第三回戦SS・森林その1

 物部ミケは、折れた木刀を前に、しばらくじっと座り込んでいた。木刀は喋らない。彼女に語りかけることはない。
 そうして、いくらかの時間が経った後、彼女は立ち上がる。

 その目には、迷いはなかった。



 『連雀庵』。黄連雀夢人と三都真砂の二人は、客が居ないのをいいことに、いつものように勘定台のところで話し込んでいる。

「ずいぶん貯まったこと」
「何がです」
「これまでの賞金の概算。もう結構な額になっちゃったみたい」

 真砂が嬉しそうに微笑む。

「夢さんの目的には少しは近づいたかしら?」
「そうか、もうそんなに……」

 それぞれの戦いは激しかったものの、案外と負けずに来てしまった。思ったよりも稼げるものだ。

「ね、適当なところで切り上げるって手もあるのよ」

 真砂はふと、真面目な顔になった。夢人の顔を覗き込んでくる。

「夢さんは優勝が目当てなんじゃないんだから。いいところでリタイヤして……」
「それなんですがね。少し、やりたいことができました」
「あら、いつの間に。どんなこと?」
「内緒ですよ」

 真砂は、小さな子供のように膨れた。何年経っても、この人は変わらないな、と思う。

「それで、じゃあ、続けるの?」
「ええ、目指してみます。優勝を」

 夢人は静かに言った。ひとつの決意を胸に。



 物部ミケから一通の手紙が送られてきたのは、長鳴ありすとの戦いから数日を経た後のことだった。彼は悪夢による難読を患う身であるから、父親にそれを読んでもらう。初めのうちは奇行に走りがちな厄介者の彼がC2バトルに参加するなどと驚いていた父だが、二勝を遂げた今では親身になって応援をしてくれる。店の宣伝をしろよと言ってくるほどだ。

『黄連雀夢人様。はじめまして。明日昼12時に、この地図の場所に来て下さい。私と戦ってください。それでは。物部ミケ』

 そっけないとも言える文章。そして、同封されていた地図には赤い丸が描かれている。

「ここは……」

 都会からは少し離れた山裾。キャンプ場にほど近い、小さな森だ。物部ミケ。中継で見た限りでは、『物』を操る能力の持ち主。やたらな独り言が印象的な少女。

「……何故、彼女がわざわざこんなところに?」



「これで良し、と」

 物部ミケは立ち上がり、ぱんぱん、と手を払った。準備はこれで終えた。いつでも戦える。
 ひんやりとした空気の漂うこの森は、少し前に学校の林間学校で泊まったキャンプ場の傍にある。友達のいない彼女は、何かとクラスメイトの輪を抜け出し、この森で時間を過ごした。傍らにはVINCENTがいて、他愛もないおしゃべりを……。

「っと、違う」

 頭を振る。今は思い出に浸っている場合ではない。時計はもうすぐ12時を指す。敵が、やって来るのだ。
 これまで、ずっと偶然の遭遇に頼っていた彼女は、今日初めて自分から相手を誘い込む。そして、倒すのだ。鋭い目つきで、さらにきっと虚空を睨む。

「……やってやる」

 さくさくと、下草を踏む足音が聞こえてくる。黄連雀夢人が、来る。



「……物部ミケさん」

 夢人は呼びかける。答える声は期待していない。試合開始の合図は先ほど鳴った。あとは、戦うのみだろう。

「ここにいるわ」

 だが、少女は自分から姿を現した。彼からはやや離れたところで。長い銀髪。どこか近寄りがたい雰囲気。

「始めましょう。《万物の主(マテリアルスレイブ)》」

 ざっ、と一斉に人が立ち上がるような音がした。錯覚だ。見た限りここには今、二人の他に人の影はない。
 ただ、地面に転がっていたと思しき石ころが、一斉に宙へと飛び上がった。



