19 幕間 『武具』
午後最後の授業が教師の親族に不幸があったとかで中止になった。
夕食まではまだ時間がある。生徒たちは1人で、または仲の良い者と共に思い思いの場所へ散っていく。
そのうちの1人、ギーシュ・ド・グラモンは一旦寮へ戻り動きやすい服に着替えると厩舎へ向かった。
道中すれ違う女生徒たちの歓声に笑顔で答える。フーケ捕縛以降、捜索隊メンバーの評価は非常に高くなっており、以前食堂で騒ぎを起こした時に比べれば正に雲泥の差であった。
「あら、どこに行くの?」
食堂近くのテラスから、そんな彼に声を掛けたのは同級生のモンモランシーだ。
ギーシュの二股が発覚した後に一応仲直りはしたのだが、今回の一件で彼の株が急上昇した結果として他の女子からの人気が再び高まった為、彼女としては気が気でない。
もっとも当のギーシュは浮かれるばかりで、そんなモンモランシーの気持ちには全く気が付いていないのだが。
「ああ、いつもより早いけどクロコダインのところにね」
「抜け駆けで訓練かしら?」
冗談めかして笑うモンモランシーに、ギーシュもまた笑って答えた。
「いい考えだね。僕があと5人もいればそうしてもいいかな」
それでも勝負にならないだろうなあ、とは敢えて口にせずに続ける。
「ちょっと彼の武器に興味があってね、見せて貰おうかと」
モンモランシーは首を傾げた。元来メイジたちは剣や槍などを平民の持つものだと軽視する傾向にある。ギーシュは武門の生まれという事もあって武器にもある程度の有効性を認めてはいたが、それ程関心も抱いてなかった筈だ。
そんな疑問を口にすると、ギーシュは少し真面目な顔になる。
「ここのところワルキューレの強化について考えてるんだ、そこで彼の武器が何かの参考にならないかと思って」
初めてクロコダインと訓練した時に言われた事を、ギーシュは忘れてはいなかった。
意匠に拘っていた部分を武器や体型に割り振る。
必要と思われる機能を強化したワルキューレのバリエーションを模索中のギーシュはフーケ戦においてその成果を発揮していた。
彼女を拘束したワルキューレは、ノーマルのそれに比べると鎧は簡略化されており顔ものっぺらぼうに近く、武器も持たせていない。
その代わり通常の倍近くの速さで練成が可能となった。スピード勝負のあの場面においては最適の判断だったと言えるだろう。
図らずも有効性が実戦で証明できたので、次のステップとして武器の種類を増やすつもりなのだが、いかんせんこれまで興味が無かった分野だ。
先ずは色んな武器を観察してそれを模倣しようというのが当面の目標であった。
「ふぅん、結構考えてるのね」
いたく感心するモンモランシーにギーシュは鼻高々である。もともとおだてには弱い性質だ。
故に一緒に行ってもいいかという彼女の提案に一も二もなく同意した。当然の事ながら他の女子との接触を防ぐというモンモランシーの目的など知る由もない。
そんな2人が厩舎へ辿り着くと、ルイズとクロコダインがなにやら難しい顔で考え込んでいた。
「どうしたんだい、そんな顔をして……おや、それは『伝説の剣』じゃないか?」
クロコダインの手には一本の錆びついた剣が握られており、ギーシュは先の戦いで、モンモランシーは宝物庫の見学の時間にそれを見た記憶があった。
「おう、丁度良かった。今お前の話をしていたところでな」
「あまり期待しない方がいいわよ、クロコダイン。てゆーかアンタがさっさと思い出しなさいよボロ剣!」
「だから俺っちの名はデルフリンガーって言ってるじゃねぇか娘っ子!」
ギーシュは1人と1本の口論には敢えて触れず、クロコダインに尋ねる。
「僕の話をしていたとは光栄だね、でも丁度良かったという事は何か用があったのかな」
「おう、確か土の魔法が得手だっただろう? 少しこの剣について聞きたい事があってな。まあオレが語るより触って貰った方が早いか」
クロコダインはルイズに付き合って授業に参加している事が多い。系統魔法の種類とそれぞれ得意とする分野くらいは把握していた。
土のメイジならば金属の種類や土壌の特性などに優れた分析力を発揮する。以前フーケのドームに閉じ込められた時も、ギーシュは鉄製である事とその厚みをすぐに言い当てていた。
