虚無と獣王-24

24  虚無と婚約者
裏門から、静かにとは言い難い様子で旅立っていく一行を見つめる者たちがいた。
学院長室の壁にかけられた『遠見の鏡』に映し出されたルイズたちを見ているのは、この部屋の主であるオールド・オスマンとアンリエッタ姫である。
直接見送りに行きたいというアンリエッタを説き伏せる形でこの部屋に招待したオスマンだが、その判断はある意味大正解だった。
「姫、何故ミス・ヴァリエールたちにグリフォン隊の隊長が同行しているのか、ちとこの哀れな老人にも説明しては下さらんかの」
こんな質問、見送りの現場では到底出来ない。
「幾ら怪盗を捕えるほどの実力を持っているとはいえ、今回の任務は決して楽なものではありません。ですから、腕の立つ者を1人でも護衛につければと思ったのですが……」
マザリーニも目にかけているようですし、腹心と言うなら今回の任務内容を教えても、というアンリエッタの回答にオスマンは内心頭を抱えたが表情には出さず鼻毛を抜いて誤魔化した。
ジャン・ジャック・ワルドの事はオールド・オスマンも知らない訳ではない。
というか10年ほど前にはこの学院の生徒だったのだ。
オスマンは基本的に男子生徒の名前とかは卒業したら忘れてしまうのだが、彼は成績優秀だったのと、いつもちょっとした馬鹿騒ぎの中心近くに巻き込まれていたのでよく覚えていたのである。
王宮嫌いのオスマンだったが、それでも彼が魔法衛士隊に入隊してからは危険な任務などにも積極的に従事していたという噂は耳に届いていた。
弱冠二十代にしてグリフォン隊の隊長に抜擢された時には、あのヴァリエールの長女にパイ投げ合戦でワルドバリアーとして使われていたとは思えんなあと感慨を深くしたものである。
だが、オスマンが知っているのはあくまで学生時代のワルドでしかない。10年という歳月は人を変えるには充分な時間だ。
そして今マザリーニが目にかけているという事は、自分の後継として育てようとしているのか、もしくは手元に置いておかないと危険だと考えているのか。
確かめようにも当の宰相は昨夜の打ち合わせの後、予定を変更して王宮に帰ってしまっていた。
只でさえ忙しいのに今回の件でヴァリエール公爵やグラモン元帥に色々と話をしなければならなくなったので仕方ないのだが。
(若いうちの苦労は買ってでもしろというが、程があるじゃろ)
自分の様な老人ならともかく、まだ若い教え子たちは出来れば平穏に過ごして欲しい。オスマンは教育者として、1人の人間としてそう思う。
フーケの追跡時はまだフォローが効いたが、今回はそう言う訳にもいかないのだ。
コルベールは信頼に足る人物ではあるが、流石にアルビオンまでフォローはさせられない。授業の事もあるし、彼自身の個人的な事情もある。
何にせよ早急にマザリーニに連絡を取ろうと、オスマンは心配そうな王女の相手をしながら考えていた。

突然ではあるが、ルイズは今、少々混乱している。
フライもレビテーションも使えないルイズは、当然同年代のメイジに比べ空を飛ぶ機会は少なかった。
しかし最近では同級生の使い魔である風竜に乗ったり、自分の使い魔が説得した翼竜に乗ったりしていた訳だが、今回彼女はグリフォンに乗っている。
すぐ後ろにはワルド子爵、つまりは親同士が決めた婚約者が手綱を握り笑顔でルイズに話しかけていた。
昨日、実に10年振りにその姿を見た、かつてカトレアと並び自分を支えてくれた憧れの王子様。
未熟な自分との婚約の話など消えていたと思っていたのに、彼は自分を淑女として扱ってくれている。
その時点でかなり照れくさいやら嬉しいやらだったのだが、更にルイズは大人の男性との接触は極端に少なかった。
パーティーなどにはそれなりに出ていたが、何分公爵家の一員でありながら魔法成功率ゼロという微妙な立場のせいか、もしくはそのすっきりボディのせいか余りダンスに誘われたりする事もなかったからだ。
実際には父親であるヴァリエール公爵が凄い勢いで睨みを利かせまくっていたのが一番の理由なのだが。
