「この私がこんなものを受け取る事になるとはな」
その幼女……長鳴ありすは自らに送られてきたC2カードを右手全体で握るように持ちながら歩く。
幼女道塾、"ろりいた庵"から離れている途中である。
そのカードが送られてきてから数十時間後。放送されたテレビの内容を反芻する。
『最強の者は誰か』
そのテレビの内容を確認するやいなや、ありすは"ろりいた庵"を飛び出した。
「あそこにはまだ未熟な幼女も多い……私が今あそこにいてもいいことはないだろう」
とはいえそこには多くの幼女道・皆伝の教師達もいる。
襲われたとしてそう簡単に落ちるほどやわな幼女たちではない。
どちらかといえば、ありす自身がそこで戦う事をよく思っていないというのが正しい。
自らが"ろりいた庵"を傷つけてしまう事を嫌がっているのだ。
「……こんなものが送られてきたのは何かの縁か。私の幼女道がどこまで通用するか……
私に幼女道を続ける資格があるのか……それを試す機会だとでもいうのか……どちらにせよ」
ありすはどちらかといえば好戦的な方ではない。
しかし、この半ば巻き込まれるような形で参加させられる戦いにおいて負けたり降参する気等は一切なかった。
最強になど興味はない。ただありすは幼女の道をひた走るのみである。
ただひとつだけ、そこに確かな気持ちがあった。
「……私は、負けず嫌いなんだ」
故に彼女は道なき道を歩き、木と木を跳び渡り、川で少し遊んでから、なるべく被害が起きづらい場所へと向かう最中であった。
しかし、それが間違いであったと気付いた時には、もはや手遅れだったのである。
「…………道に、迷った」
そう、慣れない道を進んだが為、彼女はいつのまにか完全に道を見失っていたのである。
もはやどれほどこの木々溢れる山道を歩いたかもわからない。
なんたることだろう。これでは目的地どころか"ろりいた庵"に帰れるかどうかも怪しい。
「……心細くなどない、ないぞ。この程度の事、なんてことはない」
ありすは顔を袖でごしごしとこすると、とりあえずそこから一番高い木のてっぺんまで登る。
遠く晴れ渡る雲ひとつない青空はありすを見守っているようでも、突き放しているようでもあった。
目を凝らして木のてっぺんから辺りを見回すと、一本の道路を見つけた。
「……道路があれば問題ない。道路に沿って歩けばどこかには辿り着く」
そう言ってそのまま木から飛び降り、宙で三回転して着地したあと、両手を斜め上に伸ばしポーズをとる。
「10点10点10点10点10点。長鳴ありす選手、日本新記録です」
そう呟いてから道路へと走って向かっていった。
―――――
「やれやれ、すっかり暗くなってしまったな」
なんとか道路へと辿り着いたありすはひとごこちつくために懐からそれを取り出し、咥えた。
ココアシガレットである。
その懐に隠してあるお菓子のおかげで彼女は迷っても飢えずに済んだのだ。
「しかしここはどこだ。まるで見当がつかん」
そう言いながらもありすは歩き始める。
もともとそういう道なのか、それとも時間のせいか。車通りは殆どなく幼女でも安心である。
「さて……」
ありすはふいに立ち止まる。
三叉路に差し掛かる途中であった。
「何者だ?」
そういってありすは"それ"に話しかける。
背を向けるように立っていたそれは、ゆらりとありすの方へと振り返る。
マウンテンパーカーにワークキャップ、被っている月面のクレーターを思わせる意匠を持つ仮面には傷が走り、9のような紋様になっている。
左手には木刀のような得物。その姿にありすは覚えがあった。
「……オーガーさん、だと?」
それは幼女の間でも噂になっている都市伝説であった。
だが本物の化物ではあるまい。気配が人間だ。
道に迷っていたありすには知る由もないが、それは"ナインオーガ"と呼ばれる存在であり、俄かに話題になっていた存在である。
何故ならば。
『―――オサナキ アリス、カ』
「何?」
訝しむありすに、ナインオーガは一枚のカードを見せる。それは、紛れもなくC2カードであった。
