アリアは、C2バトル運営の息がかかる病院で目を覚ました。
C2カードの再生力の莫大さに感心しながら、いつもの目覚めのように
「未来」
と呼びかける。
返事はない。
おかしい。
いつもであれば、
「アリア様おはようございます、さあ、目覚めのキスをしましょう!」
といった類のウザったいセリフを吐く未来の顔が視界に入るはずだった。
「未来、ふざけてるの?」
「アリア様」
その声は、いつものクソレズのものではなく、ひどく冷たく病室に響いた。
「巡夜未来様からのメッセージです」
C2バトルのスタッフだろう一人が、紙切れを手渡す。
「あのバカ‥‥」
アリアはそのメッセージに目を通して、
苦々しげにつぶやいた。
===
「死にたい。死のう。どう死のう」
巡夜未来はひとりでトボトボと歩いていた。
未来は、アリアよりも一足先に病室で目を覚ました。
そして、先の対戦の映像を見たのである。
ショックであった。
【宮内庁異端審問部検閲済】の方ではない、
自らのアリア様への愛が、アリア様を灰化してしまったという結果に対してた。
未来は、確かに本気でアホではあったが、アリアのためになら本気で死ねると思っていた。
だが、アリア様のために死ぬどころか、自分のことをかばわせた上に、自らの行動によってアリア様に止めを刺してしまったのだ。
マジで本気で辛いし、作者としてもどうすればいいのかわからない。
だんだん視界がにじんできた。辛い‥‥。
チクショー!未来がアリア様に止めをさしたら次はどうすればいいんだよ!!
負けた時のことは考えてなかったよ!!!なかったんだよ!!!!
===
「さて」
七坂七美CEOが告げる。
「我々が倒すべき最後の敵について話をしましょう」
開発部の面々を見回しながら、ターゲットの情報を提示する。
「人々の平穏を脅かす、高級モンスターたる吸血鬼。
アリア・B・ラッドノート。
彼女を討ち取ります」
その場の誰もが異論を挟まない。
全国民武装化において、彼女のように我が物顔で地上を闊歩するモンスターは
まさに七坂グループが提供する武器が倒す敵であるからだ。
「彼女は先の戦いで敗れはしましたが、
それも【宮内庁異端審問部検閲済】と化した五色であるからこそです。
そのような危険なモンスターを我々の武器で討伐できれば、
『全国民の武装義務化』へと世論も大きく傾くでしょう」
兄の七鬼が、黙って七美にその武器を渡す。
「敵は強大です。
だからこそ、出し惜しみはしません。
当然、重要な一戦と認めます。
喚ぶは忠義を司る第三。その刻銘を『Beni plover』
そして、
喚ぶは慈愛を司る第四。その刻銘を『【宮内庁異端審問部検閲済】の光』」
===
「うわああああああああ」
未来は走っていた!メロスのように!
「私のバカああああああああああ!死んじゃえええええ!!」
未来はアリアのことをもちろんいまだに愛している。
だからこそいまだにアリアの能力の恩恵を受けていた。
今彼女は走力がめっちゃ強化されている。
とりあえず総力を強化させた流れにしたが、この後どう電力施設につなげばいいのか?
分からないぞ。
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===
「下僕の分際で、私から逃れると思わないことね」
アリア様は怒っていた。
そりゃ怒る!
身を挺して守った下僕が、勝手な罪悪感で逃げているのだから!
バカ!アホ!
「吸血鬼の力、教えてあげるわ」
今、あらゆる闇は、アリアの味方だ。
闇が蠢く。
===
未来は走るのをやめていた。メロス(元ネタのように)のように。
ふつうに疲れたからだ。
そこはたまたま無人の電力施設であった。
いい感じの理由は思い浮かばなかった。すまねぇ‥‥。
「私、アリア様に尽くすことだけは、絶対に違えないと思っていたのに‥‥」
マジ泣きである。
泣き疲れて、未来はそのまま寝入ってしまった。
===
「未来さん、こんにちは」
未来が誰かの声によって起こされることは少ない。
未来にとって、アリア様の寝顔を見ることはマジで至福の一時なので、
意外に早寝早起きなのだ。
「誰‥‥?ですか‥‥?
私のような‥‥
クソみたいなアリア様の元下僕に声をかけるのは‥‥」
「あら、『元』下僕なのですか?」
美しい声に導かれ、目を見開く未来。
目の前には七坂七美CEO。
未来も、対戦相手の調査のために、スクリーンを通しては彼女を見ていた。
だが、実物で見る彼女は‥‥、マジで美しい‥‥!
すまん、この美しさを伝える語彙がねェ‥‥!
