虚無と獣王-15

15  捜索隊と獣王

森の中を二台の幌の無い馬車が行く。
一台はロングビルが御者を務め、ルイズ・キュルケ・タバサが乗るフーケ捜索隊のものだ。
先頭を切るルイズ達はロングビルに話しかけたり、奇襲が無いか周囲に気を配っていた。
「ねえ、フーケの奴、まだこの国にいると思う?」
そんなキュルケの問いにルイズとタバサは揃って「もういない」と答える。
「今までの貴族狙いならともかく、魔法学院の宝物庫を破ったんだもの。トリステインでこれ以上の標的は王宮しかないし、流石にフーケもお城の宝物庫には盗みに入らないでしょ。となれば後は国外に逃亡するしかないわ」
「同意。もうこの国にいる理由はない」
級友2人の意見にキュルケは頷き、しかし疑問を口にする。
「まあ私もそうは思うんだけどね。でもミス・ロングビルの証言を考えるとまだこの国に用があると考えられない?」
確かにロングビルは『フーケの潜伏先を突き止めた』と言っている訳で、それはすなわちかの怪盗は国外に出る意思がないとも解釈できる。
「でも捕まったら多分極刑よ? 自分の命より優先する用事なんてあるのかしら」
「そう言われればそうなんだけどね、なんか妙に引っかかるのよ」
首を傾げる2人に、タバサがボソッと呟いた。
「取扱説明書を盗み忘れた」
一拍の間をおいて、ルイズとキュルケは揃って笑い出してしまった。
「あはははは! と、取説! 無い、いくらなんでも流石にそれは無いでしょ!」
「い、いや、判んないわよ? 盗んだはいいけど上手く使えなくて途方にくれてたりとかってゴメン! 自分で言っててムリがあるわー!」
もともとスプーンが転がっただけで笑ってしまえるような年頃の彼女たちである。ツボに嵌ってしまったのか目に涙まで浮かべていた。
言い出したタバサまでもが、本で巧みに口元を隠してはいたが確かに笑みを噛み殺している。
だから、この明らかな冗談が実は真実であるという事に、彼女たちは当然気がついてはいなかった。

ロングビル/フーケはこれからの行動について思いを馳せていた。
正直、厩舎で男子学生どもの寝言を聞いた時はうっかり鬱に突入しそうになったが、そこは義妹の顔と胸を思い出す事でなんとか持ち直した。
胸に関しては、タイミングを間違えると逆に鬱が進行しかねない危険な賭けだったのだが、今回は上手くいったようだ。
学生達がマジックアイテムの情報を持っていない以上、オスマンかコルベールをなんとかおびき出さなければならない訳だが、では具体的にどうすればいいのか。
一番確実なのは学生の誰か、もしくは全員を人質にとって、教師達が出てこざるを得ない状況を作り出す事だ。
命まで奪うような事はしたくない。それは彼女の流儀に反する事であったし、大貴族の子女が捜索隊の中には含まれる為、不必要な恨みを買う危険は避ける意味もある
さて、この学生たちを無力化するにはどうしたらいいだろうか?
後ろの荷台でなぜか爆笑しているルイズとキュルケの声をどこか遠くに感じながら、フーケは作戦を練り始めるのだった。