学院入学後は夜会に出る機会も無く、教師達も年配者が多いので大人の男性との接触は更に減る事となった。
これがキュルケなら場数を踏みまくっている事もあり会話を楽しめていたのだろうが、いかんせんルイズには経験値が圧倒的に足りない。
というわけで彼女は頭の中で(ど、どど、どどどとうしよぅなななにを話したらいいの!?)と絶賛混乱中なのである。
幸か不幸か、外からは頬を赤らめてしおらしくしている様にしか見えなかったが。
「それにしても、凄い使い魔を召喚したものだね、ルイズ」
「はひ!?」
裏返った声の返答に苦笑しながらも、ワルドはグリフォンの後ろを飛ぶ翼竜を見ていた。
「僕もいろんな使い魔を見てきたつもりだけど、あれ程立派なモノにはお目にかかった事はなくてね」
使い魔を褒められた事を嬉しく思うと同時に、ルイズは(やっぱりわたしはクロコダインにもワルド様にも釣り合っていない)と、自分の実力不足を痛感していた。

クロコダインとギーシュを背に乗せ、後ろ足でジャイアント・モールを掴みながらもその重さを感じさせる事なく悠々と飛ぶワイバーン。
その横にグリフォンをつけながらワルド子爵は少し物思いに耽る。
『閃光』のワルドは魔法衛士隊の見習い時代から率先して戦いの場に身を置いてきた。
地方貴族の小規模な叛乱からオーク鬼やコボルト鬼の討伐など、本来王の近衛としての性格を持つ衛士隊の任務からは外れる様な事までしてきたのは一重に己の力を高める為だ。
場数を踏み、火竜やメイジ殺しと呼ばれる傭兵とも杖を合わせ、全ての戦いに勝利を収めてきた彼をもってしても、婚約者の召喚した使い魔は規格外だと感じざるを得なかった。
正直なところ、今回の任務を聞いた時には何故マザリーニやオールド・オスマンは止めなかったのかと思ったものだが、こんな使い魔が同行するならば話は別だ。
ただのスケベジジイにしか見えない様でいて実は生徒思いのオスマンが戦地に教え子を送り出すのを認めたと言うのだから、その実力は押して知るべしといった所であろう。
強いというのは自分にもよく分かる。伊達に場数を踏んでいる訳ではない。目の前の敵の実力を看破するのは生き残る為の基礎技能だ。
問題は、クロコダインと名乗った使い魔が『どれだけ強いか』である。
人語を解し、武器を使いこなす、獣の体躯を持った戦士。
正面からやりあった場合、自分が負けるとは少しも思わないワルドであったが、無傷で勝てると思うほど自惚れてもいなかった。
(何にせよ情報が少なすぎる。どんな戦い振りなのか、1度拝んでみたいものだな)
一介のメイジとして腕試ししてみたい気持ちがない訳ではないが、任務中にそんな事で消耗するなど以ての外だ。
(まあいいさ)
進行方向を手振りでクロコダインに指示しながらワルドは思う。
(僕が相手をしなくても、世の中には『相手の実力も判らない間抜けな盗賊』や『悪漢に雇われた命知らずの傭兵たち』がいるだろうから、な)

指示を受けて飛ぶ方向を修正しながら、クロコダインはワルドから目を離そうとはしなかった。
「どうしたんだい?」
後ろから疑問符を飛ばすギーシュに何でもないと答え、逆に気になっていた事を聞いてみる。
「なあギーシュ、魔法衛士隊というのはやはり腕の良い者たちが多いのか?」
「そりゃあそうさ。何と言っても近衛部隊だからね、国中のメイジの中でこれはという腕利きが集う、いわばエリート中のエリートだよ」
なるほどな、と呟きながらクロコダインは昨日の事を思い出していた。
王女の護衛たちは1人の例外もなく、少しの隙すら見せずに周囲を警戒していたが、その中でも別格だと感じたのがワルド子爵だったのだ。
聞けばルイズの婚約者でもあるという。
そんな関係ならば、行幸時にルイズが王女から目を離してしまっていても不自然ではない。
風系統のメイジという事だが、その実力はかなり高いとクロコダインは踏んでいる。少なくともギトーなどよりは。
そんな優秀なメイジが任務に同行しルイズを守ってくれるのだから有り難い。
そうクロコダインは考えようとしていたのだが、その一方でどこか違和感を感じていたのもまた事実である。
