第三回戦SS・自宅その2
「はぁーっ……はぁーっ!」
量橋叶は深夜、ベッドの中で汗だくになりながら飛び起きた。
右目の痛みは、今も覚えている。彼女がC2バトルの二回戦で戦った相手。仙波透。
虫のような男。いつ何時、何処で野垂れ死んでもおかしくないような男に、彼女は敗れた。
あの痛みを覚えている。あの戦闘の、高揚も。
「……そろそろ、買い出しに行かなくちゃ」
汗だくの肢体の上からローブを羽織り、殺風景な部屋の隅に置かれた小さな冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターを一本取り出して彼女は呟いた。
その莫大な稼ぎに反し、彼女の暮らし向きは異様なまでに質素だ。殺風景な部屋には、最低限の家具以外にはインテリアも碌にない。
ただ、部屋を彩るものは人工衛星の模型とポスター。そして、埃を被った小さな家庭用プラネタリウム装置だけだ。
但し、いくら暮らし向きを質素にしようとも、身辺警護にかける資金は減らせない。この最上階の部屋、そして私設部隊も必要なコストだ。
叶はその家業のせいで、あちこちから恨みを買っている。例えば、二回戦のあの男も。恐らくは「誰か」の差し金だろう。
天窓から見える小さな空を見上げながら、彼女を思う。この吐き気がする星空の下でしか、彼女は力を振るえない。
それはまるで、呪いのようで。だから彼女は、それを。
ゴブリーチん 04
我等は 姿無きが故に
尻(それ)を畏れ
ビリッ、ビリビリ
星空を見上げる叶のシルエットに裂け目が生じはじめる。
彼女の身体を引き裂いて中から現れたのは、小太りの中年男性!紛うことなきゴブリー(50代男性、職業暗殺者。スケベしようぜ)である。
ちなみに余談だが、ゴブリーは寝るときは全裸派である。自動的に今も全裸である。よいこのみんなは見ちゃダメだ。
一応、危険な部分には「尻」のマークが出ているが、生放送なのでたまにズレるぞ!
「ゴーブゴブゴブ!」
首尾よく叶に成りすました彼は、このマンションのセキュリティを突破し、部屋の鍵を突破し、引き出しを漁り、ベッドの上でゴロゴロし、冷蔵庫を漁り、下着を部屋干ししていたのだ。
何のために?愚問!彼は暗尻者……もとい、暗殺者である。暗殺者とは、しばしば勘違いされがちだが少年をマフィアのボスに育てたり、タコになったり先生になったりする職業ではない。
そう、ネット広告に出る仕事なのである。そのアフィリエイト収入で彼は尻磨き粉を購入し、毎日尻を磨いている。そう、物理的に。
「ふうっ、あの姿もなかなか良かったゴブが……」
他人に擬態し、成りすます。それこそが変身術の真骨頂。それは完全に変身する対象に「尻り代わる」ことを意味する。
姿を真似、思考をトレースするそれは、最早変装の域には留まらない。トランスとでも呼ぶべきである。
ちなみに、トランスは変形(トランスフォーメーション)の略だ。ロボットアニメとかによくある、物理的に無理のあるアレとだいたい同じ原理である。
部屋の主はまだ、帰還する様子が無い。恨みを持つ者による追い討ちの襲撃を警戒しているのか、それとも、別の理由なのか。
直前まで彼女に成り代わっていたゴブリーは、それを確かに知っていたはずなのだが。
「忘れちゃったゴブ……」
彼は頭を抱える。完全な変装中は別人ゆえ、必ず記憶を引き継げるべきではない。覚えておかねばならないことは、きちんと心……いや、尻に刻んでおくべきだった。
だが、彼女に成り代わる前のことは覚えている。話は十行くらい前に戻る。そう、彼は暗殺者。アフィリエイト広告で稼ぐユーチューバーの親戚である。
その人生に、近頃暗雲が立ち込め始めたのだ。量橋叶は占い師である。その客の中には、芸能関係者も含まれている。
そんな彼女がプロダクションの社長に「色物(イロモノ)に投資するのは止めた方がいいのではなくて?」などと余計なことを吹き込んだせいで、ゴブリーは十把ひとからげに「卒業」させられてしまったのだ。
アイドルとして成り上がり、ゆくゆくは武道館ライブ、SKB(シリケービー)グループの結成、ゴブリー劇場の建築、始球式での投球等を実現するという壮大な夢は、水泡へと帰してしまった。
「許せんゴブ……あいつも「卒業」させてやるゴブ」
尤も、諸々にトドメを刺したのは完全に本人の所業なのだが、ゴブリーはそれを忘れている。(詳しくは二回戦・その2のSSを読んでネ!)