『いっくよー!』『ごほうび!』『やっちゃえ!』『ゴーゴー!』『わくわく!』『何するんだっけ!』『バーカ!』

『『『『『『『『『『あいつを、やっつけるんだよー!』』』』』』』』』』

 石たちの声が、森の静寂を引き裂く。意思持つ石はミケの合図に従い、同時に黄連雀目がけ飛びかかる!
 ミケの能力万物の主(マテリアルスレイブ)には、直接生命を与えるものと交渉し、『相手をその気にさせる』必要がある。だが、今回はここは彼女の戦場だ。朝早くから始発でここまで来て、辺りの石とは全て交渉済み。既に彼らは『やる気』でいる。当然、非協力的な石もいたが、彼女の行動を妨害するほどではないようだ。ミケはほっとする。

 黄連雀夢人が、腕で顔を守り、さらに砂を盾のように発生させた。砂使い。彼の戦闘はしっかり中継を見た。そのものの力が弱い分、応用力には長けているようだが……。

『そんなのへっちゃらだい!』『全然平気だもーん!』『弱い弱い!』

 投石をそのまま防ぐほどの強度はない。彼女の読みは当たった。石を得物のブラックジャックで撃ち落とす黄連雀を後ろに、ミケはさらに駆け出した。次の策がある。そして石たちは、彼女の様子を見ると、再び宙に舞い、地面に転がった。



 やはり、強敵。油断をしたわけではないが……いや、これは油断かもしれない。賞金の話をしたためか。それとも、このような自然の場、彼女の力が働くところは少ないと思い込んでいたか。

 彼は歪んだ眼鏡をかけ直す。石は、いつの間にか攻撃を止め、再び地面に戻っていた。このまま打擲を続けなかった理由は、何かあるのだろうか。彼は気を引き締め、様子を探った。そして、静かに彼女の消えた方向を追いかけた。



『来るよー』

 彼女の耳にしか聞こえない声。小石の声だ。先ほど地面に戻した石と、彼女がヘンゼルとグレーテルよろしく少しずつ地面に撒いてきた石。それらが伝言ゲームを始め、ミケに黄連雀の動向の報告を行う。

『警戒してる』『でも、近づいてくるみたい』『まだ油断してるのかな?』『やっちゃえよミケちゃん!』

 ひそひそ、ざわざわ。彼女は頷き、次の策の準備にかかった。潜めてはいるが、足音がする。砂で足音は消せまい。
 その時、背の高い木の陰から、黒い人影が飛び出してくる。

「よし、次! 行きなさい、あんた達!!」

『『『おーーーう!!!』』』

 人影は走って彼女に近づこうとするが……。ガランガランガラン! 激しい音と共に、横たえられていた木材が飛び出した! ここはログハウス横。長い間放置されているようだが、薪にするまえの木材が備蓄されていたのだ。彼女はこちらにも先に交渉を行い、攻撃を了承してもらっている!

(……全員やってくれるって言ったのに、やっぱりそう上手くはいかないか……)

 木材の中には、約束を反故にして面倒そうに口笛を吹いている者もいた。だが、責めている時間はない。

 黄連雀は目を見開く。恐らく、ログハウスの中の物品を警戒していたのだろう。しかし対応は早かった。彼は高く……信じられないほど高く跳躍した。

『え』『マジ?』『ちょっ』

 彼は、木材を飛び越えた。ミケは急いで振り返り、次のポイントへと走り出した。



 砂を足の裏にこぼし、跳ね上げるように動かすことで、跳躍力を倍加させる。物部ミケは、まだ何か用意があるのか、走り去っていく。ここで様子見をするのも手かもしれなかったが……彼は基本的に、至近距離での格闘が得意分野。搦め手に時間を与えれば、さらに不利になるだろう。

