#1
「青年の名はロト。異世界より来たりし冒険者――勇者ロトと名乗っておった」
オスマンの言葉に、ルイズとヒュンケルは顔を見合わせた。
その名はルイズにとってはもちろん、ヒュンケルにも聞き覚えのないものだったのだ。
しかし――勇者ロト。
その名前はなにかとても印象深い響きをもって二人の耳に入ってきた。
勇者という言葉でルイズが連想するのは、タバサがよく抱えている『イーヴァルディの勇者』という本だったが、
ヒュンケルが思い浮かべるそれはかつての勇者である師・アバンと、未熟ながらも世界を救おうと奮闘する弟弟子・ダイの姿だった。
ロトという青年も彼らと同じように、世界のため戦った英雄なのだろうか。
想像を膨らますヒュンケルを余所に、オスマンは懐かしげに思い出語りを始めた。
「あれは何十年前のことだったかのう。たぶん百年はいってないと思うが、まあそんくらい前のことじゃ。
ある日森に出かけたわしは、そこでとても大きなワイバーンに襲われたのじゃ。
不意を食らったわしは杖を失ってしもうてな、そこで命を落とすことを半ば覚悟した」
そこまで言って、オスマンは過去の情景を瞼の裏に思い浮かべるように目をつむった。
話の流れから考えるに、おそらくそこで勇者ロトが現れたのだろう。
物語の中の王子様みたいね、とルイズは思った。
もっともロトは、助ける相手を大いに間違えたようだが――。
「突然のことじゃった。ワイバーンが牙を剥き、今にもわしに襲いかかろうという時、剣を持った青年が颯爽と現れた。
青年は剣でワイバーンの巨大な鉤爪を受け止めると、天に指をかざし、魔法を唱えた。
……なんという名前じゃったかな。ザムディン……いや、違うのう」
オスマンはまるで便秘中のようにウンウン唸った。
ルイズはいいところで話を切られてもどかしかったが、そこでヒュンケルが口を挟んだ。
「もしや……ライデインでは?」
ライデイン――それはヒュンケルの世界で、勇者のみが使える神聖な雷の呪文である。
まさかと思いつつ聞くと、オスマンはそうじゃそうじゃと陽気に頷いて話を続けた。
「青年がライデインと唱えると、天から物凄い雷が降り注ぎ、ワイバーンは一瞬で巨大な焼き鳥になってしもうた。
わしも随分と色々な魔法を見てきたが、あれほどのものは滅多にお目にかかったことがない。
そしてなによりわしを驚かせたのは――その青年が杖を持っていなかったことじゃ」
「ということは……彼はエルフだったんですか?」
エルフは杖なしで魔法を使える異端の種族。
人間とは敵対している者達でもある。
ルイズはオスマンの話を聞いて真っ先に彼らを思い浮かべたが、オスマンは言下にその推測を否定した。
「いや、彼は少なくとも外見上は、我々とまったく同じ人間じゃったよ。
わしも最初はまさかと思ったが、彼自身も自分は普通の人間だと言っておった。
ただ、『普通の』の前に『異世界から来た』が付け加えてあったがの」
そう言ってオスマンは思い出し笑いをした。
ルイズはどこからツッコミを入れればいいのかも分からず、とりあえず続きを促した。
オスマンは笑いを収めて真面目な顔を作ると、また語り始めた。
「杖なしで使われる見たことのない魔法。身一つでワイバーンの巨躯に耐える身体能力。
珍奇なアイテムの数々と、彼自身が纏う独特の雰囲気。
彼――ロトが異界の勇者と名乗った時、わしは疑うよりもむしろ奇妙に納得した。それほど彼は異質な存在だったのじゃ。
――そう、ヒュンケル君、きみのようにな」
オスマンはそこでちらりとヒュンケルを見た。
ヒュンケルは何も言わず、無言で続きを促したが、そこで横からルイズがおずおずと、オスマンに疑問を唱えた。
「オールド・オスマン、ヒュンケルがその……異世界から来たっていつ気づかれたんですか?」
ずっと一緒にいたわたしでも気づかなかったのに、と半ば不満そうに言うルイズに、オスマンは優しく微笑んだ。
「気づく気づかないというより、これは発想の問題じゃな。
ロトとの出会いがなければ、わしも異世界などという突飛なことは思いつかんかったじゃろう。
実際、最初ヒュンケル君がミスタ・グラモンを倒した時は、わしもそのルーンの力のおかげだと思っておった。
しかしどうにも気になって彼を観察しているうちに、だんだんそれだけでは説明がつかぬように思えてきたのじゃ」
ルーンの力と聞いてルイズは不意に、フーケがヒュンケルを『ガンダ―ルヴ』と呼んだことを思い出した。
ガンダ―ルヴと言えば始祖プリミルを守り抜いたとされる伝説の使い魔だ。
一説によればかの使い魔は右手に長槍、左手に大剣を持ち、あらゆる武器を操ったという。
信じがたい話だが、もしもヒュンケルがそれなら、ギ―シュを倒せたことくらい当然のことではないか?
