第0話「走るなメロス!!帰ってこいアホー!!」
メロスは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
メロスには政治がわからぬ。
だって新聞も読まないし歴史とかの成績も悪いからだ。
イカれた魔人が闊歩する世の中ではあるが日本に邪知暴虐の王は居ない。
つまりメロスはラリっていた。
メロスは薬をキメていたわけではない。
夕張メロスは陸上部に所属する魔人である。
口笛を吹いたり羊を追いかけたり(酪農学科の生徒に凄く嫌がられた)して面白おかしく暮らしていた。
彼女の魔人能力「ランナーズハイ!」は走っている間、脳内麻薬をドパドパ分泌する能力であった。
走り出すと気持ちよくて無敵になれるのだ。
身体能力もめちゃくちゃ高くなる。
はっきり言って薬をキメているよりタチが悪い。
文句なしでドーピング扱いである。
「呆れた王だ!生かしておけぬ!」
呆れるどころか可哀想な目で見られている。
そう、メロスは幻覚を見ていたのだ!
ああ、メロス、なんというアホ。
黙っていればスポーツ系美少女といっても差し支えないのに完璧無敵にアホなのだ。
「うっひょう!ヒャー!」
およそ女子高生が発するべきでない奇声をあげてメロスは走り出した。
おそらく一週間は戻らないだろう。
メロスが走り去ったあとに一枚の紙切れが落ちていた。
「ン…アア…アン…アアア」
薄暗い教室に艶やかな嬌声が響き渡る。
ポッとロウソクに火が灯りわずかに室内を照らした。
「よっと、ちょおっと我慢してなー」
「ア…ン…」
教室の中央に置かれた寝台の上に裸の少女が横たわっている。
その体に跨るように別の少女が座っている。
全裸の少女の体を撫でるように揉みしだいた。
「体が熱い…ンア…」
横たわった処女が身をよじる、するとどうしたことだろう。
ややぽっちゃり気味といっても良かった少女の腰が細く、くびれすら出来ていく。
さらにロウソクに火が灯った。
「胸はどんくらいにすんの?」
「でぃ、Dで」
「おっけー」
大阪弁の少女が全裸の少女の胸を揉む、ロウソクの火が消え少女の胸が膨らんだように見えた。
「顔はなー、元々の良さもあるんやから、それを活かさんとね」
ロウソクの火が更に消えた。
数分後。
「マジで?これ、すごい」
鏡を見てはしゃぐ少女がいた。
整った顔は元々の良さを残しながらも可愛らしくなっている。
体のラインもメリハリがあると言ってもいい。
数千円を支払い喜びに満ちた表情で少女は教室をあとにした。
「まいどー」
女子高生の支払う金額としては安いとは言えないが、普通に考えれば格安の金額を財布にしまい、芹臼ぬん子はヒラヒラと手を振って客の少女を見送った。
芹臼ぬん子。
その魔人能力「カロリー☆メイク」は脂肪を熱エネルギー(カロリー)に変換し熱エネルギー(カロリー)を脂肪に変換する能力である。
「よう、ぬん子」
帰宅途中、不意に声をかけられた。
ぬん子が振り向くとスーツ姿の綺麗なお姉さんが立っている。
「ああ、先輩やないですか、どないかしたんです?」
学校のOGで今はヤのつく自由業に就職された先輩である。
「また、チチでも揉ませてくれるんですかァ?先輩やったらバストアップも安くさせてもらいますけど」
「悪いが私は、自分のバストには些か自信があるんで遠慮させてもらうよ、ぬん子」
「ええ~?先輩はDよりEの方が似合うと思うんやけどなあ」
「お前は本当に心はオッサンだな!!」
「何言うてるんです、こんな美少女女子高生捕まえて」
「お前なあ、女の子の体触りまくる趣味はほどほどにしといたほうが良いぞ」
「能力的にも直に触った方がええ感じになるんですゥ」
「触り方がエロいっつってんだよ」
「ええやないですかァ、減るもんじゃねーんですから」
「その発想がオッサンだっつーの」
ひと呼吸をおいてヤクザのお姉さんは一枚の紙を取り出し、ビシッっとぬん子に突きつけた。
「何です?ソレ?」
「借用書だな」
「はぁ、いちじゅうひゃく…。へぇー2億!」
「軽い気持ちで読んでるな」
「そらそうですやん、だって実際軽い気持ちなんやし」
「借り手の名前を見ろ」
「ぶはッ!!夕張やん。メロスのアホ借金なんかしたんですかァ?」
「ウチの組の幹部のな、黒塗りの高級車にな」
「追突?」
「いや、その車を跳ね飛ばして笑いながら走っていきやがった」
「アホか!!」
「まあ、とりあえず捕まえて賠償金を支払わせようと書かせたのがこの借用書だ」
「ん、まあ、でもまあアイツなら何とかならんことも」
「ないな、返済期限は今日だが、帰ってこない」
「まあ、しゃあないですよ。帰ってきてから何とかすればええやないですか」
「借用書を最後まで読め」
「はあ…はああああああ!?」
口を開けて目を見開き驚きの声をあげる。
ちょっと女子高生としてどうかと思える表情だ。
