第二回戦SS・水族館その2

 残暑はまだじっとりと日本の空気を握っていた。
 週末の水族館は人でごった返している。交わされる会話は賑やかで、笑い声も絶える事はない。
 何故彼らが出かけ先に水族館を選んだのか。理由はそれぞれだが、やはり大きなところは水族館が涼し気なスポットだからだろう。海棲生物のためのふんだんな水があり、また暗闇がある。涼を取りつつ楽しむには適した場所なのだ。
 だが、そんな週末の賑やかさから切り離されたような少女――物部ミケがこの場所を選んだ理由は、違う。
《マスター》
「…………」
 愛用の魔剣VINCENTの声にも応えてやらない。屋外プールで愉快に愛嬌を振りまくアシカを睨みながら、時間が過ぎるのを待つ。
 そう、目的は、戦闘回避と時間稼ぎ。
 そのC2カードには七坂七美の名が浮かんでいる。


 そのマッチングは七坂七美にとっても想定外の事態であった。
「……誰ですか、これは」
「対戦相手名簿に名前があった事は確かです」
「戦闘映像を取り寄せて」
 C2カードにその名が浮かんだ瞬間の、護衛たち(セブンカード)とのやり取りがこれである。
 彼らはその時、第一回戦の量橋叶のように、「標的」として狙いを定めた対戦相手の元へ七鬼の運転する自動車で移動している最中だった。だがその過程でうっかりと1km圏内に別の対戦相手――物部ミケが入ってしまったのだ。
「物部ミケ、か」
「分かりますか?」
「戦闘記録は全て頭の中に入れている。当然だろ」
「さすが七鬼様!」
「貴様の不足を恥じろ。で、ミケだが」
 叱りつけられしょんぼりしているセブンカードの一人をよそに、七鬼の口から彼女の戦いぶりが語られる。七美もまた、その戦闘ぶりを映像で確かめる。
「……この対戦相手は」
「暗殺者ゴブリー。有名人だ」
「女の子なんですか?」
「変装だろう。相手は暗殺者。それくらいする」
「物質操作……いえ、でも、完全に制御できていない」
「制御可否は本人も予期できていないと見える。……どうする?」
「七坂ITに連絡して。物部ミケを探しましょう」
「仕切りなおすという手もある。時間制限は一週間だ」
「必要ないわ」
 目を閉じ、愛用の車椅子「ポールフリ」に深く腰掛ける。予定は狂った。しかし他の相手――紛うことなき最悪の『彼』や歴史上最強の『彼女』に比べれば、そう恐るべき相手ではない。
 であれば、重要なのは迅速な狂いの排除である。車中に紅茶の香りが立ち上ってきた。


 C2カードがマッチングを知らせてきた瞬間、ミケは戦慄した。七坂七美。その名を彼女も知っている。
(あの、全国民の武装義務化とか言ってた女……そして、一回戦で妙なロボットで戦ってたヤツ)
 彼女もまたC2バトルに身を投じた者として、ネットで一人でできる範囲においては情報収集を行っていた。それに加え、巨大企業グループ『七坂グループ』の支配者ともなれば、情報はいくらでも手に入る。
 だからミケは、咄嗟にその場に出来つつあった人の波に紛れて、人の多い方角へ移動する事にした。孤高の学校生活において、それでも周囲に取り残されないよう自然に体得できたスキルである。
 そして行き着いたのが海辺の水族館。現在はアシカの屋外水槽ではなくペンギンの屋外水槽の前にいる。エサやりタイムなのだ。
(とりあえずこんなに人がいれば、いきなり仕掛けて来る事はないはず……)
 周囲の人々を危険と隣合わせにしている事にはいささかの申し訳なさがある。しかしそれ以上に、ミケは考える時間が欲しかった。
 幸い、最低限にして最大の『仕込み』は済んでいる。いきなり襲われてもある程度の対応はできるだろう。
(七坂七美……どうやって戦えばいいんだろう)
 YouTubeに上がっていた前回の戦いの映像において(七坂グループは商品の宣伝として戦闘映像を自主的に編集・公開している!)、彼女はロボットの他にも、何人もの部下を指示しているように見えた。
(メチャクチャな金持ちで、使ってる車椅子とか医療ベッドとか化粧品なんかもムチャクチャ高級品で、自分専用のナナミの動く(別荘)を持ってて……)
 その他にもニュースサイトで語られていたある事ない事合わせた金持ちエピソードが頭の中を去来する。そして何より許せないのは、
(……そんなにお金持ちなら、友達だって多いに違いない!)
《あの、マスター? 目が人殺しの目になってますよ?》
「何よ、それ」
 VINCENTが不意に妙な事を言ったので、ギロリと背負った竹刀袋を睨み据える。竹刀袋を挟んだ向こうに小さな女の子がいるような気がするが、気にしない。
《いやだからその目です! 周りの人にいらぬ誤解を……》
「誤解? 別に人なんて殺して……」
 それを口にした時には、遅かった。
 女の子が怯えて泣き始めたのだ。





