「ゴッブッブ~、警察のふりをしてもばれないゴブ~、美少女ってお得ゴブ~」
扇情的なミニスカポリス服に身を包んだゴブリーが尻を振り振り警察署内を闊歩している。
だが、誰もゴブリーを止めるものは居ない。
あまりにも大胆!挑発的!なぜこれが許されているのか。もはや国家権力も地に落ちたか?
しかし、当然である。今の彼の姿は文句のつけようもないグラマラス美少女なのだ!世界一有名な暗殺者ではない。
ゆえに、尻が半分見えているようなミニスカポリスで歩いていても誰も止めないのはむしろ自然な事といえた。あまりにも見事な女装術であった。
「きゃー!悪戯な風さんゴブ~」
警察署内を一陣の風が吹き、スカートが半分めくれ上がった。
そこに見えるは、肌色の艶やかな尻……ま、まさか、これは、下着を履いていないのではないか!?
「ゴブブ~?落としちゃったゴブ~?困ったゴブ~」
これには警官もびっくり!なんとうっかり美少女ゴブリーちんはうっかりパンツを落としてしまったようだ。
これではミニスカポリスとしての問題がある。何とかしてゴブリーにパンツを履かせなければならない。
しかし、パンツを履かせるにはパンツが必要である。昔の偉い人も無い袖は振れない無いパンツは履けないと言っていた。どうすればいいのか……。
「ちょっと、そこのあんた」
ノーパンミニスカポリスに話しかける者があった。
銀髪ツリ目で竹刀袋を携えた女子高生――物部ミケは、片手に持った純白レース付き三角布をゴブリーへと差し出した。
「探したわよ……これ、あんたの落し物でしょ?」
「ゴブ~!確かにそれはゴブリーちんのゴブ~!なんで分かったゴブ?」
「別に……ちょっと『こいつ』が困ってたから、暇つぶしに探してやっただけよ。ほら」
「ありがとうゴブ~。スースーして困ってたゴブー」
「履いてたパンツ落としたの……?」
ゴブリーは満面の笑みでミケからそれを受け取ろうとした。その瞬間だった。
ビービービー!
ミケのポケットと、ゴブリーの胸の谷間から同時に合図が発せられた。C2カードが戦闘開始を告げたのだ。
「この音、もしかしてC2カードの……!?」
お互いの持ち物から合図が発せられたことに気づいて、ミケは竹刀袋に手をかけVINCENTを抜こうとした。
だが、その瞬間、ゴブリーは既に動いていた。
ミケに向かって差し出した腕を引き戻し、その反動で腰を回す。全身の回転を使った横殴りの尻撃は、不意打ちであれば回避は不可能であっただろう。
《マスター!伏せてください!》
竹刀袋からの声を聞き、ミケはとっさに身を伏せた。彼女の頭上を流星の如き速度で生尻が通過する。NICE HIP!!
「ゴブブ~、よく避けたゴブ~」
警察署の廊下を転がるようにミケは距離を取り、竹刀袋からVINCENTを抜き放った。
VINCENTの切っ先をゴブリーに向けてキッと睨みつけると、ミケは叫んだ。
「せめてパンツを履いてから戦ってよ!?羞恥心とかないの!?」
「ゴブブ~、戦場で甘いことを言うお嬢ちゃんゴブ~!」
言うやいなや、ゴブリーは地に伏せるがごとく身を低くした。ミケの視点からはまるで足のはえた尻が喋っているように見えた。
そして次の瞬間
――尻が巨大化した!?
ミケの視点からはそう見えたが、無論錯覚だ。
尻の影に身体を隠して初動を見せず、一気に接近することであたかも尻が巨大化したかのように錯覚する魔技。『尻ウス流星群』と呼ばれる技であった。
左腕で防御が出来たのはほとんど奇跡だった。ミシリ、と骨が軋み、ミケは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「っ……!」
「ゴッブッブ~。お嬢ちゃんもバンピーにしてはやるゴブけど、ゴブの敵じゃあないゴブ~」
《マスター!》
叩きつけられた衝撃で動けないミケに、ゴブリーが近づいてくる。
まさに絶体絶命。その時、ゴブリーとミケの間に割って入る人影があった。
「やめろゴブリー!平和を愛するミニスカポリスだった君がなぜ!」
ゴブリーの同僚の警察官達だ!
