いつもの様に肩にかけた竹刀袋からは、いつもと変わらない重さが伝わってくる。
中には、傷一つ無い木刀が入っている。何も、何一つ変わらない。
……でも、それは見た目だけの話だ。
運営に紹介してもらった職人に頼んだら、折れた木刀は元通り修復してもらえた。費用は賞金の一割にも満たなかった。
渡されたそれを手にとって、不覚にも少し泣きそうになって、文句の一つも言ってやろうと思って……
でも、VINCENTは口を開かなかった。
何度声をかけても、能力を使い直しても同じ。まるで……まるで物言わぬ屍のように、あのおしゃべりなVINCENTは、うんともすんとも言わなかった。
職人は言った。修復は万全だ、これ以上を望むなら、再生か時間遡行か、何らかの魔人能力者に頼るしか無い、と。
一介の女子高生でしかない私は、そんな能力者に頼る方法などなかった。
――あるとすれば、ただひとつ。C2バトルに優勝した報酬として、願うこと。
――けれども……
一人で闘い抜くことが出来るなんて、私には、思えなかった。
その後の記憶は、余りハッキリとしない。私は返された木刀を抱えて、ふらふと、歩いていた。
気が付くと、私は誰かの家に居た。
目の前には、通学路によくいるモーニングスターを持ったおっさん――モーニングスター三郎が座っていた。
私と三郎の間には、二人分の湯のみがおかれたちゃぶ台が有った。
「突然、すまないね。だけどその……あまりにも、心配だったから……」
とりあえず、とモーニングスター三郎に勧められて、私は湯のみに口をつけた。
喉を潤すお茶の温度で、初めて自分の身体が冷え切っていたことに気がついた。
「何かあったのかい?僕で良ければ、話を聞くぐらいは出来ると思うけど」
――その時、VINCENTの事をあの男に話してしまったのは気の迷いとしか言いようがなかった。
いつの間にか、私の口は勝手に開いていて、VINCENTのことを語っていた。
VINCENTを失った話を聞いたモーニングスター三郎は、自分の湯のみのお茶を飲み干すとゆっくりと話し始めた。
「その気持ち、僕にも少しわかるよ」
モヤのかかった私の頭に、不意に血が上った。
私とVINCENTのことを、そんな軽々しくわかるなんて言ってほしくなかった。
私はモーニングスター三郎を睨んだが、彼は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「……僕がモーニングスターをいつも持っているのはね。いつも、こいつに救われてきたからなんだ」
私がモーニングスター三郎に殴りかからなかったのは、そう言ってモーニングスターを撫でる彼の目に、信頼がにじみ出ていたからだ。
その姿が……本当に、本当に不本意だけど、VINCENTと一緒に居た時の自分を思い出させたから。
「小さい頃から、僕はモーニングスターと一緒に過ごしてきた。楽しい時も……辛い時も、いつもこいつが一緒にいたんだ。
喧嘩の時、始めての告白の時、プライベートだけじゃない。受験の面接や就職面接の時、こいつを持っていたら、いつも上手くいった。こいつを構えているだけで、僕はどんな困難も打ち砕ける、ってそう思っていたんだ。モーニングスターは、僕にとって希望の星だったんだ」
モーニングスターは優しげに目を細めた。
私は、彼の話す感覚を知っていた。
私にも、そう言える親友が、居た。
「……大人になるにつれて、いつもモーニングスターを持っている必要はなくなった。
妻にプロポーズした時もモーニングスター無しだったけど、上手くいった。こいつに導かれなくても、僕はまっすぐ歩いていけるようになったんだ。
通学路で学生を見守り始めたのも、ちょうどその頃だったかな。僕はにはもうモーニングスターは必要なくなった。だから今度は、若い君たちの未来をこいつに見守ってほしい。そう思ったんだ」
モーニングスター三郎は深呼吸をして、私の目を見た。
まっすぐな、強い優しさのこもった目。後を行く若者を見守る、大人の目だった。
「君が良ければ、僕は君にこれを預けたいと思う」
そう言って、モーニングスター三郎はモーニングスターを私の前に差し出した。
「君は今、闇の中に居るのかもしれない。明かりを失って、途方にくれているのかもしれない。その傷を癒やすことは、僕には出来ない」
けれども、と彼は言った。
「絶望の夜は、必ず明ける。君のすすむべき道は必ずあるんだ。