 着地した夢人は、物部ミケを追って走り出す。勝たねばならない。そう思いながら。



 ミケは、後ろを振り返りながら走る。一瞬、木の幹に手をついた。木は生物であるから、彼女の力は使えない。障害物としての使用法くらいだろう。

 ざあ、と何かの音がした。彼女は不審に思い、辺りを見回し……。

 木に隠れていた砂の塊が、黄連雀が少しずつ地面にこぼし、動かし、集めていたのだろうものが、彼女目がけて降ってきた。ミケは、それを頭から被った。



《マスター! ご心配をおかけしました!》
「……VINCENT?」

 懐かしいような、つい先ごろまでずっと聞いていたような声がする。周りには白いもや。そして、足元には一本の木刀が転がっていた。ミケは目を見張る。

「ちょっと、なんであんたが……」
《はい、少しの間だけ、マスターとお話することを許されました》
「何それ!? どういうこと!?」
《手短に言いますと、ここは夢の中です。その間だけ私は……》
「……夢?」
《そうです。いいですか、マスター。まず、マスターにはこのつらさを乗り越える力が……》

 ふと、VINCENTは、訝しげな声を上げる。ミケが小さく笑っていたのだ。

《マスター?》
「なんだ。夢か。おかしいと思った」
《ど、どうされました?》
「悪いけど、私、夢とか見てる暇ないの。早く現実に戻って、あの黒モヤシを倒さなきゃいけない。それで、優勝する」
《……お友達を作るため、ですね》
「ううん、それだけじゃない」

 ミケは首を振った。きつい目つきが一瞬だけ和らぐ。

「私、あんたを生き返らせる。VINCENT。そのために戦う。だから」

 きっと目をむき、ミケは白いもやに隠れた上空に向かって叫んだ。

「こんな夢にやられてたまるかっていうの!!!」

《マスタ 、 スター  りが う  いま 》

《マ   ……》

《ど ぞ、 健  》



        夢






「VINCENT」

 ミケははっと目を開けた。白いもやはどこにもない。まだ眠気は残るが、元の場所だ。頭がくらくらするが、なんとか立っている。多分、これがあいつの砂の力。C2カードを慌てて探る。黄連雀夢人の名がまだ記されている。負けていない。まだ戦える!

「……そのまま寝ていれば、いい夢を見ていられたのに」

 近づいてきた黄連雀が彼女の覚醒に気づき、哀れむような目を向けた。ミケは口の中の砂を吐き捨てる。

「何がいい夢よ。あんな見飽きた顔と会ったって、何もいいことないわよ」

 立ち上がる。力はまだ残されている。

「私は優勝する!」



 夢人は微かに眉を動かし、それから一気に距離を詰めた。優勝、この少女にどんな事情があるのかは知らないが、こちらにも決意がある。ミケも飛びすさり、そして、木の陰から用意しておいたと思しき武器を取り出した。手斧だ。少女の手にはやや重たげな武器だったが、彼女には能力がある。恐らく、何らかの形で『物自体に手助け』させている。

「よし、行くわよ。ちゃんと動いてよね」

 腰だめに構える。

「……観戦中から思っていたが」
「何!」
「君にはいい精神科を紹介してあげようかと」
「う、うるさーい!!」

 ぶん、と高速で斧が振られた。

「夢さん、それ、今言うことじゃないんじゃないかしら……」

 追いついてきたらしい、真砂の声がする。

「いえ、でも、どうにも独り言が多くて心配で」
「戦闘に集中なさいな。でないと」

 ざん、と斧が振ってきた。彼はどうにか避ける。

「ほら、もう、危ないんだから」
「そうですね……」

「ちょっと、そっちこそ何! ブツブツブツブツ、何独り言言ってるのよ! 怖い!」

 ミケの叫びに、真砂がくすくす笑う。彼はブラックジャック+1を構える。

「内緒の話ですよ」
「後にしてよ、そういうのは……」

 ミケも斧を構え直す。

「真剣勝負なんだから」



 瞬間、踏み込まれた。ブラックジャックが彼女の肩を撃つ。ミケはたたらを踏む。斧には、振る時に自分でも動いてもらうことで実質重量を軽減しているが、どんな動きにも対応できるわけではない。

