「――物部ミケ。彼女を積極的に狙う必要はありませんね」
一回戦の映像を見た七美は、そう結論づけた。
「そうだな。勝つことは難しくない相手だ。だが理想的な形で勝つことが難しい」
七美と同じ結論に至ったであろう七鬼が頷いた。
「映像から察する限り、彼女の能力は物体操作。でしたら、素手の『セブンカード』に戦わせればいい」
「だが『ただの女子高生』を『素手の成人男性』が倒す映像を配信しては広報として無意味だ」
「戦うのであれば、あくまで我が社の商品を使って彼女を倒さなければなりません……無論、遠距離攻撃武装。万全を期すなら非実体弾を撃ちだすものを使うべきですが……」
七美はそこで首を振った。
「やはり、武器のデモンストレーションとしては意味が薄い。加えて、一回戦で見せた実力を考慮すれば彼女が優勝争いに関わってくる可能性も低いでしょう」
七鬼は同意するように頷いた。
なぜ物部ミケがこの戦いに参戦することになったかは分からない。確かなことは、彼女の戦闘能力が参加者の中でも最下位に近いことぐらいだ。
「仮に何らかの事故で戦うことになっても、純粋な地力でこちらのほうが有利です。時間が有限である以上、別の相手の対策に時間を使うべきですね」
「では、次に狙うべきは……」
スクリーンには別の戦闘の映像が表示され、七美と七鬼はその相手の対策についての検討を始めた。
―――――
『古代の神秘が目を覚ます!復活のステラーカイギュウ展!』
水族館の前にかかっている垂れ幕にはそう書いてあった。
この水族館では絶滅生物の復元を行っており、その成果が今回展示されているステラーカイギュウだ、とパンフレットに書いてある。
パンフレットの裏側にはオオツキ重工や雲類鷲製薬、七坂グループなどの出資企業の名前がずらっと並んでおり、相当大きなプロジェクトであったことが伺える。
宣伝も大々的に行われており、入場者もたくさんだ。つまり
「なんでこんなにたくさん人が居るのよ……水族館とか魚が居るだけじゃない……」
《自分も見に来ていて言うことではないと思いますよ。マスター》
人混みに揉まれて、物部ミケは辟易したようにつぶやいた。
「ステラーカイギュウ?とか別に珍しいものじゃないでしょ……なんであいつはそんなもの見たいっていうのよ……」
《珍しいものですし、マスターも最初は乗り気だったでしょうに》
「別に乗り気じゃないわよ!ゴブリーの奴がどうしても来たいっていうから仕方なくよ!」
《仕方ない用事のためにわざわざ下見に来たんですか?》
「どうせなら準備は万全にしておきたかっただけ!それ以上のものじゃないわ!」
言いつつ、ミケはガイドブックにあれこれと書き込みをしている。
ミケの初めての友達(ミケ本人は否定しているが)であるゴブリーが、水族館に遊びに行きたい。水のかかるカイギュウショーが見たい。セクシーな服を透けさせたい。と誘ってきたので、ミケは一人水族館に下見に来ていた。
もちろん一人で家族連れだのカップルだのが満員の水族館は辛すぎるので、VINCENTも一緒だ。
《しかし、これだけ人がいると一人ぐらいC2カード持ってる人も混ざってるんじゃないですかねぇ》
「……やめてよそういう事言うの。本当になったら嫌じゃない」
《そうなったら頑張ってくださいね》
「人事みたいに言うんじゃないわよ。そうなったら、あんたにも存分に働いてもらうからね」
――――
「ステラ―カイギュウの再生に成功したのは、絶滅したのが18世紀と近い時代だったため皮膚などのサンプルが多く残っていたというのが一因としてありまして……」