それを照らす明けの明星として、僕は、君にこれを預けたい……持って行って、くれるかい?」
私はモーニングスター三郎を見た。
傷を癒やすことはできない、と彼は言った。VINCENTの代わりにはならない、と。
それでも――私には進むべき道が、確かにあるのだ。
私は、明星を受け取った。いつの間にか、目から何かがこぼれていた。
モーニングスター三郎はそれ以上何も言わなかった。ただ、もう一杯、熱いお茶をいれてくれた。
「あら」
真砂と二人、黄連雀夢人が対戦相手の映像を確認していると、不意に真砂が感嘆したような声をあげた。
「どうしました」
「いえ、この子……」
真砂は画面を指差した。
映っているのは、七坂七美と物部ミケとの戦い。
七坂七鬼が木刀をへし折り、しかし七坂七美が敗北しようとしている場面だ。
「ああ、この試合ですか。意外な結果でしたね」
「結果もそうだけれど。勝った子達、すこし面白いわ」
真砂はそう言って目を細めた。彼女が他人にそんな表情を向けるのは、ひどく珍しいことだった。
「では、次は彼女に挑んでみましょうか」
「まあ。素敵、あの子達と会うのはちょっと楽しそうですもの」
真砂は、物部ミケのことを『あの子達』と呼んだ。
夢人には一人しか居ないように見えるが、真砂には、何か別のものが見えているのかもしれない。
それがなんだか面白いような、すわりが悪いような気がして、夢人は少し憮然とした表情をした。
「どうやって戦いましょうか。こちらから向かうか、それとも――」
「呼び出すのはどうかしら。そうね、手紙が良いと思うわ」
「乗ってきますかね?」
「大丈夫よ。きっと彼女は断らないもの」
真砂はそう言って微笑んだ。
夢人はそんなものかと思うと、手紙にペンを走らせた。
真砂の気持ちを反映するように、文字はひどくウキウキと踊っていた。
黄連雀夢人の手紙に書かれいてた戦場は、富士の樹海であった。
樹海の入り口には『命を大事に』『考えなおそう』『糸 持った?』などと書かれた看板が立っている。
その看板を無視して、ミケは樹海に足を踏み入れた。まだ日の高い時間だが、あたりは薄暗い。
落ち葉を踏みしめながら、荷物の感触を確認する。
ホームセンターで買った冒険者セットはカバンにつめてある。モーニングスターはいつでも使えるように手に持っている。いつものように、革製の竹刀袋も持っている。
息を吸い、吐く。準備はできているとミケは思う。今までに無く、勝ちたいという気持ちは強い。
何かの吠える声が、樹海の中に響いた。
本屋で買ったハンドブックには、樹海の中にはモンスターが生息している、と書かれていた。そのため、自殺者や無謀な冒険者が入って命を落とすこともある、と。
森の薄暗がりの奥を、何かが動いた。
下に何かが居るかのように、落ち葉が動く。ミケは立ち止まり、モーニングスターを構えた。
『ミケちゃん、上!』
落ち着いた女性の声色がミケに警告する。
同時、ミケはためらいなくモーニングスターを頭上へと振った。
ミケへ向かって落ちてきていた蔦がモーニングスターに払われ、ちぎれる。
濁った叫び声が樹海に響いた。
「あれは……確か、ガイドブックに書いてあった……」
『樹精、ドリアードとか呼ばれる類ね。落ち着けば対処できる相手よ』
「……分かった」
落ち葉を弾き飛ばし、ミケの周囲を囲むようにドリアードの根が飛び出した。
モーニングスターを振り回し、躍りかかる根を打ち払う。
一本、二本、三本、根はミケの身体に届かない。ミケはドリアードの本体が居るであろう根本めがけて、走っていく。
モーニングスターの鎖が勝手に動き、弧を描きながらミケへと向かってきた。
ミケが首を傾げてそれをかわすと、鉄球は背後から忍び寄ってきた蔦を粉砕した。
「助かったわ、VINCENT……」
その言葉を口に出して、ミケは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
『油断しない!ドリアード本体はすぐそこ!』
「わかってる!」
モーニングスターは、ミケの失敗を咎めなかった。
ドリアードの本体、人の顔のような穴が空いた樹をモーニングスターで打ち砕いた。ミケの周囲を這っていた根が力を失い、落ち葉の上に横たわった。
『練習通り……いえ、練習以上に動けてると思う。だから後は、落ち着いて行動して』
「ええ……わかってる」