異世界やら伝説やら、なんだか頭がクラクラしつつも尋ねるルイズに、オスマンは大真面目な顔で頷いた。
「たしかにヒュンケル君は、かの使い魔の再来なのかもしれん。
実はヒュンケル君のルーンの形は、ガンダ―ルヴのそれと酷似しているのじゃ。
一騎当千と謳われたガンダ―ルヴなら、たしかに並みのメイジじゃ相手にならんじゃろう。
――しかしところでミス・ヴァリエール、きみは突然自分がエルフの魔法を使えるようになったらどう思う?」
「どう思うって言われても……ありえません、そんなこと」
唐突な質問に面食らって応えると、オスマンはまさしくそれが正解だというように頷いた。
「そうじゃ。これまでなかった強大な力が突然手に入ったとあれば、戸惑うのが自然なことじゃ。
しかし、彼はまるでその力が元からあったかの如く受け入れておった。
ドットとはいえメイジを一人倒しておいて、なんの感慨も抱いていないようじゃった。
その抜き身の剣や常識の欠如なんかも疑う要因にはなったが、一番の理由はそこじゃな。
わしは、ヒュンケル君が元からメイジを凌駕する実力を備えていたのではないかと思ったのじゃ。
そしてフーケの巨大なゴーレムを倒したのを見た時、疑いは確信になった」
「――それでは、その使い魔を寄越したのはフーケを探すためでなく、俺の観察を?」
ひさしぶりに口を開いたヒュンケルの視線の先には、オスマンの肩口に居座るハツカネズミがいた。
モ―トソグニルは愛嬌のある目をヒュンケルに向けて、さえずるような鳴き声をあげた。
「まあ、きみに言ったことも嘘ではない。理由としては半々じゃな。
ロトは彼の世界ではメイジ――『魔法使い』と肩を並べて戦う、『戦士』という職業があると教えてくれた。
前衛として武器一つで魔法と同じか、それ以上に強力な攻撃を繰り出す、頼もしい仲間としてな。
わしは最初、きみがそれなんじゃないかと思ったが――フーケに使ったのは魔法ではないのかね?」
オスマンが聞いたのは、フーケに使った闘魔傀儡掌のことであった。
ハルケギニアにはない概念なので少してこずったが、ヒュンケルは攻撃的生命エネルギー、闘気のことを説明し、あれは魔法ではないと教えた。
オスマンは身を乗り出すようにしてふむふむと頷くと、嘆息して言った。
「なにかというと魔法と思いたがるのはメイジの悪い癖だと思っておったが、まさかそんな力があったとはのう。
ロトも君に劣らぬ剣の使い手だったが、彼もまたその闘気を使っておったのかな?」
オスマンが聞いたが、ロトと会ったことのないヒュンケルに分かるはずもない。
ただヒュンケルは、闘気は多かれ少なかれ誰の中にでもあるとだけ答え、ロトの話の続きをするよう頼んだ。
オスマンはルイズの顔を見て、彼女が頷くのを確かめると中断していた昔話を続けた。
「たしか、ロトがワイバーンを倒したところまで話したんじゃな?