白衣の研究者が饒舌に語るのを、七坂七美は笑顔を浮かべて無言で聞いていた。
(まったく……くだらない仕事です)
内心ではかなり辟易していた。
かなり大きな成果であるらしいため出資企業としては顔を出さないわけにはいかないが、七美としてはまったく興味のない話だった。
「ご覧のとおり一般公開も盛況でして。特にステラーカイギュウショーなど大人気で。特別席を用意しておりますので、七坂CEOにも是非見ていただければと……」
いつまで経っても終わる様子のなかった研究者の言葉を遮ったのは、C2カードが発する警告音だった。
「七坂CEO、お電話ですか?」
話を遮られた研究者は、少し不満そうに七美に問いかけた。
「もうしわけありません、館内放送の設備を貸していただけますか?」
「館内放送?何をするのですか?」
「どうやらここは、戦場になってしまったようです」
そう答える七美の表情は、白衣の長話から開放されたためか少し晴れやかだった。
―――――
『水族館にお越しの皆様へご連絡です。ただいまより、この水族館でC2バトルが開催されることとなりました』
ミケのC2カードが警告音を発した直後、水族館の館内でそんな放送が流れだした。
『皆様の安全は我々七坂グループが保証します。どうか落ち着いて、係員の指示にしたがってご避難ください。なお、戦闘の様子は館外に設置いたしました巨大スクリーンで配信を行います。我が社の新商品の性能をどうか存分にご堪能ください』
放送が終わるや否や、係員による避難誘導が始まる。
「係員の指示にしたがってくださーい」
「入場券の払い戻しと粗品の配布は館外で行われまーす。誘導にしたがってくださーい」
放送と、係員の迅速な対応のおかげだろう。客達は大きな混乱もなく誘導にしたがって避難していく。
その合間を縫って走る影があった。ミケだ。
「馬鹿!あんたがあんなこと言うから!」
《関係ないと思いますが……しかし、お客さんへの被害に気を使ってくれる対戦相手だったのは幸いでしたね》
「これであんまり強くなかったら言うことないんだけど……」
《頑張ってください、マスター》
言いつつも、ミケは能力を仕様してあちこちに触る。
『ちょっとちょっとー。これお嬢ちゃんたちのせい?せっかくお客さんがいっぱい来てたのに困るんだけど』
「悪かったわね!すぐ終わるから協力しなさい!」
『えー、こんなことにしてくれた癖にそこまで要求するの?』
『図々しくない?』
《マスター、人望ありませんよね。大丈夫です?勝てます?》
「うっさい!」
―――――
「《セブンカード》は待機させていていいのか?」
「ええ。護衛に戦わせては片手落ち。幸い『セブン』と『武甕鎚』もあります」
「最適ではない、が……」
「戦力としては充分でしょう。七鬼も、出来る限り手を出さないように。あくまで私が武装を使って勝つのが理想的です」
「……分かった」
七鬼は少々不服そうであったが、それでも七美の言葉にしたがった。
自分が直接手出しを出来ないのが少々不満だった。だが、充分勝てる相手だ。ならば、どう勝つか、を考えるのは当然だ。七美の目的のためには、勝つだけ、では不十分なのだ。
それに、護衛に行わせられないのは『戦闘』だけだ。
『七美CEO。敵はアシカショースペースを通過。このペースですと五分後、特別展示付近で遭遇することになると思われます』
「わかりました。引き続き監視を継続してください」
『了解しました』