「ゴブブ~、馬鹿な奴らゴブ~。そもそもゴブリーは警察官じゃないゴブ~」
「なんだって!?」「言われてみれば確かにいつの間にか居たぞ!」「あまりにも美しい尻で気づかなかった!」「畜生……騙しやがって!」「NICE HIP!!」
残酷な真実に気づかされた警官達がゴブリーを鎮圧するために襲いかかる。当然である。ミニスカポリスであっても一般人への暴行は重罪だ。ましてやミニスカポリスでなければなおのこと!
「ゴブリー、君はミニスカなので拳銃を所持していない筈だ。投降するんだ。勝ち目はない!」
「ゴブブ~?もしかして尻で遠距離攻撃が出来ないと思ってるゴブ~?」
ブッ!
空気を切り裂く音が響き、警官達の一部が弾き飛ばされた。
腹腔内に溜めた気体を放出することで遠距離を攻撃する尻技。『波動尻』だ。
「ウウー!」「クサーイ!」
巧みな尻技に翻弄される警官たち。その隙に、ゴブリーは間合いを詰めていた。
下段から上段へ螺旋を描きながら尻を振り上げる。『昇竜尻』だ!古来より『波動昇竜』と呼ばれる定番の二大尻技だ!
続いてフィギュアスケートのように回転ジャンプをしながら尻を振る!『波動昇竜』ほどのメジャーさは無いが重要な突進技『竜巻旋風尻』!まさかこの技まで習得しているとは!
「ゴブッゴブ!弱い弱いゴブー!さてさて、おまたせしちゃったゴブ~?」
死屍累々の警官たちの向こう。ミケは既にダメージから復帰していた。
彼女は拳銃を構えていた。ゴブリーの犠牲になった警官の持ち物だ。
「動かないで。撃つわよ」
「ゴブブブ~、そんなもの持ったところで『波動尻』の餌食ゴブ~」
言いつつ、ゴブリーは内心舌打ちをした。
『波動尻』は腹腔内に気体が溜まっていないと使えないため連射が効かない。
ゴブリーが中年でありところかまわず腹腔内の気体を放出することには定評があったとしても、再装填には今しばらく時間が必要だろう。
「諦めて降参するゴブ~。そもそも、素人が拳銃を撃ったところで当たるわけないゴブ~」
「さあ、それはどうかしらね?」
確かに拳銃の命中率はあまり良くない。だが、ミケには勝算があった。
彼女の能力『万物の主』によって拳銃には生命が与えてある。拳銃本人に狙いをサポートしてもらえれば、命中率は跳ね上がる。
ミケとてゴブリーを殺害する気はない。だが、手足を撃てば無力化できるだろう。拳銃の威力なら手足にあたっても死ぬようなことはないのは本人に確認済みだ。
「私は素人よ。でもこの子はどうかしらね。『万物の主』!」
ミケは引き金をひいた。スカ、っと軽い感触が指に伝わってきた。撃鉄は落ちなかった。
何度か引き金を引き直すが、弾は出なかった。
「ちょ、ちょっと!どういうこと!」
動揺したミケが拳銃に語りかけると、拳銃が答えた。
『ミケ殿、思いとどまってください!警官は平和の護り手であります!争いは何も産まない!』
「そう言われても、私は今襲われてるところなんだけど!?」
『だからといって!拳銃は人を傷つけるための道具ではありません!』
「他に何に使うって言うのよ!」
「ゴブゴブ~、なんだかわからないけどチャンスみたいゴブ~」
ゴブリーは警官たちを乗り越えミケに向かって来た。
ミケは役に立たない拳銃を捨てた。
「ちっ、だったらあんた!」
代わりに目をつけたのは手錠だ。『万物の主』を使えば手錠を自律稼働させることができる。
ゴブリーの足に当てられれば尻技を封じられる。そう出来れば形成は一気にミケ側に傾く。
ミケは能力を発動し手錠を手にとった。
「ちょっと、協力しなさい!」
『ヒヒー!女子高生拘束チャンス!これは千載一遇の好機~~~!』
手錠はミケの手を拘束した。
「……はぁ!?ちょっと、違うわよ!私じゃなくて……」
『女子高生拘束案件最高~~!手錠冥利につきる~~~!』
ミケが抵抗するが、手錠は頑なに解錠しない。
「ゴブブ~。なんだか知らないけど大チャンスゴブ~。どう料理してやろうゴブ~~?」
「くっ……」
《どうします、マスター。万事休すですが?》
『……けて……』
絶体絶命。その時、ミケの耳に何者かの声が聞こえてきた。
『たす……けて……』
「……誰?」
『私は……コルセット……先ほど、貴方に触れられて命を与えられました……』
そういえば、ゴブリーの攻撃を防御した時に何かに手が触れたかもしれない。
