第三回戦SS・河川その2

「うう…二連敗…」

鮎阪千夜はベッドの上で布団に包まりながらゴロゴロと左右に転がっている。

「なんや、また芋虫になってんの」

そしてその千夜に話しかけた少女の名は「古巣 多舌(ふるす たたん)」
二回戦第六試合その1のSSでも登場したが、そのSSは敗北した非正史のクズであるので
念のためにもう一度説明すると彼女は鮎阪千夜の友人であり
彼女と同じ学校に通い同じ学生寮の同じ部屋に住み同じく魔人である。

「ほら、いつまでもいじけてへんで次の相手について考えよ、この人とかどうやろか?」

多舌は試合の録画画面を千夜に見せる。
そこには傀洞グロットが映っていた。





パン屋の中で店の主である娘と千夜が楽しそうに会話してるのを見つめ
傀洞グロットはまんまと敵に懐に潜り込まれてしまったこの状況に焦りを感じていた。

千夜は予めグロットが拠点としているパン屋の情報を集め
そのパン屋のある街に着くとメガホンを使い大声でパン屋の宣伝を行いながら
街を練り歩いて堂々とやってきたのだ。

メガホンでの大声により自分が千夜の存在を認識するよりも先に
グロットと理想都市の住人達は千夜の能力影響を受け千夜を攻撃する事ができなくなってしまった。

そして店に着くと千夜は様々な言葉でパンを褒め、娘と仲良くなった。
無論、それは千夜の能力による影響が強い、彼女の精神操作能力は
自分の技術に誇りを持つ人間に対してはより強い効き目を持つ。
娘は普通であれば初対面の人間などどんなに友好的であっても
先ほどからグロットが時折睨み付けてさえいるこの少女に
そこまで心開くことはなかったであろう

「や、ほんまこのクロワッサンとかめっちゃいい香りやし
こっちのポンデケージョももっちもちやし、
ピザパンも具がったぷりで美味しいしうちの近所にもこういう店欲しいわあ」

「ありがとう、そういってもらえると励みになります」

そうして他愛のない会話を続け
やがて閉店時間となると千夜はおしゃべりをしながら
閉店作業を手伝い、それが終わると娘に夕方の街の散歩を提案しだした。

(これは明らかな罠だ、彼女を守るためにもなんとしても止めなければ…)

グロットは千夜の提案を何度も止めようと思ったが
すっかり千夜と打ち解けてしまった娘の楽しそうな笑顔と千夜の能力に阻まれてしまう。

娘を守らなければと想えば想う程、それをできないという気持ちが沸いてくる。
だがしかしその、病院での戦いの様にこの能力の影響下でも
強い感情を持てば攻撃も可能であるはず、恐らくそれ故に下手にこちらに手出しをせずに
こうやっておしゃべりを続けているのだろう。

千夜は散歩しながらもパンの話以外にも様々な話を語った
自分がなぜ戦うのか、自分の姉の話、自分が戦った二人の相手の話。

やがて千夜は街を流れる川の上に架かる小さな橋の上で立ち止まった。

「…ほんまにゴメンな」

千夜ははにかんだ笑顔で娘に謝罪した。
娘はそれが何に対する謝罪なのかわからず戸惑った。

一瞬の出来事だった。
突然千夜はよっこいしょと立ち上がるとおもむろに
娘の襟首と太ももを掴み持ち上げお姫様抱っこのような体勢を作る。

「えいっ」

千夜は娘を思い切り投げ飛ばした。180cm70kg台の膂力!
娘は訳が分からないまま宙を飛び、やがて川の中ほどで
大きな音とちょっとした水柱を作り出した。

「っ!?あ、貴方!!」
「いやーホンマ、大変ですね」

千夜は出来るだけ呑気な風を装いながらグロットに話しかける
先ほどと同じようにメガホンを構え、理想都市の住人達にも聞こえるように。

娘は溺れそうになりもがきながら徐々に下流へと流されつつある。

「や、着衣状態でこの川に流されるんはかなり危ないんちゃいます?
これは直ぐに助けに行かな溺れてまうんちゃうかなあ?
この川、流れはそんなでもないですけど、見た目の割に結構深いらしいですし」

グロットは千夜に対する激しい怒りを露わにしつつも千夜を攻撃することも
理想都市の住人に攻撃を指示することもできずにいた。

千夜の言葉は一応は娘を心配する形であり、河川の情報もまた娘の安否に関わる事である。
それはグロットにとって無意識的に『興味の深い話』として認識され
千夜の能力によって深い魅了をされてしまい攻撃できないのだ。

「ホラ、グロットさんも服脱いで早よ飛び込まな!」

グロットは千夜の狙いがなんであるかを理解した。
だが迷っている暇はない、バトルの直接の当事者でない
娘の身に何かあれば取り返しのつかない事になる。
また、理想都市の住人達は元々人通りの少ないこの河川敷では目立つために
少し離れた物陰で待機してある、今娘を助ける事ができるのは自分だけだ。

グロットは、直ぐに衣服を脱ぎ始める、その衣服の中にはC2カードを隠している
C2カードを密かに抜き取り、持ったままか、或いは下着に挟んで泳ぐか?
いや、先ほどから背後に千夜の視線と存在感を感じる、恐らくそういった動きを見せ次第
C2カードを無理やり奪うつもりなのだろう。

これは先の戦いで人質作戦を取ろうとした事への報いだろうか
グロットはそんな自分らしからぬ非論理的思考に囚われつつも川に飛び込む。

幸い今日は気温が高く、水温も温い。
今すぐに助け出せば大丈夫なはずだ。

だが娘への距離はなかなか縮まらない、娘が放り投げられてから
自分が川に飛び込むまではほんの一瞬の僅かな逡巡のつもりであったが
かなりの時間が既に経っていたのか、急がねば。

そのとき必死に泳ぐグロットの視界、娘よりもさらに遠くに
下流からスクール水着を着た小柄な少女が滑らかに川を泳いでるのが見えた
その位置と速度から察するに少女はグロットよりも先に娘の元へとたどり着こうとしている。

「何を…するつもりだ!」

グロットは少女に向かって大声で叫ぶ
なんとしても先に娘の元にたどり着かなければ
まさか、勝負は決したうえでこれ以上の仕打ちをするというのか!

しかし、少女はグロットよりも先に娘の元へとたどり着くと
ゆっくりと優しく娘を抱き寄せ、小さな自分の背中に背負い
そのまま軽やかに泳ぎ、グロットの元へと向かいながら話しかけた。

「えーと…言いたい事はあるう思いますけど…
まあ、娘さんはちょっと水飲んでしもうたみたいやけど
大丈夫走そうやし…とりあえず上がってからにしません?」

少女は娘の片腕を抱え、グロットに一緒に背負うように促した。
この少女の名は古巣多舌、鮎阪千夜の友人である。

グロットが多舌と共に娘を背負うと、多舌は気まずそうに岸の方を向いた。
グロットも思わずつられてそっちの方向を向くとグロットの衣服から
盗み出したC2カードを手にした千夜が両手を合わせて頭を下げ、身体いっぱいに謝罪を表していた。

「どちらにせよ自分たちで助けるつもりだったとでもいうのですか…」

グロットは千夜の企みに完全に乗せられた事に怒りそして呆れた

やがて戦いに関わった全ての者がそれぞれの思いを抱き、大きなため息をついた。

最終更新:2016年09月18日 00:11