護衛に監視カメラの映像を確認させることで、七美の能力範囲外でもミケの行動はある程度把握できている。
「七鬼。相手との遭遇が近くなったら能力を使ってください」
「分かった」
武装は万全ではないが充分、相手の行動も把握できている。
負ける要因はないと思えた。
『七坂CEO!何かそちらに近づく物体が!』
「予定より随分早いですね」
『物部ミケではありません。これは……』
通信に混ざるように、七美の能力に何者かの欲望が引っかかった。それは。
『うっひょー!ボール遊ばれたんのしいー!』
「七鬼!」
「ああ!」
七鬼は七美の手を握った。少なくとも視界内に欲望の主は居ない。『セブン』の防御能力を加味すれば、能力発動する余裕はあった。
能力が発動し、七鬼の身体能力が七美に移る。そしてほぼ同時に、欲望の主が視界に入った。
その正体はアシカの群れだった。
正確には、欲望の主はアシカたちが追いかけているボールであるようだ。
『俺を相手のゴールにシュゥゥゥット!超!エキサイティン!』
その欲望と同時にアシカがボールを七美向けて弾き飛ばした。
七美はそれをやすやす弾き飛ばす。
『飛ばされるの楽しぃぃぃ!』
「これは……ボールの欲望……?相手の能力は物体に思考能力を与えられるのですか……?」
「七美、油断するな!」
七鬼の言葉に、七美の思考が現実へと引き戻される。
七美の前にはアシカの群れが迫ってきていた。ボールを弾いたことで遊んでもらえるとでも思ったのだろう。じゃれつくようにまとわりついてくる。
アシカにとってはじゃれる程度の行為だが、言ってしまえば野生動物の群れが襲いかかってきているのだ。放置すれば負傷は免れず、行動も制限される。
七美の判断は早かった。
「七坂の技術の粋を結集せし特別武装群。その一片をご覧に入れましょう」
武器を起動する。その見た目は、片手持ちの小型ハンマーのようであった。
「喚ぶは勇気を司る第三。その刻銘を『武甕鎚』」
七美がハンマーを振ると、空間に電光が走りアシカ達が吹き飛ばされた。
『武甕鎚』は本来、マイクロ波攻撃を行う電子レンジ砲として開発されたものだ。
だが、空気中のマイクロ波減衰の問題を解決できず、遠距離兵装としての開発は断念。
燃費の良さと威力のバランスを重視し、近距離兵装として完成したものである。
マイクロ波を帯電したハンマーヘッドは、武器の扱いになれていなくとも簡単に威力を出すことができる。
「電子レンジと同じ仕組みだから、よくわからないことがなくて安心という説得力!さらにマイクロ波がプラズマクラスターイオンを発生しており健康にも良いというセールスポイントで、一般層への普及が期待できるというわけです!」とは電波工学技術開発管理部、通称『第三部』部長の言だ。
無論、七美はそんな疑似科学を信じてはいない。信じているのは武器の性能だけだ。
『ボール遊ばれ……うぎゃああ!』
『武甕鎚』の余波でボールが爆発し、アシカ達も打撃とマイクロ波威力でどんどん昏倒していく。
水族館外のスクリーンには
「戦場の破壊力をご家庭で!」
「わが社独自のマイクロ波技術により、腕力に関係なく圧倒的威力を実現!」
「ターゲッティング&ホーミング機能で狙った相手に必ずヒット!素人でも取り回しラクラク!」
「生体には無害なマイクロ波で、アシカ達に後遺症もありません」
といった宣伝文句が表示されている。同時に自然保護団体などに寄付を行うことで安全性に対する声明を発表させており、クレーム対策も万全だ!