武器を見たかったギーシュにとっては渡りに船の依頼である。まだ口論を続けている剣の刀身に触れて意識を集中させた。
「え? なんだこれ!?」
奇妙な声を上げて、ギーシュは一旦離した手を再びデルフリンガーに当てた。今度は柄から切っ先に向けてゆっくりと撫でる。
「なに? おかしなところでもあるの?」
微妙にルイズを警戒していたモンモランシーだったが、興味が湧いたのかギーシュの顔を覗き込む。その眼の前に彼の白い手が突き出された。
「ああ、おかしいね。確かに錆びている筈なのに、触れた指には全く錆が付かないんだから」
「あ!」
気が付いたモンモランシーは注意深くギーシュの指を見るが、赤茶色の錆びはどこにも付着していない。
「ちなみに濡れた布で擦っても全然錆びは取れなかったわ」
更にルイズが傍らの桶に掛かっていた白い布を指して補足した。ギーシュは一礼すると難しい顔のまま分析の結果を話す。
「材質は多分鉄だと思うんだけど……ちょっとはっきりしないな。『固定化』に類似した魔法が掛かっているのか、いや、土系の魔法じゃないのか?」
『固定化』が掛けてあるなら刀身は錆びない。錆びた剣をわざわざ『固定化』するメイジはいない。
だが現にこの剣は錆びついていて、その錆びは何故か取る事が出来ないのだった。
「ごめん、僕じゃ正直お手上げだよ。詳しく解析するなら少なくともトライアングル以上の土メイジが必要だと思う」
デルフリンガーを厩舎の壁に立て掛けて降参のポーズを取るギーシュに、あれ、という表情でモンモランシーが疑問を口にする。
「その剣って確かオールド・オスマンの私有物よね? だったら学院長に聞けばいいんじゃないの?」
土のスクエアなんだからすぐ判るでしょ、と言う彼女にルイズは溜息をつきながら答えた。
「賭けチェスで武器商人から巻き上げただけで、碌に見もしないで宝物庫に突っ込んだそうよ。うるさくてかなわんって」
「ダメじゃない」「ダメだなあ」
容赦なく学院の最高責任者に駄目だしをする2人。
オスマンの行動はある意味で生徒たちの自立性を高めていると言えなくもないが、仮にそうだとしても褒められたものではない。
「いや、すまんなあ相棒。どうしてこんな事になってんのか、喉まで出掛かってるんだけどよ」
自称6000年前に作られたとかく忘れっぽいインテリジェンス・ソードの言い分に、その場にいた生徒全員から「どこに喉が!」とツッコミが入った。
考えるな感じろなどと言うインテリジェンス・ソードを無視しつつ、武器を見せて欲しいというギーシュの訴えを快諾したクロコダインは愛用の大戦斧を手渡そうとした。
「いや持てないから! 見せてくれるだけでいいから!」
クロコダインの身長程もある戦斧である。鍛えていない者には持つのも困難な代物だ。
「随分凝ったデザインなのね、美術品としても通用しそうだわ」
近くで見るのは初めてのモンモランシーが感心したように呟いた。
中央に嵌められた宝玉から渦を巻くようにして斧頭から穂先、そして反対側のピック(というよりは小型の斧)へと流れるデザインは確かに洗練された美しさがある。
「さる名工の逸品でな」
珍しく自慢げに語るクロコダインに、ギーシュは観察を続けながら言った。
「これは単純に斧として使うだけじゃなくて、槍みたいに突いたりも出来るんだね。色んな武器を併せているみたいだ」
斬る、突く、叩き潰す、引っ掛ける。ちょっと考えただけでこれだけの使い道がある。熟練者が扱えば多大な戦果を発揮する事だろう。
(でも、今の僕には難しいな)
ギーシュは若干の悔しさを滲ませつつも、そう結論づけた。
ある程度の自律行動が可能なガーゴイルならまだしも、術者の制御が必要なゴーレムには単純な武器を持たせた方が効率的だと判断したのである。
(まあ今は無理でも、そのうち使いこなせるようになるだろうしね)
基本的に楽天家なギーシュは必要以上に落ち込む事は無く、あっさりと気分を切り替えた。この辺りは一度悩み始めるとどんどん悪い方へ考え込んでしまうルイズとは対照的だと言えるだろう。
(ワルキューレに持たせるなら、柄はそのままで片刃の斧にしよう。いや、素直に槍にするのもアリかな)
