虚無と爆炎の使い魔-02


 男が、両手に皿を持つ様な構えをとる――直後、その両手から炎の渦が生まれ出た。左右二つの渦は、ゆるやかな円を描いて互いに結び合い、鮮やかな炎のアーチを築く。
 そのまま炎を纏った両手を胸の前でぶつけると、男は、自分の最も得意とする呪文を叫んだ。
「さぁ、この俺を呼び出した程のお前の力、思う存分見せるがいい!!――ベ・ギ・ラ・ゴ・ン!!」
「そんなの無理に決まってるでしょぉぉぉぉ!!」
 ルイズの必死の抗議も空しく、猛り狂った炎の渦は、男の指から閃光となって発射された。膨大な熱量を秘めた破壊の光線は、ちょうどルイズの1メイル横を通過し、そのまま彼女(とコルベール)を、遠巻きに見つめていた生徒達との、中間に突き刺さる。
 一瞬の後――大爆発が起きた。高さ30メイルはある爆炎と猛烈な爆風が、その場にいたあらゆる全てを吹き飛ばす。もんどり打って転がる身体に、更なる追い討ちを掛けるべく、掘り返された小石や、上空に打ち上げられた土などが、雨あられと降って来た。

「……う……」

 風が吹き、景色が完全に晴れた後、ようやくルイズは目を覚ました。爆風でしこたま地面を転がされ、背中が痛い。おまけに爆発の直前まで叫んでいたせいか舌も噛んでしまったようであった。
 口一杯に広がる鉄の味に不快感を覚えながらも、何とか立ち上がったルイズだったが、
「な……何よ……これ……」
 ――周りの景色が一変していた事に、絶句した。

 クレーターなんてものでは無い。男の放った魔法は、コルベールの時の軽く数十倍は、広く、深く大地を抉っていたのだ。その余波は今も残っており、熱を持った地面が、未だ熱い土煙を燻らせている。
 被害も……凄惨極まりなかった。爆発でめくられた大小様々な岩盤は墓標の様に無数に突き刺さり、それに手足を挟まれた何人かの不幸な生徒が、今も悲鳴を上げている。
 目に映った光景の何もかもが、信じ難いものだった。穏やかだった草原は、今やたった一人の男により、地獄絵図さながらの風景に変えられてしまったのだ。

「あ…悪魔…」
 誰かがぽつりと漏らした。その一声は波となり、近くにいた者達に伝わっていった。波は次第に大きくなり、それに伴って声の数はねずみ算式に増えていく。同時に、得体の知れない何かが、牙を持たない生徒達の中へと、忍び込んで行く。そして――
「悪魔だ!奴は悪魔の化身だったんだ!!」
 悲鳴の如き声量で放った誰かの言葉が、ついに心の防壁を打ち壊した。理性を失った生徒達の心は恐怖一色となり、長く眠っていた本能をフル稼働させる。
 メイジでも貴族でも無くなり、『人間』という一生物に戻った彼らが真っ先に選択したのは、原初からの理に従い、この絶対の侵略者から一刻も早く逃げ出す事だった。

 ――恐怖の雄叫びを上げて、蜘蛛の子を散らす様に、生徒達は一斉に逃げ出した。ある者はフライを使い、またある者は使い魔に引きずられていく。中には自分が空を飛べる事すら忘れたのか、二本の足で無様に全力疾走していく者も、少なからず存在した。
 そんな有様の生徒達を、さもつまらなそうに観察していた男が、目線をやや下げた。自然と見下ろす形で、自分と一番近い場所にいる少女――ルイズ――を見つめる。
「どうした。俺を使い魔にするのではなかったのか!?お前の魔法を見せてみろ!! それとも――」
『逃げるのか?』その言葉は口にせず、どこか面白がる様な口調で男はルイズに問いかけた。だが。
「む……無理よ……こんなの……勝てる訳無いじゃないっ!……こんなの……私に……勝てる訳……無い……よぉぉ……」
 限界だった。何の魔法も使えず、『ゼロ』と蔑まれ続けた無力な少女が挑むには、男の力は余りにも強大過ぎたのだった。目の前で次々に起こる異常事態に、ルイズの目から涙が零れ始める。しゃくり上げる様な泣き声が、辺りに響き渡った。

 だが――それでも――

 だが――それでも――

 ルイズの腕が、ゆっくりと上がる。杖を構える為だ。嗚咽を漏らし、顔はくしゃくしゃ。口からは引きつった声しか出ず、手はカタカタ震えた。肌は恐怖ですっかり青白くなり、固まった身体は自分の物で無くなったかの様だった。
 傍から見ればみっともない有様だ。しかし、何もできない彼女にも、たった一つだけ武器がある。幼少から家族に厳しく叩きこまれ、学院では、魔法を引き合いに出されたその度に、自らの中で培っていき、絶対のものとしてきたもの。