ありすはむうと口をへの字に曲げた。
「何故私の名前を知っているか、そんなことは大した問題ではないようだな。狙いはこれか」
ありすも懐からカードを取り出す。
今幼女に大人気のアーケードカードゲーム、キュアパラのレアカードである。
「……ちがう」
それをしまいなおし、改めてC2カードを懐から取り出す。
ナインオーガは頷く代わりに木刀を軽く振って地面を叩く。
からん、という音が静かな夜道に響いた。
「悪いが、このカードは譲れんよオーガーさん。
だいいち私は追い詰められてどうしようもない、というほど人生に切羽詰まってはいない」
ナインオーガはそれ以上喋らなかった。
ただただ、強い殺意だけを感じた。
「ふ、それほど私のことに興味はなさそうだ。いいだろう。
……幼女道・皆伝、長鳴ありす、推し通る」
ありすはココアシガレットをかみ砕き、幼女拳、いちの型を構えた。
……C2カードに戦いの記録が残されていく。
ひとつの戦いがここに始まった。
―――――
先手を打ったのは"ナインオーガ"であった。
その周囲に幾多もの木刀が生み出され、まるで砂場に棒を突き刺すかのように道路のアスファルトを抉った。
ありすはそこに"陣地"のようなものを見た。
"陣地"、それは幼女道において自らの戦いやすいフィールドを作行動を現す言葉である。
幼女拳の場合はどうしても短くなってしまう間合いをカバーするため、それを補える"陣地"を作る事が多い。
オーガーのそれがどういう行動かはわからないが、とにかくありすはそれを陣地の作成だと考えた。
ならば迂闊にあそこに近付くのは危険である。
だが幼女拳は近接戦闘に特化した戦法である。近付かなければ幼女拳の真価は発揮できない。
ならばどうするか。こうするのである。
「あした……っ」
ありすはノータイムで自らの靴を片方脱ぎすて宙に蹴り投げる。
それと同時にナインオーガは星型の手裏剣をありすに向けて放った。
「てんきに……っ」
その手裏剣を回避するように宙へと跳んだありすは自らの靴に狙いを定め、鋭い蹴りを放つ。
「なあれッ!!」
放たれたありすの靴は地に刺さった木刀めがけ飛び、見事に命中。木刀は衝撃に耐えかねてその場に倒れた。
幼女拳・おくつの型:あしたてんきになあれだ!
はじかれて裏側に転がった靴を若干不服そうな顔で見たありすは、着地すると同時に一気に駆けだす。
当然向かう先は倒れ、陣地としての役割を失った木刀である!
「そこから突き崩すッ!!」
ありすは幼女闘気を発動、青いオーラ状のありすががありす本体に重なるように追従する。それはまるで青い残像の如くであった。
その状態からありすは前転、直立状態のまま転がるようにして距離を詰める。
幼女拳・たいそうの型:でんぐりがえしである!
一方ナインオーガは左手に持った木刀を地に突き刺し、さらにありすに向けて星型の手裏剣を投擲する。
しかし、ありすの勢いはとまらない。でんぐりがえしによって体を逸らし絶妙に手裏剣を避けているのだ。
「出し惜しみはせん、幼女道は常に全力也!!」
ナインオーガへと完全に肉薄したありすはばねのように反動を付け、ナインオーガに頭から体当たりをかける。
「幼女拳・あたまの型:ばねずつき!」
ばねずつきは普通のずつきではない。その身長差から人体の急所である腹部から下半身にかけてをえぐりこむように狙うことが出来る。
それが幼女闘気によって2、3段の連撃になって叩きこまれるのだ。
……手ごたえはあった。やはりこれは人間。しかも女性だ。
男性であればもう少し大きなダメージを狙えたが、それでも決して無視できないダメージのはずだ。
しかし、その考えはそっくりそのままありすへと帰ってくることになる。
ナインオーガの体の隙間から数本の槍がありすへ向かって伸び、体を貫いていた。
「……ぐ……ッ!!」
なんとか体をねじりこむことにより急所は外した。だがそれは決して無視できないダメージであった。
