『書いたり読んだりしよう!』というサイトがある。
そこは、小説家志望をはじめとした人々の
己の魂を賭けたり賭けてなかったりする物語が日々公開されていた。
鮎阪千夜も、そのサイトのユーザーのひとりであった。
多くはなくても、彼女の物語を好きだと言ってくれる人がこの電子の海の中にいる。
それが彼女にとって、大きな救いとなっていた。
もちろん、本当は日々々お姉ちゃんに読んでもらいたいのだけれど。
千夜は、C2カードを手に入れ、これからどうしようかと悩みながら、
ふと『書いたり読んだりしよう!』のページを開く。
ひとつの小説がランキング上位となっていた。
アリア様と私の出会いの物語♪
この世で一番尊い2人のノンフィクション――@futureknight
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「‥‥なにこれ?」
タブレットから目を離し、アリアは問いかけた。
デジャヴ!
「読んでの通りですよ!
わたしとアリア様の出会いのシーンを『書いたり読んだりしよう!』にアップしました!」
テンション高めに答えるのは、メイド服に身を包んだ未来だ。
「バカなの?」
「はい、私はアリア様バカでーっす♪ごふっ」
アリアの拳が的確に鳩尾に入る。
「ひ、ひどいですアリア様
私たちにとってのC2バトルがなんなのか
きちんと話し合って決めたじゃないですか!」
「こんな恥ずかしいものを公開する話はしてないでしょ!」
「いやー、なんにしろ私たちの物語は全世界に配信されちゃうわけですよ?
私とアリア様のあれやこれが。えへへへへへ。
出会いとかについてもこちらからフォローしてあげた方がいいって思いましてね。ごふうっ」
「こんな所から足がついたらどうするの?
あのゴブリーでさえも、謎の美女にC2カードを奪われてるのに!」
アリア様がゴブリー真実を知る日は来てしまうのか?
「あ、そういう意味だと、もう足ついてます。
さっき千夜ちゃんって子からメール貰ったんです。
彼女も参加者ですって。
ほら、一覧にも載ってます」
「え、ええー。
素直にメールを送ってくる参加者‥‥?
それ絶対罠じゃない?」
「全然そんな感じじゃないですよ!
彼女も『書いたり読んだりしよう!』で小説投稿してるらしくて
親近感あったんじゃないですかね。
ほら、メールに彼女の作品のURLもあります」
本来であれば(いくらアホの未来ですら)
彼女の作品をホイホイとは読まなかっただろう。
しかし、メールを読んだ時点で、
否、メールの件名を目にした時点で、
彼女たちは既に千夜の能力の影響を受け始めていた。
このメールから、戦いは始まる。
その意味で、このメールが物語の一端であることは
疑う余地がない。
『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』
千夜の紡ぐ物語に触れたものを魅了する能力。
未来とアリアは、
すでに千夜の能力の影響を受け始めていた。
既に、物語は始まっている。
===
【件名】
拝読しました♪
【本文】
こんにちは。
メールをいただきありがとうございます♪
千夜さんの物語、読ませていただきました。
とてもグッと来る感じで、
すごく「わかる!」って感じでした(*ノ▽ノ)。
試合のお誘いもありがとうございます。
いつかは戦わなければならないでしょうし、
ぜひ1戦目はぜひ千夜さんとバトルしたいと思います!