――うむ、なにはともあれ命を救われたわしは、しばらくロトの生活の世話をすることにした。
わし自身が彼に興味を覚えたからでもあるが、彼の方もまだこの世界に不慣れな様子だったんじゃ。
彼の滞在中、わしはこの世界の魔法や地理の知識をロトに教え、ロトの方も彼の世界のことをわしに聞かせた。
ロトは好んで自慢話をする人間ではなかったが、彼が物語る話の端々から、彼が並々ならぬ英雄であることが窺えた。
わしとロトは年の離れた友人としてよく親しみ合った。背景は違えど、わしらには共通の趣味があった――そう、読書じゃ」
そう言ってオスマンは感慨深げに『悟りの書』改め『神竜のエロ本』を見つめた。
本の内容さえ知らなければ哀愁溢れる姿に見えなくもなかったが、ルイズは内心ドン引きした。
オスマンは思い出の詰まったエロ本から目を上げると、話を続けた。
「わしらは互いに秘蔵の本を照覧し合った。
この道を究めたと思っていたわしじゃが、わしの蔵書で彼に勝るのは量だけであり、質では完全に負けておった。
打ちひしがれるわしを見かねてか、彼はこの『神竜のエロ本』をわしに差し出した。
わしはもちろんこれほどの名著はもらえぬと言ったが、彼はもう暗記しているからと言って……」
『神竜のエロ本』贈与の感動秘話はそれから五分ばかり続いたが、
二人がまったく呆れた顔をしているのを見て、オスマンは渋々その話を切り上げた。
ヒュンケルは再びロトのその後についての話を促した。
しかし、オスマンの返答は芳しいものではなかった。
「うむ、『神竜のエロ本』をわしに渡してしばらく経った後、ロトはまた冒険の旅に出て行った。
一度だけわしのところに戻ってきて、色々な国を見て回ったと報告してきたが――それっきりじゃ。
ロトはもうここには来なかった。もしかしたら元の世界に帰ってしまったのかもしれん」
そう言ったオスマンの顔は、思いのほか寂しさの滲んだものだった。
誰よりも長く生きてきたオスマンは、誰よりも別れを繰り返してきたのだと不意にルイズは思った。
もしもヒュンケルがいなくなったら――自分はどうなるだろうか。
「ロトはどうやってこの世界に来たのだろうか……。 彼は一人だったのですか?」
嫌な想像図に顔をしかめるルイズの横で、ヒュンケルはある意味ピンポイントな質問をオスマンにぶつけた。
もしロトが世界を行き来した方法が分かったなら、自分も元の世界に帰れるかもしれない。
一見普段と変わらぬヒュンケルの表情に、そんな期待が滲んでいるのをルイズは見てとった。
しかしルイズにとって幸か不幸か、オスマンは記憶を辿るように唸るとこう答えた。
「ロトはきみのように召喚されたわけではなく、自分の意思でこの世界に来たようじゃったが……方法は分からぬな。
なにかアイテムを見せてくれたような気もするんじゃが、なにしろ『神竜のエロ本』のインパクトが強すぎてのう」
のほほんと応えるオスマンを見て、ヒュンケルはため息をついた。
もしかしたらそのアイテムをオスマンが持っているのではないかと思ったが、もらったのは『神竜のエロ本』だけだという。
落胆するヒュンケルに、オスマンは自分の方でも元の世界に帰れる方法を探しておくと約束をした。
オスマンの言葉はとても頼りがいのあるものではあったが、その後に続けた言葉がまたどうにもオスマンらしかった。
「それで代わりと言ってはなんじゃがな、ヒュンケル君。この『神竜のエロ本』の小説を翻訳してくれんかの?
