「よりによってここに呼び出されるとはな…」
飯綱火誠也は自分宛てに送られてきた手紙を一瞥した後
目の前にそびえ立つ病院をじっと見つめた。
それはかつて志津屋桐華が入院していた病院であった。
戦いの数日前
夕暮れの町、一人の小柄な少女が息急き自分の住まう寮を目指し走っている。
少女の名は「古巣 多舌(ふるす たたん)」、鮎阪千夜の友人であり
彼女と同じ学校に通い同じ学生寮の同じ部屋に住み同じく魔人である。
詳しくは雑談スレのレス番号3-6【鮎阪千夜プロローグ改訂版】という
幕間SSに書かれてるので、興味があれば読んでみるのもいいだろう
(読まなくてもこのSSを読む分には特に支障はないよ!)
彼女は先ほど3年最後の部活動を終え、急いで寮へと戻っているところだ。
昨日行われたC2バトルの中継を観て、敗北した千夜を心配してのことだ
多舌が今日の朝、学校へと出かける時に千夜はまだ寮に戻っていなかった。
多舌は勢いよく玄関の戸を開けると後ろ手に素早く閉め、
靴を素早く靴箱に放り込み、室内履きへと履き替える。
その動作わずか1.5秒!
「……たたんちゃん、おかえり」
「やあ、おかえり多舌。随分慌ただしいな」
寮の食卓兼広間でおやつを食べながらテレビを見ていた
二人の少女が多舌に気づき挨拶をする。
「しどっち、リムやん、ただいま!」
多舌は歩む速さを少し緩め二人に挨拶を返した。
「……ちよちゃん、おひるに帰ってきたけど元気なかった」
「なんだか悩んでいるみたいだったな、貸しを作るチャンスじゃないか?」
「ん、そっか教えてくれておおきに」
多舌は二人に手を振ると、再び小走り気味に自室へと向かう。
そして勢いよく自室の扉を開ける。
そこにはベッドの一段目でまるでミノムシの様にかけ布団に包まりながら
多舌をじっと見つめる鮎阪千夜が居た。
「うぇえ~たたんちゃ~ん、負けちゃったよう~」
千夜はどことなくわざとらしい情けない声をその喉から絞り出した。
恐らく、ふざけて大げさに落ち込んでるフリをする事によって
気丈に振る舞おうとしているのだろう。
その事を察した多舌はため息を付きつつもできる限り優しく声をかける。
「千夜ちゃん、惜しかったな、ホンマよう頑張ったで」
「うう多舌ちゃん…」
多舌の声に反応して千夜はもぞもぞと布団から這い出る。
「あのオオカミの群れに食われながらも降参せえへんなんてホンマ、凄いわ」
「でも、負けちゃったら意味ないやんな…」
千夜は多舌の励ましに自嘲気味に笑いながら答える。
「まあ、せやけど、千夜ちゃんはもっと戦ってC2カード集めるんやろ?
さけ、いつまでも落ち込んどらんと次の戦いに元気出して備えな!」
「備える…」
「特訓しよう!そんでもって対戦相手の傾向と対策を練ろう!」
「うーん…」
「ほら、参加者一覧見て次の対戦相手に良さそうなの選ぼ!
あ、そや!相手の弱みを狙うゆうんもありなんちゃうかな!」
そして舞台は再び病院へと戻る。
そんなわけで千夜は誠也の心を揺さぶる為にこの病院へと呼びつけたのだ。
「なあ、飯綱火さん、今回の勝負は私に勝たせてくれへん?」
待ち受けていた対戦相手、鮎阪千夜は人気のない病院のロビーで
椅子に座りながら飯綱火にそう語りかけた。
「それはどういうつもりだ?なぜ俺が戦いもせずにこの勝負を諦めなきゃいけないんだ?」
誠也はできる限りの平常心を装いながら質問した。
「前の戦いのファイトマネーの50万円を使うて探偵さんとかに頼んで
飯綱火さんの事を調べさて貰ったんやけど、飯綱火さんの戦う目的って
優勝して志津屋桐華さんって人をよみがえらせる事やんな?
でもそれは一回、既に負けてもうたから、もう叶える事はできひんやんな?」
飯綱火はその言葉にどきりとする。
分かっていた事だが、こうやってC2バトルの対戦相手に
面と向かって言われるとなんとなく、自分の心に刃物を突き立てられた気持ちになる。
そして誠也は千夜の言葉をもっと聞きたいという気持ちになり。
前回の戦いで見せた能力の術中にはまっている事を確信しつつも
ひとまず千夜の話を聞くために千夜と向かい合う形でロビーの椅子に座り込んだ。
「もし私の前の試合見とったら知っとるかも知れへんけど、
私の目的も飯綱火さんとちょっと似てて、お姉ちゃんともっかい会いたいから
この戦いに参加したんやけどな、こっちも一回負けてもうたから優勝はないやん?