「……く……陣地は……ブラフ……いや、違うな、確かに有利な陣地を作るものであることに変わりはない……」
そう、ナインオーガの周りに突き立てられた木刀は、ナインオーガの"プラント"を拡大する為のものである。
ナインオーガは自分の身体と認識した場所の隙間から様々な器物を精製することが出来る。
そして突き立てられた木刀に自らの服をかぶせることにより、多くの隙間を作ってプラントを巨大に、一度に大きく精製する事が可能なのである。
しかし、あくまで有利にするものであって重要なものではなかった。
ありすはその陣地の重要さをわずかに見誤ったのだ。
「……だが、そうか。わかったぞ」
ありすは呟いた。ナインオーガはありすに止めを刺すべく木刀を振り下ろそうとした左手を一瞬止めた。
「この戦い方は、そうか。躯伎の変形だな?」
ありすは幼女拳を生み出すにあたり、様々な戦闘法を研究した。
いや、それは正確ではない。幼女拳は自らを幼女の身体とするために生まれた副産物に過ぎない。
古今東西、様々な戦闘法を研究し、そしてそれを自らの身体の調整にと昇華した結果生まれたのが幼女拳。
いわば、様々な戦闘法の長所を吸収した子ども。すなわち、幼女。それが幼女拳なのである。
「隙間から生み出された躯伎は闇、すなわちチョコ。そして表に取り出した躯伎は光、すなわちバター。
お前の戦い方はバターを前面に推し出しながら隠したチョコが良い仕事をする。チョコチップクッキーの型と見た」
『―――――……』
だが、それがなんだと言うのか。戦闘法を見破ったからといって、ありすはすでに槍に串刺しにされてぼろぼろである。
もはや木刀の攻撃をかわす事すら出来ない。
ありすの頭へと向けて木刀が振り下ろされる……!
「んがぐぐっ!!」
『――――……ッ!!』
しかし、その動きは途中で止まった。
ありすはその木刀を歯で噛み、受け止めたのだ!
当然、ありすの歯ぐきからは血が滴り、前歯が何本か抜け落ちもした。
だが、それでも受け止めたのである。
「……やはり、この木刀も。クッキーか」
ありすは木刀、いやクッキーをかみ砕いた。
そして、それを飲みこんだ。
「この戦法が躯伎ならば。この武器も、クッキーだろうと予想はついた。どのような経緯でこのような戦に手を出したかはわからないが……」
ありすは何事もなかったかのように立ちあがる。
そしてぺろりと舌舐めずりをするとナインオーガに不敵にかわいく微笑む。
「ああ、素晴らしいクッキーだ。ごちそうさま……おかげで」
ありすは瞬時にナインオーガの身体にまるで木のぼりの要領で足から一気に首へとよじ登る。
幼女拳・どうぶつの型:コアラからの幼女拳・おゆうぎの型:かたぐるまである!!
『―――――!!』
クッキー、それは小麦に糖、卵に果実と、まさに大地から送られる生命の結晶、命そのものを持ち寄って生み出される、完璧なるエリクシル。
ナインオーガの作ったクッキーの強壮効果は、その域に殆ど達していると言ってもよかった。
「とてもとても……ッ!……げんきりんりんだッ!!!」
その体制から全体重と幼女力をかけて、ありすはナインオーガの頭を強くアスファルトに叩きつけた―――
「……こんなに美味しいクッキーを作る者に悪い奴はいないと、信じたいのだがな」
気絶し、戦闘不能になったナインオーガからC2カードを奪い取る。
念には念を。これでC2カード強奪の条件を満たした。
「なんの事情があるかは知らないが……いや」
何かを言いかけたありすは、その言葉をクッキーごと飲み込み、ただ微笑みかける。
「あらためて、ごちそうさま。最高のクッキーだったよ。またいつか食べたいものだ」
食に感謝を、命に感謝を。
それがなければ美味しいクッキーは作れない。
それがない相手だったならば、ありすはここまで回復せず、勝利する事は不可能だっただろう。
故に、ありすはただ、そのクッキーを作った者に感謝を。
それだけ残して、その場から立ち去った。
C2カード記録
"ナインオーガ"VS長鳴ありす
遭遇地形:公道
勝者……長鳴ありす