第二回戦SS・図書館その2

  • 1-

「ぬん子」
「…なんです先輩?またメロス何かやらかしました?」
「ああ、まあいつものことだがな」
「ははは、もしかしてこの流れ、またウチに請求くるやつやね?」
「喜べ、まだ今なら間に合う上に、上手くやればメロスを捕えられる」
「どういうことすか?アイツいまどこに?」
「普段のお前には縁ないだろうなあ。まあ私もないけど」

少しだけもったいぶって、ヤクザの先輩は今回の戦場の名を告げる。

「『東京都立 迷宮図書館』
 国公認の中で最大のダンジョンで、アイツは爆走している」

==

アリアと未来は、アリアの自宅(城)でTVを見ていた。
「アリア様、見てください!
 私たちの特集ですよ!やったー!」
その特集では、アリアと未来がC2バトルに賭ける想いが語られていた。
他でもない未来によって。

「あ、あんた何を公共の電波に流してるのよ…!」
「え、私たちの愛をに決まっているじゃないですか」
えへえへ笑う未来にチョップするアリアだったが、全く効いていない。
むしろ嬉しそうなので、アリアは色々とあきらめた。

C2バトルは、今この国の最大の災害であるとともに娯楽でもある。
各局が色々な側面からC2バトルのことを報道していた。
中にはこのように、各参加者の背景を伝える番組もあった。

「あ、次の参加者ですね。もっと私たちの愛を報道してほしかったなー。
 ふむふむ、芹臼ぬん子ちゃん」
その番組では、いかにして取材したのか、メロスとぬん子の関係性にまで踏み込んだ報道がされていた。
C2バトルに関わるものの中に、情報を流しているものがいるのかもしれない。

「うわー、このぬん子ちゃん、ふつうに可愛そうですねー」
「ええ。このメロスとかいうやつ、最低ね」
「…?アリア様?」
未来がTVからアリアに視線を移すと、彼女のご主人は明確に怒っていた。

アリアは、常にいかにして吸血鬼である自分が周囲の人とうまく過ごせるかを考えて生きてきた。
だからこそ、周囲に迷惑をかける人間に不快感を覚えることも多かった。
あなたは、どうして人間なのに、他の人間に迷惑をかけて平気でいられるの、と。
等身大の『いい子』の小学生としてのアリアの側面がそこにはあった。

ただ、アリアはただの小学生ではなく、C2バトルに選ばれるほどの強者でもある。

「このメロスって子、ひっとらえましょう。ぬん子さんを救うわよ」
「イエス!マイロード!」

テレビでは、迷宮図書館で疾走するメロスの姿を捕えた監視カメラの映像が流れていた。


  • 2-

都立 迷宮図書館。
そこは冒険者(ビブリオマニア)たちが収集した古書(コーデックス)を、
国が資料として収集している施設である。

地下に潜るほど、旧い年代の古書が収められていることが知られているが、
いったい何階層まであるかは公にされていない。

そして、恐ろしいことに、当然のようにダンジョンモンスターが闊歩する
国内屈指の迷宮のひとつでもある。
なぜ古書ある場所に怪物がいるのかは諸説あるが、
彼らは古書を守る守護獣だとも、
古書の中にモンスターを呼ぶ魔導書があるのだとも言われている。

その迷宮で、メロスは走っていた。いつもの通り、全速で。

「ほあひゃー!えひっ!うひょーい!!」

黙ってれば可愛いのに、最悪な奇声だった。
今回のC2バトル参加者の中で、
残念美少女というカテゴリの中では巡夜未来をぶっちぎりに差し置いて1位であろう。
(※ゴブリーは残念美少女枠に入りません)

メロスは黒い風のように走る。
低階層の主である”砂地の王”バジリスクも、その速力で吹っ飛ばす!
恐るべしメロスの能力「ランナーズハイ!」
彼女は今気持ちよく無敵で、スターをとったマリオばりにモンスターたちを蹴散らしていた。

「へへっ、冒険者としては微妙な気分だが、アイツのおかげで初めての階層まで潜れたぜ。
 お、この古書(コーデックス)はレア度が高グワーーー!」
「うひょあーっ!ピャー!」
本棚ごとぶち抜いて、メロスが冒険者を吹き飛ばす!

