虚無と爆炎の使い魔-01


 ――プロローグ――

 ――悔いはなかった――

 灰になり消えゆく自分。だが悔いはなかった。全てを出し切った戦いができ、最高の宿敵であった男に見取られて、死ねるのだから。
 満足だ――そう思って、静かに目を、閉じる。

 ヒム、シグマ、ブロック、フェンブレン、アルビナス

 薄れ行く意識の中、男は最後まで自分に忠実だった部下達を思い出していた。
 (すまなかったな……だが、俺もようやくお前達の元へ――)
 思いが言葉となる前に、男の意識は消えた。
 ――第1話――

 季節は春。ここ、トリステイン魔法学院近くの草原では、今年二年生に進級する生徒たちによる、使い魔召喚の儀式が行われていた。
 この儀式で召喚された使い魔によって、自分の『魔法属性』を決定し、それぞれの専門課程へと進むのだ。
 その中の一人――桃色の髪に同年代の娘達よりやや幼い容姿をした少女――ルイズは、不安と驚愕の入り混じった顔をしていた。自分の魔法が初めて成功した、という事もある。だが、一番の原因は自分が召喚した『者』の存在だった。
 不快な口内の唾を飲み込むと、ルイズは改めて『それ』を見やった。
 ……一人の男がいた。2メイルは以上はあろう、がっしりとした体躯を、甲冑の付いた、黒いローブで纏っている。首から上も同様で、顔以外の部分は、頑丈そうな兜で、すっぽりと覆われていた。
 まるで、今から戦争にでも行く様なその姿は、男から滲み出る明らかに人間離れしたオーラと合わさり、冷たい空気を作り出していた。
 頬を伝う汗を拭い、ルイズは目だけで周りを見渡す。さっきまで、彼女の失敗で爆発が起きる度に、野次を飛ばして来たクラスメート達も、それらを注意しつつ、丁寧なフォローとアドバイスをしていた――穏やかで教育熱心だが、寂しい頭頂部が、生徒達の哀愁を誘っている教師――コルベールも、皆同じ方向を向いたまま、固まっていた。
 この場の注目を一斉に受けている。ルイズが何となく実感したその時、男がわずかに動いた。

 それは本当に、わずかだった。 『顔を上げてゆっくり眼を開く』 それだけの動きである。なのに――

 ――場の空気ががらりと変わった。鼓動が一気に早くなり、頭の中の最も原始的な部分が盛んに警報を鳴らす。この場の誰もが唐突に理解した。
 (この男は、平民とか貴族とか、そんなチャチなものじゃない。およそ我々の常識を軽く飛び越えた畏怖すべき存在なのだ……)

「――どこだ……ここは……何故、俺は……」
 軽く周囲を見渡した男が、独り言に近い声を上げた。その風体に相応しく低い、威厳のある声だが、口にした疑問そのものは、ごく普通のものである。
 ルイズは圧力に負けない様、下腹に力を込めて、男からの問いに答えようとした、が――
「下がりなさい!」
 突如聞こえた怒声と共に、ルイズは後方に引き倒された。背中をさすりつつ見上げると、コルベールが杖を構え、男を容赦なく見据えている。
 その鋭利な目は、普段温厚なこの教師からは考えられないものであった。
「でも!」
「この使い魔は……あまりにも危険です!」
 焦燥した表情のルイズを一言で退けると、コルベールは呪文を唱えた。杖先から生まれた小さな火が、一瞬でメロンほどに膨らむと、更に大きさを増していく。ついには直径1メイルほどになったところで、コルベールは杖を降るった。
 『炎蛇』の二つ名にふさわしい凶悪な火球が、毒蛇の如く男に襲い掛かる。炎に気付いた男が目を向けるが、
 (もう遅い。いかに男が何者であろろうが火のトライアングルメイジの魔力をたっぷり吸った火球をとっさに防ぐ方法などない)
 その場の誰もがそう思った。だが――

 この場の全員が、それは自分達の常識でしかなかったのだ、と気づかされる。男は無造作に手を伸ばすと、そのまま火球を掴み上げた!熱波を放って男の手と火球が一瞬拮抗する、が。
「な!?」
 コルベールが引き攣った声を上げる。男がふっ!と力を込めた瞬間、渾身の火球はトマトを潰した様に、あっさり弾け飛んだのだ。
 まさかと言う思いに、一瞬放心状態に陥ったコルベールだったが、すぐにかぶりを振ると、再び呪文を唱えようとする。しかし――
「邪魔をするな!――――イオラ!」
 初めて感情を見せた男が手をかざし声を上げた。瞬間、男の手から出た純白の光球が、一直線にコルベールに向かう。教師の足元に着弾したそれは、まばゆい閃光を放って盛大に爆発した。辺りの草が一斉に薙ぎ倒され、抉られた土が無数の飛礫となってルイズに飛んで来た。
「コルベール先生!」
 閃光に目がくらんだルイズは勇敢な、しかしいささか早計だった教師の名を呼ぶ。が、本人からの返事は無い。ただ周りの生徒達からの悲鳴や恐怖の声を上がるのみだった。
 風が吹き煙が晴れる。ようやく視力が回復してきたルイズは、慌ててコルベールのいた場所を見やるも、そこには誰もいなかった。その代わり――
「あ…あ…」
 声にならない声を上げる。
 ――代わりにあったのは、直径10メイルはあろうクレーターだった。男の放った光球は自分の失敗魔法など比べ物にならない程、深く、大きな穴を穿っていた。
(これじゃ人間なんて跡形も…・・・)
 そう思ったルイズの後ろから突如、呻き声がした。コルベールだ。あちこちに火傷を負ってはいるが意識はしっかりしている。
 呪文に集中するあまり下手に防御しなかった事、それによりあっさりと爆風に飛ばされた事が、結果的に命を救ったのだった。不可抗力とはいえ、自分の使い魔が死人を出さなかった事を、ルイズは心から感謝した。