ドリアードの根本には、誰かの荷物が落ちていた。誰のものかは分からない。持ち主が生きているのかも、分からない。
ミケは注意を払いながらそれを検分した。
中には半ば虫に食われた携帯食料、穴の開いた地図、濡れて中身が読めなくなっている手帳、そして一本の短い杖が入っていた。
『マジックアイテムかも。悪い気配はしないから、触っても呪われたりしないと思うけど』
樹海は、ミケと相性の悪い場所だった。それを分かっていても、今のミケに戦闘を断る選択肢はなかった。
だからこそ、使えるものは全て使いたい。ミケは杖に手を触れた。
「聞こえる?あんたは何?」
『……人に持たれるのなんて、随分久しぶりだ……』
「そ。早速で悪いんだけど、ちょっと協力して欲しいんだけど……あんた、マジックアイテム?機能とか教えてくれない?」
杖は、笑うように微かに身を震わせた。
『だったら、なんだって言うんだ。使いたきゃ勝手に使えばいいだろ』
「使い方が分からないから聞いてるのよ」
『なら使わなきゃいい。こんなオンボロ、どうせ大した物じゃないさ』
杖はひとりでに、ミケの手から転がり落ちた。
『俺の役割はもう終わってる。役に立つべき時に、立たなかった。後はここで朽ち果ててくだけさ』
「……」
『あんたの能力だかなんだか知らないが、命なんて与えられても迷惑さ。放っておいてくれ。使いたきゃ、勝手にしろ。俺は別に協力しない』
「……そう、なら、いいわ」
ミケは杖を拾わなかった。
『いいの?』
「別に……使われたくないっていうやつを、無理に使いたくはないわ」
一陣の風が吹き、森の木々がざわめいた。
否、風だけではない。根が波打ち、枝が動いている。
『ドリアード……さっきより大きい!?』
大樹に、顔が浮かび上がり、叫び声を上げた。憎悪のこもった声。あるいは、先ほどのドリアードの親株なのかもしれない。
地面を震わせ動き出したドリアードはしかし、いくばくもしないうちにその動きを止めた。
「植物系のモンスターは動物と感覚器が違います。我々が気づかないようなことでこちらの存在を感知したかと思うと、驚くほど近づいても、こちらに気づかなかったりもします」
木の影から、人影が現れた。
和服の上にパーカーを羽織り、手には革製のブラックジャックを携えた青年。
「来ていただきありがとうございます。物部ミケさん」
黄連雀夢人は、そう言って頭を下げた。
「別に……勝つ必要があったから、来ただけよ」
「なるほど、それは道理ですね。しかし、わざわざ敵の誘いに乗る必要はなかったのでは?」
「自分で呼んだのに随分な物言いね……選ぶ手段なんて、私にはないもの。それに、あんたはマシなほうだった。それだけよ」
情報戦能力のないミケが相手を選ぶことは事実上不可能に近い。
そして、ミケと同じように背後に組織の存在しない黄連雀夢人は、たとえ一見不利な戦場で戦うことになったとしてもまだマシな相手だ。
だが……
「マシですか。それは……」
黄連雀夢人の姿が、森に溶け込んでいく。
「舐められたものですね」
森とは人間の領域ではない。植物系のモンスターが跋扈し、魔獣が徘徊する樹海は人を拒む立派な自然のダンジョンである。
だが、その森で生活をおくる亜人種も存在する。
長き命を持つ森の民、木々を屋根とし草木の間を駆ける森の主人たち。
――ハイエルフ象形拳、と呼ばれる技であった。
魔物を象る象形拳と違い、亜人種の象形拳はそもその種族を師とし学ぶ事ができるという利点が存在する。
無論、その動きは人型の範疇を出るものではない。
だが、嵌った時の効果は充分だ。
『ぼーっとしない!』
夢人の姿を見失ったミケと違い、モーニングスターの動きは早かった。
大きく旋回し、下草を吹き飛ばす。
森の民であるハイエルフの動きは植物の合間にまぎれてこそのもの、周囲の草を払えば、ある程度は奇襲を防ぐことが出来る。
草と枯れ葉が吹き飛び、黒々とした地面があらわになった。
地面の上を、一部色の違う白い砂が這っている。モーニングスターがもう一度回転すると、その砂も吹き飛んだ。
「そう簡単には行きませんか」
ハイエルフ象形拳が破られ、夢人が姿を表した。
草木に紛れさせ近寄らせていた砂も飛ばされた。ならば、接近戦である。
夢人が振り下ろしたブラックジャックを、ミケはモーニングスターの柄で流す。自律稼働する鉄球が、体勢を崩した夢人に迫る。
夢人は間一髪それをかわすと、少し距離を取った。