そんな事を考えつつ、ギーシュはデルフリンガーの時と同様グレイトアックスに意識を集中させる。
「うええ? なんだこれ!?」
そして本日二度目の奇妙な声を上げる羽目になった。
「なによ突然!」
「ちょっと、大丈夫?」
2人の少女が声を上げるが、ギーシュはまるで気付かない様子でクロコダインに話しかける。
「えーと、見た事もない様な金属を使っている上に真ん中の宝玉から得体の知れない力を感じるこの斧はマジックアイテムか何かでしょうか」
何故か敬語での質問であった。
ルイズとモンモランシーは一瞬自分の耳を疑い、当の使い魔はそういえば話してなかったかと呟いてその能力を端的に説明する。
曰く、何で出来ているか詳しくは知らないがすこぶる頑丈。
曰く、命とも言える魔玉の効果で3種類の魔法を使う事が出来る。要キーワード。
端的にも程がある説明だが、これは己の素性を明かさぬ様に学院長から頼まれているが故の苦肉の策である。
ともあれ聞き終えた3人は互いの顔を見合わせる事になった。眼に映るその顔が呆然としているのを確認し、今の説明が聞き間違いなどでは無い事を実感する。
「どうかしたのか?」
不思議そうな顔をするクロコダインに、半ば呆れたようにギーシュは言った。
「どうかもなにも立派なマジックアイテムじゃないか! びっくりするよ普通」
貴族である彼らにとってマジックアイテム自体はさほど珍しいものでは無い。
杖を振るだけで消灯するランプや電流が流れる拘束具などは身近に存在すると言っても過言ではないだろう。そんな物騒な拘束具が身近にある環境についての是非は取り敢えず置くモノとするが。
しかしこれらの品は1個につき1つの効果しか無いのが普通である。複数の効果を発揮するアイテムは非常に少なく、おいそれと手に入る様な代物では無かった。
隣にいたモンモランシーもギーシュと同様の感想を抱いたらしく何度も頷き、ルイズはと言えば複雑な心境のまま叫び声を上げる。
「すすす凄い武器じゃない流石私の使い魔ねって言うかなんでもっと早く言わないのよでも秘密にしておいた方がああもう私だけに教えなさいよ!」
自分の使い魔を自慢したいのとそういう事は自分が一番に知っておきたかった事とオスマンからガンダールヴのルーンについて口止めされたので秘密のままの方が注目を集めないのではという思いと独占欲が全てダダ漏れで、
傍から聞いていると支離滅裂なのだがクロコダインには伝わったらしく苦笑と共に頭を撫でられた。
「スマン。だが何回か使っていたからな、気付いているものかと」
「え? ウソ!」「覚えがないけど、いつ使っていたんだい?」
ルイズたちがそんな疑問を口にするのは、実は不思議な事では無い。
クロコダインが最初にグレイトアックスに秘められた魔法を発動させたのはフーケが宝物庫を襲った後、鉄製のドームに閉じ込められた時だった。
彼は爆裂系呪文を使う前に耳を塞げと注意していたが、そのうちの何人かはご丁寧に目まで瞑っていたのである。
目を開けていた生徒もいたが、いかんせん照明はキュルケの作った小さな火の玉が3つだけであり、また混乱から抜けきっていなかった為ドームを破壊したのはクロコダインの技だと勘違いしてしまった。
二回目の使用はフーケ捜索時のゴーレム戦である。
しかしこの時ルイズたちは全力でフーケの隠れている場所を見つけ出そうとしていて、クロコダインの戦いをじっくり眺めている余裕などどこにもなかった。
故にゴーレムの鉄腕を吹っ飛ばした爆裂系魔法も、上半身を両断した真空系魔法も目にする事は出来ずにいたのである。
ルイズたちとしては、成程あの時確かに大きな音がしていたなあとか、あの唸れ何とかって言ってたのは気合じゃなくて合言葉だったのねとか色々と思い当たる所はあるのだが、そんなもんあの状況下で気付く訳がないとも思ってしまうのは、まあ無理もない事だった。
「それにしてもフーケはとんでもない相手を敵に回したんだなあ、今だから言えることだけど」
感慨深げに漏らすギーシュにルイズが同意する。
「まあねえ、ただでさえ強いのにそんな凄い武器を持ってるなんて普通思わないもの」
ひたすら感嘆するルイズたちに、クロコダインは少し困惑していた。