ワルドは王女の依頼を受けたというが、宝物庫での話は他言無用とマザリーニは念を押していた。
口が固いとは言い難いギーシュも事の重大性を理解し、ギムリやレイナールといった仲間たちにも黙ったままでこの旅に参加しているのだ。
(彼が裏切り者とは思いたくないが、な)
とは言え、かつてロモス国王の側近として妖魔学士ザムザが潜入していたという事をクロコダインはダイやポップたちから聞いていた。
結果的に倒せたもののかなり苦戦したというその戦いに参加してはいなかったが、ザムザの最期の言葉は彼の心に強い印象を残している。
勿論この事だけで積極的に疑う理由にはならないのだが、警戒しない訳にもいかない。
まさか当の王女が本当に依頼したとは思わず、クロコダインはどこか気が引ける思いをしながらもワルドに対する少しの疑心をひとり抱える事になった。

港町、ラ・ロシェールは峡谷に挟まれた小さな町である。
魔法学院からは早馬で2日はかかるのだが、空を飛んでいる事もあり、途中で休憩を何度か取りながらも夕刻には町が見える所まで来ることが出来た。
アルビオンへの玄関口としての性質を持っている為、常に3千人以上の人間が闊歩する活気のある町だ。
その入口を遠くに見ながら、ルイズたちは顔を突き合わせて相談事をしていた。
「このまま入る訳にはいかないわよ、ね」
ルイズの言葉に一同は頷く。
ワイバーンやグリフォンは当然として、クロコダインも町中には入れない。
なにしろ3メイルの巨体を持つ獣人である。目立ち過ぎて極秘任務どころの話ではない。
そしてワルドもこのままではラ・ロシェールに入る事は出来なかった。
何故なら王女から依頼を受けたのが余りにも急だったため、魔法衛士隊の制服のままでここまで来てしまっていたからである。
元々ゲルマニアへの訪問は短期間ですむ予定であり、ワルドら護衛の者たちは制服と夜の休憩時などに着る平服や下着しか持ち合わせていなかった。
王を守る魔法衛士隊はトリステインの貴族の中でも花形で、当然の事ながらその制服姿は国民にも広く知られている。
今までは空を飛んできたので問題なかったが、この格好でラ・ロシェールに入ったら何事かと思われるのがオチだ。
残りの面子で問題ないのはルイズとギーシュだが、この2人を先行させるのもいささか不安が残る。
ワルドもクロコダインも口には出さなかったが、上記の2人は共に貴族の子女で世慣れていない為、情報収集や宿の選択などが上手くいくとは思えなかったのだ。
「まあ僕はこの帽子と上着を脱げば何とかなるとして、だ」
ワルドは外套を外しながらクロコダインらの方を見る。
「オレたちは町中に入ってはいけないだろう。外で待っているが、出来れば何かあった時にすぐ駆け付けられる場所がいいな」
ラ・ロシェールにはアルビオンから流れてきた者も多くいる。当然その中にはレコン・キスタ側の人間もいるだろうし、普段からあまり治安の良い土地柄でも無い。
出来る限り危険は避けなければならなかったが、少ない戦力を更に分断するのは得策ではなかった。
「それなら崖の上がいいだろう。僕のグリフォンも連れてはいけないし、一緒に待機させて貰おうか」
2人は同時に切り立った岩の壁を見上げた。山間だけあって日が沈むのも早い。
「そろそろ町に行きませんか? 細かい事は後で打ち合わせるとして」
確かに使い魔との感覚共有を利用すればそれも不可能ではない。
実際のところ、ルイズとクロコダインは未だ感覚の共有は出来ていなかったのだが、この場合はヴェルダンデやグリフォンに中継してもらえばさしあたって問題はないだろう。
では、とルイズたちがそれぞれ行動し始めた時、ふいに風を切る音がした。

「伏せろッ」
クロコダインは即座にルイズたちの前に出てデルフリンガーを横薙ぎに振るう。
「やあっと出番かよ相棒!」
デルフリンガーの声と共に、両断された数本の矢が地面に落ちた。
同時にワルドが唱えた呪文が発動し、彼らの周囲に強力な風の結界が発生し更に撃ち込まれた矢を逸らす。
「な、なんだ!?」
