【放送室】その2「歪んだ鏡」
なんで生きてるの?と彼女は問うた。
そんなの理由があるの?と彼女は続けた。
だから私は、笑って言った。
「分かり切ったことを聞くのね」
「そんなの、あるに決まってるじゃない」
* * *
音声ファイル:2022年6月27日
おはよう、先輩! 今日も元気そうだね。
「……おはよう、久遠寺さん。貴女の方が元気だと思うわ、いつも通り」
うーん、いつも通りウィットの効いた切り返しありがとう、先輩。ますます元気が出るよ。
「ウィットの効いた、というのは、じめじめして湿っぽいという意味ではなかったと思うわよ」
おいおい、そんな事を言う奴がいるのかい? 先輩をバカにするやつはいくら先輩でもボクが許さないぞ。
「……ふふっ」
はははっ。
さて、空気もほぐれた所で本題に入ろうか、先輩。
ああ。この二つの噂……いや、敢えて怪異と呼ぼう。
この二つの怪異は、基本的には独立した別の物だとボクは認識していた。
「その理解で間違っていないはずよ。『まどかさん』はチェーンメール、『
鏡の国のアヤちゃん』は鏡の中。共通部分はこの姫代学園を舞台にしているという事ぐらいで、似ても似つかないもの」
その通り。だけど最近、『まどかさん』の方から『アヤちゃん』に近づく要素が発生した。それが……。
「……『まどかさま』」
やっぱり聞いていたんだね。流石先輩。
「概要ぐらいだけれどね。鏡を使ったコックリさんのようなもの、という理解であっている?」
ああ。言われてみれば、『まどかさん』の始まりに当たる血の踊り場事件では、踊り場に鏡があったって話だからね。その辺りにフォーカスを当てれば、鏡が小道具として使われるのは不自然な話じゃない。
「そうね。それに、私が知っている分野でも、鏡をつかったコックリさんみたいな占いは外でもあるわ。だから、そういう事を考えるの自体はあり得る話」
……。
「……久遠寺さんが言いたい事は分かるわ。当ててもいい?」
どうぞ。
「だとしても、『まどかさま』を含む噂の発生と拡散が急すぎる。この二十年間でまったくそんな話は無かったのに、『アヤちゃん』が広まると同時に後を追うように拡散するのは不自然」
大正解。……先輩の見解を聞いてもいいかい?
「少なくとも何かの意志は介在しているでしょうね。それが人の物か、そうでないかは別として」
……だろうね。
「……こういう事をされたら、『アヤちゃん』はどうするでしょうね?」
お、今度は僕が当てる番だね。
……いい気はしないだろうね。『まどかさま』を止めるとまではいかずとも、何らかの形で対抗する可能性は高い。
「ええ。……久遠寺さん、貴女はどうする?」
もちろん、噂を追うよ。
すべての怪異を記憶し、記録し、必要なら解体する。それがボクの……。
(きーんこーんかーんこーん)
「あら、もうこんな時間。五時間目が始まるわね」
残念、時間切れか。ここは誰も来ないからつい話し過ぎてしまうね。
それじゃあ、ボクはこれで。ありがとう星先輩。
「ええ。気をつけて、久遠寺さん」
先輩もね。命があったらまた会おう、チャオ!
* * *
音声ファイル:2022年7月12日
やあ、先輩。
「……しばらくぶりね、久遠寺さん。学校はどうしたの? 休んでいるって聞いたけど」
まあ、色々とあってね。先輩の方も大丈夫? 何か、ケガをしたって聞いたけど。
「……ちょっとね。今は大丈夫だから、心配しないで」
そう? ならいいけど。
ところで先輩、少し前に話した件の続きをしたいんだけど、いいかな。
「……『まどかさん』? 『アヤちゃん』? それとも『まどかさま』かしら」
全部だけど、まずは『まどかさん』かな。先輩に聞きたい事があったんだ。
「私に?」
うん。先輩、『まどかさん』について何か知っているんだろう?
「……どうしてそう思うの?」
いくつか理由はあるけれど……先輩、ネットにあまり詳しくないよね。
「……」
スマホもほとんど使ってなかったよね。だけど、『まどかさん』については妙に詳しい。
チェーンメールの怪異の情報なんて、ネット上で調べるか、あるいは
「……元凶について知っているか、っていうことね」
ああ。どうだい? ボクの予想、当たっているかな。
「それに応えてもいいけれど、久遠寺さん、代わりに一つ答えてもらっていいかしら」
なんだい?
「どうして貴女は……」
「そこの鏡に映っていないの?」
…………。
「貴女、久遠寺さんをどこにやったの。答えて」
……先輩。
「貴女の先輩じゃないわ」
ひどいなあ、先輩。
ボクは久遠寺綾乃の事は全部知ってるのに。
先輩との思い出だって、全部。
「…………」
だから、この先輩との秘密の逢瀬場所のことだって知ってたんだよ?
「……久遠寺さんの声で喋らないで。貴女は誰?」
ボクは久遠寺綾乃の双子だよ。鏡の中にいて、アイツの真似を強いられてた双子。
女王様の事、アイツから聞いてるよね。
アイツはちょっと女王様の事を知ろうとし過ぎたんだ。
だから、ボクが呼ばれて、ちょっと片付けた。
「……!」
せいせいしたよ。アイツの事、大っ嫌いだったからさ。
……ねえ、先輩。
「貴女の先輩じゃないって言ってるでしょう!」
そうだね。でも、もう関係ない。
せっかくだから一つだけ教えてあげるよ。
呼ぶのは女王様じゃなくて、ボクたちでもいいんだ。
「…………」
>やあ、先輩。
>「……しばらくぶりね、久遠寺さん
ひとつ。
>……先輩。
>「貴女の先輩じゃないわ」
ふたつ。
>……ねえ、先輩。
>「貴女の先輩じゃないって言ってるでしょう!」
みっつ。
「……あ」
……やあ、いらっしゃい。
『……うふふ』
『はじめまして!』
* * *
彼女の部屋を出て、私は自分の部屋に戻る。
騒がしかった同居人はもういない。静まり返った部屋にももう慣れた。
電気をつけて、部屋に置かれた大きな姿見鏡を覗き込む。
私が手を振ると、『彼女』も手を振った。
うん、今日も元気そう。
満足して鏡に背を向けると、机の上に置いてある日記帳を開く。
毎日の事を書くその日記帳をパラパラとめくる。果たして、その名前は記憶の通りそこにあった。
星名紅子
一月ほど前に『アヤちゃん』から聞いた新しい友達の名前。
彼女の物語は、私の知らない内に始まって、私の知らない間に終わっていた。
私にとっては、ただそれだけのこと。
ため息を一つついて、ぱたんと日記帳を閉じる。
表紙には、見慣れた私の名前がアルファベットで書かれている。
AYASIISAYA
彩志井沙耶と漢字で書くより、この方がずっと馴染む。
私は振り向くと、もう一度鏡を覗いた。
SIISの向こうには、いつものようにAYAがいる。
(歪んだ鏡:了)
最終更新:2022年10月17日 19:03