【図書館】その1



     すきなひとが、できました


「結婚するんだって、わたしたち。」

ふわふわしたしんおん。くりーむのようなこわいろ。べにいろのほっぺた。

おおきいかげがゆうぐれを、なでるようにぬぐっていく。

「不思議だね、こうなっていくなんて思いもしなかった。」
「でも、こうなっていくのが当たり前のような気もしているんだ。」

もうおぼえていない。あの夏も。あの夜も。あの恐怖も。

何もかも過ぎ去って、ただ覚えているということだけを覚えている。

「怖くないんだ。むしろわくわくしている――――そんな気持ちになっていることが、何よりもこわいよ。」

――――これは、山口ミツヤ最期の怪談(ものがたり)

其れはずっと眺めていた。眺めつづけていた。

それは学園の教師をやっている天使の姿だったり。

それは鏡の中で膝を抱えている女の子の姿だったり。

それは巫女服を着た女の子の姿だったり。

それはくいえrを二つに切り開く女生徒だったり。

それはボストンバッグを抱えた女性だったり。

それは放課後におしゃべりをする学生だったり。

それは万年筆をしゃぶる喰屍鬼であったり。

それはフウキイインと呼ばれている子供であったり。

それは何の変哲もない、ただの明るい子供であったり。

それは一介の法学者であったり。

それは降霊術師の少女であったり。

それはすっぱい臭いの男性用務員であったり。

それはなにかいわく言い難い属性過多のなんだ、その、ボクサーであったり。

それはまた巫女である女学生の姿であったり。

それは、強大で雄大な山の獣であったりした。

どれもが諦めて行った。新しい未練の形を昇華して、この私に見せてくれた。

それでも、まだ。

何かを忘れている気がして、私はこうして学園の中をうろついている。

卒業まで、あと少し。

弾丸の入ってないリボルバーを抱え、山口ミツヤは学園を巡ることが日課となっていた。

多目的ホールを巡った。

クラブ棟を巡った。

放送室を巡った。

芸術家エリアを巡った。

トイレを巡った。

理科室エリアを巡った。

屋内グラウンドを巡った。

宿直室を巡った。

体育館を巡った。

校長室を巡った。

チャペルを巡った。

プール棟を巡った。

旧校舎を巡った。

屋上を巡った。

――――墓地跡を巡った。

それでも覚えていない何かを満たすことは叶わず。

今はこうして図書室を巡っている。

『彼』とはその時からの付き合いになるのか。

あの時ああやってうだうだと帰り損ねていたから。『彼』のバイトのシフトとかち合うことが多くなっていた。

弾丸の入ってないリボルバーを抱え、山口ミツヤは学園を巡っていた。

山口ミツヤは、■■ミツヤとなろうとする今もまだ、迷子のままだ。

もうおぼえていない。あの夏も。あの夜も。あの恐怖も。

何もかも過ぎ去って、ただ覚えているということだけを覚えている。

語り継ぐことを選んだあの時に、語り部となったあの時から。

『ミツヤさん』は怪異ではなく。現実に寄り添うことを選んだのだから。



こうして姫代学園を覆っていた怪異は終わりを告げる。

■■ミツヤとなった彼女は山口ミツヤに別れを告げ。

ずっと覚えていると約束した親友も語り継がれる中でやがてすり減り、未練をなくし消えていくだろう。

だが、それらは。『未練が消える』という現象は。

神様とかそういうものの采配などではなく。世界の法則などでもなく。



「  <●> <●>  」



ただの偶然で産まれた、何も大切ではないナニカが行い。
いずれふっと消えていくものでしかないのかもしれない。

out most fear.

外側から、何も干渉しない。
何もできずにただ貰って行き、消えていくだけのしろもの。

誰も知らない。彼も知らない。他にもこういったことはあるのかもしれない。

答えは知らない。彼のようなものがほかにもいるのかもしれないし、
彼がいなくても未練と言うものはなくなっていくようになっているのかもしれない。
だがそう言う話とも関係はなく。

何も干渉せず、何もすることもなく、そういうものとして。

おおきいかげがゆうぐれを、なでるようにぬぐっていく。

やがてでんぐりがえしをしているように、ちいさくなってきえていった。



最終更新:2022年12月11日 21:43