ゼロの剣士-16


#1
地平線から太陽が顔を出し始めた頃、ルイズは眠りの中で奇妙な音を耳にした。
金属質で、規則的。
あるいは足音のようにも聞こえる物音だ。
一体この音はなんだろう?
ネコのような唸り声をあげながら、ルイズは寝返りを打った。
大してうるさい音でもなかったが、いったん気になりだすとその音はますます耳触りになてくる。
ルイズは目を開けるのももどかしく、枕に顔を突っ伏したままぼやけた声を吐き出した。

「ユンケル~、うるしゃいわよぉ……」

その声を合図に、金属音はぴたりと鳴りやんだ。
使い魔が従順に命令に従ったことにルイズは気をよくしたが、
唐突に訪れた静寂はむしろ場違いな客人が来たかのような居心地の悪さを感じさせた。
静かにしろと言っておきながら、いざ静かになってみれば逆に落ちつかないとは面倒な性分ではある。
ルイズは仕方なく体を起こし、使い魔が朝っぱらから何をしていたのか確かめようとした。
窓から差し込む明け方の光は、部屋の中を薄暗く照らし出し、ルイズの目に見慣れた風景を映し出す。
いつも勉強に使っている机と椅子。服や下着の入った品のいい洋タンス。ベッド脇に落ちた読みかけの本。
そして問題のルイズの使い魔といえば……いつも通り、藁の上で眠りこんでいた。

「えっ、あの音を立てていたのってヒュンケルじゃないの……?」

呆けたようにつぶやいたルイズの顔は、少し青ざめていた。
物音がした辺りには誰の姿も見えず、代わりに魔剣が鎮座しているばかりであった。
謎の音はヒュンケルが立てたものではない。
そしてこの部屋には自分とヒュンケルの他には誰もいない。
いや、喋る剣という珍妙なものがいるにはいるが、今は固く鞘の中に仕舞われている。
となると……。
ルイズはもう一度床の辺りに視線を這わせ、結局なにも聞かなかったことにしようと心に決めた。
きっと寝ぼけてたのよと自分に言い聞かせ、再び寝床に向かう。
ただし向かった先は自分のベッドではなく、ヒュンケルの寝床であったが、それは些細な問題に過ぎないだろう。
……たぶん、おそらく、きっと。

#2
「最強の系統はなにか知っているかね、ミス・ツェルプスト―?」
「虚無じゃないんですか?」
「私は伝説の話しをしているのではない。現実のことを聞いているんだ」

眠い。眠すぎる。
ミスタ・ギト―の授業を、ルイズはとろんとした目で眺めていた。
あの後無理矢理にヒュンケルの寝床に入ったはよかったが、そこからが彼女の誤算。
乙女の事情で詳しくは言えないが、別の意味で眠れなくなってしまい、結局寝不足のまま朝を迎えてしまったのだ。
目前では今、キュルケがなにやら火の玉を作っていたが、ルイズはそのことすら気に留めずにボーっとしていた。
頭の中でただ交互に、奇妙な金属音とヒュンケルの体温を思い浮かべ――、吹っ飛んできたキュルケと衝突した。

「ひでぶ!! いったぁ……、なにしてんのよツェルプスト―!」

鼻を押さえてルイズは抗議したが、キュルケはルイズの言葉など右から左、視線は教壇の方を向いていた。
つられて見ると、ミスタ・ギト―が杖を握りしめ、悠然とそこに立っていた。
周りに少しばかり焼け焦げがあるのを見るに、キュルケを相手にちょっとばかり過激な実践講義をしたらしい。
ミスタ・ギト―は自慢げな表情を隠しきれない様子で、芝居臭い口調で風系統の強さを称賛しはじめた。
無論、言うまでもないことだが、風系統は『疾風』の二つ名を取るギト―の得意系統でもある。
いささかの誇張を含んで語られる風系統の説明に、ルイズのまぶたはまた下がり始めたが、
今度は教室のドアが派手な音を立てて開き、ルイズの居眠りは妨げられた。
眠気の討伐者は金髪の妙なカツラをつけた変質者――、もとい、ミスタ・コルベールだったが、妙に慌てた様子である。
コルベールは頭も変、服も変、全体的に大いに変といった珍妙な出で立ちをしていたが、
生徒の失笑には目もくれず、まっすぐギト―のところにいって何か耳打ちをした。
最初はいいところを遮られて不満げな顔をしていたギト―だったが、
話を聞いているうちにコルベールと同じように慌てた様子で部屋を出て行ってしまった。
すわ何事かと騒ぎ始める生徒達に負けじと、コルベールも大きな声を出して自分に注意を惹きつけた。

「静かに! 静かに! えー、今日の授業は全て中止であります! なんせ、とても大事な用事ができましたのでな」 

コルベールはもったいぶった様子で言うと、のけぞるように大きく胸を張った。
教師としての威厳と、ビッグニュースを抱えた発表者としての演出を狙ったのだろうが、
のけぞった拍子にヅラがずれたため、その効果は少々疑わしいものになっている。
自分の頭が少し涼しくなったことに気づかないコルベールは、
笑いをこらえて顔を真っ赤にする生徒達をどう解釈したか、満足そうにうんうん頷いて口を開いた。

「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって大変よい日であります。
始祖プリミルの降臨際に並ぶ、めでたい日といえましょう」

そこでコルベールは舞台でいう「間」を取るように、えへんと咳払いをし、そしてまた口を開いた

「なんと本日、恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、この魔法学院に行幸されることになりました!」

教室がざわめくと同時に、今度こそ本当に、ルイズの眠気が吹っ飛んだ。

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最終更新:2011年01月20日 02:30
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