確かにグレイトアックスは優れた武器ではあるが、そこまで感心される様な物なのか判断し難いのである。
何せ彼の仲間たちの武器は、電撃以外の魔法を全て防ぐ鎧に変化可能な剣や槍だったり、巨大な移動城砦をも一刀両断にするオリハルコン製の剣だったりと、性能的に突き抜け過ぎていてどうにも自分の武器とは比較が困難だった。
ましてやこの世界でのマジックアイテムの価値についてなど、召喚されて一月も経っていない彼に分かる筈も無い。
そんな訳でクロコダインは主たちに大戦斧の価値がどれ位の物なのか尋ねてみる事にした。
「はっきり言って宝物庫に保管されててもおかしくないわ。もしくはアカデミーで研究対象」
「こういう武器を集めている好事家なら、郊外のちょっとした城が買える位の金額を出しても不思議じゃないわね」
「軍の関係者なら親を質に入れてでも欲しがると思うよ。僕の父親が知ったら『質に入れるから譲ってくれ!』とか言いそうだ。……多分質入れされるのは僕なんだろうけど」
ルイズ、モンモランシー、ギーシュの順に見解を述べた後、彼女たちは口を揃えて結論を出した。
「少なくともそこの『自称伝説の剣』よりは遥かに価値がある!」と。
「うわ聞き捨てならねぇーっ!」
抗議の声を上げたのは、当然の事ながらデルフリンガーだった。
「確かにその斧が凄えのは認めるけどよ、俺っちだって負けてねえよ!」
これまでにない勢いで鎬を鳴らして喰ってかかる剣に、同等の勢いでルイズが反撃する。
「あんたのどこが負けてないってのよ具体的に言ってみなさいこのボロ剣!」
「ボロ剣じゃねえデルフリンガーだって言ってんだろ娘っ子!」
「こんな錆びの浮いた剣なんかボロ剣で充分よただ喋れるだけじゃ珍しくも無いんだから悔しかったら芸の1つも見せてみなさいってのよ!」
1人と1本の言い争いをそろそろ止めようかと考えるクロコダインと、そんな剣と同レベルなのはどうなのかしらと生暖かく見守るモンモランシー、売り言葉に買い言葉とはこういう事かと変な所で感心するギーシュ。
エキサイトする一方のルイズとは対照的な彼らであったが、それも長くは続かなかった。
「おお上等だやってやろうじゃねえか見てろよこんちくしょーっ!」
そんな叫び声と同時に、突如としてデルフリンガーが白く輝き始めたのだ。
ただでさえ『よく分からない』とお墨付きの出たマジックアイテムである。興奮した揚句暴発する可能性もない訳では無い。
クロコダインはすぐさま剣とルイズの間に立ちはだかり、どんな事があっても主を守る態勢を取った。
少し遅れてギーシュが武骨な楯(というよりは板)を持ったワルキューレを2体作り出し、モンモランシーと自分の前に配置する。
「きゃ!」「え!? なに?」
事態についてこれない女子2名の短い悲鳴を背にデルフリンガーを睨むクロコダインだったが、見ているうちにある事に気がついた。
錆びついていた筈の刀身が、ついさっき生み出されたかの様な美しさを取り戻していたのだ。
「おおっ! 思い出したぜ、これが俺の本当の姿って奴だ、よーく拝んどけよ娘っ子!」
そんな大見得を切るデルフリンガーの姿は、確かに言うだけあって見る者を圧倒する様な凄味があった。
警戒を解いたクロコダインは有頂天状態の剣を手に取り、自分の姿を映し出す程に磨き抜かれた刀身を見つめて感心する。
「成程、こうして見ると見事な業物だな」
「いやー、俺を扱うにゃあ詰まらん奴が多すぎてよ、あんまり詰まらねえから錆びた姿になってたの、すっかり忘れてたぜ」
先程の疑問が解けたので、ギーシュはさっぱりとした気持ちで忘れっぽいにも程があるだろうと内心でツッコミを入れた。
先程の疑問が解けたので、モンモランシーは爽快感を覚えつつギーシュにプレゼント予定の新作香水のモチーフは何にしようかと考え始めた。
そして、ルイズは先程の疑問が解けたのに満足し、なおかつ剣が一芸を見せたのに微妙な反発を感じ、しかしそんな態度は貴族としてどうかと反省し、けれどそんな反省を表に出すのはどうにも恥ずかしいので、ふと疑問に思った事をそのまま口にしてみた。
「ねえ、それって何か戦う時に役に立つの?」
