第三回戦SS・駅その2

「千代田様」
C2バトルの首謀者、千代田茶式に呼びかけるのは、彼の秘書である。
「いかがですか、C2バトル――あなたが望まれていた戦いは?」
「いい‥‥。いいですね‥とても‥‥」
そう呟く千代田は、これまでの戦いを10のディスプレイで振り返りながら、恍惚の表情を浮かべていた。

「して、これまでを振り返った上で、
 千代田様は、どなたが『最強』になるとお考えで?」
秘書は、答えの分かっている質問をあえて聞く。
その答えこそが、彼女にとって、千代田茶式に仕える理由だからだ。
「それは‥‥、決まって‥います‥‥」
ゆっくりと、声を発する。

「最強は――」

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ガタンゴトンと列車は揺れ、2人の少女を運んでいた。
彼女たちは、第2試合を終えて自宅へと向かっていた。
既に夜はふけていて、その列車は最終である。

「このままの勢いで、最強は百合だと証明しましょうね、アリア様!」
にこやかに巡夜未来は自分の主に話しかける。
でも、そういうのは、きちんと戦ってきたものが言うべき言葉だぞ。

「ええ、そうね――」
アリアは、深く考えずに下僕の戯言を流した。

(当たり前のことだけれど、
 いろんな人が、いろんな理由で戦っている。
 気づけば全勝のままここにいるけれど、私はこのままでいいのかしら)

アリアの参戦理由。
彼女にとって、この戦いは自身が吸血鬼であることを、
そして、自分のひととなりを世間に知ってもらうことである。
その上で、人間社会の一員として生きていきたい。
それが彼女の願いだった。

そう言った意味で、彼女の願いはほぼ達成されたと言ってよい。
アリアはタブレットを繰り、自分のことをエゴサーチする。
(吸血鬼もSNSを活用する時代なのだ!)

検索結果には、
『アリアって参加者、吸血鬼だけどまともじゃん』『アリア様かわいい』『アリア様の下僕にあのクソレズはふさわしくない!!』
などという文言が並んでいた。

当然、彼女に対して、誰も彼もが好意的ではない。
『吸血鬼がまだ実在するなんて怖い』だとか、『モンスターはダンジョンの奥に引っ込んでいろ』などと言った手厳しい意見もある。
だが、そのネガティブな反応も含めて、
彼女はきちんと、吸血鬼として社会に入りつつある実感を感じ始めていた。

(――未来がいなければ、きっと私は吸血鬼であることを隠したまま生きていただろうな)
ふと未来の顔を見上げると、どうかしましたかと邪気のない笑顔を返されて、アリアは少し脱力してしまう。

「未来、私はC2バトルに参戦してよかったと思っている」
「はい!未来もアリア様のお供出来て嬉しいです!まぁ活躍あんましてないけど!」
「でも、私はこれ以上戦う理由があるのかしら。
 叶えるべき願いのある人の道を閉ざしてまで。」
「何言ってるんですか、そんなの決まっているじゃないですか」

未来は席を立ちながら言った。
最寄駅に着いたのだ。

「さっきも言いましたけど、ちゃんと世間に知らしめないといけません!」

ふたりはホームに降り立つ。
アリアの最寄駅は今では珍しい無人駅であった。
何しろ家が城なほどなので、アリアのお家はド田舎にあるのだ。

もちろんこんな時間に、彼女たち以外に降りる乗客もいなかった。

「最強は、百合――私たちだと!」

アリアが未来の戯言にどう流すべきか悩んでいた時であった。

「いや」

声と共に、
ザリッとホームを踏みしめる音がした。
柱に隠れていた、ひとりの男。

気が緩んでいたとしか言いようがない。
アリアはC2カードの確認を怠っていた。

「最強は、俺だ」

五色那由他が、お気持ちを告げる。
最強のために全てを捧げる男が、ホームに立っていた。

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五色那由他にとって、
最も許しがたい参加者、それがアリア=B=ラッドノートであった。

「まさか、吸血鬼風情がまだ生き残っていたとはね」
ライヒが紫煙をくゆらせながら呟く。
その隣では、那由他が食い入るようにアリアを語るTVに見入っていた。

「アンタには目の毒さね」
ライヒは皮肉げに、哀れみは隠して言い捨てた。
「最強を目指すには、最高の身体(うつわ)だよ」

 「(何故俺だ。何故この身体(うつわ)にこの魂を容れた)」
那由他は、かつての自分の呻きをリフレインする。

「次はこいつらだ」
那由他が最強を目指すにあたり、アリアは倒さねばならない敵であった。

「全く、幼女を見て言っていいセリフじゃないねえ」
ライヒの笑いを背中に受けながら、那由他は立ち上がった。

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「きゃあっ!」
アリアの悲鳴が上がる。

那由他は最強のお気持ち宣告と同時に、スイッチを起動する。
3つの紫外線照射装置がアリアを照らす!
アリアは日傘をさせば昼間も活動している。
吸血鬼としてはニュータイプと言えた。
しかし、逆を言えば、ある程度は日光は弱点であるはずだ。