「さて…」
 その声にぎょっとしてルイズは向き直る。男が再び口を開いたのだ。
「人間の娘よ。ここはどこだ?何故俺はここにいる?答えろ!」
 ようやく完全に意識をはっきりさせた男は、ルイズに質問した。
 男が発する圧力に負けないよう、必死で腹筋に力を込め、ルイズが声を張り上げた。
「ここは…トリステイン魔法学院よ。貴方は私に召喚されてきたの!」
「トリステイン…?聞いた事の無い場所だ。…召喚…とは何の事だ?」
 男が再び問い掛けた。何の気なしにいきなり襲い掛かって来る事まで想像していた為、会話が続いた事に、まずは、ほっとする。
(思った程怖く無いのかも)
 そんな考えが首をもたげたルイズは、先ほどよりも軽く、ついでに言えばやや上から目線で、男に答えた。
「呼び出した理由は一つ。貴方を使い魔にする為よ!」
 その言葉に男は若干驚いた様子を見せ――再び沈黙してしまった。
 ルイズははっとして自分がとんでもない発言をしてしまった事に気付く。トライアングルメイジを子供の如くあしらったこの男を自分の使い魔に!?……なんという大それた事を言ってしまったのだ!いやそれより今の言い方はまずいだろ。常識で考えろ!
 そんなルイズの葛藤をよそに男は動かない。いや、よく見ると小刻みに肩を震わせていた。
(自分の発言で怒らせてしまったのかもしれないわ。そうすれば魔法の使えない自分なんて真っ先に殺されて――)
 頭の中でやたらはっきりと浮かび上がってしまう想像図に、ルイズの顔がみるみる青くなっていった。と、その時だった。
「フ……フフ……フハハハ!……ハーーーハッハッハッハ!!!」
 突如男は笑い出した。今までの不機嫌そうな様子は微塵もなく、心の底から響く様な明るい笑いだった。
「ハハ……ハ……これだ!!これだから人間というやつは!!まったく・・・…俺の予測しない事を簡単にやってくれおるわ!!」
 ルイズを含めた全員が突然の男の行動・言動についていけないでいる。だが男は構わず笑い続けた。笑いが止まらなかったのだ。


 ――あの時、勇者に勝つ為に超魔生物に身を変えた自分には、もはやどんな道具や回復魔法でも治しようがなかった。だからこそ、死を覚悟して勇者に戦いを挑んだのだ。それが今!灰になり、もはや消え去るのみだった自分の肉体は、欠けた肩も!折れた角も!更には……胸に埋め込まれていた黒の結晶(コア)と一緒に引きずり出された時の大きな穿孔でさえも!完璧に復元されている。一体どんな存在なのかと思えば……それは大魔王でも、ましてや神でもなく、自分の目の前にいるただの人間の少女だった。
 古い記憶が蘇って来る。13年前、魔王であり地上の支配者だった自分を討ち倒したのは、とるに足らない存在と思っていた、一人の人間だったではなかったか!?

               ――俺を倒したのが人間なら俺を生き返らせたのもまた人間か――


 ……どのくらい経ったのだろうか?笑うのを止めた男が、今度は上を向いたまま眼を閉じて動かなくなった。
 じっと、双月の方向を向いたまま立ち尽くす。コルベールの事もあり、誰も声を掛けようとする者はいない。だが、その静かな表情は、月に誰かの姿を重ね合わせている様にも見えた。
 静寂が支配した草原を、春の風が流れて行く。やがて流れる雲の一つが月の一部を遮ると、男の双眸が、ルイズに向けられた。
「良いだろう……その使い魔とやら、なってやってもいい」
「ほ、本当!?」
 信じられないといった面持ちで、ルイズが上擦った声を上げた。
 ――この恐ろしく強い男が使い魔になってくれるのなら何も言う事はない。今まで『ゼロ』と自分を罵ってきた連中などぶっちぎりで見返してやれる!――
 早くもそんな期待をするルイズに、男は 「但し――」 と続けた。
「これでも『元』いた世界では魔王と呼ばれた事もあった。呼び出されたからと言って、そう簡単に従うほど、俺の身は安くないぞ。だから――」
「だ……だから――?」
 男の前置きに不穏なものを感じ、ルイズが身構えた。顔から冷や汗が流れる。何となく猛烈に嫌な予感がした。
 男が笑う。さっきとは違い、今度の笑みは、男本来の凶悪さをふんだんに讃えていた。まさか――
「俺を使い魔にしたいのなら、お前の力を見せてもらおう!!!」
「やっっぱりぃぃぃぃーーー!!!」
 ルイズの悲痛な叫び声は、男の放った魔法の轟音に掻き消されたのだった。


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最終更新:2008年09月26日 13:43
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