いや、ロトは途中までは読んでくれたんじゃが、読み終える前に出てってしまって……」
ヒュンケルとルイズは顔を見合わせると、深く、とても長いため息を同時に吐きだした・
モ―トソグニルが餌をせがむように、ちゅうちゅう鳴いた。
#2
フリッグの舞踏会。
学院長室を出たルイズは、大急ぎでおめかしを済ませパーティーに出ていた。
桃色の髪をバレットでまとめ、ホワイトのドレスを着こんだその姿は、
日頃ルイズを馬鹿にしている男子達をもってしても文句のつけようもない美しさをたたえていた。
魔法が使えないことや口が悪いことや胸がないことを差し引いても、今のルイズはとても魅力ある少女である。
当然、ダンスの誘いをひっきりなしに受けたが、ルイズは気のない返事をしてぼんやりワインを飲んでいた。
実際には単に今日起こった様々なことに混乱してわけがわからなくなっているだけなのだが、
ドレスアップした今のルイズが大人しくしている姿はまたとても清楚に見えて、男子達は心中で身を悶えさせた。
と、そこへ大量の男を引き連れたキュルケが通りがかった。
「あらルイズ、馬子にも衣装ね」
「なによキュルケ、なにか用?」
つれない様子のルイズに、キュルケは少しつまらなそうな顔をした。
「別にあなたに用はないわよ。ヒュンケルはどこ? 一曲お相手願いたいんだけれど」
「あんたは後ろの金魚のフンと踊ってりゃいいじゃないの」
言いつつルイズはさっきまでヒュンケルがいたところを見たが、そこに彼はいなかった。
食事でもしているのかと思ってテーブルの方を見たが、タバサが大きな肉を食べているのが目に入るばかりだ。
ならばまたオスマンと一緒かと思ったが、オスマンの隣りには袖口から包帯を覗かせたギ―シュがいるだけだった。
ちなみに何故かギ―シュは顔を真っ赤にさせて鼻を押さえている。
「先に帰っちゃったのかしら?」
残念そうに言うキュルケの言葉を聞いて、ルイズはなんとなく不安になってきた。
そんなはずはないと思いつつ、ヒュンケルがもういなくなってしまったような気がした。
「ちょっと、ルイズ! どこ行くの!?」
呼び止めるキュルケの声を無視し、ルイズは長いドレスの裾を持ち上げてホールから出て行った。
#3
二つの月が、煌々と輝いている。
本塔の方からはパーティーを彩るワルツの調べが微かに漏れ聞こえてきた。
ここはヴェストリの広場。
人気のないこの場所で、ヒュンケルは一人たたずんでいた。
「なにもよう相棒、こんなとこで一人酒食らう必要はねえじゃねえか。会場に戻ろうぜ、な?」
「なんだデルフ、パーティーに参加できなくて寂しいのか?」
「そんなことないけどよ、なんつうかこう……相棒も結構な変わりもんだな」
子供をなだめすかすようなデルフの声を聞いて、ヒュンケルは口の端で少し笑った。
華やかな雰囲気に馴染めず出てきてしまったが、少し子供じみていたかもしれないと思い返す。
「そういえば、ルイズに何も言わずに出てきてしまったな。怒っているだろうか?」
ヒュンケルが聞くと、デルフはくすくす笑って言った。
「なんだ相棒、あんなゴーレムを倒せるのにあの嬢ちゃんが怖いのか?」
「いや、そうではないが――ドレスを褒めるくらいしてもよかったかもな」
「だったら言ってやんなよ、ほれ」
デルフの言葉に顔を上げると、暗がりの中を白い影が猛スピードでやってくるのが目に入った。
ドレスを着こんでいるとは思えない速さで、ルイズが息切らせて走ってきたのだ。
ルイズはヒュンケルの前まで来ると二の腕を掴み、荒い息を整えた。
どうかしたのかと聞きかけたが、ヒュンケルは賢くもそれが地雷になりうると気づいて口を閉じた。
しかし哀しいかな、ヒュンケルはとっくのとうにルイズの地雷を踏んでいたのだった。
「バカ! カバ! なんでご主人様をほっぽって出て行っちゃうのよ! あんたがいないと、その、あの……とにかく困るのよ!」
若干、後半が尻すぼみになっていたが、ルイズはどうにも尋常じゃなく拗ねていた。
怒りのためか、涙で潤んでいるのか、ルイズの目はぎらぎら光ってヒュンケルを見つめていた。