「敵の現状は?」
『ステラーカイギュウショーコーナーで物品に接触しています。恐らく、アシカと同じ要領でステラーカイギュウを向かわせる魂胆かと』
ステラーカイギュウは全長8メートル、体重数トンにも及ぶ巨大生物だ。アシカと同じように対処はできまい。
「接触をはかります。敵に動きがあったら連絡を」
『了解しました』
車椅子を走らせ、アシカを薙ぎ払いながら七美と七鬼はステラーカイギュウショーコーナーへと向かっていく。
『あと数秒でCEOの能力範囲内に入ります!』
その通信が入るとほぼ同時、七美の能力が新たな欲望をとらえた。
――――
今でも覚えている、あれは小学六年生の修学旅行での事だった。
グアムで与えられた、ささやかな自由行動時間。無論、小学校のことだからほとんど先生の監視がついているようなものだったけれど、それでも小学生にとっては十二分にワクワク出来る非日常で、みんなはキャアキャアいいながら、仲良しグループを作り思い思いに行動していた。
みんなは。そう、みんなは、だ。友達のいない私のことではない。
――――
「……これは」
ミケの欲望。間違いないだろう。能力の射程内に入ったのだ。 七美は警戒を強め、車椅子を進ませる。
――――
私はひとりで少し歩いて、土産物屋の前に置かれたベンチに腰を下ろした。誰も、私に声をかけない。
当然だ、と私は思う。私には、友達がいない。友達の作り方が分からないから。
先生と話すのは普通に出来る。だって、先生は仕事で私と話しているから。私は先生が仕事をするのに必要なことを話せばいい。簡単だ。
お店の人とか……大人と話すのは楽だ。大人が私に声をかけるのは理由がある。理由があるから、どうすればいいのか答えもある。私は正解を答えればいいだけ、授業で当てられた時と同じだ。
でも、同い年の子供と話すのはどうすればいいか分からない。
友達が欲しくないわけじゃない。でも、友達になるためにはどうすればいいのか分からない。
友達になるのに理由なんかないらしい、友達同士には正解なんて存在しないらしい。そんなことを言われると、私はますます困ってしまう。結局、どうすれば友達が出来るんだろう。そう思っても、どこからも答えは帰ってこない。
髪の色が銀色で変だから、とか、何もしてなくてもツリ目で怒っているように見える、とか、理由みたいなものはいっぱい見つけてきたけれど。結局、私が友達の作り方を知らないのが悪い、というのが正しいんだろうな、と思う。
――――
……五月蝿い。彼女の身の上にはさして興味があるわけではないが、能力を解くわけにもいかなかった。意識は割かず、聞き流す。哨戒は怠らない。車椅子を進ませる。
――――
辺りを見回す。お揃いのアクセサリーを見ている女の子達、おみやげのお菓子を選んでいるグループ、何が楽しいのかゲラゲラと笑っている男子達。
みんな、みんな、友達が居る。どうしてそんなに仲良くなれるの?
突然、男子の一人がこちらを指差して駆け寄ってきた。思わず、体が硬くなる。喉がカラカラに乾いて、自分がどうやって声を出していたかわからなくなる。
どうしたの? 何か御用? 私はそれでも、なんとか声を出そうとした。
けれど男子は私なんか見えないかのように、私の座ったベンチの隣に陳列してあった木刀を手にとった。
「おい!これ!木刀なんか売ってるぜ!」
「ばっかでぇ、お前そんなもん買うの?」
「はぁ~?かわねーよ!というかグアムで木刀なんか買うやついねーよ!」
男子たちは木刀を手にとってゲラゲラ笑い、またどこかへと去っていく。
残されたのは、私の滑稽な一人相撲。
私は軽くため息をついた。別にこんなこと慣れっこだ。どうってことはないと、自分に言い聞かせる。
なんとなく隣を見ると、さっきまで男子が手にとっていた木刀があった。
男子たちは、すごく仲が良さそうだった。
どうすればあんなふうになれるんだろう。この木刀を手に取れば、何かわかるだろうか。
――私も、友達が欲しいな。
そう思いながら木刀を手にとった。自分でも、馬鹿馬鹿しいと思いながら。
《こんにちは、お嬢さん。私に何か御用ですか?》
――瞬間、世界が変わった。
最初、それが自分にかけられた声だと分からなかった。