「美人すぎる‥‥。黒髪ロングお嬢様‥‥。好き‥‥」
おい!お前、浮気か!
「お褒め頂いて恐縮ですが、
私はお嬢様でなくCEOです」
「は、はい。
七坂七美CEO‥‥」
未来は顔を赤らめる。
その瞬間、七美はスッと未来の頭にそれをかぶせた。
百合NTRっていいよね~。
===
満月の夜に、七坂七美とアリア・B・ラッドノートは向き合った。
ふたりが戦うのに、最適な夜と言える。
アリア・B・ラッドノートにとっては、自らの力を最大限に引き出せる夜である。
七坂七美にとっては、その最大限のアリアを討伐できることを証明できる夜である。
「どういうつもりかしら、七坂七美お嬢様?」
アリアが月を背にして問う。
「どういうつもり‥‥とは?」
七美が月の光を受けながら応える。
七美の傍には1人の人影。
彼女の名は、巡夜未来。アリアの下僕、だったはずの少女。
彼女は今、パワードスーツめいた機械を装着していた。
「どうして、私の下僕が、あなたの傍に立っているのかしら?」
アリアは、生まれて初めてと言えるほどの、満面の笑みを浮かべていた。コワい。
「もちろん、彼女が私に『忠義』を誓ったからですよ」
七坂七美も、営業スマイルを浮かべる。美しい!
「ぶっ潰す」
「まぁ怖い。やはりモンスターは倒さなければならない敵なのですね」
ふたりの美人が、向き合った。
===
忠義を司る第三。その刻銘を『Beni plover』。
それは、ヘルメットを装着させた相手に強制的に『忠義』を誓わせる武装である。
危険な侵入者を、お手頃価格で無力化します。
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「いったいどんなあくどい手を使ったのかしら?」
「さあ、どんな手かしら?」
あくどい手というか、ふつうに被せることができて七美もビビっていたが、
なんか言うのはアレだったので七美は言わなかった。
「国民の皆様の敵は、倒します。
『【宮内庁異端審問部検閲済】の光』」
眩しい!
象徴的な光だ!吸血鬼は死ぬ!
はずだった。
「悪いけれど、そんな贋作ではやられないわ」
すごくつらかったけど、第三試合の駅を読むと、
どうやら【宮内庁異端審問部検閲済】の力ですらアリアの止めを刺すことすらできなかったっポイのだ!
だからさすがにセブンの武装の一つとはいえアリアの止めを刺すことはできない。
アリアを、『【宮内庁異端審問部検閲済】の光』が焦がしていく。
でも、この光よりも、未来の頬ずりの方が、よっぽど痛かった!
===
すまん、申し訳ない。ゴメン‥‥。
でも俺が弱かっただけで百合は最強なんだ‥‥。
クソラジオも悪くねェんだ!
===
アリアが七坂七美(半裸)の首筋を一噛。
その瞬間である。
「ふ ざ け る な ー ー ー ー!
アリア様の食糧は私だけだーーーーーー!!!」
嫉妬とは、愛の表出のひとつ。
故に、嫉妬に狂った、未来は強い。
クソ強い。
忠義の『Beni plover』を気合で吹き飛ばし、
未来の右ストレートが七美に突き刺さり、七美は意識を失った。
勝者―アリア・B・ラッドノート
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七美が目を覚ますと、その視界に兄の七鬼が入った。
その表情は、ひどくイラついている。
「お前、わざと負けただろ」
ここまで、能力を介さずに兄の気持ちを直球でぶつけられたのは久しぶりだった。
「まあ、何のことですか?」
「お前は、やはりCEOには向いていない。甘すぎる」
「まさか、相手が予想以上の強さだっただけのことです」
体力は底の底だろうに、七美は無理に笑顔を浮かべた。
C2バトルを通して生まれていた流れがある。
人外たちの戦いは、彼らが良くも悪くも、『人間』と同じ土俵であることを知らしめていた。
その上に、七坂七美のこの敗北。
この戦いによって、世論はモンスターも社会の一員であるという方向に進むだろう。
彼女たちは、尊かったのだから。
「俺だけが我慢すればよかったことだ」
「あなただけを我慢させることが許せなかったのです」
七坂七鬼、
『セブンオーガ』と言う名の都市伝説のひとつ。
赤子に取り憑くという怪異である。
彼は、七坂七美の肉親でありながら、『人間』を脅かす人外のひとりであった。
でも。
人外であろうと、
七坂七美にとっては、
唯一の兄だ。
「はじめから、これがお前の望みだったわけだな‥‥」
「まさか、そんな訳ないじゃないですか」
お嬢様の微笑みを見ながら、人外の兄はため息をついた。