ヒュンケルが謝り、デルフが取りなし、ルイズが気を落ちつかせた時には、
舞踏会から漏れ聞こえる音楽はワルツからバラード調のものに変わっていた。
ルイズはドレスを着ているのも意に介さず芝生に座ると、ヒュンケルに問いかけた。
「ねえヒュンケル、あんたの世界ってどんなとこ?」
「――まず思いつくのは、月が一つしかないことだな」
「それ本当? ヘンな世界ね」
ルイズは言って笑うと、空に浮かぶ双月を見た。
月が一つしかない世界があるなんて、今まで考えたこともなかった。
しかしそれを言うならば、今隣りにいるヒュンケルだって、考えたこともない存在なのである。
月の他には何かないの、と聞くと、ヒュンケルは少し視線をさまよわせ、力なく首を振った。
「分からないな。俺はあの世界を当たり前のように思って生きてきた。
いや、それどころか憎んでさえ生きてきた。 だからルイズに聞かせて楽しませるような事柄が浮かばないのだ」
「憎んで……ってどういうこと?」
気になってルイズが聞いたが、ヒュンケルは何も言わなかった。
ただその目が、見捨てられた野良犬のようなものに見えて、ルイズはそれが何故かとても気に入らなかった。
なによ、あんたはわたしの使い魔なんだからそんな目をしないでよ、とルイズは内心思った。
そこでルイズは、自分の使い魔にちゃんと首輪を付けてあげることにした。
「そういえば今日、わたしをその、助けてくれたわよね。だから、ご主人様として御褒美をあげるわ」
言ってルイズはパーティー用の小さなバッグをごそごそすると、そこから一つのペンダントを取りだした。
それは鎖に涙形の石をつけた質素なものだったが、ヒュンケルはそれを見て大きく目を見開いた。
思えば今日は、ヒュンケルの色々な表情を見れたわね、とルイズはふと思った。
「ルイズ、どこでそれを?」
「あんたが召喚された日に、近くの地面に落ちてたのよ。ずっと忘れてたんだけど、さっき衣装箱を開けた時に見つけたの」
差し出されたそれを、ヒュンケルは宝物に触れるような手つきで受け取った。
いや、それは間違いなくヒュンケルにとって一番の宝物だったのだ。
喜色を浮かべるヒュンケルを見て、ルイズはなんだ、元の世界にも大事なものがあったんじゃないのと拍子抜けした。
それはルイズにとって何故だか少し寂しいことでもあったが、なにもないよりは百倍もマシなのもまた確かだった。
「ねえヒュンケル、そのペンダントに何か思い出でもあるの?」
もしかしたら女から貰ったものだろうかとちょっとドギマギしながらルイズは聞いてみた。
しかし幸運なことに、ヒュンケルの答えはまったく違うものだった。
「これはアバンのしるし。俺の先生がくれた、卒業の証だ。 死んでも手放したくないと思っていたが……ありがとう、ルイズ」
正面きって礼を言われ、顔を赤らめたルイズは、それをごまかすように立ちあがった。
舞踏会から聞こえる音楽は、もう終わりにさしかかっている。
今から戻っても間に合わないわね、うん、絶対確実に間違いなく、とルイズは思った。
だからしょうがないから、純論理的に考えて、目の前にいる使い魔で間に合わせるしかないのである。
まったくもって残念ではありますが――。
「ヒュ、ヒュンケル。わたし、あんたのせいで一曲も踊ってないの。だから、責任持って、踊りなさいよ?」
一言一言区切るように言いながら、ルイズはヒュンケルの腕をとって立ち上がらせた。
かのストイックな使い魔は自分は踊れないだのなんだの言ったが、意にも介さない。
少しぎこちないステップを踏むヒュンケルに体を預けて、ルイズが消え入るような声で囁いた。
今日は助けてくれてありがとう、と小さく可愛い声で。
「こりゃおでれーた!主人のダンスの相手をする使い魔なんて初めて見たぜ!」
そう言ったデルフは鎧の魔剣を見て、俺達にも手足があったらなあと嘆いてみせた。
二つの月と二振りの魔剣が見つめる中で、ルイズとヒュンケルはいつまでも踊り続けた。
最終更新:2011年02月09日 20:12