二台目の馬車に乗るギーシュ達は、若者らしく熱い議論を真剣に交わしていた。
事の発端は、周囲を警戒していたマリコルヌが何故か遠い眼をしながらため息をついた所から始まる。
「どうしたんだいマリコルヌ。体調でも悪いのか?」
「ん、ああいやそうじゃないよ。ちょっと考え事をしていたんだ」
レイナールの問いに、どことなくアンニュイな風情を無意味に漂わせながらマリコルヌは答えた。
「僕達は今ピクニックと称して森の中へ向かっている訳だけど、どうせならもっと違う場所に行きたいなぁって、ね」
「なんか碌な答えが返ってきそうにない気がするけど一応聞くよ。どこに行きたいと?」
「おっぱい王国(キングダム)」
一瞬の躊躇いもなく即答する小太りの同級生を見て、レイナールは思う。
聞いた僕が馬鹿だった、と。
予想外の、ある意味では予想通りの答えにギムリは荷台から落ちそうになっている。
そして、御者台のギーシュは大真面目な顔で同級生にこう問い質した。
「すまない。よく聞こえなかったんだがもう一度言ってくれ給えよマリコルヌ」
「ああ、こちらこそ小さな声ですまなかったねギーシュ。いいかい、僕がイキたいのは、お・っ・ぱ・い・王・国だよ」
マリコルヌが丁寧に一音一音区切りながら大声で返事をするのとほぼ同時に、レイナールとギムリが大慌てで馬車の周囲に『静寂』の魔法を掛ける。
前を走る馬車に小太りの大声が届いていない事を確認し、2人は安堵の息を漏らした。
あんな発言が知れ渡った日には、それこそ学院内での居場所が無くなってしまう。自分が言った事ではないとはいえ、仲間と認定されただけで悲惨な青春を送る事になるのは目に見えていた。
もしくは学院に帰り着く前に速やかに抹殺される。犯人は当然同行者の女性陣だ。
ギーシュはそんな危惧など露ほども知らぬ様子でマリコルヌに話しかけた。
「素晴らしい、素晴らしいよマリコルヌ! 確かにそんな楽園があるなら僕もイッてみたいものだね! 一体どんな国なのか学術的な興味が湧いて仕方がないから端的に教えてくれなさい」
「ハハハ端的になんて言えないよギーシュ。まあ、敢えて言うなら、すべからく大きくて、なおかつ包み隠す事のない国さ」
おいおい端的にも程があるだろ、というギムリのツッコミは馬鹿2人の耳には残念ながら届かない。
「ちょっと待ってくれ、包み隠さないというのは確かに素晴らしくてとても素晴らしい事だが、すべからく大きいとはどういう意味なんだい!?」
次第に熱がこもるギーシュの質問に、マリコルヌは至極当然と言った顔で答えた。
「おや、判らないのかいギーシュ? 小さいという概念がその国にはないのさ。これもまた端的には表現できないけど、つまりメロンしか存在しないと、要はそう言う事だね」
端的に言って同じ男からしても君たちドン引きなんだけどな、というレイナールの感慨も、やはり馬鹿2人の耳には届かない。
「いいや違うな! 間違っているぞマリコルヌ!!」
やけにオーバーなリアクションで、ギーシュはマリコルヌの主張を力強く否定した。
「いいかマリコルヌ。女性の胸というものは確かに母性の象徴であり、ボクたちに熱くナニかを訴えかけてくるとてもキケンでひどく甘い畏敬すべきシンボリックな存在だ。
だが! 矢鱈めったら大きい胸の持ち主だけをひたすら持て囃すという昨今の風潮は全くもっていただけないと、ボカァそう思うね!!」
もはや御者そっちのけで熱弁を振るうギーシュに、しかし同級生の対応は厳しかった。
「とかなんとか言いながら、お前ツェルプストーと話すとき絶対谷間に目がいってるだろ、ギーシュ」
「いきなり客観的な事実を突きつけてやるなよギムリ。モンモランシや一年のあの娘は何と言うか、こう、控え目サイズだったろう? 人にはそれぞれ立場とか建前とかがあるものなんだよ」
「うわ保身かよ。いいじゃないか、別に巨乳派は必ず巨乳と交際しなければならないって法があるわけじゃないし。あとさりげに相手の内面を抉ってないかレイナール」
「いやあそれほどでも」
「褒めてないし」
ツッコミを入れつつ徐々に話をずらそうとするレイナールとギムリの努力を踏み潰すかのように、マリコルヌはギーシュの熱弁に負けない勢いで反論した。
「間違っているのは君の方だろう、ギーシュ! おっぱい王国を崇めたてまつる風の妖精さんとして全員メロンちゃんなのは既定事実でありこれっぽっちも譲れないね!!」
「なあ、今、風の妖精って言ったか……?」
「いや、どちらかというとちゃん付けの果物の方が気になるんだけども」
あまりに熱くなり過ぎている議論組とは対照的に、冷静にならざるを得ないツッコミ担当の2人である。
「何を言い出すかと思えば、全くなっちゃいないね!! 大きいも小さいもない! 胸という物はサイズに関わらず全てが尊いものなのだと言う事がどうして理解できないんだマリコルヌ!!」
「選別という残酷なルールがあるからこそ美(おっぱい)という物は光り輝くものじゃないか! 君も名のある貴族の出だと言うのに、そんな基本も理解できないとは失望したよギーシュ!!」
ただひたすらヒートアップしていく世にも下らない、しかしそれ故に熱い議論を前にレイナールとギムリは思う。
一体どんな魔法をぶつければこの馬鹿たちは黙ってくれるものだろうか、と。