『でも……こんな命なんて欲しくなかった……誰か……助けて……』
「うっさいわね!助けてほしいのはこっちよ!」
『何を言ってるんですか!女物なのに女装おっさんに着られていることより苦しいことなんてあるんですか!?』
「え……?」
《……うわぁ》
ミケは目の前のミニスカポリスを見た。
こちらが動けないと見たゴブリーは、尻を振り振り近寄ってくる。何らかの大技を準備しているのか、特に股関節を入念にほぐしているようだ。
「え、お……え……いや、だって、パンツ!あんたはそんなこと言ってなかったじゃない!」
『僕はそっちもイケるので』
「何がイケる、よ!馬鹿じゃないの!?」
ゴブリーのパンツはしれっとそう言った。こんな奴だと知っていたら落し物を届けに来なかったのに、とミケは後悔した。
「独り言が多いゴブね~。もうちょっと待つゴブ。とっておきの技で昇天させてあげるゴブ~」
尻と、股間。
ただのミニスカポリスだと思っていた時は驚異的な武器に見えたが、今はもっと禍々しい何かに見えた。
しかも、ノーパンである。おっさんのノーパンである。
今は見えないが、股間には絶望がぶら下がっているに違いなかった。NICE HIPなんてなかった……。
「や……やめ……」
「今更泣いても遅いゴブ~。さあ、覚悟するゴブー!」
ゴブリーはグッと身体を沈めると、天井近くまでジャンプした。最高到達点で一回転してV字開脚!ノーパンの中身があらわになる!
「ゴブブ~!」
ゴブリーはV字開脚をしたまま横回転、螺旋を描きながらミケめがけ落ちてくる。
これはあまりの難易度の高さから幻と言われた絶技『H・I・P』!これを食らっては昇天不可避だ!
――その時、銃声が響いた。『H・I・P』がミケのハートを貫いた音ではない。
『グアアア!』
ミケの両手に自由が戻った。銃弾が手錠を粉砕していたのだ。
『言ったでしょう、ミケ殿。拳銃は人を傷つけるための道具ではないと!』
『おのれ……!だが、手錠は何度でも蘇り女子高生を拘束するだろう……』
先ほど放り捨てた拳銃が、銃口から硝煙をあげていた。
拳銃はドヤ声だったが、ミケにはそれに対応する余裕はなかった。目の前には股間にぶら下がる絶望が螺旋回転しながら迫ってきているのだ。
ムクムクと膨らむ股間。ミケが助かるための猶予はあまりに短い。
ミケはとっさに手にとったものを突き出した。それは、彼女が最も信頼する武器だった。
《ま、マスター?マスター!?》
ミケの拘束が解かれたことに気づかなかったゴブリーは、その行動に対処することができなかった。
――螺旋回転する股間に、一筋の希望が突き刺さった。
~ゴBLEACHん02~
ぼくは ただ きみに
さよならを言う練習をする
「ううん……ダメゴブ……ゴブの相棒にさよならを……ゴブっ!?」
ゴブリーが目をさますと、そこは近くの路地裏だった。
辺りに警官は居ない。そこにいるのは、木刀を必死で拭う女子高生だけだ。
「だからごめんって!今回は流石に悪かったわよ!」
《いえ……良いんですよマスター。私の純潔がお役に立てたのなら……本望です……》
「ごめんって!」
ゴブリーが起きたことに気づいたミケは、もう一度VINCENTに謝ってから、ゴブリーに向き直った。
「目は覚めた?勝負はもうついてるから」
「それはわかるゴブ。でも……どうしてゴブたちはここに……?」
戦っていたのは警察署内でだ。ゴブリーは牢屋の中で目を覚ますことになってもおかしくはなかった。
「別に。あのまま警察署にいたら私も色々聞かれるじゃない。それがヤだったから逃げてきただけよ。あんたを連れてきたのは証拠隠滅。それだけよ」
「ゴ、ゴブ~~~!いい人ゴブ~~!」
ゴブリーは感極まったように、ミケに抱きつこうとした。ミケはVINCENTを構えた。
「ちょ!やめなさいよ!」
「恥ずかしがらなくていいゴブ~!ゴブは感動したゴブ!ゴブと君はズッ友ゴブ!」
《良かったですねマスター。良いお友達が出来て。お二人で遊びにいかれてはいかがですか?私抜きで》
「嫌よ!友達ってこういうのじゃないでしょ!?」
「マイベストフレンドゴブ~!」
抱きついてくるゴブリーを、ミケは本気で嫌そうに押しのけた。
端から見るとそれは友達同士のじゃれあいのように見えないこともなかった。