C2バトルでの優勝という道を諦め、それでもなお『最強』を目指す飯綱火誠也にとって、絶対に戦わなくてはならない相手がいる。
大原吉蔵――アンダーグラウンドの魔人格闘リーグ、その初代チャンピオン。
五色那由他に敗北を喫したものの、間違いなく最強候補の一人。この男に挑まない理由などない。
故に、堂々と挑戦状を送り付けた。
「あんたが大原吉蔵だな」
「いかにも。飯綱火誠也」
二人が向き合うのは決戦場として名高い、富士山頂上の円形バトルフィールドだ。
直径50mの石のリングは、古来より果し合いの場として用いられてきた。
この場所に誘われ、それを拒めば、闘者としてのメンツは激しく傷つけられることとなる。
大原ならば断わりはしないと分かっていた。
「さっそく戦いたい」
「ホッホ。言うておくが……ワシは」
大原があずき色のジャージを脱ぎ捨て、放り投げた。それが地面に落ちるのが合図となった。
「――強いぞっ! ヌゥンッ……『セイクリッドバインド』ッ!」
大原が繰り出す鞭状の白炎が、飯綱火の足首へと絡みつく。だが――
「破ァッ!」
「何ぃっ!!」
飯綱火の鋭い蹴りが、白炎を掻き消す。
そのまま流れるように、後ろ回し蹴りに繋げる攻撃。
大原は間一髪でブリッジ回避!
「ふぅむ……なるほど、そうきたか」
(やっぱりな……セイクリッドファイア、基本的な性質は『炎』だ。つまり――)
(酸素の薄い場所では、出力が落ちる!)
ついでにいえば飯綱火は血液ドーピングによって血中ヘモグロビン濃度を増やし、高地においても平時と変わらない感覚で戦えている。
額から汗を流しながらも、飯綱火は確かな戦場アドバンテージを握った手応えを感じていた。
だが――
「一つ断っておこうかの。ワシはもう闘技者ではないし」
大原は懐から、小刀を抜く。脂交じりの工業廃水のようにてらてらと光る、不気味な刃だった。
「ここは、お前さんの知る闘技場でもないぞい」
大原がゆっくりと一歩、飯綱火に近づいた。
(何だ……なにか……まずい――ッ)
飯綱火は防御力を代償に、知覚力を撥ね上げる。
その時には、もう手遅れだった。
「がっ……!?」
大原の握る小刀が、飯綱火の肩を深く突き刺していた。
大原家の物置には、かつての戦いで手に入れた思い出の品々がしまってある。
魔竜の血を吸った、決して折れることのない剣。
白鯨の骨より作りし、あらゆるものを貫く槍。
千本の木が茂る山を、一振りで丸裸にした伝説の薪割り斧。
大原にとっての最強の定義に、徒手空拳であるか否かは関係ない。
一回戦、二回戦では飛行機の持ち物チェックに引っ掛かるために持ち出せなかっただけだ。
それらの武器を、今回使わない理由はない。
幻惑の力を持ち、距離感を誤らせる妖刀――他と比べて地味ではあるが、飯綱火のように素手での戦いに慣れた者にとって最大の力を発揮する武器。
それが、今回大原が選んだ得物だった。
咄嗟に筋肉を締める。小刀を抜いて二の太刀を浴びせようとした大原の手が止まる。
「じゃあこっちでいいわい」
大原は素早くマウントを取り、飯綱火の顔面を拳でめちゃくちゃに殴りつけた。
パウンド、パウンド、パウンド、パウンド……
(あ、やば……)
拳を受ければ分かる――刀での一撃は、一つのきっかけに過ぎない。戦いを続ければ、早かれ遅かれこうなった。
如何ともしがたい、圧倒的実力差――相手が能力を発揮しにくいフィールドがどうとか、上手く自分の能力を生かしてどうとか。
認めたくはないが――そんな些細な事では埋められない壁が、吉蔵と誠也の間にはあった。
それでも。
(かっこよく戦うんだろ、飯綱火誠也。最強になるんだろ)
飯綱火誠也は、戦いを投げ出すことはない。
『LIMIT UNLIMITED』発動――
「……きする」
ぼそりと、飯綱火は何かを呟いた。
「何か言ったかの?」
「爺さん、俺が勝つよ」
はっきりとした声で、飯綱火は応えた。次の瞬間、大原の顔面を強烈な一撃が見舞い、その身体を吹き飛ばした。
「か、は……」
「――うおおおおおおぉぉぉおぉぉ!!!」
衝撃のの暴風雨――連打、連打、連打、連打。
一発一発が恐るべき威力を誇る鋼のごとき拳が吉蔵を襲う!
