幼女道。それは修羅の道也。
とある山の中腹。自然多き木々の中にそれはあった。
石垣に囲まれたその白い和風の建物は威風堂々とそこにそびえたっていた。
門の上部に掲げられた看板には「たいりろ」の文字が掘られている。
その佇まいは一種のわびさびすら感じさせた。
それは幼女道専門塾、ろりいた庵。
未来のプロ幼女達が日々幼女としての勉強をする塾である。
今は休憩時間で幼女たちは思い思いに寝転がったり遊んだりじゃれついたりしている。
そんな中、目前に枯山水の広がる縁側に一人の幼女が腰かける。
やや目付きの悪いその幼女は懐から箱を取り出し、中から取り出したそれを咥えた後、ふうと息を吐いた。
ココアシガレットだ。
「ししょー!ししょー!!」
緊張感のない声が響く。
声の主の金髪ロングストレートの幼女が縁側へ手を振りながら駆け寄ってくる。
背は黒髪の幼女よりもやや低く、バランスが悪いのかなんとなくふらふらと危なげに走っている。
それでいて、にこにこと屈託のない笑顔を振りまいていた。
「めこ、ししょーではなくありす先生と呼ばんか」
「いいじゃないですかししょーで!あと私もめこじゃなくて芽衣子ですよ!」
「めこは愛称だ……かわいくないか?」
「かわいいですけど!」
「ならいいだろう」
そういうとありすと呼ばれた幼女は再び息を吐きだした。
タバコを吸う真似をしているのだ。
「美味しそうですねししょー、もらっていいですか!」
「仕方ないな」
そういうとありすは箱からココアシガレットを一本取り出しめこに手渡す。
めこは受け取るなりココアシガレットをぽりぽりと全部食べてしまった。
「あっ……」
「なんですかししょー」
「いや、別に……」
しばらくの沈黙ののちありすは再びタバコを吸う真似をする。
めこはその様子を相変わらずにこにこしながら覗き込むように見るともう一本を無言で催促する。
ありすは無言で無視した。
「ししょーってタバコ吸わないんですね」
「言っておくが吸えないわけじゃない。けむたいのが苦手なんだ」
「それを吸えないっていうんじゃないですか」
ありすは少しだけむっとした顔をしてココアシガレットの端を少しだけ齧った。
そしてまた息をふっと吹き出し、めこを睨むように見た。
「だいたい幼女がタバコを吸うのは、その、どうなんだ」
「最近は案外そういうのも流行りですよ」
「幼女の世界も変わっていくものか……」
ありすはココアシガレットを口に咥えたまま俯く
そして若干の沈黙の後、呟いた。
「私もそろそろ幼女としての限界が来ているのかもしれないな」
「ししょー!何言ってるんですか!!」
めこは立ち上がって叫んだ。その顔は今までのようににこにこしておらず真剣な顔つきだった。
ありすの方も、ただでさえ悪い目付きがさらに険しくなり、真剣になっていた。
「ししょーはすごい幼女じゃないですか!!」
「しかし、近頃の幼女のセンスについていけなくなっている。」
「流行だけが幼女道じゃないはずです!」
「それだけじゃない。最近肌の張りが7歳並みから8歳並みになってきてしまっているんだ」
「8歳だって十分すごい幼女じゃないですか!」
「この間までは6歳だった!!」
ありすは思わず声を荒げた後、我にかえったようにばつの悪そうな顔をして俯いた。
めこは心配そうにありすを見つめる。
「……すまない。私はお前達のように才能のある幼女ではなくてな。大人げなかった」
「そ、そんな……だってししょーはあたしみたいに変身能力で幼女になってるわけじゃないじゃないですか」
「逆だ」
ありすはココアシガレットをふかしながら空を仰ぎ、ひとり言のように呟く。
「私にはそのような魔人能力がなかったからこのような手段で幼女となるしかなかった」
「ししょー……」
「私はかわいらしい性格でもなければ能力に恵まれているわけでもない。幼女を続けているのはただの意地のようなものだ。
めこ、お前は精進を続けていけばきっと立派な幼女になれる。それこそ死ぬまで幼女でいることも可能だろう。だが私は……」
「ししょー!そんな弱気、ししょーらしくないですよ!!」
めこはまっすぐにありすを見て叫ぶ。
「普段のししょーはもっと自信満々で怒りっぽくてえらそうじゃないですか!!」
「ほう、そんな風に私を見ていたのか」
「あ、いや、その、そ、そうじゃなくてですね」
めこは一瞬目を逸らしてから再び叫ぶ。
「もっと幼女であることに自信を持っているのがししょーじゃないですか!」
「……」
「どうしたんですかししょー。おかしいですよ急に」
「……いや、すまない。そうだな。少し柄にもなくセンチメンタルになっていたようだ」
ありすはココアシガレットを全て食べ切ってから立ち上がる。
めこはまだどこかその姿にふっきれていない空気を感じた。
「さあめこ。そろそろ休み時間も終わりだ」
「う、もうそんな時間ですか」
「私も準備をする。次の授業はまた厳しいぞ」
「はーい」
ありすはふーと強めに息を吹いた。
ありすは何やら不服そうな顔をして再び強く息を吹く。
ふー、ふー、ふー。
「……」
「……?」
めこが不思議そうな顔でありすを見る。
ありすは懐から一つの箱を取り出して、タブレット状のそれを口に含む。
「……ぴー」
フエラムネだ。
音が出ると満足そうにありすは次の授業の準備をするべく教員室へと向かった。
ぴー、ぴー、ぴー。
「……ししょー、くちぶえ吹けないんですね」
ありすは、いずれ幼女の仕事が出来なくなる事を恐れていた。
そういった能力を持つものと違い、自分の身体を騙し続けて幼女を続ける事に無理があるのではないかと思い始めていた。
生まれた時から幼女一筋に生きてきた彼女にとって幼女が出来なくなるということは強い恐怖であった。
ありすは首を強く振る。黒いツインテールが大きく揺れた。
今はとにかく後進を育てねばならない。
いずれ幼女でなくなる時が来ても、幼女道に明るい未来が開けているのであれば自分が幼女であった意味は十分にある。
そう自分を無理矢理納得させた。
教員室に戻ったありすは自分の机に見慣れぬ封筒が置いてある事に気がついた。
自分宛の郵便だ。誰かがここに置いてくれたのだろう。
宛先が書いてないそれをありすは無造作に破ると、中から一枚のカードが滑り落ちた。
「……これは」
幼女道、それは修羅の道也。
幼女道皆伝にして、幼女拳の使い手。
長鳴ありすの長い戦いが始まる。