既に夕陽は山の向こうに落ちようとしており、急速に暗くなっていく山道でギーシュが混乱した声を上げた。
いいから伏せなさいよ、と素直に言う事を聞いて地面にうつ伏せになっているルイズが注意する。
こちらの位置を特定する為か、上から松明が降ってきた。いずれも結界に弾かれるが火は消えず、ルイズたちの姿を照らし出す。
「ここへきて襲撃か……。どう思われる?」
「矢を使うという事は貴族ではないのだろうな。目的が解せないが、まあそれは彼ら自身の口から聞こう」
油断なくデルフリンガーを構えるクロコダインの問いに答えながら、ワルドは傍らのグリフォンに跨った。
「僕が敵の注意を惹きつけながら上に上がる。こちらで結界を張り続ける事は出来ないが、その間ルイズを守って欲しい」
「分かった。伏兵がいないとも限らんし、この道の狭さではワイバーンはいい標的だからな」
そう言ってグレイトアックスをさらに抜くクロコダインである。真空系呪文を応用して攻撃を防ぐのは彼の十八番だった。
そんな2人を心配そうに見つめるルイズに、ワルドは笑みを見せて言う。
「そんな顔をしなくとも大丈夫さ、僕のかわいいルイズ。これくらいの敵で怯んでいてはグリフォン隊など勤まらないからね」
更に、ようやく状況を理解してワルキューレを作り出すギーシュにも声を掛ける。
「君の働きにも期待しているよ、ミスタ・グラモン。兄上からはよく話を聞いているからね」
「僕の兄をご存知なのですか!?」
驚くギーシュにワルドはあっさりと言った。
「武門の誉れ高きグラモン家の次男坊は僕の同級生でね。さあ、詳しい話は後でするとしよう!」
時間が惜しいとばかりにグリフォンに飛び乗って崖の上を目指そうとするワルドであったが、ふいにその動きを止める事になる。
ルイズやクロコダインにとっては聞きなれた羽ばたきが聞こえたからだ。
「風竜だと?」
「シルフィード! でもどうして!?」
それは間違いなく同級生が召喚した使い魔の姿だった。
猛スピードで飛んできた蒼い竜は一端上空をフライパスすると、その背から崖に目掛けて炎の塊と小型の竜巻が襲い掛かる。
それを見たルイズは竜の背に誰が乗っているか一瞬で把握し、そして思った。
どうやったら学院まで追い帰せるかしら、と。

シルフィードが降りてきたのはそれから5分ほど後だった。
ご丁寧に襲撃者たちを『浮遊』の魔法で一緒に降下させている。彼らは地面に降りた瞬間、ギーシュのワルキューレによって捕縛された。
「ハァイ、お待たせー」
至って軽い口調でシルフィードの背から降りてきたのはキュルケである。その後ろには当然と言うべきか、タバサの姿もあった。
シルフィードはかなりのスピードで飛んできたらしく疲労困憊しており、そんな彼女をサラマンダーのフレイムが心配そうに覗き込んでいる。
ルイズは自分の予想通りの結果に頭を抱えそうになったが、なんとか気力を奮い立たせた。
「待ってないわよっていうか、なんであんたたちがここに来るのよ!」
「珍しく早起きなんてしたらどこかの誰かさんたちが裏門から出ていくのが見えちゃってね。何か面白そうだからタバサ誘って追いかけてみたのよ」
しれっと答えるキュルケの後ろでは、我関せずといった風情のタバサが本を読んでいる。
「ねえ、色々と突っ込みたいのを無視して聞くけど、何でキュルケは普通の服着てるのにタバサは寝間着なのよ!?」
「朝早かったし、急がないと追いつけないでしょ」
火に水をかけたら消えるでしょ、と言うのと全く同じ口調で答えるキュルケにルイズは戦慄を覚えた。ていうかホントに友達なのこの2人、と。
当のタバサは全然気にしていない様子なのだが、かえってこっちが気にしてしまう。
せっかく目立たないように町に入る相談をしていたのに、パジャマ姿のメガネっ娘が一行の中にいては色んな意味で台無しだ。
「一応言っておくけど、わたしたちはお忍びで来てるのよ?」
「ふふふ、そんな事言われてないから分かる訳がないわね!」
正論だけど胸を張るな、とルイズは思った。