その威力――五色那由他の必殺技、死後退位拳以上!
解せない。これほどの攻撃を放てるならば、なぜ最初から使わなかったのか。
戦いの中で、飯綱火がこれを放つに至るだけの布石が、どこかに打たれていたのか。
その思考を最後に、大原吉蔵の意識は途絶えた。
吉蔵が意識を取り戻したのは、決着から30分ほど経ってからのこと。
C2カードによる負傷の修復――覚束ない足取りで立ち上がった大原の足元に転がっていたのは。
「ウソじゃろう、おい」
冷たい亡骸となった、飯綱火誠也だった。
石畳のフィールドを見渡す――1枚の黒いカードが、ぽつんと落ちている。
「俺は、C2バトルを放棄する」
飯綱火の能力『LIMIT UNLIMITED』。
自分自身、あるいは承諾を得た他者に「制約」を課し、その重さに応じて任意のパフォーマンスを引き上げる能力。
ただし、同じ制約であっても「重さ」は状況によって変化する。
自然、C2カードによって回復が確約された状況では、その真価が発揮されるはずもない。
C2カードの所有権を放棄することで、命を懸けることが莫大な対価となり得る。
最後のラッシュを撃つ直前、飯綱火はカードの所有権を手放した。
C2カード、ならびに中幕二部から受けられるフォローの全てを捨て、自身の対価
それだけが、
「そうまでして、勝ちを望んだのか」
「ワシの負けじゃよ、飯綱火……全く、無茶しおって」
五色那由他にすら認めることのなかった敗北を、大原吉蔵は認めた。
【第四回戦第3試合(山岳)/飯綱火誠也vs大原吉蔵/勝者:大原吉蔵】
「……若造め。ワシは勝ち逃げは許さんぞ」
大原の身体から、真っ白な炎が噴き出した。
炎はゆっくりと飯綱火の亡骸を包み、激しく燃え上がり、そして――
「なんで生きてんだ?」
知らない天井――柔らかい布団の中で、飯綱火誠也は目覚めた。優しい木の匂いの日本家屋――どこか暖かな雰囲気。
「あら、目が覚めたのね。良かったわ」
若い頃はさぞ美人だったのだろうと思わせる、しゃんと背筋の伸びた優しげな老婆が声を掛けた。
それで飯綱火は、自分が大原吉蔵の家にいるのだと分かった。
「あの、吉蔵さんは……」
「ええと……その、気に病まないでね。おじいさんは、力を使い果たしてしまったの」
「死者の蘇生は、セイクリッドファイアを使ってもなお困難だったのよ。
おじいさんは魔人能力を失った。そしてそれは、C2カードが修復してくれる『ダメージ』とは見なされなかった」
「あの、それって……」
「戦いから帰ってきたおじいさんは、ずいぶん元気がなくなってしまったの。食事も喉を通らないぐらいに弱ってしまって、布団で寝込んで、そして……」
「まさか――」
嘘だ。あの老人が――馬鹿らしくなるぐらい強かったあのクソジジイが、死ぬわけが――
「昨日急に元気になったから、カツ丼を三杯も平らげて修行に出掛けたわ」
「……は?」
「お友達と一緒にね。ワシはもっと強くなる、ですって」
飯綱火はずっこけそうになった。
しかし、そうか――あんな老人が闘志衰えていないというのに、自分が休んでいるわけになどいかない。
自分も旅に出てみようか。アンダーグラウンドの外にもまだ見ぬ強者たちが幾らでもいると、今回の戦いが教えてくれた。
武者修行に回って、世界中で戦って――そして、また好敵手たちに戦いを挑むのだ。
誠也自身の目指す『最強』のために。
グッと握った拳から、純白の炎がぼうっと噴き出した。
飯綱火は目を見開き、知代子は面白そうに「あらあら」と笑った。
「おうい、重ちゃん! 貞ちゃん! お前さんら遅いわ!」
「ックシュンッ! こ、こんなの聞いとらんぞい、吉っちゃん!」
「賞金で南の島に連れてってくれるっていうから付いてきたのに……南極大陸って酷すぎんかのォ~~!」
「大王イカじゃあ!」
「わ、ワシらもう戦えんぞ!」
「ちょうどええわい、南極点で手に入れたこの新能力、試させてもらうわあっ!『氷と炎』ッ!!」
ハロー ハロー
ワシから新しい世界へ
ワシはきみと出会えてうれしい
ワシらのコードは正しくつながりそうですか
ワシの世界は正しく回転していますか
システムオールレッド
コミュニケーションは良好───────
――爺EACH
01――