集合場所なのですが、
群馬サファリパークでおねがいしたいです
動物園デートしましょうヽ(*^^*)ノ
千夜は深く息を吐いた。
色々と張りつめさせていた緊張が抜けていくのを感じた。
C2バトルのはじまりとしての緊張感はもちろん、
ひとりの作者として、実名を晒して物語を読んでもらうのも初めてのことだった。
けっこう普通に嬉しい。
だからこそ、胸も痛んだ。
今私は、自分の物語の読者を騙して"魅了"しているのだと。
でも、千夜には、願いがある。
また姉に会うという、願いが。
未来とアリアは、すでに魅了され始めている。
平和的に、C2カードをもらうことも、可能なはずだ。
千夜はそう自分に言い聞かせた。
「…でも、なんで動物園なんやろ?」
当然の疑問が浮かんだ。
何らかのトラップの可能性も高い。
千夜の能力は効き始めているとはいえ、
まだ罠を仕掛けることを阻害できるほどではない。
「でも、未来ちゃん、
結構アホっぽいしなあ。
あんま考えてなさそうや。
変にツッコんで、能力の影響が解ける方が嫌やわ」
千夜の能力は、千夜自身への信頼度もその効果に影響を与える。
だから、悩んだ末、千夜はこの誘いを受けることにした。
誤りであった。
===
戦闘当日。
千夜が未来に電話を掛ける。
「未来ちゃん、私サファリパークついたよ」
『お、了解!アリア様と入口の方向かうねー』
サファリパークは、休日にも関わらず人が見当たらない。
未来がパークに戦いの予告をし、避難を勧告したからだ。
いま、この園には未来とアリア、千夜と、動物たちだけが存在していた。
(もっとも、園外には動物たちを心配する一部の飼育員たちが待機していたが)
千夜は未来と電話番号を交換し、
戦闘直前まで会話を繰り返した。
出会った後は、まずお互いのことを伝えあうことも決めた。
通常であればただの口約束にしかならない。
しかし、千夜の"物語"に興味を持つ未来には、
破れぬ契約としての効果を持つはずだ。
千夜のC2カードには、
『アリア・B・ラッドノート 女性』
の表示がされている。
お互いが1km以内に接近してから、10分が経過していることを示していた。
ルール上、既に戦闘は開始している。
「うっわー、あなたが千夜ちゃん!?
可愛いし、背も高くてかっこいい!!
あ、私が未来です!」
「‥‥アリアよ」
正面からふたりが来てくれたことに、千夜はホッとする。
もしも未来から不意打ちを受ければ、千夜には対抗手段はない。
「こんにちは。千夜です。今日はよろしく」
最強を決める戦いとしてはあり得ぬほど、
ゆるい遭遇であった。
===
「うっ、ひっく‥‥
そっか、あの事件で、お姉さんを‥‥」
「それは、災難だったわね‥‥」
パークをゆったりと巡りながら、
千夜は自身と日々々の物語を語る。
未来はもうグズグズ泣き始めているし、
アリアも、その可愛らしい顔を歪め涙をこらえていた。
姉妹百合、いいよね‥‥。
しかも、多分身長逆転カップルだと思われるし。尊いぜ。
「だから、私は、このC2バトルを勝ち抜きたい。
勝たないといけない。
私は創作活動が好きだった。
物語を聞いてもらうのが好きだった。
いや、過去形やなくて、今も好き。
でも本当は、私のつくった物語は、
いつだってお姉ちゃんに初めに読んでもらいたかった。」
千夜自身も、泣きかけていた。
自分と日々々の物語を、ここまでセキララに語るのは初めてだった。
千夜にとって、日々々との物語は、"武器"であるまえに、彼女そのものだ。
だから、その物語を真摯に聞いてくれた未来とアリアには、深い感謝があった。
「‥‥ねえ
ふたりはなんでC2バトルに参戦してるん?
あまり、最強とかお金とかに興味があるようには見えへんけど」
だから、その問いは、対戦相手ではなく、
大切な友人に向けてのものだった。
涙をぬぐい、鼻水をかんでから、未来は口をひらいた。
===
「千夜ちゃんはC2カードの入手方法が特別だったみたいだけど、
C2カードが送られてくるのってすごい意味を持つんだよね。
『お前が強いことを知っているぞ』っていう」
「え、そりゃそうじゃないん?
未来ちゃんも、アリアちゃんのおかげで強いんやろ?」
微笑みながら、未来は首を横に振る。
「私は、たしかにアリア様のおかげで強いけど、
それが選出基準なら、
私にC2カードが送られて来るべきじゃない?」
千夜は、少し首をかしげる。
たしかに、その方が自然かもしれないが、
アリアの能力が起点なのであれば、そこまで不自然とも思えなかった。
逆に、であれば、いったい何故アリアにカードが送られたというのか。
「私はね、吸血鬼なの」
アリアが、凛とした声で告げる。
その赤い目が、千夜をじっと見つめていた。
===
初めて未来とアリアが出会った時。
アリアは薔薇の棘で自らの指を傷つけていた。
彼女は昂ぶっていたのだ。
血が欲しい、と。
だが、アリアは人間として生きることを望んでいた。
ふつうの小学生のひとりとして生きたかった。
人間と吸血鬼の戦いの歴史は長く、そして過去のものである。
その歴史の最後は、人間の勝利で結ばれる。
吸血鬼は死に絶えた。表向きは。
歴史の影で生き残った吸血鬼一家であるラッドノート家は、
人間への復讐ではなく、
人間の一員として生きる道を選んだ。
その末裔が、アリアであった。
人間を襲わず、人間として暮らす。
それがラッドノート家の家訓であった。
アリアは、両親が死んだ後も、その家訓を守り続けた。
それでも、吸血鬼の本能から解放されるわけではない。
血が欲しい。
その時は、自身の血を舐めることで、その昂ぶりを収めていたのだ。
「ちょ、ちょっと!