「くっ、アリア様になんてことを!」
叫びながら未来はアリアをお姫様抱っこでしながら、飛び退く。
那由他の拳は1秒前までアリアがいた空間をすり抜けた。

未来の運動能力のリソースは、吸血鬼の下僕である以上に、
アリアの能力によるものだ。
未来への紫外線照射装置の影響は薄い。

「フン、こんな姑息な手段では私たちの愛は壊せませんよ!
 逆にこんな装置ぶっ壊してあげ――」

ドズン。
未来のキックがひとつの装置にたどり着く前に、不意に装置が爆発する。

「――吸血鬼ってやつは、随分と嫌われているみたいだな
 今回は、ほとんど金を掛けずに準備ができた」

いつもはアホの未来でも、吹き飛びながら理解する。
今このホームは、最強を目指す男と、吸血鬼を忌む者たちによってつくられた、アリア様の処刑場なのだと。

「――再生力強化」
とっさにアリアを抱きかかえ、爆風からアリアをかばった未来は、本来であれば死ぬべきダメージを受けている。
しかし、アリアの能力によって、黒く焦げた肉体すら塗り替えて、未来は再生しきる。
もっとも、服は再生できないので背中側の露出がヤバい。

「なるほど、デタラメだな」
度重なる手術により、身体にガタがきている那由他にとって、
この理不尽な再生力も嫉妬のお気持ちの対象であった。

「お前たちの戦いは見させてもらった。
 なんだあれは。コメディか?」
「なんだ、分かってるじゃないですか。
 私とアリア様のラブコメですよ」
ホーム上に残る紫外線照射装置は2つ。
これをなんとかせねば、アリアはまともに戦うこともできないだろう。

未来はアリアを抱えたままホームから脱出しようと試みるが、
出口への階段は銀のワイヤーとガラクタのバリケードで閉ざされている。
この駅は単線であり、一方は切り立った壁により完全に塞がれていた。
脱出するとしたら、自分たちを運んでいた線路へと降り立つしかなさそうだ。

「‥‥未来、無理しないで
 あなたはC2カードでも蘇生できないのよ」
未来に抱きかかえられながらアリアが弱弱しく語りかける。

「ごめんなさいアリア様。そのお願いは聞けません」
「どうして‥‥?」
忠実な下僕である未来は、アリアの指示に従わないことは稀だ。
私たち(百合)が最強だって証明したいし、
 好きな(ロリ)の前でカッコをつけたいんですよ」
未来はニヤリとアリアに語りかけた。
もっとも、その顔は紫外線照射装置によって光りすぎて、アリアからはよく見えなかった。


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「初めから強かったアリア。
 唐突に力を得た未来。
 お前らには分からないだろう」
那由他は誰に向けてでもなく呟く。
「少し強くなるごとに、どれだけ自分が弱いかを知るんだ」
那由他は、このお気持ちが、醜い嫉妬であることを理解していた。


我すでに人を嫉むとき、また我を嫉む。嫉み妬む患い、その極りを知らず。
  ――聖徳太子

すごく簡単に言うと、才能をあるやつに嫉妬するんじゃねえよ、という
十七条憲法のひとつの教えである。

だが、才能に嫉妬をするなだと?ふざけるなよ。
それは、凡夫は勝利するなという天才の傲慢でしかない。
最強は俺だ。
俺にだって、最強になる権利ぐらいあっていいだろう‥‥!
那由他のお気持ちは極限まで高まっていた。

「そういうの、八つ当たりって言うんですよっ!」
そう叫びながら、未来は自動販売機を投擲する。
那由他はその投擲を避けるが、その背後で爆音が響く。
未来の投擲は照射装置を破壊するためのものであった。
残り1つ。

「ああ。その通りだ」
未来は今アリアを抱えていない。物陰にでも隠したのだろう。
「だが、このお気持ちは、俺が最強になるために必要なものだ」
那由他が踏み込む。
死後退位拳!
大原にはなった時ほどではないにせよ、
今の那由他には奥義を放てるだけのお気持ちがある!

その動きに未来はまともに対応できない。
運動神経が良いとはいえ、彼女には武道の心得はない。
死後退位拳を受けて、未来は爆発四散確定であるだ。

だが。

「悪いですけど、効きません。
 私のアリア様への愛は無限ですから!」
未来には、避ける必要すらなかった。
彼女のアリアへの絶対の愛。
そしてそうだという確信が、彼女に無尽蔵の耐久力を与えていた。

「呆れた耐久力だ」
自らの奥義を、意味不明な理屈で止められても、彼に動揺はなかった。
那由他は今日、こういう化け物を倒しに来たのだ。

紫外線照射装置が、相変わらず二人を照らす。
ホームには、濃い影も二人分。

もう一度、那由他が踏み込む。
「悪いですが、私にはあなたの技は――!!?」
「おにごっこ:かげふみの型」
未来はその目で見た。
幼女性を携えた那由他を。
クソレズロリコンゆえに、未来の隙は大きい。

