場に面倒になると思ったのか、私に絡んでいた生徒たちが退散していく。
それでやめるぐらいなら最初からやらなければいいと思うのだが。

「ありがとうございます」

私は彼女にお礼を言った。助けてもらったのだから当然のことだ。

「大変だったわね。全く、どうしてあんな理不尽に後輩にからもうとする人がいなくならないのかしら」

どうやら彼女も私を中学生だと思っているらしい。
先ほどの生徒といい、そこまで私は幼く見えるのかと思う。いやもうあきらめてはいるのだけれど。

「私は生徒ではなく、この学校のOBです。」

とはいえ、学生だと思われるのも嫌なので、彼女の認識を訂正する。

「えっ先輩?本当?」

OBだという私の返答が意外だったのか、めをぱちぱちとさせた後、少し怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「本当です。免許証見ます?」

何回も見せるハメになっているので免許証は六法全書と並ぶ私の必需品だ。
そこまで言うと彼女も納得し、「失礼なことを言ってしまい申し訳なかった」と私に頭を下げて謝っていた。

再び絡まれるの厄介なので、そこから先は彼女と一緒に目的地まで向かった。
風紀委員と一緒なら学園内の不届き者も絡んでこようとはしなかった。
そして、彼女とは別れるとき個人的に連絡先を交換した。

それから中払さんとは、何度かメールや電話でやり取りをしていた。
理不尽なルールが嫌いだとは言っていたが、風紀委員をしているだけあって法律には興味があるらしい。
年の離れた友人と会話をすることは私にとっても刺激になってわるいことではなかった。





現在。
私は風紀委員室と書かれた扉の前に立っていた。

失踪事件について調べる過程で出てきたたくさんのオカルト話。
その実態を検証する必要があったのだが、とても一人で調べきれるような量ではない。

そして私は姫代学園のOGではあるが、現在の姫代のことを全て把握しているわけではない。
現地の協力者が必要なのは明らかだった。

そこで目を付けたのが、風紀委員会だった。

学園自治法の成立以降、学校において警察の役割を担ってきたのが風紀委員会だ。
彼らは警察に代わって学園内の風紀の乱れや不正を取り締まっている。
一応は生徒会の傘下にあるが、生徒会もまた彼らの監視対象であるがゆえに、他の委員会よりも独立性が高い。
現在では全国風紀委員連合により、各地の学校の風紀委員同士で連携を強めている。

法学者である私と相性がいいといっていいだろう。
そして、ここには以前知り合った中払さんがいる。
だから、彼女に協力を求めることにした。

もちろん姫代学園の上層部の依頼であることは伏せている。
あくまでも、私が個人的にオカルトに興味を持ったという体で彼女に相談した。

この風紀委員室で彼女と待ち合わせをしているのだ。

「失礼するわ」

私は風紀委員室の扉を開いた。
そして、室内に足を踏み入れると、待ち合わせをしていた中払さんを探した。

風紀委員室の中は結構広い。
風紀委員たちが室内をいそうが思想に動き回っている。
私はその中で風紀委員会応接室と書かれた場所を見つけるとそこに中払さんがいることを確認しそちらの方に向かった。

中払さんは応接室内に設置されたソファに座り、二人分のコップを机に並べて私を待っていた。

「待たせたかしら」
「いえ」

私が目の前のソファに座ったのを確認すると中払さんがコップにお茶を注ぐ。

「お久しぶりです、合法先輩。ああ、最近講師として赴任したんでしたね。なら、先生とお呼びしたほうが?」
「どちらでもいいわよ、別に」

どうせ今回の調査のためだけに与えられた学園上層部から与えられた肩書だ。
そこまでこだわるものでもない。

「それで風紀委員会に協力してほしい件なんだけど……」

テーブルの上に入れられたお茶を飲みながら、中払さんに単刀直入に用件を伝える。

「この姫代学園に伝わるオカルトについて調べたいでしたね」
「ええ」

姫代学園の失踪事件の背後には多くの場合オカルトが見え隠れしている。
代表的な例が『まどかさま』だ。

「最初に確認しますけど、合法先輩オカルトのことと信じてますか?」
「あまり」

オカルトといっても大半は魔人能力で再現できそうなものだ。
とても本物とは思えない。

「先輩。風紀委員会のオカルト事件担当として言いますが、オカルトは存在します。例えば私達の間で有名なものならこちらの事件ですね」

彼女はソファから立ち上がると、たくさんの書類が入った棚の方に向かうと、そこら取り出した資料を私に手渡した。

かつて全国風紀委員連合が起こしたという事件のものらしい。
大妖怪「萎(なえ)」。
精力を衰えさせる怪物を利用することで変態がいない世界を実現しようとしたらしい。

「こんな事件が」
「全国風紀委員連合としては身内の恥として余り口外していないので」

事件について語る彼女は苦々しいといった表情を見せていた。

彼女は理不尽なことが嫌いだといっていた。
彼女の魔人能力も理不尽への怒りが目覚めたきっかけだと。
だから、無理矢理他人を押さえつけようとしたこの事件が気に入らないのだろう。

「合法先輩、この学園のオカルトについては一応調べたんですよね」
「ええ」

それとなく生徒たちの噂話は聞いているし、図書館でこの学園に関わりそうなその手の本もいくつかは読んだ。
まどかさまの噂の元でもある『血の踊り場事件』ついても一通りの資料は目を通している。

「なら、合法先輩、この学校はオカルトが多すぎると思いませんか?明らかに異常です。」

指摘されてみれば、確かにそうだ。次々と出てくるオカルト話。
七不思議どころではない。七不思議の七不思議。百物語。
一人で調査するには明らかに無理があるぐらいにオカルトが存在している。

