巡夜未来はふだん、花を愛でる趣味を持たない。
そんな彼女が没入するほど、その薔薇園は美しかった。
(うわー。バラってこんなに綺麗なんだ。
あんまり、お花を眺めたことなかったけど
こんなにすごかったんだ!)
その薔薇園は迷路じみた構造になっていて、
未来はいつしか、自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまう。
(高校生にもなって迷子かよ
まぁ、でも歩いていたらそのうちどこかに出るでしょう)
迷おうと、未来の足を動かす速度は変わらない。
彼女は能天気と呼ばれる人種のひとりである。
(次の角は左に曲がろう。特に理由はないけれど)
その通りに行動した彼女の視界に、
薔薇に魅入る、ひとりの少女の姿が入る。
その少女は、
現実感の乏しいこの薔薇園においてすら、
さらに現実離れした容姿をしていた。
美しい銀髪をふたつに束ね、
その目には美しい緋色を携えている。
ゴシック調の服に身を包み、
愛らしい傘も彼女に影を落としていた。
(この子‥‥ 綺麗‥‥)
つい先刻まで未来の心を奪っていた薔薇たちは
今はもうその少女を際立たせるための背景と成り下がっていた。
自分でも気づかぬうちに、未来はその足を止め、その少女にくぎ付けになった。
その少女はしゃがみながら、微動だにせずに、薔薇をじっと眺めている。
未来に気付かぬほど、彼女は薔薇のことだけを見ていた。
でも不思議なことに、その視線の先は、花ではなかった。
(あ)
少女がすっと、その右手を薔薇に伸ばす。
未来は、その動きによって、自分が見ていたものが絵画でないことを思い出した。
(うわ、びっくりした。
全然知らない子に魅入っちゃってたよ!
でもあの子、一体何をしてるんだろう)
少女は、薔薇から手を離し、
今度はその手にじっと魅入りはじめた。
未来も彼女の手に視線を移し、
なんて白い肌なのだろうと感嘆の溜息を吐いた。
その直後、少女の異変に気付く。
彼女の人差し指から、白に映える赤が流れていた。
血だ。
その少女は、自らの指から血が溢れるのを、無表情に眺めているのだ。
その少女の名も
その少女が血を眺めていた理由も
未来は知らない。
「ちょ、ちょっと!
あなた、大丈夫!?」
だが、気づくと彼女は少女の元へと駆け寄り、声をかけていた。
それが、未来とアリアの出会いであった。
†
「‥‥なにこれ?」
タブレットから目を離し、アリアは問いかけた。
「読んでの通りですよ!
わたしとアリア様の出会いのシーンを文章化してみました!」
テンション高めに答えるのは、メイド服に身を包んだ未来だ。
アリアに呼び出しをくらってすっ飛んできた未来が、
その手に持っていたタブレットで何をしていたかを、
実際に読んでいただくことで説明していたのである。
「なんか、ふだん書きなれてない人が頑張ってポエミー目指しましたって感じの文章だね」
「的確かつ辛辣!!」
「あと、文章上とはいえ私を呼び捨てにしてるのがなんか腹立つ」
「はい、ごめんなさいアリア様!!!」
「ちょっとウザいからテンション下げて?」
「はい」
小学生に怒られてニコニコしている未来。
そう、彼女はロリコンだ!
「で、アリア様のご用件は何ですか?
いつも私が押しかけてばかりで
アリア様から呼んでくれるなんて超スーパーレアなんですけど
え?もしかして、ついに今日が初夜!?
ふたりで一線越えちゃう的な?」
「だからテンション下げて?」
「はい」
溜息をつきながら、
アリアは黒いカードを取り出す。
「こ、これは‥‥、今話題の‥‥!」
「うん。C2カード。
私も昨日、もらってたの」
「マジですか」
未来は瞬時に脳を回転させる。
(え、私、アリア様に今頼られちゃってる!?
ってそんなこと言ってる場合じゃなくて!
アリア様がヤバいことに巻き込まれている!
今、下僕の私ができることは何?
そもそも、なぜアリア様にC2カードが?)
未来も件の放送ジャックをつい先ほど見ていた。
その時は、自分とは遠くの現実離れした事件として、だったけれど。
でも、このカードはあのお爺ちゃんが『強者』と認めた人に送られたもののはずだ。
そこから導き出される結論とはつまり‥‥?
「なるほど、つまりこういう訳ですね。
私のアリア様への愛は、『最強』足りうる。
そうあのお爺ちゃんは判断したと!
Y染色体を持ってるわりにはやりますな、あのお爺ちゃん!」
アリアの能力、『B.compact』は、
下僕のことを、下僕の自身に対する愛の大きさに応じて強化する能力である。
度の超えたクソレズロリコン(アリア様一筋だよ!)である未来は、
この能力のおかげで、確かに無駄にクソ強い。
「大丈夫!
私がアリア様をお守りして見せましょう!
誰が相手だろうと、アリア様には指一本触れさせません!
そのかわり、私もそろそろアリア様にお触りしたいなー、なんて。きゃっ!」
アリアは先ほど以上に大きく溜息を吐く。
自分の意志を無視して勝手に下僕になったこのクソレズに頼ることが、
このC2カードとやらの対処としては、たしかに最適解であるようだった。
悲しいことに。
「いいわ。とりあえず一勝したらワンタッチさせてあげる」
「え、本当ですか!!?
うおおおおおおおおお!!!」
ワンタッチ許可に反応して強くなる未来。
愛って何だろうとアリアは思った。