「お前が連帯保証人だ、ぬん子」
「いやいやいやいや、だってコレ書いてないですって」
首をブンブン振って否定する。
「この字はなんだ?」
「え?でも、書いてないし」
「夕張メロスの特技はなんだ?」
「走る事と。も、ものまね」
「あのアホはアホだがなモノマネで筆跡鑑定を突破するくらいの事はするぞ」
「ぎゃー」
女子高生としてどうかと思うような間抜けな悲鳴をあげて再び首を振る。
「はんこは?実印とかそういう!!」
「お前、実印は持ってなかったな。ぬん子」
「はい」
「それも夕張メロスが勝手に作ってくれたぞ」
「あのアホー!」
「ちゃんと法的に考えれば問題はあるかもしれんがな、それはそれなりの弁護士とかを立ててちゃんとした場合だ。こっちは厳密には法的にちゃんとしてないが表向きにはコレだけでも問題ないくらい無理は押し通せる事はできる、わかるな」
「えーと、つまり?」
「二億返して」
「メロスのアホー!!戻ってこいアホー!」
ヤクザのお姉さんはかっこよくタバコに火を点けて煙を吐き出す。
「まあ落ち着け、ぬん子」
「落ち着けるわけないやないですかァ!」
「お前から二億を取れるとは思ってねえよ」
「え、じゃあ」
「だから私から、仕事を紹介してやろう」
「いやだああああああああ」
「落ち着け」
「絶対アカンやつやん、それ」
「そんな事はねーよ、法に触れたりしないから」
「ホントに?」
「ああ本当だ、一つ目は船に乗って世界一周するだけの簡単な仕事だ、マグロも食える」
「いいいいいいやあああああああああああだあああああ!」
「まあ、これは肉体的に辛いからなあ、女子高生向きじゃない悪かった」
「死にますよ!なんでムキムキのオッサンに混じってマグロ釣りに行くんですかァ!」
「悪かった、こっちは簡単な仕事だ。お風呂に入るだけ」
「い゛や゛だああああああああ!!」
「なんだよ、お父さんみたいな人とお風呂に入るだけだぞ」
「ノー!!ダメ!!」
「気持ちいい事をすると更にお給料アップだ」
「ダメー!エロいのダメ!これでも純情乙女なんですゥ!初めては好きな人とォ!」
「なんだ処女か、それなら更にボーナスが…」
「ぎゃー!!」
「と言ってもな、他には法に触れるようなのしかないぞ、お前そういうの嫌だろ?」
「未成年の淫行も法に触れると思うんですけどォ?」
「確かに、なるほど盲点だったな」
「あー、知ってて言ってる顔やないですか!何とかしてくださいよォ、先輩やないですかァ」
「まあ、可愛い後輩の頼みだから何とかしてはやりたいがなー、ヤクザはあんまり洒落がきかねーからな」
泣きつくぬん子に困ったように思案するヤクザのお姉さん。
「あのー、すいませんだモン」
「ん?」
「なんや」
コントを繰り広げる二人に声をかけた存在は奇妙な姿をしていた。
丸い。
そんな印象である。
雪だるまのように丸を三つ積み重ねたような形に手足が生えている。
そんなシルエット。
服装からかろうじて郵便配達人である事、声から女性である事が辛うじて窺えた。
話しかけながらも鞄からとりだしたスナック菓子を口に運びモシャモシャと咀嚼している。
「芹臼ぬん子さんだモン?」
「え?ウチ?」
丸い愛嬌のある顔をかしげながら、ぬん子の名を呼んだ。
「お届けものだモン」
そう言って封筒を手渡す。
ぬん子が封筒をあけると黒いプラスチック製のカードが中から出てきた。
「なんだそりゃあ」
「なんですかね」
「それはC2カードだモン」
その瞬間、配達人が高速で回転した。
「ダブルラリアットだモーン!!」
「うおッ?」
「ぎにゃー!?」
凄まじい勢いで二人は弾き飛ばされる。
ぬん子の持つ黒いカード。
C2カードに「竹之里きの子、女性」の表示。
「あれれ?死なないモン?さては魔人だモン?」
モシャモシャとお菓子を食べながら、その女、きの子は首をかしげた。
「モン?やあるかー!」
「モン?」
「何すんねん」
「何ってダブルラリアットだモン」
「なんや、ダブルラリアットて!」
「ぷぷっ、ダブルラリアットも知らないモン?」
「知っとるわアホー」
「じゃあソレがダブルラリアットだモン」
「今の腹やないか!手ェ関係ないやろ!」
「この両手では掴めないものもあるんだモン」
まるで巨大なゴムボールのような腹が高速回転して二人をなぎ払ったのだ。
ぬん子はかろうじて立ち上がる。
植木に叩き込まれたヤクザのお姉さんはまだ起き上がってこない。
「何でいきなりこんな事すんねん言うとるんや」
「アレアレ?C2カードを知らないモン?」
そう言ってきの子は自分のカバンからカードを取り出す。
そこには「芹臼ぬん子、女性」の表示。
「このカードを持ってる者同士が戦うんだモン。勝てば一千万円もらえるモン」
「はああああ?」
「死んでも生き返らせてくれるそうだから、安心して死んでほしいモン」
「ちょお、待てェ」
「待たないモーン」
バウン!!
