「お、ホラホラ見てくださいよ!カバさんですよ!カバさん!」
試合開始から1時間が経過
「カバさんゆうたら、ピンク色の汗をかくって知っとった?」
「あー!それ知ってます、なんか乾燥とか雑菌を防ぐんですよね!」
アリア・B・ラッドノートは頭を抱えていた。
まさかC2バトルがこんな戦いになるとはまったく予想外であった。
最初に鮎阪千夜と遭遇し、C2バトルの開始を告げられた時
千夜は突然大声で自己紹介を始め、二人と仲良くなりたいと言い出し
三人で動物園を見て回る事を提案し始めたのだ。
それを聞いたアリアはあっけにとられながらも未来に攻撃を命じた。
未来も千夜がアリアと仲良くなって略奪愛を狙っているのではという疑いからそれに乗り気なハズだった。
しかし、いざ攻撃をしようとすると千夜はお構いなしに
動物園探索のプランを楽しそうに語りかけ、未来は攻撃を躊躇ってしまう。
アリアはそれが精神操作能力であると判断し、未来と対策を考えようとしていたが
横から口を挟んでくる千夜の話に乗ってしまい動物園探索をするハメになったのだ。
もちろん探索中もアリアは常に千夜の動きを警戒し、対策を考え続けるがどうにもいい案が思いつかない。
そして未来はすっかり千夜と打ち解け、仲良くなってしまった。
というのも千夜は先ほどから移動中などにアリアと未来の事を綴ったポエムを語り始めるのだ。
遭遇から5分程で千夜は未来とアリアの関係性を概ね理解し、こういった物語が
メイン攻撃手である未来に好まれると判断し、それが功を奏したのだ。
そんなこんなでアリアと未来はどっぷりと千夜の術中に嵌ったまま動物園探索を続けていた。
そしてアリアにとって何よりもおぞましいのがこのクソレズポエムを
自分自身も面白いと感じ聞き入ってしまっている事だ。
間違いなくそれは対戦相手である鮎阪千夜の能力によるものであり
それが精神操作能力の類である事は明白であったがそれにしても
このクソレズポエムをクソレズポエムと認識してながらも
もっと聞かせて欲しいと躰が求めているという状況はあまりに屈辱的だった。
試合開始から6時間が経過
日は暮れて動物園は閉園となり、三人はファミレスへと向かう事にした。
アリアはすっかり気が抜けきって千夜と仲良く話す未来に対して呆れながらも
未だに相手の術中から抜け出せずに居る事を焦りながらも、千夜の声に楽しさを感じ始める。
(いや、ダメよ。この声こそが相手の能力なんとかして策を考えないと…
しかし相手の方からは目立って何かをしかけてくる様子はないが一体どうやって勝つつもりなの?)
試合開始から17時間が経過
アリアにとってうんざりするような楽しいポエム発表会は
完全に日が落ちきって、また昇る時間になっても続いていた。
(ああ…本当になんなのこのぬるい地獄は……)
アリアはゆっくりと目を閉じ、椅子に体を預け、静かに呼吸を行う。
そこで急に何かに気づいて身を起こす。
「ああ!!さては、アンタ…!こうやって私が…眠るのを待っているのね!」
「な、本当なんですか!?アリア様!千夜さん!?」
未来は思わずテーブルに身を乗り出して千夜に問いただす
「え、ええ?な…なんのことやらー?」
そう、戦闘を苦手とする千夜は最初からずっと
対戦相手の熟睡による戦闘不能を狙っていたのだ。
特に今回の対戦相手は小学生、一般的に子供は大人に比べて睡眠への抵抗力が低い。
アリアが前回目を覚ました前日の朝7:00から実に
24時間以上が経過しており、アリアの睡眠への欲求は既に限界であった。
「うう…、く…眠い…
「ああ、アリア様!寝てはいけません!寝たら負けますよ!」
「み……らい…私のほっぺをつねりなさい…目を覚まして…対策を考えないと」
「い、良いですか!!」
「はやく…」
「く、素敵なポエムを詠んでくれる良い人だと思ってたのに!見損ないました!」
アリアの意識は朦朧としていく
「みらい…こう…なったら…考えるのはやめ……さっさと…その女を排除して…」
アリアはうつらうつらとしながら命令を下す
そして千夜はその言葉、特に「考えるのはやめ」の一言に内心動揺した。
千夜の能力に曝された人間のうち、深く魅了をされた者は
能力に曝された状態を心地よく感じ、能力への対抗策を無意識的に考えなくなるのだ。
それ故に単純に攻撃を行うという意志を尖らせる方が厄介なのだ。
「や、もう限界みたいやし、諦めてくれた方がお互いの為や思うねんけど…ダメ?」
千夜は焦り、相手の降伏を促す。
そしてアリアの命令を受けた未来はなんとしてもそれに答えようと
拳を固めて千夜を睨み付けるが、どうしてもそれを振るうことができない。
つらい、今までのうのうと相手の術中に嵌って間抜けにも楽しんでたことが。
自分とアリア様との愛を語らってくれているこの女を殴る事が。
そしてアリア様の為にこの女を殴ろうとしても、話を聞きたいという思いから
拳を振るうことができずにいる事はもっと辛かった。
「うう…私…私…」
「…はやく……おねがい…私への愛を…証明しなさい…したら…この戦いの後で
…ワンタッチいえツータッチさせて…あげるから」
アリアは朦朧とする意識の中で苦渋の決断をした!