「あっ……」
 最初はぐずり泣き、それからほどなくぎゃーぎゃーと泣き始めた女の子に、ミケは狼狽するしかなかった。ついていた母親が宥めるが、泣き止む事はない。
《マスター》
「……っ」
 たしなめるようなVINCENTの声に、ミケは躊躇いつつもその場を去る事にした。今ここで揉め事を起こして目立つのは望ましくない。
 愛くるしいペンギンに背を向け、人垣を割ってその場を去ろうとするミケ。しかしその前途を、大柄な男が阻む。
「痛っ、ちょっと……」
「ウチの娘に何してくれた? ん?」
 背丈のあるミケよりもなお高い身長の男が頭上から発してきた声と言葉は威圧的だ。この場を受け流すなどさせてくれそうにない。
「別に何も……ただ、あの子が勝手に泣いただけで」
 こうなったら弁解した方が早いだろう。しっかりと相手の顔を見てミケは説明する。しかし、
「何だァその目は? ンン!?」
 客観的には睨んでいるようにしか見えない彼女の眼差しは、大柄な男の神経を逆撫でさせた! 首を振り弁解を続けるミケ。
「……悪かったわよ! でもしょうがないじゃない。泣いちゃったんだから。あの子が泣き虫だったのよ」
《マスター、もうちょっと言い方ってものが》
「うるさいわかってる。ちょっと黙ってて!」
「黙ってろだとォ!?」
 思わずしてしまってVINCENTへの返事のせいで、話はこじれる一方だ。そろそろ頭痛をもよおしてきたミケに、しかし救いの手が差し伸べられる。
「すみません」
 その救いの手は、車椅子に座った女の姿をしていた。背後に屈強なボディガードを何人も連れて。
「彼女は私の友人なのですが」
「は?」
「……解放していただけませんか?」
 女――七坂七美は笑みを崩さない。しかし、背後のボディガード――セブンカードの発する威圧感に、大柄な男は声も出せずにしりぞいた。


 人々が行き交う水族館を、ミケと七美は並び歩く。七美が先導し、ミケがそれに続くように。
「ここは賑やかですね」
「…………」
「色々な魚も泳いでいますし……水族館に来たのは、子供の時以来ですけど」
「…………」
「あの頃は魚の目が怖くって、説明用のプレートを見る事もできませんでした」
 七美は車椅子を止め、展示プレートを覗き込む。ミケは警戒を緩めず、口を閉ざしたまま。七美が視線をミケへと移す。黒髪がさらりと流れた。
「聞いてます?」
「……ええ」
「相槌くらい打ってくれても」
《すみません、マスターは愛想がなくて》
「ちょっと!」
「ええ。さっきもそのせいでトラブルに巻き込まれかけていた」
 くすりと七美は笑い、また車椅子を進め始める。ミケはVINCENTを一叩きし、それに続く。
(……一体何が目的なの? あっちから接触してきておいて、だけど戦う素振りは見せない)
 いっその事、出会い頭に銃を撃ってきてくれた方がまだ分かりやすかったかもしれない。こうまで敵意を見せてこないと、戦うに戦えない。
『ンァー、いるよいるよ。君の事見てる奴らならいっぱい』
『いち、にい、さん、よん……たくさん!』
『あとひとつかふたつでしょ! 頑張りなさい!』
 もちろん、その道行でさり気なく水族館備品に触れ続け、情報の収集は怠らない。《万物の主(マテリアルスレイブ)》により意志を与えられた物品たちは、来客であるミケに対して快く接してくれる。
(大体五、六人がこっちを警戒している……警戒しているだけで、攻撃はしてこないけれど)
 どちらにしても、敵の掌の上に自分がいる事に変わりはないのだ。いっそ背を向けて逃げ出すべきか、ここで七美を木刀で打つべきか。しかし……
「あっおねーさんすみません!」
「いいのよ」
 走っていた少年がポールフリにかすめた。彼は七美に会釈程度の礼をして、七美は彼を一瞥もせず許す。
(……人が多過ぎる)
 ともかく、今は仕掛け時ではない。ミケは七美の後頭部を睨みながら、歩き続けるしかない。