手強い、と夢人は思う。技量で言えば夢人が勝るだろう。だが、相手のモーニングスターは自律的に動いてくる。二対一、とまでは言わないもののやり辛い相手だった。
「ええ、だって私は貴方に勝つもの。絶対に」
ミケはモーニングスターを構え、夢人との距離を詰めてくる。
鉄球が、夢人に迫る。
ブラックジャックは攻めの武器だ。硬度で攻撃を受け止めるような使い方はしづらい。
普通であれば。
両手で構えたブラックジャックが、モーニングスターのトゲ付き鉄球を受け止めた。革が破れ、白い砂が漏れる。
だがそれだけだ。まるで鉄の棒のように、ブラックジャックが硬い。
夢人のブラックジャックは中に夢人が作り出した砂の入った特別製だ。重心は意のまま、ある程度ならば固める事もできる。
ミケはモーニングスターの鉄球を引き戻した。
一度受けられた、だが、それだけだ。二撃目を撃てば……
『……っ!しまった!』
「どうしたっていうの!?」
モーニングスターの叫びに問い返すと、別のところから、声がした。
《大丈夫です。マスター!相手に止めを!》
ついこの間まで聞いていたのに、ひどく懐かしく感じる、声。
ミケは、竹刀袋から木刀を引き抜いた。彼女が最も信頼する親友――VINCENT。その柄を持つと、ひどく手に馴染んだ。
そのまま、木刀を振り下ろす。VINCENTは黄連雀夢人をしたたかに打ち付けた。
代わりに手放されたモーニングスターが地面に転がる。鉄球から柄へと伝うように、白い砂が這った跡がついていた。
柄へ、腕へ、そしてミケの口元へと、その砂の跡は続いていた。ミケは、それに気づかなかった。
『――――!』
遠くで、誰かの声が聞こえた気がした。
《流石です。マスター》
でも、それよりも大事な声が手元で響いていた。
「危なかったわね、夢さん」
「ええ、少しヒヤッとしました」
モーニングスターとミケの連携を崩すのを困難と見た夢人は策を講じた。
防御に見せかけてブラックジャックの皮を破き、砂をモーニングスターに這わせてミケに近寄らせる。
いかに彼女のモーニングスターが高性能と言えど、自身を這う砂を払うのは困難だ。
そして物部ミケ自身が戦闘者としての実力が低いことも幸いした。
今まで戦った相手と比べて、彼女を眠らせるのに必要な砂はあまりにも少なかった。
地面に倒れて眠るミケの側に座り、真砂はミケの顔を、そして彼女が握る竹刀袋を撫でた。
「いかがですか、真砂さん」
「ごめんなさい、夢さん。もう少しだけ、この子達と話をさせて」
夢人はため息をついた。
真砂がそう望むなら仕方あるまい。どうせ、勝負はもう決まったようなものなのだ。
《どうしました。マスター?》
「わかんない……わかんない、けど……」
夢人を打ち倒したミケは、VINCENTを抱いて座り込んでいた。
いつも一緒に居たはずなのに、どうしても、どうしてもこの声を聞きたかったと、そう思った。
「ねえ、VINCENT。あなたはそこにいるのよね?」
《ええ、マスター。私はいつでもマスターの側に居ます》
「勝手にどっかに行ったり、しないよね?」
《もちろんですよ、マスター》
ぽつ、ぽつと、VINCENTの刀身に水滴が落ちた。
それを受けて、VINCENTは暖かく答えた。
《親友を見捨てたりなんか、しません》
ミケの目から、大粒の涙がこぼれだした。
もう、戦う必要なんてない。VINCENTが居ればそれでいい。
C2カードも誰かに譲ってしまおう。変な夢なんて、見るべきじゃなかったんだ。
だって、 にはも 最 の が居 だ。
以上望 べ のな て、 ない。
ど に歩 い ても、欲 は手
夢
――君は今、闇の中に居るのかもしれない。明かりを失って、途方にくれているのかもしれない。
誰かの声が、聞こえた気がした。
――絶望の夜は、必ず明ける。君のすすむべき道は必ずあるんだ。
誰かの言葉を、思い出したような気がした。
――私の、友達になってください。
誰かの過去が、あるような気がした。
――自分は友人ではなくものであり、あなたには友人が必要だと、伝えるために。
誰かの思いが、伝わってきた。
《マスター?どうしました、マスター?》
こいつは、いつもいつも、勝手なことを言って。
私のいうことなんて、全然従わない。私の想いを知りもしないんだ。
《ミケ?》
手元には木刀があった。ミケは、それを手放した。
立ち止まっては居られない。だって
――君のすすむべき道は必ずあるんだ。