《お嬢さん、お嬢さん。こちらですよ。貴女の手元です》
自分へ向けられたものだとわかっても、まだ、信じられなかった。
手に持った木刀が喋っていた。私に向けて、喋っていた。
「あなたは……」
《私はただの木刀ですよ。どうやら貴女の能力で自我に目覚めたようですが……》
「私の、能力で……」
言われてみれば、確かに自覚はあった。私はたった今、物に命を与える能力に目覚めていた。
《ふむ……そうですね、お嬢さん。一つ私の願いを聞いてはいただけませんか?》
「お願い?」
《ええ、せっかく自我に目覚めたのですから、私はもっと広い世界を見てみたい。でも、それはこんな土産物屋の店先では叶わない。なので、私をここから連れだしていただきたいのです》
「私があなたを買う、ってこと?」
《そうなります。もちろん、買っていただければこちらも出来る限りのお礼はいたします。如何でしょう》
「だったら……」
息を吸って、吐いた。
次の言葉を言うために、私は人生で一番勇気を振り絞った。
「私の、友達になってください」
《もちろんですとも!さて、これで交渉成立ですね。よろしくお願いします、マスター》
「よろしく、えっと……」
《ヴィンセント、とお呼びください。それが私の銘です》
手にとった木刀……VINCENTは、キラキラと輝いて見えた。
これが、『たかしくーーーん! たかしくうううううううん!!』
「!?」
七美の心に高速で流れ込んできていたミケの想念が突如中断された。これは、別の声だ。必死に名前を呼ぶ声は、展示スペースから避難した際に落とされた、たかしくん(10)の帽子の思考。持ち主の子供の元へ帰りたいという欲望であった。
さらに、重なるように声は続く。
『おお、嘆かわしい。慌てて逃げるからこんなに散らかって……あああ早く片づけたい』
壁に立てかけられたモップ。
『なんで俺はイワシなんかに生まれちまったんだ……どうせならイルカとかの花形に生まれたかった……』
物販コーナーのぬいぐるみ。
『ぼくと!ぼくと一緒に魔王うんこデスペラードを倒すんじゃなかったのかよ!魚もそっちのけで遊んでいたじゃないか!』
かいとくん(8)の3DS。
『マヨネーズついてる……誰か拭いて……ねえ……』
手すり。
『ソースついてる……誰か拭いて……ねえ……』
水槽。
『たこ焼きついてる……誰か拭いて……ねえ……』
ミズダコの紹介プレート。
――これが、私の親友との出会ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
七美の脳内に不快なノイズ音が駆け巡った。能力範囲内に、想定外の物体が侵入している。完全に不意を突かれたタイミングで彼女の脳内に叩きこまれた七つの物体の「意思」は元々読み取っていたミケの欲望と合わせて能力のキャパシティである「七欲」を超えた。
強烈な不快感に七美は思わず目を閉じ、瞬時に能力をシャットダウンした。それが隙となった。
「七美!」
キャパシティを超えた不快感に囚われていた頭が、七鬼の声で現実へと戻る。
目の前には木刀を振りかぶる物部ミケの姿があった。
「ああああ!」
七美は七鬼を目で制すと、悠然と木刀の攻撃を受けた。『セブン』の力で七美にはこれっぽっちの衝撃も伝わってこない。
「嘘……!」
ミケも七美の戦闘映像を一応見てはいた。
だが、戦闘が長かったため重要な部分しか確認しておらず、徹底的な遠距離戦だったことでセブンの性能を把握できていなかったのだ。
《マスター!攻撃が来ます!》
七美は悠然と『武甕鎚』を振るった、ミケは左腕でその攻撃を受けた。
骨がひしゃげ、肉の焦げる嫌な匂いが辺りに漂った。
《マスター!》
「大丈夫……それに……今のは幸運だったわ。《万物の主》!」
ミケが叫んだ。先ほどの交差で、『セブン』と『武甕鎚』に触れることに成功していた。
「そいつを倒すために協力しなさい、あんた達!」
『お断りします』
『意味がわからねえぜ!』
ミケの命令を、『セブン』と『武甕鎚』は一言で切り捨てた。
『我々は七坂グループの最高傑作。あなたの命令に従う理由があるとでも?』
『俺の性能を証明するために、貴様には犠牲になってもらうぜ!』