でも私な、実はある人からC2カードを集めたら少しくらいやけどお姉ちゃんと
会う事できるって言われてんねんや」
「成程ね」
飯綱火はぴくりと眉を動かす、なんとも信じがたいが
その話は飯綱火にとって能力抜きに興味深い話であった。
「ちょっと胡散臭い話やけど、可能性が少しでもあるなら私はそれに賭けたい。
そしてこっからは完全に私の予測に過ぎんのやけど、もしかしたら
C2カードが多ければ、他の人同士、つまり飯綱火さんに志津屋さんと
会わせる事もできるんちゃうんかなって思うんよ」
飯綱火は黙り込む、本当なら試してみたいと思いつつもあるが
自分にとって都合がよすぎる上に本人すら予測に過ぎないといってる話だ。
「だからC2カード集めに協力してくれたら試そう思うねんけど…
いや、ほんま胡散臭い話や思うけど…でも私の提案に賭けてみいひん?」
誠也は千夜とアリアの戦いを見て、千夜の能力が精神操作能力である事を予測してた。
その時に考えていた対策の一つが『LIMIT UNLIMITED』によって自身の精神力や
『攻撃する意志』のパフォーマンスを上げて千夜を攻撃する事であった。
そして、いま実際に千夜の能力を受け千夜の話をもっと聞きたいという
圧倒的感情を受けながらも何となくだが、この能力は
強い意志さえあれば跳ねのける事もできる気がしていた。
話を断り、今すぐ能力を使えば恐らく一撃でこの勝負に勝つことはできる。
しかし、彼女の言う通りそもそも自分がこの戦いに勝つ意味があるのかについて
誠也はそれこそ、黄連雀夢人に敗北してからずっと考えていた事であった。
相手が格闘家や戦闘に長けた者であれば格闘家として、
M-1”現在の”序列第1位の矜恃を賭け戦うという決意もあった。
だが相手は戦いとは無縁の生活を送ってきたであろう少女であり、
彼女の言う事がもし本当であれば、彼女にC2カードを託せば
志津屋桐華ともう一度会い、全身全霊を込めて彼女に
”伝えたい事”を伝えれるかもしれない。
誠也は千夜の言葉に本気で悩んでいた。
暫く病院のロビーに沈黙が流れた。
そして、千夜は大きく息を吸うと立ち上がったかと思うと
ひざまずくように誠也の両肩に手を置いて大きな声を出す。
「な……あかんか?ホンマ…ほんまおねがいやねんて…」
震えた声を出した千夜の顔はうつ向いており
その表情は誠也からは見えない。
「俺は…」
誠也は決断を迫られ、戸惑いながらも声を出すが
そこから先は答えられずにいる。
「……あかんか?…なら…ホンマ……ごめんな…?」
そう言うと千夜は誠也の左肩から右手を放し、左手はより強く右肩を掴んだ。
千夜の右手は素早く上着の下に滑り込ませると
そこからナイフを取り出し決断を悩む誠也めがけて突き出した。
誠也は千夜の動きの不審に気づき反射的に反撃を行おうとした。
しかし、その一流の格闘家としての所作が逆に誠也にとって致命的になってしまった。
千夜の持つナイフを弾こうとした手がピタリと止まってしまう。
千夜の能力により心奪われていた誠也は千夜に危害を加える行為を行えなかった。
だが相手は戦いを知らない一般の女子高生。
二人の間合いや、千夜の左手が誠也の服を捩じりながらしっかりと
握っている事から完全に回避する事は不可能だが、まだ防ぐ事は可能な筈だ
誠也は反撃を行おうとした手で千夜の手首を掴んでその手を止めた。
一瞬、待合室が静寂に包まれる。
千夜は誠也の瞳をじっと見つめて静かに言った。
「ゴメン、痛いから、手え放してくれへん?」
誠也は自分の手に思った以上に力が入ってる事に気付くと息を飲んだ。
やってしまった、恐らく受け止めるまでは良かったが、相手に痛みを
与えてしまうと能力によって自分の行動は阻害されてしまうだろう。
誠也がそう思うと同時に彼は無意識に千夜の手を放してしまった。
そしてその瞬間千夜のナイフを勢いよく前に突き出され
誠也の右腿に深く突き刺さった。
千夜はナイフを誠也の右腿から引き抜きと、素早く左腿を突き刺した。
腿は大動脈の通る急所であり、ここをナイフで傷つけられれば
いくら格闘魔人であってもまともに動くことはできない。
「ほんま……」
千夜はさらに立て続けに誠也の右肩にナイフを突き刺す。
不思議なほどナイフはすんなりと誠也の筋肉に到達し、その組織を破壊する。
どうやら誠也はこの攻撃に対して一切抵抗を行わなかったようだ
敗北を悟ったのか、そう思いながらも千夜はナイフを引き抜くと
左肩めがけてナイフを突き出す。
「ほんまにゴメンな…」
相手は魔人格闘家、更になんらかの身体強化能力を備えている。
どんなに優位に思いえても、油断してはならない。
勝つために何度も何度も練習したのだ。
誠也がもう動けないだろうというくらいに何度もナイフを刺したのち
千夜は息を切らし涙を流しながら誠也の懐からC2カード奪った。
「なあ、例の…俺を桐ちゃ…志津屋と会わせる事ができるってのも
俺を騙して油断させる為の嘘だったのか…?」
ズタズタにされた誠也は千夜に尋ねた。
「や…あの時言ったことは全くのホンマの話…
私の予測に過ぎひんってところ含めてやから保証は全くないねんけどな…
でも、約束通りできる限りやってみるから!そこはまあ一種の賭けやと思って、な!」
千夜は真剣な眼差しで誠也に語り掛ける。
「話に乗る前に勝負が決したんだから
約束なんて成立してないんだから守る必要ないだろうにお人好しだな…」
誠也が口の端を僅かに歪ませ笑った
その姿を見て、千夜は少しホッとした様子で答えた
「や、飯綱火さんかって途中でわざとこっちの攻撃を
受けてくれたんちゃいます?人の事を言えないでしょう…」
その返答に誠也は小さな笑いを漏らし、千夜もそれにつられて笑ってしまう。
病院のロビーに先ほどの殺伐とした行動からすれば奇妙な光景が広がった。