ミケは目の前を見つめた。星明かりに照らされた、道が続いていた。
一歩、二歩、ミケは足を踏み出す。
それを迎えるように、道を照らす星はミケに近づいてきた。
ミケは、受け入れるように両手を広げ……
ミケの様子を見ていた真砂は、次にモーニングスターに手を触れた。
「危ないですよ。真砂さん」
「大丈夫よ、夢さん」
モーニングスターの鎖が震えていた。真砂は、面白そうにそれを撫でた。
「……そう。でも、残念ね」
真砂が愉快そうにいうと、モーニングスターは一際大きく動いた。
地面を転がり、それに合わせて鎖と鉄球が振られる。
突然の動きだったが、人に操られている時と比べればあまりに遅く、単調だ。
真砂が一歩後ろに下がると、鉄球は空を切った。
「残念」
真砂が笑い、鉄球は真砂から離れるように飛んで行く。その先には……
「あいたァー!」
ミケの肩を、鉄球が打ち付けた。
『起きなさい、ミケちゃん!あんたこんなトコで寝てちゃダメでしょ!』
「わかってる!けど他にやりかたなかったの!?」
『私は明けの明星。道は照らせるけど、進む意思がない人を動かすことは出来ないわ』
「それはありがたいけどやり方乱暴なのとは関係ないでしょ!」
起き上がりながら、ミケはモーニングスターを構えた。夢人のブラックジャックを受け、モーニングスターの柄が軋んだ。
「ごめんなさい夢さん。少し、やり過ぎたわ」
夢人に答える余裕はなかった。モーニングスターの攻撃をいなし、ブラック・ジャックで反撃する。
夢から目覚めたのは予想外だったが、それでも、まだ状況は五分だ。
状況を動かす決定打が欲しい。そのために、夢人は口を開いた。
「いい夢は見られましたか?」
「いいえ!センスのない夢だったわ!」
真砂が、堪えるように忍び笑いをしていた。
「見たければもう一度見ることも出来るんですよ」
「……要らないって言ってるでしょ!私が見たいのは、夢じゃないし!あいつとそんなところで再会してもしかたないし!それに……それに……」
ミケはモーニングスターを振りかぶる。彼女の感情を反映した、大振りの一撃だ。
「道具だとか!友達になれないとか!そんな舐めたこと言ったのを後悔させてやんなきゃなんないのよ!」
感情のこもった一撃は、夢人にとって、あまりにも隙だらけだった。
最小の動きでミケの懐に入り、ブラックジャックで昏倒させる。そのために、夢人は足を踏み出そうとし。
横合いから吹きつけた突風に、体勢を崩された。
風の元は、地面に転がっていた薄汚い杖だ。夢人は、それに見覚えがあった。
風の杖。そこまでレアでないアイテムだ。振れば突風を生み出すことができる。
『協力する気は、なかったんだけどよぉ……』
ミケに協力しないと言ったはずの杖がつぶやいた。
『……物を大切にする奴を見捨てたくは、ねえよ』
――ドリアードに荷物を奪われ、主と引き剥がされた。
――もしも、もしもその時自分が動くことができれば、助けられたかもしれない。
――彼女は主ではないけれど、でも……今は、彼女に命を与えられた。
風の杖にとって、動く理由はそれで充分だった。
ミケが振り下ろしたモーニングスターを、夢人はブラックジャックで受け止めた。
皮袋が崩壊し、中から、砂が溢れる。危険を感じ、夢人は砂を操って押し戻そうとした。
風が舞う、操るのが間に合わない、振りかかる砂が、夢人の身体を覆った――
薄暗いダンジョンの中を、夢人達は進んでいた。
パーティは四人。夢人、ファイター、プリースト、メイジ。
連携が取れている。ダンジョンを、すいすい進んでいく。
「よぉ、夢人!お前が復帰してくれて助かったぜ」
ああ、そうだ。自分は症状が回復したのだ。
だからもう、幻覚も見えない。ダンジョンの中を進んでいくことができる。
……夢人達は、どんどん、どんどん、ダンジョンを進んでいく。
「鑑定が出来ねえと面倒くせえなあ。次はビショップでも仲間に増やすか」
心当たりはねえか?とファイターは夢人に聞いた。
夢人 そ 問に し
「 みま が 私 で
そ かよ 振 っ
夢
「ごめんなさい、夢さん。負けちゃったわね」
夢人が目を覚ますと、真砂の顔が目の前にあった。
「大丈夫だった?何か、夢を見ていたみたいだけれど」
真砂に問われて、夢人は頭を振りながら起き上がる。
「大丈夫です。ただの、悪夢です」
真砂はくすくすと笑った。なぜだか顔が熱くなり、夢人は目の前のビショップから、目をそらした。