「ふむ、あなたの能力には何か制約があるようですね。私の武装を操るには至らなかったようだ」
七美は『セブン』と『武甕鎚』が稼働することを確かめそうつぶやいた。
それに呼応するように、『セブン』と『武甕鎚』も言葉を紡ぐ。
『最優である私と、私の次ぐらいに優秀な『武甕鎚』をこの程度で封じるなどとは片腹痛いです』
『あ?ちょっとまて、お前が最優?防御しか能のない手袋風情が?』
『使い手の命を守ることが最も重要。防御は最高の攻撃です。あなたは黙ってマイクロ波を出していればいいんですよ、電子レンジさん』
『あぁ!?沸騰させてやろうかてめぇ!?』
『出来るものなら試してみればいいのでは?』
七美が『武甕鎚』を振りかぶったところで、異変が起きた。
「これは……『武甕鎚』の挙動がおかしい?『セブン』も!?」
『ほら、無駄口叩いてないでさっさとやりなさい、電子レンジ。少しは熱がって見せてあげますよ』
『言ったな手袋が!消し炭にしてやるよ!』
あるいは、能力を起動していれば二つの武器を説得できただろう。
だが、飽和して能力を切らされていた七美は、彼らの声を聞く事もできない。
両者は完全に戦闘態勢に入り、互いを争うべき相手と認識していた。そう、彼らの生みの親である開発三部、および七部もまた……争い合う間柄である。
「マイクロ波出力過剰上昇!?『セブン』の防御機構にも異常が……能力が効いていた!?」
暴走する二つの武器に対して彼女が出来ることは一つだった。即ち、両武装の機能を強制停止する。
二つの武装が強制終了され、荒ぶっていたマイクロ波が消え去った。
生まれた僅かな隙を、逃さなかったものが二人居た。
片手でVINCENTをもち、ミケは七美に接近する。防御能力がないなら、木刀で急所に攻撃すれば戦闘不能に陥らせることは可能だろう。
「あああああ!」
裂帛の気合と共に、突き出されるVINCENT。だが
「無駄だ」
能力使用から既に七分以上。最強の護衛が、七美の命令に反して動き出していた。
僅かな動作でVINCENTを弾き、続く動作でミケの首を狙う。
勝てる相手であれば勝ち方が重要だ。だが、負けてしまってはなんの意味もない。
手を出すな、という命令に逆らって、兄は、妹に勝利を捧げようとした。
姿勢を崩されたミケは、その攻撃に対処できなかった。
―――――
私には、後悔があります。それは、己の欲望のためにマスターを歪めてしまったかも知れない、ということです。
友達を作ることは難しいことではありません。私が居なければ、マスターには友人が居たかもしれません。
でも、私はそれを阻んでしまったかもしれない。自分が、世界を見たいと言ったがために。
それに気づいた私は、マスターをマスターと呼ぶようにしました。
自分は友人ではなくものであり、あなたには友人が必要だと、伝えるために。
……多少不満はありますが、今、マスターには友達が居ます。
この先で、作っていくことも出来るでしょう。
ならば、私が今すべきことは一つだけなのです。
―――――
七鬼の手に、肉を砕く感触は伝わらなかった。
自律稼働したVINCENTの刀身が折れていた。それにより、七鬼の攻撃はミケに届かなかった。
《オオオオオオオオオオオ!》
折れたVINCENTは、野獣の如く吠えた。その咆哮は、水族館中に響き渡った。
だが、七鬼はその程度では揺らがない。この行動には何の意味もないと思えた。
七鬼が次の一撃を繰りだそうとした、その時だった。
「オオオオオオオ!」
ステラーカイギュウが、水槽を割り、勢いよく飛び出してきた。
VINCENTの野生に呼応し、敵を排除するために、向かってくる。
その進路上には、七美の姿があった。
野獣の速度に、攻撃態勢に入ってしまっている七鬼は対処できない。
ステラーカイギュウが、七美を轢き潰した。武装を発動していない七美には、どうすることもできなかった。
《良かった……勝てましたね》
折れたVINCENTは、弱々しくつぶやいた。ミケは、その刀身を呆然と抱えていた。
《短いお付き合いでしたが、ありがとうございました……元気で、ミケ》
そうつぶやいたが最後、VINCENTはもう言葉を発することはなかった。
ミケは、この日初めて、親友を失った。