メロスには古書の価値が分からぬ。バカだから。
そしてバカなので、特に理由なく(強いて言えば走っていたらなんかあった)迷宮に入り、
バカなので迷宮から脱出できずにいた。
もっとも、本人は迷っているという認識もないが。

「見苦しいわね。発情した未来と同レベルだわ」
「えっ」
本棚の上からアリアはメロスを見下ろしていた。
その隣には、彼女の下僕である未来がいる。

「あのクズを捕えなさい。
 私、ああいう迷惑をかける人は嫌い」
「…いえす、マイロード」

巡夜未来はアリアへの愛の力によって身体能力を強化し、
メロス拿捕に向かった。

==

ぬん子はもうすぐ迷宮図書館へと辿り着こうとしていた。

「メロスはまだここで爆走しているはずだ。
 何とかしろ、お前ならできるだろ」
ヤクザのお姉さんがぬん子に語りかける。

お姉さんは、いい人である。ヤクザとしては。
ヤクザという前提がある以上、彼女は組のメンツを守るためであれば何でも断行する。
それが、たとえお気に入りの後輩に理不尽を押し付けることであろうと。

だが当然ながら、可能であれば、お気に入りの後輩を助けたいという気持ちもある。
あの莫迦なメロスを捕まえて、ぬん子を理不尽から救えるのならそれがベストだ。
その理不尽を、自分が押し付けているものだとしても。

うーん、百合のにおいを感じるぜ!!

「いやー、勘弁してく欲しいッス先輩。
 アイツは私なんかがどうにかできるほど
 真っ当な奴やない」

そうメロスを語るぬん子は、何故か少し微笑んでいて、誇らしげであった。
やくざのお姉さん(以下ヤクザ姉)はしかけた舌打ちを抑えて言った。

「私はお前を信じるし、
 結果を出さなければ合法的な混浴に近づくだけだぞ?」
「そ、それは勘弁や。
 …ん?」

ぬん子のC2カードが対戦者を告げていた。
『アリア・B・ラッドノート 女性』
C2バトルは、すでに始まっている。


  • 3-

「あはははひゃひゃひゃ!うほひょーい!」
メロスが駆ける!
「ああ、もう!なんなのコイツ!」

未来とメロスの鬼ごっこは、
明確にメロスに分配が上がっていた。
というか、そもそもメロスは未来を認識していないと思われる。

「ううっ、何なのこの人~。
 今回こそちゃんと活躍してアリア様にご褒美をもらおうと思ったのにー!!」
1回戦で鮎阪千夜の洗脳にかかり続けていた未来は、ワンタッチという報酬を行使しなかった。
変なところでマジメな女であった。

「未来」
フロアにアリアの声が響く。
「は、はい!なんでしょうアリア様!」
「メロスを捕まえたら、なんでもご褒美をあげるわ。」
「ウオオオオオオーーー!
 パンツ!パンツを所望します!」
「えっ」
変なところでマジメではあるが、マトモではなかった。

9さい女児のパンツを求めて、力に目覚めよ女子高生!


==

「なんやコレ…」
ぬん子は、すべてを察せず様子で首を傾げた。
メロスのいるフロアに到達した彼女が、本棚の上から状況を把握して発した言葉である。
アホのメロスと鬼気迫る表情の少女が追いかけっこしている。
なにこれ…。

そういえば、メロスを追いかけている少女は、
ヤクザのお姉さんにもらった資料で見かけた顔だ。
たしか、アリアという子の下僕の、未来という子だ。

「ぬん子さん、いらしたのですね」
ぬん子を認めたアリアが、ぬん子に話しかける。

「いったい何が、どうなってるん?これ?」
「その…、勝手なこととは思いましたが、
 ぬん子さんに迷惑をかけるメロスを捕えなければと思いまして」
そう語るアリアは、対戦相手(ぬん子)を前にして、視線を追いかけっこに向ける。