そして、そんな二台の馬車を見下ろしている者達がいた。
雲ひとつない空の下、一匹の風竜がゆっくりと飛ぶ。彼女はその前足で鰐顔の獣人の肩を掴んでおり、背には虎ほどの大きさのサラマンダーを乗せていた。
「すまんなシルフィード。辛いようならすぐに言ってくれ」
幾分すまなさそうな口調のクロコダインに、シルフィードは明るい口調で応える。
「これぐらい全然大丈夫なのねー! むしろ背中の赤いのの方が重いのね」
「ちょっと待て、聞き捨てならんぞ青いの!」
3メイルの巨体を馬車に乗せる訳にはいかなかった為、出発前にルイズはタバサに頼んでシルフィードを同行させて貰っていたのだ。
クロコダインが一緒に行けないとなると戦力が明らかに落ちるのは自明であり、タバサも特に異論はなかった。
そうなるとキュルケも自分の使い魔を連れて行きたくなり、かくしてハルケギニアの空を3匹の使い魔が飛ぶ事となったのである。
なお、ギーシュ達の使い魔は同行していない。流石に大所帯になり過ぎるだろというセルフツッコミをする理性が、彼らの中にも存在していた。


結局目的地に着くまで笑い続けていた1台目と、決闘騒ぎに発展しつつあった2台目の馬車は、道中襲われる事もなくアジトと思われる場所に辿り着く事が出来た。
全く緊張感に欠ける彼らであったが何とか平静を取り戻し、フーケの隠れ家ではないかとされている小屋から少し離れた場所で身を潜める。
クロコダインとフレイムは主たちと合流し、シルフィードはそのまま上空で警戒に当たる。
風魔法の使い手であるマリコルヌが『遠見』の魔法で小屋の周辺を偵察するものの、人影は見当たらないが小屋の中の様子までは判らない為、誰かが直に見に行く必要があった。
車座になって作戦を練る一同の中で、
「私が行くわ」
とルイズが偵察に名乗りをあげたのには理由がある。
フーケの捜索に参加した者の中で、自分が一番『使い勝手が悪い』と、そう考えていたからだ。
系統魔法は全て爆発に変換され、かと言って自慢できるほどの体力もない。戦闘の経験がないのも問題で、まだしも決闘騒ぎを何度か起こしているギーシュの方が場数を踏んでいると言える。
昨夜は爆発魔法でゴーレムの腕を吹っ飛ばすことが出来たが、正直なところ狙った場所に魔法を当てる自信はない。
以前の自分ならこんなことは考えるのも嫌だったが、召喚魔法の成功と使い魔の励まし、そしてここ何日かの『監督業』のお陰か、ルイズはある程度自分の現状を客観視できていた。
フーケが小屋に居るのか判らないが、もし居たとしても小柄な自分ならば見つかる可能性は低いのではないかと考えてもいる。
ところが。
「ここはオレが行こう」
自分の使い魔にあっさり意見をスルーされた。
「ちょ、ちょっとクロコダイン! 人の話聞いてたの!?」
顔を真っ赤にして抗議するルイズに、クロコダインは噛んで含めるように言った。
「なあルイズよ。出発前にオレは『主を守る』と誓ったんだが覚えているか?」
「まあねー、ここで主を偵察に突っ込ませる使い魔は普通いないと思うわー」
「経験不足は否めない」
いちいち正論を口にされ、すぐには反論できない。
発言者がギーシュたちであったならば言い返していたかもしれないが、トライアングルメイジ2人と無類に強い自分の使い魔が(一部素直でない表現を用いながらも)ルイズの事を心配して言っているのを察してしまった以上、ここは無理にでも納得するしかないようだった。