体を歪ませたきの子は空高くジャンプする。
あの巨体がまるでスーパーボールか何かのように弾んだのだ。
「ボディプレスだモーン」
「アホ!そんなもん避けたらええだけやん、ってうわああ!?」
奇妙な状況だった。
ぬん子の足元の地面に無数の突起物が生えているのだ。
その形は先ほどきの子が貪り食っていた「きのこの形をしたチョコレート菓子」に酷似している。
それらに足を絡め取られ動くことができないのだ。
おお、これこそが竹之里きの子の魔人能力「デブレスリング」である。
食べたお菓子の形に地形を変化させ相手の足場を崩した所を圧殺する、脅威のパワーアタック!
巨大な肉体と複雑な形の地面がより凶悪なダメージをシナジーする。
「スピンプレスだモーン」
「ぎゃー!!」
空中で高速回転を加えたきの子が落下する。
回転!落下!大圧殺!!
もはやぬん子に残されたのはすり潰されたボロ切れになる未来のみ。
だが、しかし!!
「も、モーン!?」
あと少しでぬん子を圧殺する所だったきの子の体から煙が噴出する。
その服が燃え上がったのだ
ジュ、ゴオオオ!!
肉の焼けるような音と臭いが立ち込める。
芹臼ぬん子の魔人能力がきの子の脂肪を熱に変えたのだ
「ッって、ヤアーッ!!」
「モガッモモーン!?」
ぬん子は足場を拳で叩き割り、振り向きざまの回し蹴りを放つ。
ドゴォ!!
回し蹴りが顔面にめり込みきの子は地面に倒れた。
脂肪が完全に燃焼し黒コゲであったがスレンダーな超美人になって。
「決着、お見事でェ、ございまァす」
「あん?」
振り向くと無表情で犬耳の女性が無感情なままぬん子を見ていた。
「私はァ、千代田様のォ、ボディガードの一人でェございまァす」
「千代田ァ?誰やねんそれ」
「このバトルのォ、主催者でェございまァす」
「いや、そんなん要らんから。もうやめるから、バトルとか。なにこれ怖いんやけど」
「それはァ、残念でェございまァす。でもとりあえずゥ、賞金をォお受け取りくださいませェ」
すっと差し出されたスコップ。
「え?何コレ?」
「うーらのはったけでポチがなくゥ」
「え?何歌ってんの?」
「正直爺さん掘ったらホイ、わおおおおおおおおん」
「???」
「その地面を、お掘りくださいませェ」
歌って吠えた犬耳の女が指さした地面を仕方なく掘ると。
「鞄?うわああ?金やん」
「それが賞金のォ、一千万でェございます。これからの戦いが嫌なのでェあれば、他人に譲り渡していただいてもォ構いません。それは私のォ能力で転送した賞金でェございます、ご自由にィお使いくださいませェ」
そういうと女は素早く去っていった。
「なんやったんやろ」
「金だな」
「うわあ?先輩生きてはったんですか?」
結構ズタボロのぬん子の後ろにヤクザのお姉さんがタバコを吸いながら立っていた。
「あの程度で死んでたまるか、標的がお前っぽいから隠れてたんだよ」
「あっ、卑怯やないですかァ?」
「なんでそんな戦いに巻き込まれないといけねーんだよ」
「先輩と後輩の仲やないですか」
「知らん、それよりも、だ」
「それより?」
「金だな、これで借金を返す方法が掴めたな」
「え?」
「C2カード。一回で一千万だぜ、やるしかないな」
「やらないとダメ?」
「やらねえならお風呂だ」
「いあやだあああ」
「じゃあ、こっちの方がマシだろう?」
「め、メロスのアホー!!帰ってこいアホンダラー!」
日が暮れかかった道で、芹臼ぬん子は涙を流して叫んだ。
第0話、了