「いやー、お嬢ちゃんいい子やな。
 ウチのメロスなんて放っておいてくれていいのに」
「そういうわけにはいきません。
 私は、ああいう人間に迷惑をかける人間が嫌いです」
「うーん…」
ぬん子は頭をぽりぽりとかく。
C2バトル同士の対戦相手とは思えない、なんかよく分からない空気が流れた。


  • 4-

「ウボアアアアアア(ダンジョンモンスターの断末魔)」
「うおおおおおーーーー!メロスー!私のアリア様のパンツのために死ねーーーー!!!」
「わひゃはあーー!ビョアーーー!!」」

未来とメロスの追いかけっこは混迷を極めていた。
アリア様のパンツを求めるその愛で身体能力を強化された状態で、結構ガチで攻撃する未来であったが、
魔人能力「ランナーズハイ!」で身体能力がめちゃくちゃ高くなって無敵になったメロスには全然効果がない。
タチ悪すぎるだろこいつ。

「ううーー、メロスーーー!この野郎!!!」
未来が思い切りメロスをぶん殴る!
衝突した勢いそのままに、ダンジョンの壁にのめり込むメロス。

「貴様なー!出会ったその日になー!アリア様に見下されやがって!!」
未来は咆哮した。その目には涙が浮かんでいる。
普段ドヤ顔してウザい未来がシリアスな表情だ。

「アリア様に!
 見下されていいのは!!
 私だけだ!!!」
表情以外はシリアスの欠片もなかった。

その未来の慟哭など耳に入らず、メロスはあろうことか埋まった壁をさらに掘り進めながら駆ける!
「――――――!―――!―――――!」
何かを叫びながら突き進むメロス!
もっとも、壁を突き抜けながらなので何を言っているのかは不明!
しかしどうせその叫び声は、ただ走りをキメたアレでしかないので、何を言ってるかを知る必要も皆無だ。


==

不毛な追いかけっこを眺めるぬん子と未来。

「えーっと、アリアちゃんはたしか吸血鬼なんやったな」
「はい。私にとって、C2バトルは吸血鬼(わたし)を知ってもらう戦いです」
「ちっこいのに、苦労してるんやな」
「…別に、苦労はしてないですよ」
少し微笑んで、アリアの視線は未来を追いかける。

「アリアちゃんにとって、未来ちゃんはどういう存在なん?」
「え?」
アリアは、視線をぬん子に戻して真顔に戻る。

「…そうですね。
 バカで、変態で、救いようのない下僕ですね」
「それだけなん?」
ぬん子は優しい笑みで、アリアに問いかける。

「…本当に馬鹿だし、気持ち悪いけど。
 まぁ、それなりに、大切な下僕ですよ」

吸血鬼であることを隠して生きると決めていたアリアにとって、
未来は、初めて『吸血鬼である未来』をそのまま認めてくれた存在でもあった。
まぁ、未来はそんなことまで考えていないだろうけれど。

「あはは。分かるわ~
 お互い、アホな相棒を持つと苦労するわな」

スタッ、とぬん子は本棚の上から通路に着地した。

「ぬん子さん…?」
「ま、メロスのアホは私がキチンと止めて見せるわ」

ズゴゴゴゴゴゴゴ。
どこからか、地響きが鳴る。
まぁ、どこからかというか、壁の向こう側を削りながら走るメロスからである。


  • 5-

【数年前のお話】

「へェー、熱量(カロリー)は脂肪になるんだ」
感心しながら、ぬん子はは声を吐く。
ぬん子のwikiの特殊能力欄を見てもらえば分かるが、
彼女が魔人として覚醒した瞬間である。