『貴族の誇り』

 ――どんな敵であろうと、決して後ろは見せない――ルイズの中で今激しく輝いているそれは、今にも跪きそうになる彼女の足を、必死で支えてくれていた。
「うっ……でも……ここで逃げたら……私は正真正銘の『ゼロ』になってしまう……。それだけは……例え……えっく……死んでも……嫌なのよ!!」
 しゃくり声を上げながらも、ついにルイズは杖を男に向けた。その身体は未だ震えているものの、目にはこれまでに無い力が宿り、男の眼を真正面から睨み返す。
 そんなルイズの様子に、男は心を奮わせた。
「フッ……そうだ!その顔だ!追い詰められても尚、決して諦めようとはしないその顔!俺が……最も好きな顔だ!!」
 男の歓喜の言葉に答える様に、ルイズは呪文を唱え始めた。求める呪文は火のドットスペル、『ファイヤー・ボール』
「さあ!来るがいい!!」
 呪文が完成し、弾かれた様にルイズは叫んだ。――どうせ失敗する事はわかっている。せめて命中して――との願いを込めて。そして、その想いは見事聞き届けられた――

 轟音が響く。ルイズの失敗呪文は奇跡的に男に命中した。甲冑は粉々に砕け、びりびりに破れたローブの下からは、剥き出しの身体が露になっていた。
 肩から胸部、腕と膝に甲殻類の甲羅のようなパーツがあり、他の部位からは、まるでオグル鬼の様な強靭な身体が覗いていた。重厚な足先には大型の肉食獣の様な爪を生やしている。
 兜も同様であり。男の顔がはっきりと見えていた。兜の一部だと思っていた三叉の角は、男の額から生えているものだった。側頭部からは人間ともエルフともつかない、縦に大きく伸びた耳が飛び出している。
 ルイズは男の全身を、食い入る様に見ていた。亜人でも人間でも、ましてやエルフでもない。全ての生物を繋ぎ合わせ様なそれを、人は一体何と呼ぶのだろうか?
 不意によぎったそんな思いを、ルイズは振り払う。男が何者かなんて関係ない。今やるべき事は現状への対処、すなわち、男の反撃に備える事だった。未だ震える膝に喝を入れ、すぐにも動けるように重心を前に傾ける。
 そんな中、男は悠々とぼろぼろになった服を脱ぎ捨てると、嬉しそうに、ルイズに言った。
「うむ!お前の力、中々のものだ。しかも今の魔法は……俺の使うものと、どこか似ている――だが!!」
 男の口角が上がる。
「それでは俺は倒せん!!出直して来るがいい。イオラ!」
 言って男は手をかざした。同じ魔法だったが、コルベールを倒した時よりは、小さい光球が生まれ、ルイズに向けて飛んでいく。間一髪で横っ跳びに避けたルイズだったが、
「うららららあああっっ!!」
 直後、男の雄叫びに応じ、何十もの光球がルイズに襲い掛かる。魔法力を調整し、威力ではなく数で攻めて来たのだった。
 命懸けの雪合戦をしているかの様な気持ちで、右へ左へとルイズは足を動かし続ける。飛行や浮遊の魔法が使えない為に、自らの手足を動かす機会が多く、他の生徒より体力があるのが幸いした。必死に避けながらも呪文を唱え、何とか失敗魔法で反撃しようとするが、その多くは外れ、まれに当たっても最初の一撃には程遠い威力だった。
「あっ!!」
 突如、その叫びと共にルイズが転倒した。いくら体力があると言っても、あくまで貴族の基準で、である。左右への休み無い方向転換を強いられた膝は、ついに限界を迎えたのだ。
 ルイズは顔をしかめて悔しがるも、倒れてしまった身体をもう一度起こすのは不可能だった。膝ががくがく痙攣し、急な動きの連続で肺と心臓は悲鳴を訴えている。
 男の手が伸び、無慈悲な純白の光が次々とルイズに襲い掛かった。
 ――ここまでなの!?――迫り来る絶望に、ルイズが眼を瞑ろうとしたその時――
「!?」
 ルイズの後方から、巨大な火球と、無数の氷の矢が飛んできた。それらは光球に突き刺さると、ルイズの目の前で次々と爆発していく。
 突然の事態にルイズも男も、呆気にとられた顔を見せた。が、いち早く気を取り直したルイズが火球の飛んできた方向へ急いで振り向いた。