普通の学校にはこんなに怪談が伝っているということはない。
何かの作為を感じる。

「誰かが意図的に怪談を増やしている?」
「かもしれません」

その誰かが失踪事件の犯人という事だろうか。
もしそうであるならば話が早いのだが。

そのあともいくつかのオカルト事件について情報を交換をして、風紀委員室を後にすることにした。
すると、別れ際に彼女が言った。

「一応忠告ししておきたいんですけど、一人であまり動き回らない方がいいですよ。とても危険なので」
「大げさね。」
「それでもです」

彼女の話によると、オカルト案件に巻き込まれて命を落としている生徒は年に何人もいるらしい。
だから、「オカルト関係で何かをするなら私に連絡してほしい」と。

結果として私は彼女の忠告には従わなかった。
姫代学園の依頼の件は彼女に言う訳にはいかなかったし、そうである以上彼女と一緒に調査をするのは都合が悪かった。

きっと彼女の忠告にしたがっていれば、あんなことにはならなかったのだろう。





誰もいなくなった夜の姫代。
オカルト関係の事件を調査するために、夜の見回りを引き受けた私は、クラブ棟に向かった。

運動部や文化部の部室が並んでいるここは、多くの怪談スポットとしても知られているようだ。
夜の学校はとても不気味だ。
日中のような生徒達の喧騒はそこにはなく、ただ静寂が続いている。

空には煌々と光る綺麗な月が私を照らしている。
いかにも何かが現れそうな雰囲気だった。
私が肝試しのためにクラブ棟を訪れた生徒だったなら、この雰囲気を歓迎していただろう。

私は

思えば、私は油断していたのだろう。
中払さんの話を聞いた後も、どこかオカルトが実在するなんて信じられなかったのだ。
いや、仮に存在するとしても魔人の私であれば、どうにかできると己惚れていた。

闇の中に潜む怪異に常識が通じるとは限らないのに。


文化棟の部室の前を通り過ぎてようとした私の前に、突然、怪物が現れた。
もちろん姫代学園に伝わるオカルトの一つだ。

つまり私が待ち望んでいた事件の手掛かりかも知れないものが私の前に現れたのだ。


だが、結果としてみれば、私は怪物に何もできなかった。


怪物と私は相性が悪かった。

私の魔人能力「法に入れば法に従え(トゥルーアドミニストレーター)」の対象は私も当然例外ではない。
怪異の法則を認識させられてしまったせいで、それに逆らおうとすると身体の節々が痛くなる。
鞄に入れた六法全書も握れそうにないし、まして、とてもこの場からは逃げられそうもない。

そして、怪物は姫代学園の生徒ではない。
つまり、『生徒の魔人能力使用は禁止』という学則も目の前の怪物には意味がないのだ。

このまま私は死んでしまうのだろうか。

中払さんの忠告通り、一人で夜の学校を調べようとしなければよかったのだ。
今更後悔しても遅いのだが。

死ぬ前に駅前に新しくできたお店でパフェを食べたかったな。
こんな時なのにどうでもいいことを考えてしまう。

怪物がこちらに向かってくる
死を覚悟したその時だった。

轟音を立てながら、怪物がどこかへ吹き飛んで行った。

「な、何…?」

私は何が起こったのか一瞬に理解できなかった。
私は痛みのダメージをこらえながら、目の前を見た。

そこには一人の少女が立っていた。


「だから、一人で勝手に動き回らないでくださいっていったでしょう」

二つに結んだおさげと真っ赤な眼鏡。腕につけられた風紀委員会と書かれた腕章。
膝丈で揃えられた制服のスカート。
およそ風紀委員と聞いてイメージするような典型的な外見の少女。
中払桃がそこにいた。

「多分こうなるだろうと思っていましたので、風紀委員として学園内を見回っていました。間に合ってよかったです」

私の方をちらりと見た後、中払さんが安堵するように息をついた。
そして、怪物の方に向かい合う。

「で、貴方が先輩に手を出した張本人ね」

殺気を感じた。そばにいるだけの私でも感じるぐらい強いものだ。
弱い人間ならそれだけで腰を抜かして、尻もちをついていただろう。
自分のことで怒っているという事実に私はどこか嬉しくなった。

「来なさい。ぶち殺してあげるから」

そのあとは一方的な展開だった。
私を襲った哀れな怪物は、襲われた私が同情してしまいそうになるぐらい中払さんにボコボコにされ、消滅してしまった。


その後、私は中払さんに抱えられながら、保健室に運ばれ、ベッドに寝かされた。
暫く安静にする必要があるだろう。
中払さんも私についてくれるらしい。


結局、その日はそのまま眠ってしまい、二人で朝まで保健室で過ごすことになった。





以上をまとめたものが今回の事件の調査報告だ。
私はパソコンに向かいながら、書き上げた調査報告書をプリントアウトする。

この報告書を提出すれば、恐らく、この事件は私の手に余ると判断される可能性が高い。
つまり、私の手から離れることになるだろう。
姫代学園の上層部に任命された講師という役職も解任され、元の法学者に戻るだろう。

反強制的に受けさせられて依頼であっても、半ばで手放すのは心苦しい
とはいえ、後輩にみせてしまった醜態を思うとそれも致し方ないだろう。

人仕事を終え、私はその場で伸びをした。

ふと彼女は大丈夫だろうかと不安になる。

姫代学園でこれからも過ごすということは、否応に無しにオカルト騒ぎに巻き込まれるという事になる。
つまり、失踪事件に巻き込まれるかもしれない。
とても心配だ。

だからと言って私にはもうできることはないのだが。
ただ、彼女の無事を祈るしかない。


最終更新:2022年10月16日 23:42