さらに、おにごっこ:かげふみの型は、相手の影に入り虚を突くことで、相手の動きを止める幼女道の技のひとつである。
かつて、那由他が嫌がるライヒを拝み倒して学んだものだ。
ライヒは、かつて、幼女道で最強を目指さんとしていたプロ幼女のひとりであった。
(最強をあきらめ幼女崩れとなって久しいライヒの前に那由他が現れた時のライヒの感情についてはここでは割愛する)

那由他は隙だらけの未来を抱え、彼女を線路へと投げ飛ばす。
いくら耐久力があろうと、対策を取っていない未来を投げること自体は容易であった。
そしてその線路には――。

「(そんな、私たちは終電に乗ってきたはずなのに)」

那由他はスイッチを繰り、すでにそれを走行させていた。
照射装置とは次元の違う大爆発。
完全なタイミングで、無人在来線爆弾が巡夜未来を吹き飛ばした。


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無人在来線爆弾は、巡夜未来だけでなく、ホームにも甚大なダメージを与えた。
むろん、五色那由他も例外ではない。

「‥‥」
殺めてしまった。
それも、C2カード所持者ではない少女を。
だが、那由他に後悔はない。
彼女は最強を目指すための道に自ら立ち入ったのだから。

「未来‥‥?嘘でしょ‥‥?」
呆けた表情のアリアが現れる。
在来線爆弾により最後の紫外線照射装置も破壊されていた。

「悪いが、最強は俺だ」
お気持ちを新たにして五色那由他は立ち上がる。
最大の奥の手を使ってしまったが、彼が真に倒すべきはこの吸血鬼の少女である。
「そして、聖徳太子を倒すのも、この俺だ」
アリアが聞いているかなど気にせず、那由他はまくしたてる。
C2バトルの先には、彼の焦がれた聖徳太子がいるのだ。


==


千代田茶式は、ゆっくりと、声を発する。

「最強は‥‥、もちろん‥この私です‥‥」
何も知らぬ者が聞いたら、痴呆老人の戯言かと思うかもしれない。
しかし。

ビリビリと茶式の服が破れていく。
巨岩のように盛り上がった筋肉が空気に晒された。


あなたは疑問に思わなかっただろうか。
最強を決めるはずのC2バトルにもかかわらず、
そのシステムは、敗者に対しても厚いフォローをするものとなっていることを。

あなたは疑問に思わなかっただろうか。
C2カードの所持を堂々と見せつけながら、未だに戦いに身を投じていない存在がいることを。

これらの疑問を解き明かす答えは単純である。
C2バトルは千代田茶式(Chiyoda Chashiki)が自らの完璧なる最強を証明するための戦いなのだ。
様々な参加者たちの戦いを国民に見せつけてから、その参加者たちすべてを粉砕する。
それが千代田茶式の思惑であった。

「さすがです、千代田様」
秘書は微笑みながら、言い直した。
「それとも、そろそろ聖徳太子様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

17番目の参加者――千代田茶式
そして別の名を十七代目聖徳太子という。


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「俺は、本当に悪運が強い」
「未来を、殺したのね、あなたが」
「アンタも倒して」
「分かっていたのに、未来に危険があること」
「千代田茶式も――聖徳太子も倒して、俺が最強になる」
「私、全然、覚悟できていなかった」

那由他とアリア、それぞれがそれぞれのお気持ちを昂ぶらせている。

「受けて見ろ、俺のお気持ちを」
「許さない、許せない。あなたも、私も」

「貫 威 十 二 改」
「ブラッドノート」

貫威十二改!
聖徳太子を十二回貫いて余りある那由他の五色流奥義!

ブラッドノート!
自らの血を五線譜のように見立てて敵を殲滅するアリアの吸血鬼奥義!

お互いの全力のお気持ちを載せて二人が激突した。


==


那由他とアリアはこの時、完全に同じ高みへと達していた。
つまり、結果として起こるのは相討ちである。
その結果を崩すとしたら。

ふたりは同時にホームへと倒れこんだ。
そして、直後に響く大声

「私のアリア様に何やってんじゃいコラーーーーー!!!!」

声の主はもちろん、巡夜未来である。

「未来‥‥佳かった‥‥」
アリアは安堵の涙を浮かべる。

「お前、あの爆発も耐えきったのかよ‥‥」
那由他は、さすがに苦笑した。
もう体を動かす力もない。
それにしても、あまりにも茶番だ。

「当たり前です。言ったでしょ。
 愛は無限だって」

ああそうかい。それでも――
諦念のお気持ちを吐きながら、五色那由他は意識を刈り取られた。


~BゆLEACH01~
変わらぬものは 愛だと
言えるのならば それが強さ

最終更新:2016年09月18日 00:03