相談の結果、アジトへ向かうのはクロコダインとフレイムということになった。
小屋の中にフーケがいた場合、クロコダインは怪盗を外へとおびき出し、その間にフレイムと視界を同調させたキュルケが盗まれたマジックアイテムを捜索、残りの面子はクロコダインと連携しながらフーケを捕縛する。
小屋にフーケがいない場合は、何らかの痕跡が残っていないか調べ、追跡を続行するか一旦学院に戻るか検討する。
大雑把にそんな作戦を立てて、ルイズたちはクロコダインとフレイムを見送った。

小屋の窓の無い側から、その巨体からは想像つかない程の素早さで接近するのが見える。
窓から中を覗き込んだクロコダインが少しの間を置いて傍らのフレイムに小声で何事か話しかると、使い魔と感覚を繋げていたキュルケがその声を聞き取った。
「中には誰もいないみたいよ? ただ罠が仕掛けられていないかクロコダインは心配してるけど」
危険が無い事にほっと安堵の息をついたルイズは、緩んだ空気を引き締めるように気合いを入れ直す。
「タバサ、罠が無いか確認したいから一緒に来て。キュルケとミス・ロングビルは男子たちと周囲の警戒をお願い。何かあったらフレイムを通して連絡するわ」
「わかりましたわ」
「ま、いいでしょ。タバサ、その跳ねっかえりをよろしくね?」
「ん」
「誰が跳ねっかえりよ!」
真剣な表情で動きだした女性陣を見ながら、ギーシュは造花のバラを構えながらポツリと呟いた。
「なんか微妙にシリアスな空気になってるけど、ここらへんでなんか面白い事を言った方がいいかと思わないか?」
傍で聞いていた仲間たちは、
「マリコルヌ、君は風メイジだったよな? こいつにエア・リーディングの魔法をかけてやってくれよ」
「ギーシュに空気を読ませるのはスクエアクラスでも無理だよ。そんな無駄な精神力を使うくらいなら僕はメロンちゃん創造計画を進行させるね!」
「君も空気読めないのはよくわかったからちょっと黙っててくれ頼む。僕たちの青春の為にも」
本人たちは至って真剣だが第三者から見れば面白いかもしれない事を言って、女性陣からじっとりと白い目で見られたのだった。

扉にトラップが仕掛けられていないのを確認して、ルイズたちは小屋の中に入った。
埃の積もった床、部屋の中央の机の上の飲み捨てられたと思しき古い酒瓶、崩れた暖炉、部屋の隅のチェストを見回してタバサは緊張の度合いを増した。
中を覗き込んだクロコダインも顔を顰めてルイズに指示を出す。
「ルイズ、フレイムに周囲の警戒を強めるよう言ってくれ。襲撃があるかも知れん」
「え、ちょっとどうしたの2人とも」
わたわたと2人の顔を交互に見渡すルイズに、杖を構えなおしたタバサが言う。
「この小屋は明らかに使われていない。フーケがここをアジトにしていたとは思えない」
「じゃあ、この小屋がアジトって情報自体が罠ってこと!?」
ルイズの言葉と同時にフレイムが低く唸り声を上げる。外にいるキュルケがなにか警告を送ってきているのだ。
「────2人とも外に出ろ。お出ましだ」
扉の前で臨戦態勢に入るクロコダインの隻眼に、昨夜対峙した30メイルのゴーレムが捉えられていた。




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最終更新:2008年11月04日 08:58
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