 物部ミケを捕まえて、20分ほどが経過した。水族館を一通り見て回り、水族館の目玉、大水槽前へ向かう。
(……打ち合わせ通り)
 暗く狭い通路なので分かりづらいが、人通りはすっかりなくなっている。絶無だ。警備会社との交渉で、一帯から人を払ったのである。
 ミケは今も黙ってついてきている。だが、通路に差し掛かる頃合いで気配が変わった。いつでもこちらの飛びかかれるように、心構えをしている。
「ねえ、物部ミケさん」
 だから敢えてその緊張をほぐしてやる事にした。
「もうこれから何が起こるか、貴女は分かっているようね」
「……ええ。まあね」
「人を払っているから、遠慮せずに戦える」
「でも水槽はあるでしょ」
「心配?」
 からかうように言うと、ミケの声色がわかりやすく荒れた。
「違う! ただ、そっちが銃とか出したらどうなるかしん、ぱ……ッそうよ、心配なだけ!」
「照れなくても良いのに」
「照れてない!」
 やがて大水槽前に出た。狭い通路から一転し、広々とした空間である。植木鉢や四角いソファが点在している。
 七美が止まり、壁の影に隠れた七鬼へ手を差し出す。七鬼が手を握る。
「さて、それじゃあそろそろ……ええ、もうここまで来たのだからね」
 もったいぶるように喋っても、ミケは突然に殴りかかったりはしてこない。『七転七移』による身体能力交換を成立させるための七秒という時間を稼ぐのも、他愛ない世間話の目的のひとつ。
「始めましょうか」
「終わらせてあげる」
 瞬間、辺りは暗闇に包まれた。


 鋭く突き出したVINCENTは、七美が前に屈みながら後ろへ蹴り上げた車椅子により防がれた。そのまま七美は暗闇の中、床を転がりながら距離を取った。
「くっ……お願い、道を!」
『承 知 ィ ィ ィ』
 間接照明がぽつぽつと点き、転がった七美の居場所を示す。ミケはそれを駆け抜け、立ち上がろうとする七美に上段からVINCENTを振り下ろそうとするが、片手で防がれた……というより、衝撃を打ち消された(七美の『セブン』の効果である)。
「え……」
「ふっ!」
 鋭く息を吐きながら七美がミケの足を払う。打ったという感覚すら消失した瞬間の虚を突かれ、ミケは態勢を崩した。その隙に七美も立ち上がり、更に距離を取る。
(いや、距離を取るっていうより……何かを目指してる)
「お願い!」
『点 灯 オ ォ ォ』
 一瞬、辺りが再び暗闇に戻り、再び七美への道を照明が照らし出す。しかし照らし出された七美は既に、一丁の拳銃を構えてミケを狙い据えていた。
「ッやっぱり銃!」
「威力的にガラスに穴が開く事はありません。どうしても気になるならガラスを背中に回さないようにすれば良いのでは?」
「その手に乗るか!」
 そう応じつつ、ミケは柱の影に飛び込んだ。チュン、と柱に弾丸が的中する音が聞こえる。それに肝を冷やしつつ、それでも少しばかり考える時間を得る事ができた。
《手を読まれていますね》
「ッ……」
 VINCENTに指摘されるまでもなく分かっていた事だ。
 この水族館を訪れて最初に行った最大の仕掛けによる作戦……施設の電源設備に万物の主(マテリアルスレイブ)を用い、照明を操作してもらって目眩ましに使うという手は、完全に読まれていた。突然に照明が切れても七美の動きは一切迷いなく、こちらからの攻撃へ対処してみせている。
「何よあれ、まるで心を読まれてるみたい……」
《ありえない話ではありませんな》
「じゃどうすれば良いのよ!? 次に何するのかとか分かられたらどうしようもできないじゃない!」
「疑問に思っていたのだけど、その相談、あなたが声を発さなきゃできないのかしら」
「!?」
 七美の声にミケの息が詰まる。
「その木刀……VINCENT? は例外のようだけど、他の器物は物理的な声を発しない。でも知能を与えて、会話して、動かす事はできる。動かすっていうか、頼み込む?」
「なっ、なっ……」
「だからあなたも、こう、その物品以外に聞こえない声を発する事ができたりしないのか、って思ったのだけど」

 ――七坂七美の『七欲七聞』は、言語能力を持つ者の欲望を聞き取る。それはミケのような人間に留まらない。ミケにより知能が与えられた物品すら、例外ではない。
 その能力によって、七美はすでにミケの力の全貌を概ね把握していた。