同時に行き先とか目的とか色々推測されそうだ、とも思う。目の前にいる女は家系的にも出身国的にも性格的にも体型的にも気に喰わないが、決して愚かでは無い。
まあ何か聞かれたらノーコメントで通すとして、先ずは目の前の問題を片づけなければならないと気持ちを切り替える。
「タバサ、ちょっとこっち来て。わたしの予備の服を貸すから」
サイズ的には問題ない筈だ。ただ2才年下の子とサイズがほぼ同じという現実からは断固として目を逸らす所存のルイズだが。
「感謝」
素直にタバサが従ったのは空気を読んだのか、それとも内心ではやはりパジャマはないと思っていたのか。
シルフィードの陰で生着替えを始めるつもりの親友を見送りつつ、キュルケはラ・ロシェールで服を奢らないとダメかしらなどと考えていた。

一方、男衆は襲撃者の尋問を始めていた。
「では、君たちはただの夜盗の類であり、我々が金を持ってそうだから襲ったと?」
青銅の戦乙女に羽交い絞めにされている賊を見ながら問い質したのはワルド子爵である。
ああそうだ、と頷く男たちに対し、クロコダインは解せないという表情を隠しもしなかった。
「どう思われる?」
そう聞かれたワルドもクロコダインとよく似た表情をしており、肩をすくめてあっさりと言った。
「まあ嘘でしょうな。商隊とかならまだしも、このメンツを見て襲いかかるほど夜盗というのは命知らずでも無い筈だ」
ルイズとギーシュだけならばともかく、まだ魔法衛士隊の制服を脱いでいなかったワルドや幻獣グリフォン、そしてクロコダイルの様な獣人がいるのだ。
まだ空には夕陽が出ていたのだから、服装や標的人数などを確認できなかったとは考えにくい。
いやそんな事はない、俺たちは盗賊だと主張する彼らに対し、ワルドは笑顔のままで言った。
「ミスタ・グラモン、すまないがそのゴーレムを少しジャンプさせて貰えるかね?」
ギーシュは言われた通り、男たちを羽交い締めにさせたままワルキューレを跳躍させる。
すると彼らの懐の辺りから、着地と同時に何故かチャラチャラと音がした。容赦も遠慮もなくワルドが服を探ると、エキュー金貨が入った小さな布袋が出てくる。
「最近の盗賊は、こんなに裕福でも人を襲うのかね?」
しばらくは遊んで暮らせるだけの金貨を片手にしての問いに、襲撃者は少し考えて言った。
「……いや、それはあんたらを襲う前に一仕事していてな?」
仲間たちも口々にそうそう、などと言うが、残念な事に説得力は欠片もない。
ワルドは彼らから目を離し、後ろにいたクロコダインに話しかけた。
「話は変わるが、随分立派な剣を持っておられるようですな」
「お、分かるかい兄ちゃん! いい眼をしているじゃねぇか」
しかし上機嫌で答えたのは、まだ鞘にしまわれていなかったデルフリンガーだった。任務中なので当然錆など浮いていない真剣モードである。
「おお、マサカインテリジェンス・ソードだったとは! ならばさぞ切れ味もいいのでしょう」
「おうよ! このデルフリンガー様と相棒なら人間なんぞ縦に両断できるぜ!」
「それは凄い。後学の為に是非見せていただきたいものだ」
子爵と剣のノリのいい会話にクロコダインは苦笑する事しきりであったが、反比例するように拘束された男たちの顔色は悪くなっていった。
「ああ、出来れば1人は残してもらえるかな? というか、素直な口はひとつあれば充分なのでね」
男たちの口が全て素直になったのは言うまでもない。

タバサが着替え終わるのを待って、ルイズたちはクロコダインたちのいる方へと向かった。
「何か分かった?」
「ああ、どうやらオレたちの行動は筒抜けになっているようだ」
渋い顔で答えるクロコダインに、ルイズらも緊張した面持ちになる。
襲撃者の話を総合すると、彼らはそもそも物盗りではなく傭兵であった。
アルビオンでは王党派に雇われていたが、旗色が悪くなってきた為さっさと逃げ出してきたらしい。
しかし命は拾ったがその分どうしても懐は寒く、どうするかと思っていた時に謎の男女から今回の仕事を持ち込まれたのだと言う。