ぬん子は教室で雑誌を読んでいた。
友人のメロスと一緒に帰るために、教室で時間を潰していたのだ。

ふと窓の外に視線を向けると、陸上部のメロスが爆走している。
ぬん子にとって、メロスはちょっと自慢の友人だった。
走ることにひた向きで、そのためなら努力も惜しまない。
そのストイックさを、尊敬してた。
もっとも、恥ずかしいからそんなことを伝えたことはなかったけれど。

「………?」
だが、その日のメロスはおかしかった。
だいぶおかしかった。
陸上部のメンバーたちがクールダウンしている間も、彼女だけ突っ走っていたのだ。

「あはははははははは!!」
メロスが爆走する。
彼女の声は、グラウンドからぬん子のいる教室まで届いていた。

花壇を踏みあらし、サッカーゴールを吹き飛ばし、そしてそれを止めようとした陸上部顧問まで吹き飛ばす!
それは明らかに、魔人として目覚めた者の暴走であった。

覚醒した魔人による殺傷事件は、この世界ではありふれた日常茶飯事である。
毎日のように、新聞の片隅で覚醒した魔人が引き起こした事件が掲載されていた。

ぬん子はこの日までそういった事件は自分とは別次元の話だと思っていた。
だが、いま、魔人と目覚めた友人が暴走している。
このままでは、メロスはその勢いのまま、誰かを傷つけかねない。
もちろん、誰かを殺してしまうことすらあり得る。

ぬん子は、その時点で、自分が魔人として覚醒していたことにすら気づいていなかった。
それでも、彼女は教室の窓から身を放りだし、グラウンドに降り立つ。
5階からの跳躍であった。

その間も、メロスはあらゆるものをなぎ倒しながら、学校中を疾走していた。


「メロス、止まれーーーー!!!」
叫び声が上がる。
その主は、唐突に登場したモーニングスター二郎(陸上部顧問)!
彼はそのモーニングスターをブン回しメロスを捕えんとする!

「うひゃひゃひゃはははは!」
あろうことか、モーンニングスターを全く無視して走り続けるメロス!
二郎のモーニングスターはメロスのジャージとかパンツとかを吹き飛ばすが、
メロス自身の暴走を止めるには至らない!
メロス!全裸で爆走!

「アホのメロス…
 私がとめたるわ」
爆走するメロスの進行先に、ぬん子は両手を広げて立った。

「まったく、陸上バカやなぁ」
メロスはゴールテープを切るように、ぬん子に突っ込んだ。


==

【今のお話】

通路に降り立ったぬん子は、両手を広げた。
メロスを受け止めるためにだ。

メロスの能力「ランナーズハイ!」は、メロスが疾走する限り無敵の能力である。
それを止めるためにはどうすればいいか。
単純にして難解、彼女の疾走を止めればよい。

「------!うひょああああああ!」
いつの日かのように、壁を突き抜けて、
メロスはゴールテープを切るように、ぬん子に突っ込んだ。

あらゆる運動において、人間はカロリーを消費する。
メロスの強熱を止めることにおいて、ぬん子は最高の「ブレーキ」と言えた。

暴走するメロスを受け止め、
重要な蔵書を脂肪で埋め尽くしながら、
ぬん子はメロスを止めた。
メロスのカロリーから生まれた脂肪が、
エアバックのように、メロスを包み込んだ。


  • 6-

「巻き込んでしまって悪かったなあ」
「いえ、私が勝手に動いたことなので」

メロスは、ぬん子の腕の中ですーぴーと眠りこけていた。
もっとも、脂肪が全身に引っ付いているが。

「あ、そうだ、一応うちら戦闘中やったな。
 『ギブアップ』」
「………」
アリスは、語るべき言葉を見つけられずにぬん子を見た。

ちなみに、未来は大量に生み出された脂肪に突っ込んで無言である。

「傍から見たら、ただの迷惑な奴だろうけど、
 私にとっては大切な相棒なんや」
ぬん子はうすく笑った。

最終更新:2016年09月11日 00:07