プロダクション社長とプロデューサーは既に尻祭りに上げた。残るは、元凶の量橋叶のみ。
アイドルをクビになり、広告収入が激減したケツを彼女に払わせる。それが、今のゴブリーの動機だった。
だから彼は、彼女に尻り代わり、獲物を待ち構えている。
「……そうとわかっていて、近づくわけが無いでしょう」
自室を見渡すビルの屋上で、本物の量橋叶は溜息を吐く。都会の空は暗く霞み、都市の光が星星を覆い隠してくれている。
だから、彼女はこの場所に住んでいる。いや、住んで『いた』。
『逆巻く星占い』は、フィジカルファイターとは究極的に相性が悪い。
単純な力勝負ならば拮抗する方法が無いわけではないが。鍛錬を積んだ格闘者は天敵だ。
「スイッチを」
私兵の一人が、彼女に無線式の起爆スイッチを手渡す。それを、叶は躊躇無く起動した。
直後。高層マンションの最上階から火の手が上がる。部屋に仕込まれた証拠隠滅のための自爆装置が起動したのだ。
燃えるマンションを、彼女は遠くから眺めている。標的は幸いにも暗殺者だ。罪を被せるのに、これ程適した相手も中々居まい。
C2バトル参加者の動きは、可能な限り追っている。しかも、他に目立つ犠牲者を出せば当然、企ては明らかとなる。
故に、ゴブリーの標的は自明の理として彼女の知るところとなっていた。
「どうやら、私的な怨恨と見て間違い無さそうですね」
あの部屋には、彼女の職業柄、色々と『不味いもの』の情報が蓄えられている。言い換えれば、狙われる心当たりがありすぎる。
侵入者の目的や背後関係が不明である以上、それが判明するまで泳がせるのは当然だ。
彼女の情報網は密でこそあるが、全能ではない。そうであれば。彼女は敗北を喫してはいなかった筈だ。
結局、侵入者はそれらに興味を示すことは一切なく、監視は徒労に終わった。実際の監視にあたった私兵隊の中には精神的苦痛から休職を申し出る者が数名出たが、それも必要なコストだ。
……ただ、唯一惜しむことがあるとするならば。あの小さなプラネタリウムを、もう見ることはできなってしまうことだろうか。
「大変ゴブー!部屋が燃えてるゴブー!」
爆発を尻で捌いた後も、ゴブリーは行く手を炎に塞がれていた。もしも、彼の全身が尻であったなら。ここから悠々と逃げ延びることができただろう。
だが人間は、ケツだけ星人ではない。その自明の理は覆し難く。このままではゴブリーは蒸尻焼きになってしまう!
「これは、取って置きのアレを使うしかないゴブー」
以前のゴブリーなら、ここで手詰まりだった。だが、彼の尻は既に彼の尻であって彼の尻に非ず。
(ゴブリー……ゴブリー、よく聞くのです)
尻の声が、彼に語りかけてくる。
”ナインオーガ”との対戦の最中、彼の尻技は新たな境地へと達した。
あの未体験の感覚で、思い出したことがある。それは……彼の、生まれと成り立ち。
「それは全ての尻、全ての怨恨を齎すゴブリーが故郷……」
ただ、衝動の赴くままに。彼は尻を構え、ズボンを下ろす仕草をする。そして、尻が……割れていく!二つに!
「四十八の殺尻技が一つ、真っ尻・キングダム!」
尻が輝く。そして構えた尻の向こう側に、白亜の尻壁(※注:壁尻ではない)が顕現する!
彼の心が折れぬ限り、心の王国が屈さぬ限り。決してその尻が敗れ去ることはない。既に二回ほど敗れ去っているが、ノーカンだ。
そう、嘗て存在した尻の国。彼は、そこの王子だった。だが、王国は既に滅びた。
……あれは、もう、50年近くも前のことだ。
(回想はじまり)
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(回想おわり)
こうして、彼はただ一人、尻技の伝道師としていき続けることとなったのだ。
尻の壁は炎を払い、尻の如く割り開き道をあける。そこをゴブリーは悠々と進んでいく。彼の前にはただ二つに裂けた尻があり、彼の後に尻は無し。
その行く手を知る者は居ない。尻だけに。
唯一問題があるとすれば。裂けた尻に挟んでいたC2カードを、全裸の彼が落としたまま忘れてしまったことだろうか。
今回はセクシーシーン盛りだくさんだったね!さあ次回以降もゴブリーは様々な尻技でエッチに戦うぞ!お楽しみに!
最終更新:2016年09月17日 23:38