「はぁ~い。お・待・た・せ♪」
 緊張感の無い声を上げて、杖をひらひら振っているその人物を、ルイズはよぉく知っていた。色黒の肌に燃える様な赤い髪。ボディラインを強調する様に着崩した制服姿の女……。ルイズと同じクラスの生徒、キュルケだった。
「キュ……キュ、キュ、キュルケ!?な、何でここに!?」
「あらご挨拶ね。せっかく助けてあげたっていうのにその言い方は無いんじゃなぁい? ね~タバサ」
 にやにやと笑うキュルケに、タバサと呼ばれた少女は 「危ない所だった」 とだけ、小さく口にする。ルイズを一周り小さくした体格に鮮やかな青色の髪。ルイズ自身はあまり面識は無かったが、彼女もまた、クラスメートの一人だった。
「そうじゃなくて!何でここにいるのかって聞いてるのよ!」
 興奮するルイズに――ようやくいつもの貴女に戻ったわね――と心の中で息を吐いたキュルケは答える。
「何でと言われてもねぇ……ほら、あの爆発が起こった後、みんな怪我人を置いて逃げちゃったじゃない?何人か知り合いもいたし、放って行くのも寝覚めが悪いから、仕方なく救助をしてたんだけど、その時に貴女が戦ってるのが見えたのよ。で、ほら……それで……」
 急に歯切れが悪くなるキュルケに、ルイズが疑問符が浮かべた。そこにタバサが割って入る。
「……要は貴女が心配だから、急いで駆け付けた」
「ちょ、ちょっとタバサ!な、何言ってるの!、私は別に…」
 タバサの要約に頬を赤くしてしどろもどろになるキュルケ。普段キュルケにからかわれてばかりいるルイズは、『まさか』という思いで口をぽかんとする。
 そんな二人に杖を向けたタバサが 「似た者同士」 と告げると、これまた完璧に合ったタイミングで、二人から全否定の返事が返って来た。
 タバサの言う通りの行動をしてしまったに気付いた二人は、気まずそうにお互い顔を見合わせて、目をみつめる。そして――
「っぷ……ははは…あはは……あははははは!」
 戦闘中だというのに、間の抜けた事を言い争っている自分が何だか可笑しくなって、ルイズが笑い出した。それにつられて、キュルケも頬がゆるむ。
「アハハハ……何よキュルケ……何だかんだで私の事が心配だったんだ」
「フフ……ええそうよ……貴女が怯えるあまり、ちびってしまわないか、心配でたまらなかったんですもの」
「何ですってぇ!!」
 口調こそ怒っているものの、ルイズは笑顔だった。自分の身を案じてこの場に駆け着けてくれた二人の気持ちが、眩しいほどに理解できたからである。
「何よ……私一人で、何とかしなきゃって思っていたのが、馬鹿みたいじゃない…」
 ぽつりと呟き、さっきとは違う涙が溢れそうになるのを、ルイズは必死に拭う。二人はそんな彼女を見て――ようやくわかったようね――といった顔で静かに微笑むのだった。

 無人の『荒野』を砂塵が舞う――向き直った三人の顔が、徐々に真剣なものに変わって行く。男は召喚した時の様にだらりと佇んでいた。
 タバサは、先程までのやり取りの間も、油断する事無く、男を警戒していた。だが、男は攻撃しようとするそぶりすら見せず、じっと自分達を見据えるだけだった。
 とはいえ、決して自分達を見くびっているので無い事は男の眼光の鋭さから見て取れる。

 ――圧倒的な力を持ちながらも決して油断せず
 ――敵を後ろから斬り付ける様な卑怯な真似もしない
 ――悪魔の身体に誇り高き武人の魂を持った男

 男に対してのタバサの感想だった。
 睨み付けて来る三人を見て、ようやく面白くなって来た、と言った面持ちで、男が口を開く。
「ふふ……いい目だ。先程よりも更にな。……俺の一撃で逃げ出した腰抜け共とは違う。『本物』が持つ目をお前達は持っているようだ」 
 男からのプレッシャーが、急速に強くなった。それに真っ向から対抗する様に、杖を構えようとしたルイズは、自らの異変に気付く。
 ――押し潰されそうだった身体の震えが、跡形も無く消えていた。
「キュルケ、タバサ……ありが……」
 ルイズが言おうとした感謝の言葉は、キュルケの立てた人差し指に遮られた。そのままちっちっと指を振る。
「礼を言われるにまだ早い」
「そうよ。終わったら10倍にして返してもらうから、覚悟しなさい♪」
 暖かい言葉だった。ルイズはにっこり頷くと、今度こそ男に杖を向ける。それを見届た後、男は再び魔法を唱え始めた。


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最終更新:2009年11月19日 19:21
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