「ツ、ツータッチ……?う、うぁぁああああああ!!」
アリアの決断が未来の決意を呼び起こす。
『B.compact』によってアリアの望みをかなえたいという未来の想いが
未来に目の前の敵を打ち倒し、自分に勝利を捧げて欲しいというアリアの望みが
相手をぶちのめして戦いに勝ちたいという、意志力を強化する。
未来は拳を固めた。
千夜は今までとは違う未来の様子を見て息を飲む。
このままだと未来はこちらの能力を超えた意志力によって
直接的に攻撃をしかけてくる可能性が高い、未来の動きを見定めた後、
防御態勢(友人から教わった付け焼刃の空手の構えだ)を取りながら
しっかりとより大きくはっきりとした声で未来の眼をじっと見つめながら未来の為のクソレズポエムを詠みあげる。
「…美しくて甘美で素敵だったとしても、作り物の私とアリア様の物語よりも…
私は、一方通行でがむしゃらでみっともなくて情けない私のアリア様への真実の愛の物語を信じる…!!」
未来は決断的に拳を構える!
闘気十分!
千夜はその未来の瞳から溢れ出る決意を感じ取ると覚悟を決めて大きく息を吸う。
そして口を大きく開きそこから精一杯、最後の声を絞り出す!
「にんな~な~な~、にんな~お~♪」
それは最後の手段としてはいささか意外なまでに妙に気の抜けた、
しかしそれでいて心地よい歌声であった。
(っ!?変な歌で拍子抜けさせるつもりですか!?
いや、これは違いますね、この歌はきっと……ならばなんとしても直ぐに決着をつけなければ!)
未来は構えた拳を思いっきり振り下ろした!
アリアへの想いと決意を乗せたその一撃は防御を行う千夜の腕を粉砕して
そのまま千夜の胴体へとクリーンひっとし、千夜の体を大きく吹き飛ばし
ファミレスのガラスを突き破り外へと放り出した。
かくして未来のアリアへの愛という意志力はついに千夜の能力を打ち破った。
だがしかし、まだ終わりではない、吹き飛ばされた千夜はかすれた殆ど呻き声に近い声で
まるで全身の生命力を絞り出すかのように先ほどの歌を未だに歌い続けているのだ。
未来はすぐさま追い打ちをかけるべく千夜の元へと飛びつく。
瀕死の千夜は起き上がり対処しようと地面に右手を付こうとした、
しかし右腕全体に激痛が走り思うように動かせない。
よく見ると肘から白い物がはみ出ており、そこから先はぶらぶらと垂れ下がるだけで
自分の意志で動かせなくなっている。複雑骨折だ!
そして、そんな千夜の顔面を黒い影が覆いつくし衝撃が走る。
未来の踏みつけに近い飛び蹴りが命中したのだ。
更に未来は千夜に馬乗りになり何発何発も千夜に拳を振り下ろす。
「うわああああ!お願い!だから!早く!倒れて!!」
しかし、その拳には最早先ほどの一撃で千夜を吹き飛ばした威力は宿って居なかった
「くぅ…なんで…間に合わなかった…の?」
未来は自分に『B.compact』の力が残っていない事を理解すると
今度は急いでアリアの元へと駆け付けた。
当のアリアはいつの間にか意識を失いうつぶせに倒れていた。
そう、ついに熟睡してしまい『B.compact』の効力も失ったのである。
未来は必死で熟睡したアリアを揺さぶるが、一向に起きる気配はない。
子供の眠りはとてつもなく深い、ここまでずっと夜更かしをした後なのだから尚更だ。
先ほどの千夜の歌った歌はイタリア語の子守歌であり、
特殊能力とは関係なしに、純粋な歌唱力によってアリアを眠らせようと試みたのである。
イタリア語のものを選んだのは直ぐに日本語のものよりかは
子守歌である事がバレにくいと思ったからである。まあ、割とすぐにバレたが。
『アリア・B・ラッドノートの完全な熟睡により戦闘不能、勝者、鮎阪千夜』
そしてC2カードが戦いの勝者を告げる
「うっ…うぅ…そんなあ…」
未来は泣きながら両膝を付いた。
「ホ、ホンマ…こめんな……また今度…」
千夜は未来への申し訳ない気持ちから、また話をしようと言いかけて
それはかえって未来の気を悪くするのではないかと思い言葉を止め気を失った。