『おっと、すまんね、嬢ちゃん』

 ずん、と重みが腕にかかる。泣きたくなりながら堪え、振り抜こうとするが、またブラックジャックが……こんどは喉輪を突いてきた。

「ゲホッ」
『大丈夫か! 嬢ちゃん! しっかり!』

 咳き込む。そして、黄連雀の蹴りをまともにくらい、ミケは吹っ飛んだ。地面に叩きつけられる。

 からん。ポケットから何かがこぼれる。ミケは痛みに耐え、目を開ける。それは、木刀の折れた切っ先だった。ミケは慌ててそれをしまい込む。それから、大事に上から押さえる。これは、絶対に失くしてはいけない。

 ミケは斧を再び手に取ると、半分涙の浮かんだ目で相手を睨み据えた。

『その意気じゃ、嬢ちゃん!』



(あれは……?)

 見覚えがあった。彼女が携帯していた、そして先の試合で折れた木刀の名残だ。そういえば、いつも独り言を言っているのが印象的なミケだが、時折その言葉に応える声があったように思う。それが、折れた。失われた?

『VINCENT』『あんな見飽きた顔と会ったって、何もいいことないわよ』『私は優勝する!』

「……もしかして。君の望みは……」
「言うなっ!!」

 ミケが斧を振り上げた。彼は、一瞬出遅れた。

 斧が、夢人の肩にめり込んだ。肉が裂け、骨が砕けた。

 ミケは、さすがに少し青い顔をしながら斧を抜き、再び跳びすさる。
 夢人は瞬時に砂を生み出して肩を止血。だが、左腕はもう使えないだろう。痛みでふらついた。

「……やはり、駄目だな。私は……」

 今までの相手は、二人とも武道家だった。倒すのに何の呵責もいらなかった。遺恨も恐らくは残っていないだろう。そういう相手だということは、戦ってきてわかった。だが、彼女は違う。魔人能力を持つ、ごく普通の女子高生だ。そんな相手だから、一瞬にせよ情をかけた。しかし、それは、本気になれば手段を選ばない相手でもあるということ。

 自分と、同じだ。つまり彼は、間違いを犯した。これから一番大事な相手を失くす彼は、既に一番大事な相手を失くしたと思しき少女に、つい、一瞬、自分を重ねてしまった。


 夢人は、深呼吸をした。間違いなら、正さねばならない。

 己の口に右手を当て、砂を生成した。ざらざらと嫌な感触と共に、味のしない砂が流れ込んでくる。喉を鳴らしてそれを飲み込む。吸い込む。ミケは怪訝な顔をし、それからはっとして斧を持ち上げる。

 情けが邪魔をするのなら、消してしまえばいい。強烈な眠気を、口の中を思い切り噛んで振り払った。口の端から、砂混じりの血が流れる。彼は笑った。

 視界はぐにゃぐにゃと捩れて曲がり、何が何だかわからない。ミケが飛び込んでくるのはわかった。斧を避け、殴り据える。

 彼の砂には身体能力を高める効果などはない。ただ、彼自身の身体の中で最悪の自家中毒を起こしている。他人に用いれば眠気を呼び望む夢を見せるが、自ら直接摂取すれば、悪夢と狂気を加速、冷静な判断力を失わせる……すなわち、理性によるリミッターを外す結果をもたらす。


 最初にC2カードを奪った時もこれを用いた。そうでなければ、あんな行動には踏み切れなかった。

「私は戦いたくない」

 己の行動とは正反対の言葉を呟く。

「私は、私は、私は私は私は私は」
「痛い! 痛い!」

 ミケの悲鳴が響く。どこか遠くで。近くで? わからない。

「私は! ああ、私は……私は!」

 相手を蹂躙する喜びに震えながら、黄連雀夢人は物部ミケを殴り続けた。ミケはまだ何か手を残していたのだろう。這ってでも逃げ出そうとする。目はまだ死んでいない。だから、打ち据える。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。