その場に居合わせたモンモランシーの使い魔、蛙のロビンは後にフレイムやシルフィードらにこう語っている。
あの質問は身も蓋も情けも容赦もありませんでした、と。
このまま独演会を開きそうな勢いだったデルフリンガーは、痛恨の一撃を喰らった後のスライムよりも静かになった。
さっきまで騒がしかった分、実に気まずい。
ここはひとつフォローした方がいいだろうかと、ルイズは珍しく殊勝な事を考えた。
最初に思いついたのは『マジックアイテムである事を偽装するにはいいかもね』というものだったが、それが戦場で役立つかと言えば答えは否であるし、第一肝心の機能を忘れていてはどうしようもない。
ルイズは更に次の案を考えたが結局何も思いつかなかったので、あっさりとフォローを断念して言った。
「もう! 結局使えないんじゃないの!」
土の中で話を聞いていたギーシュの使い魔、ジャイアント・モールのヴェルダンデは後にフレイムやシルフィードにこう語っている。
あれはまさしく人の姿をした<悪魔>だった。でなければあんなとどめの言葉は出てこないだろう、と。
ストレート過ぎる意見に深く落ち込むデルフリンガーを救ったのはクロコダインだった。
いいよもう役立たずだよどうせよう、等と呟き続ける剣を手に取りひとつ確認する。
「なあ、また刀身を錆びさせたりする事は出来るのか?」
「……ああ、そりゃやり方思い出したから簡単だけど……?」
そうか、と頷いて盾装備のワルキューレを視界の隅に入れつつ、次にクロコダインが話しかけたのはこの場にいる唯一の男子生徒だった。
「ギーシュ、少し協力してくれ」
「え? ああ、何をするんだい」
グレイトアックスに合わせて青銅の斧のデザインを変更しようか、などと考えていたギーシュは突然話を振られたので驚きながらもそう答える。
「試してみたい事があってな。まあ、要は試し斬りだ」
そう言ってクロコダインは笑ってみせた。
盾を構えたワルキューレの姿を、デルフリンガーの刃が映し出している。
彼を右手に握ったクロコダインは足幅を広くして、無造作に青銅の人形を横薙ぎにしてみせた。
鋭い金属音と共に、ワルキューレはその盾ごと両断される。
おおお、と感心するギャラリー。そしてその切れ味に「うおスゲえな俺! 久し振りだぞこんなに切れ味がいいの!」と自分で驚くデルフリンガー。
そんな彼らを後目にクロコダインは剣に一風変わった注文をつけた。
「またさっきの様に錆びを浮かせてみてくれるか」
「え? またかよ? まあいいけど」
再び錆に覆われる刀身を確認し、クロコダインは一体目と同じスタンス、同じ力加減で二体目のワルキューレを斬りつける。
今度は鈍い金属音がして、くの字に折れ曲がった盾と共にワルキューレは5メイル余り後ろへ吹っ飛ばされた。
「成程な、やはり姿が変われば切れ味も変化するのか」
ある程度この結果を予想していたらしい使い魔に、ルイズは疑問を口に乗せる。
「よく斬れた方が便利なんじゃないの?」
「時と場合によるという事だな。手加減したいのによく斬れてしまっては困るだろう?」
その言葉を聞いたギーシュは、地面に転がった2体のワルキューレを眺めて思った。
斬殺から撲殺に変更するのは果たして手加減と言えるのかなあ、と。
尤もそれを口にしたらルイズに爆殺されそうな気がしたので思うだけに留めたが。
「これはこれで立派な能力だ。砥ぐ必要も無くなったし、道具は衛兵に返しておこうか」
よく見れば桶の傍には砥石が置かれている。元々武器の手入れをするつもりだったのが、デルフリンガーの錆びが取れないので悩んでいたのだろう。
そのデルフリンガーは思わぬ所で褒められて、しかし手加減前提で使われるのは想定外だったらしく何やら複雑そうではあった。
「手加減って……何か戦う予定でもあるんですか?」
ルイズやギーシュ程には親しくないモンモランシーが戸惑いがちに尋ねると、クロコダインは腰に下げた『魔法の筒』を軽く叩いて答えた。
「明日にでもこの中のワイバーンとやらを開放しようと思ってな。ひょっとしたら戦いになるかも知れん」
そろそろ日の落ちそうな学院の一角に、驚きの声が3つ上がった。
最終更新:2009年03月21日 18:05