(完ッ全にバレてる……!)
 すっかり動揺したミケは、七美が音を立てず少しずつ接近している事に気付けない。ふうむ、とVINCENTが唸る。
《だいぶマズいですね》
「さて、これだけ言い当てれば降伏してくれるかしら。私としてもこの戦いはイレギュラーだし、穏健に済ませられるならそれに越した事はない」
 降伏。確かにその言葉は、現実的な選択肢としてミケの脳内にあがりかけていた。しかし七美がそれを口にした事で、彼女の中の反抗心が逆にその選択肢を取り下げた。
(冗談じゃない。私はこの戦いで勝たなきゃいけないのよ。勝って、お金を手に入れて、それで――)
「……友達を作る?」
「読むなァーッ!」




 ミケは携帯電話を握った。
「万物は、我が傀儡!」
 その直前に万物の主(マテリアルスレイブ)を発動して知能を与える事は忘れない。そしてこう告げる。
「気を引いて」
『ッシャス! 任せてクナッシャス!』
 返事を聞いて、柱の一方から携帯電話を飛び出すように放り投げる。放り投げた携帯電話は、その機能が許す限りの光と音とバイブレーションを発しながら弾けた。その声はミケ以外には聞こえないが、音と光は携帯電話の元々の機能だ!
 ミケはそれによって隙ができた事を祈りながら柱の反対側から飛び出す。七美を見る。幸い彼女は携帯電話の方に意識を取られ、こちらに向けてすぐ発砲して来る事はなさそうだ。だが猶予はほとんどない。
「お願い力を貸して。あいつ、水族館で銃を持ってるのよ!」
『マジかよ! ガラス割れるじゃん!』
 電源装置に協力を頼んだ時の方便を口にしながら、植木鉢に知能を与える。七美の銃撃。傾いてきた植木鉢が防いでくれる。
『いたたた!』
「ごめん、ちょっと我慢して!」
 ずりずりとした植木鉢の移動を押す事で手伝いながら、ミケの心では小さな罪悪感が疼いていた。そもそもここでの戦いを選択したのは自分なのだ。
「考え事?」
 当然、七美は位置を変えてミケを撃てるポジションに動く。ミケはそれに合わせて植木鉢の影に隠れつつ、そこにある土を握りこんだ。万物の主(マテリアルスレイブ)
「目潰し!」
『ホイホイサー!』『話は聞いた!』『水族館を守るため!』『Hey!』
 土を七美に向けて投げると、土たちが気合を入れて飛び、常識はずれの飛距離を出してその目を潰そうとする。しかし七美はこれも片腕をかざして防いだ。読まれていた。
(わかってる、思考を読んでくる相手に何が通じるかなんて分かんない……!)
 だから思いついた事を全てやる事にした。ミケは頭を回転させ続ける。土は簡単に防げる……もっと重いもの!
「これ!」
 ポケットの中の小銭入れを開いて掴む。小銭入れのみでなく、中の小銭まで全てに知能を与える。そして七美に向けて投射。小銭の中には非協力的な者もあったが、土よりも飛距離は上で、威力も上だ。その隙に銃撃を受け続けてボロボロになった植木鉢から別の柱の影へ。
「今の一回きりの切り札なんだけど! 効いてた?」
《……いえ。どうも腕周りの攻撃が無効化されてるようですね》
「腕……」
 ミケはさっきの木刀による上段攻撃を思い出す。確かにあの威力の失われ方は不自然だった。彼女の腕を見る。手袋……あれが原因か?
(……って、思ったらすぐに行動しないと対応される!)
 ミケは意を決して飛び出す――


 その一方。七美はミケの思わぬ形でその方針を挫かれていた。
(こうも無制限に……)
 原因はばらまかれた泥や硬貨。それらを一斉に支配下に置いて攻撃するという彼女の作戦は攻撃という点においては無意味だった。しかし、
(……うるさい)
 七美の『七欲七聞』を制限するには十分であった。辺りにはとうに七を超える知性体が存在し、下手に『七欲七聞』を展開すれば彼女の行動に悪影響を及ぼす。狙ってやった事ではないだろうが……
 そんな事へ気を奪われていたせいか、ミケの攻撃に対する対応が遅れた。ミケは木刀を構えず、その手を伸ばしながら迫ってくる。
(触れると意志を吹き込まれる手……!)
 七美が咄嗟に庇ったのは拳銃だ。だからそのせいで、ミケの目論見は想定より易く達成する事ができた。
 その手袋、「セブン」に意志が宿った瞬間。