 ミケの手がだらりと地面に落ち、C2カードが相手の戦闘不能を感知、勝利の音を告げても、彼はしばらくそうしていた。

 口からは血まみれの笑い声。仕方がないじゃないか、こんなに紫色に染まって、楽しそうに楽しそうに楽しそうに楽しそうに笑うんだ。彼はブラックジャック+1の紐を開け、ミケの口に砂を放り込んだ。

 それから黄連雀夢人は倒れ、意識を失った。



「ごめん」
《いいえ、マスター》
「ごめんね」
《いいのですよ》

 ミケは、深く頭を下げた。涙がぼろぼろと流れる。こんなに悔しい思いをするなんて、思わなかった。

「私、私、私、あんたを、生き返らせる、なんて、見得切って。それで、こんな……」
《マスター。私が折れたのは、仕方がないことでした》
「仕方がなくなんかないわよ! 仕方ないで私は……」

 一瞬息を止める。そして、解き放つ。

「一番大事な友達を、亡くさなきゃいけないの!?」
《そういうこともあるんですよ》
「そんなの……」
《あるんです。マスター》

 VINCENTは、あくまで冷静な声音で言う。

《私は、でも、あなたがこの出来事を乗り越えられる、強い人だということを知っています》
「…………」
《あなたには、きっとこれからたくさんの友達ができる。そのことだって知っています》
「私……」
《いつか、私に話しに来てください。マスター。友達の話を。その日を私はずっと待っています》

「VINCENT」

 ミケは親友の名 を呼ぶ。これが、二人 の最 の時。

「あり とう。ずっ ずっと、あ がとう」

《あな と 会えて 幸  し 》




              夢







 『連雀庵』、少し高い勘定台の傍に腰かけて、幼い夢人は店番をしながらノートに文章を書き殴っていた。友達のいない彼にとっては、それが唯一の楽しみで、全てを忘れられる時間だった。
 勇者が魔王を倒すクライマックスが一段落し、彼は満足げに微笑む。誰にも読ませたことのない話だったが……。

「見せて」

 すぐ横で、声がした。赤い着物、まっすぐな黒い髪の、自分と同じくらいの女の子が立っていた。

「ね、読ませて。続き、楽しみにしてたのよ」
「……誰?」
「まさご。三都真砂」

 彼女はにこにことあどけなく笑っていた。

「黄連雀夢人のファンなの」

 それが、夢 が真砂と初め 会った時 記憶だ た。

 彼が がて忘れ   憶。


 今、彼  思い  。全て 。






              夢






 夢人は、病院の寝台の上で目を覚ました。医療スタッフが運んできたのだろう。意識ははっきりしているものの、悪夢の名残りはまだ残り、視界は覚束ない。

 起き上がり、眼鏡を掛ける。すぐ横の椅子には真砂が……幼い頃の真砂が腰掛け、すやすやと寝息を立てていた。頭を撫でてやる。初めての読者。初めての友達。
 長鳴ありすは彼の中の幼女を看破していたが、それは彼女のことだったのかもしれない、と思った。
 現実で友達ができた時、幼い真砂は一度消えた。

 やがて真砂は姿を変える。今度は、学生時代、少女の姿だ。この時の設定は、世話焼きの同級生だった。鬱屈した少年時代を支えてくれた人。他人に自分の創作を見てもらう勇気を持った時、少女の真砂はまた消えた。

 そして、今の、大人の真砂が姿を現す。狂気を紛らすための狂気。悪夢の中の唯一の慰めとして。

 そう、彼は今や理性でもって、三都真砂が幻であることをはっきり理解していた。二人の会話が、物部ミケの言う通り『独り言』であったということも。そして、勝利のたびに別れの時が確実に近づいていることも。都合よく片方の狂気のみを消し去ることはできない。

 だから、真砂さん。私は優勝します。夢人は呟く。私は弱いから、あなたを失うわけにはいかない。
 優勝者が叶えられる願いはひとつ。

 必ず、あなたを現実のものにしてみせる。


 たとえ、誰の夢を踏みにじったとしても。

最終更新:2016年09月17日 23:51