あなた、大丈夫!?」
未来に話しかけられるまで、アリアは彼女の存在にすら気づいていなかった。
それほど周りが見えなくなるぐらい、彼女は昂ぶっていたのだ。
「ちょっと待ってね。
私、バンソコウをもってるから」
未来が鞄を漁る。
アリアは、放っておいてほしいと思った。
欲しい。血が。
「あ、あった!」
未来はアリアの手を取り、
血の流れるその指を一瞬じっと眺めた。
アリアは、未来の首筋を見つめた。
綺麗なうなじだ。
あそこに牙を立たせたら、それだけ甘美だろうか。
そんな風に思う自分をなんとか鎮ませようとする。
だからこそアリアは、
未来の行為に気付けなかった。
なんと!クソレズは!アリアの指を、血をぺろりとなめたのである!
「!? あなた何やってるの!!!」
「す、すみません。
急にペロペロしたくなりましてえへへ」
「ペッとしなさい!ペッと!」
かくしてアリアの血を摂取した未来は
アリアの眷属となったのである。
===
「私の能力『血の盟約』は
自身の眷属を強化する能力なわけ」
千夜は、どう反応すればいいかわからなかった。
途中までいい話ぽかったような気もするが、
クソレズが変態行為をしでかしたせいで、
ひとりの少女の矜持を砕いただけの話のような気もする。
「マヌケな話でごめんなさい。
でもね、だからこそ、このC2カードは私には脅迫でもあるの。
『おまえが吸血鬼であることはしっているぞ』っていう
C2カードを手放した後に、
この国のリスクである私はどうなるのか。
あまり考えたくないわ
でも、未来が言ったの」
「うん、これはチャンスだって思った。
逆に、アリア様が大手を振って、吸血鬼として生きるチャンスだって。
だって、こんなに可愛くて可憐で最強で優しくて私には厳しいアリア様が優勝したら
もうアリア様はビクビクして生きる必要はないんだから!」
「…とても悩んだわ。
少なくとも、私が想定していた生き方ではなかったから。
でもね、家訓を破っても
こそこそ生きるより私の存在を知ってもらったうえで、一緒に人間と歩みたい。
そう思えたの。
だから、ごめんなさい。
私は千夜さんに負けるわけにはいかない」
物語が、誰かを魅了する。
それは、千夜の能力の特権ではない。
千夜はいつしか、未来とアリアの話に聞き入っていた。
自分と日々々に物語があるように、
彼女たちにも物語があるのだ。
だから、異変に気付くのが遅れた。
「騙し討ちをするようでごめんなさい
降参してくれないかしら」
いつの間にか、彼女たちの周囲をシンリンオオカミたちが囲んでいた。
「あなたの能力の性質には、ある程度めどがついていたわ。
そして、耐性も。
私も魅了の力を持っているから。
魔人能力として、ではなく、種族の力として、だけれど」
強力な吸血鬼は、一部の動物を魅了し支配する。
蝙蝠や猫、そして狼などだ。
「‥‥反則やわー、こんなの」
千夜が笑顔でつぶやく。
「勝てる訳ないやん」
「じゃあ、降参を‥‥!」
「でも、降参はしない」
この戦いは、千夜にとって、日々々と再び出会う物語。
これ以上ないほど、千夜にとって惹かれるものはないほどの物語。
千夜の能力は、物語に触れ続けようとさせる能力だ。
だから、千夜自身に能力を使うことで、
彼女は彼女の望む物語を得るために、力を得ることも可能だ。
‥‥それが、オオカミの群れに対抗できるほどかは別として。
「‥‥そうよね。
千夜さんにもにも、譲れないものがあることはとてもよく分かった。
あなたと最初に戦えて、良かったわ
できれば‥‥」
できれば友達になってほしい。
その言葉は飲み込んだ。
アリアにとって、
礼儀であり、けじめであった。
アリアが腕を振り下ろす。
オオカミの群れが千夜を飲み込んだ。