『イーーーヤッホオオォォォーーーーー! 面倒な御役目からこれでバイバイだぜえェェーッ! 死ンどけ七坂七美ィィ!!』
 それは四散した。


「……えっ」
 その手にタッチして駆け抜けたミケがVINCENTを構え直した瞬間、下卑な歓声と共にその手袋は姿を消した。バラバラになったのだ。
《……ふうむ》
「て、手間が省けた……?」
 ミケとしては、意志を与えた上でどうにか交渉してその防御を崩そうとしていたのだが、勝手にいなくなってしまう事はさすがに想定外であった。それは彼女に対する七美もまた、同様に。
《マスター!》
「分かってる!」
 何はともあれチャンスだ。至近距離にまで割り込めばおいそれと拳銃は使えない。木刀を床に擦りながら駆け寄り、拳銃を持つ腕を打とうとする……が、その直線的な攻撃はさすがに七美も回避できた。しかし、
「っ!?」
『やらせ……ねえぜ!』
 退避先にあったのは先ほど攻撃を受けて折れた植木鉢だ! 回避した七美の片足を、折れた身体で挟み込む。
『嬢ちゃん!』
「ありがと!」
 再びの攻撃のために駆け出したミケに対し、七美もまた声を上げる。
「緊急武装! 忠義を司る第一、その刻銘を『第七天魔』!」
 七美が叫んだ瞬間、手にしていた大型拳銃が音を立てて展開した。それらは物理法則を超えた――つまりは魔人能力による一種のプログラムによって組み代わり、七つの小型拳銃へ。一つは七美の手に握られたままで、残る六個は自動浮遊。
(……特別武装群(七つの美徳)を抜く事になるなんて)
 苦肉の策だった。しかしこうする他なかった。相手を、見くびっていた。それがゆえにこの一戦を重要な一戦(ターニングポイント)と認めなければいけないのは非力の極みだ。経営層にどう釈明したものか。
 それら全ての考えを、今は切り捨てる。向かってくるミケに向け引き金を引く。
「っつ、う!」
 横へのステップでかわそうとしたミケの足を、しかし銃弾が貫いた。響いた銃声は七発。七美が引き金を引く前後、タイミングを敢えてずらしながら六個の自動浮遊銃身――便宜的にサブ銃身と呼ぶ――が火を吹いたのだ。
 標的の動きを解析して次々放たれる七発の銃撃。これが『第七天魔』第一の機能、回避不能の『七段撃ち』。
 七美は七段撃ちを繰り返す。ミケは防御に転じたが、その行動パターンを追尾する『第七天魔』の銃撃からは逃げきれない。一撃の威力が低いため致命傷にはならないが、足は目に見えて鈍っている。
 ミケは最初の柱の影に飛び込んだ。七美はそこへ銃口を向ける。最初と同じ構図。違うのは、銃口の数が七倍になっている事だけ。
「降伏なさい」
「……断る」
「……友達を作るため?」
「だから読むなって!」
 もう読んでいないけど、と内心で付け足しつつ、距離を詰める。出てこないならば、柱を撃ち抜くのみ……
 そう考えた瞬間、足下が波打った。


 それはミケの最後の手。しゃがみこんだ時に触れたカーペットに知性を与える。
『おお、嬢ちゃん可哀想にのう……どれ、力を貸してやるか』
「お願い!」
 カーペットはべりべりと床から剥がれ、波打ち、その巨体を立ち上がらせた。七美はそれに巻かれて倒れているか? 考えている暇はない。カーペットの起立により転げたソファに触れていく。
「お願い! あいつを止めて!」
 ソファ、植木鉢、電灯、その他、触れられる物なら何でも! 知性を与えて、投げ飛ばして、殺到させる。彼らなら水族館のガラスに傷を付ける事も、ないはずだ!

 対する七美は、引き金を引き続ける。広がったカーペットは『七段撃ち』による広範囲銃撃で制圧。次いで飛んでくる物品たちには……
「シフト!」
 サブ銃身の動きが代わり、七つの銃声が一つに重なる。全ての銃口で正確無比なる同時攻撃を仕掛ける第二の機能、防御不能の『七点バースト』!
 飛来する物体を的確に迎撃する。水族館のガラス。悠々と泳ぐ魚群を背にしながら、引き金を引き続ける!


 一連の攻撃は止まった。VINCENTを構えるミケの前に、七美が銃を構えたまま姿を見せる。
「ッ……」
 攻撃を仕掛けようとして、ミケは躓く。銃撃を受けての流血と痛み。一介の女子高生には重すぎる痛みだった。
「……でも、私は……諦め、られない!」
「……友達が欲しいから?」
「読むな……ッ!」
「……そう」
 悲しい少女と感じた。
 だが、七美から言える事はなにもなかった。

最終更新:2016年09月11日 00:09