素性が知れない上に前金でエキュー金貨を用意するなど、正直怪しい事この上も無かったが、まあいざとなれば逃げ出すだけの事だ。
「それで捕まってたら意味ないわね」
捕まえたキュルケが一刀両断する横で、ルイズは考え込んでいた。
謎の男女とやらの情報を聞くと、男の方は白い仮面をつけており、女の方はフードを深く被っていたが間違いなく若い美人であるという。
傭兵の観察眼はともかくとして、問題は依頼主の目的である。
狙いが自分たちなのは間違いないとして、その目的は一体何なのか。
アルビオン行きを知っているのは片手で足りるほどの人間しかいないのに、何故こちらの動向が知られているのか。
学院を出発したのは今日の早朝なのに、ラ・ロシェールへ到着する頃には傭兵を雇って襲わせるなど並の手腕では無い。
これまで以上に気を引き締めないと、などと考えていたルイズがふと前を見ると、隣にいた筈のキュルケがいつの間にかワルドにアプローチをかけていた。
ふふふ流石はツェルプストーね死にたいのかしら殺すわ、と何か暗黒闘気っぽいオーラを出しつつ2人の元へ向かう彼女だったが、想像に反してキュルケは少し話しただけで「つまんない」とばかりにワルドから離れて行く。
予想が外れて思わず拍子抜けするルイズの姿を認めたワルドは笑いながら言った。
「なかなか個性的な友人がいるみたいだね、ルイズ」
「あんなのは友達なんかじゃありません!」
まあまあ、と宥めながらワルドはちらりとキュルケらの方を見る。
「彼女たちがここまで追いかけてきたのは君を心配しているからだろう。しかしラ・ロシェールまでならともかく、その後はある程度事情を話して引き返して貰った方がいいと思うんだが」
ルイズもそのつもりではあったが、素直に言う事を聞いてくれるとも思えない。これまでの言動的に考えて。
「色々と予定外の事が起きたが、これからどうする?」
そこへ傭兵たちの見張りをギーシュに任せたクロコダインがやってきて尋ねた。
「基本的な方針は変わらない。あの傭兵たちはラ・ロシェールの衛士に引き渡すとして、途中合流の彼女たちが僕らと、あの風竜とサラマンダーが君たちと一緒に行動する位だね」
そうか、と頷くクロコダインにルイズは心配そうな顔をする。
「一緒には行けないけど、フネが確保出来たらすぐに連絡するからね。食べ物とかも用意するつもりだから、余りムチャしちゃダメよ」
どこに敵が潜んでいるか分からない状態で別行動をとるのは、未だクロコダインとの感覚共有が出来ていない事もあって気が乗らないのだが、目立ってはいけないのだから仕方がない。
もっともクロコダインの方も同じ様な心配をしていた。実に似た者同士の主従といえよう。
「ルイズも無茶はしてくれるなよ。何かあったらすぐ呼んでくれ」
ギーシュらと一緒にいれば、襲撃があっても使い魔経由で連絡がつく。町の付近に陣取っていればそれほど時間をかける事無く合流できるだろうとクロコダインは考えていた。
「さて諸君。そろそろ行動を開始しよう」
ワルドは手を打って注意を引き、全員の注目を集める。
メイジたちは揃って町へと向かい、使い魔一行はグリフォンとシルフィードに分乗して当初の予定通り崖の上へ飛び立った。
そんな彼らを見送りつつ、ワルドは小さく呟いた。
「今日の最終便に間に合わせるつもりだったが、時刻を考えるともう無理だろうな。明日の午前中にフネが来ればいいんだが……」
「あの襲撃がなければ乗れたかもしれないのに!」
悔しがるルイズの後ろでギーシュが肩をすくめる。
「仕方ないさ。それよりボクは少し休んで腹ごしらえがしたいよ」
「そうねぇ、料理は期待できるのかしら」
「そういえばあんたたち、旅費はあるんでしょうね!?」
そんな事を言いあいながら、若きメイジたちは峡谷に挟まれた街の光に近づいていくのだった。

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最終更新:2009年07月17日 22:37
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