第一回戦SS・工場その1

「……量橋叶」
 『七坂銃匠』の工場跡地。そこで、七坂七美は待ち受ける。己の理想を叶えるための贄を。
 七坂グループの力があれば、カードを奪い取った参戦者の情報とて、得ることは難しくない。例えそれが、過去に数度しか魔人能力を使ったことの無い者だとしても。
 対戦相手たる量橋叶の能力の起点は静止軌道上にある2つの人工衛星。効果範囲は、衛星の視界内。つまり、最低でも半径数千kmが能力の範囲に含まれることになる。
 起こりうる事象は、記憶の励起と具現化。嘗てあった肉体と、恐らくはその周辺の事象を再現する。能力名、『逆巻く星占い(ホロスコープ)
「本当に、巫山戯た相手」
 車椅子を駆る七美の傍らには、七鬼を含めた七人の『セブンガード』が常に控えている。だがそれも、今は七鬼一人のみ。
 代わりに置かれているのは、巨大なコンテナだ。其の中には、今回用いられる『七つの美徳』が収められている。コンテナには仰々しい冷却装置が接続され、隅から白い靄が立ち上る。
 その時、七美の魔人能力『七欲七聞』が何者かの接近を感じ取った。聞いたことのない欲だ。ならば、誰であるかは決まっている。
「御機嫌よう。七坂グループのお嬢様?」
 姿を現したのは、屋内だというのに、日傘をさした女。やはり、巫山戯ている。量橋叶。データにあった写真と寸分違わぬ容貌だ。
「御機嫌よう、量橋叶。私はお嬢様ではなく、CEOです」
 どうやら、『呼び出し』は通じたようだ。だから既に、お互い何をすべきかは分かっている。自己紹介など必要も無い。
 挨拶と共に、七美は目配せをする。同時に、冷却コンテナが機械音を立てて開かれる。
 姿を現したのは、巨大な銃だった。否、銃と呼ぶには、それは余りにも巨大に過ぎた。異形に過ぎた。全長2mを超える『砲』だった。
 寛容を司るもの。特殊武装群『七つの美徳』ナンバー2、多段魔人リニアカノン『魔弾の射手』。それが、その怪物の名前だった。
 だらしなくケーブルと冷却液を垂れ下げた異形の機械の怪物は、日傘の淑女へ喰らいつかんと顎を鳴らし、牙を研いでいる。 
 七鬼が、きっかり七秒七美の手を握る。魔人能力『七転七移』。これで七分間、七美の身体能力は屈強な七鬼のものとなる。
 特別製の車椅子、Palfrey(ポールフリ)から七美は立ち上がる。今この瞬間だけは、彼女は自由だ。血を分けた兄妹とはいえ、他人の魔人能力によって貸し与えられた借り物の自由。
 その力が、易易と異形の武装を持ち上げる。腕に身に付けたもう一つの『七つの美徳』、『セブン』が絶対零度域の冷却材のダメージを無効化する。
 叶は動かない。強者の余裕か、それとも、『この場所では能力が使えないのか』。
「この武装は寛容を司るもの。だから私は、一度だけ貴方に尋ねましょう。降伏する気はありませんか?」
「ひどいお人。降伏させる気なんて初めから無いくせに」
 量橋叶はくすくすと笑いながら言葉を返す。確かに、この戦いはデモンストレーションだ。この様子は中継されている。無様な不戦勝など、誰も許しはしないだろう。
「私は記憶を司り、貴方は想いを司る。少し、似ていますね」
「……そうかしら」
 『七欲七聞』。七美の能力は、叶の欲を垂れ流し続けている。だが、それは理解不能だ。早く帰って人工衛星を愛でたいとか、そんなものばかり。
 感じ取れるのと理解できるのとでは、やはり大きな違いがある。
 問答は必要無い。行うは、圧倒的武力の行使のみ。それこそが、己の理想にも叶う。
 『魔弾の射手』の持つ弾は伝承通りに7つ。その7発で恐らくは砲身が冷却限界に達し、寿命を迎える。
 七坂グループの技術力を以てすら、法外な要求に応えるためには様々なものを犠牲にする必要があった。不安定な構成材質を不活性化するための冷却材。弾数制限。膨大なエネルギーを消費するが故に、工場のように電力に余裕がある施設でもなければ扱えないという使用場所の制限。
 魔人能力を用いて鍛造されたレールガンの魔弾は、6つは己の望むところに届き、1つは己の頭蓋を撃ちぬくという。この場合は、砲身が自壊し、爆発するのであろうか。
 『魔弾の射手』の銃身(バレル)が量橋叶を指向する。異形の獣は眩い雷光を纏い、咆哮を蓄える。

 まずは、一発。
 瞬きすら許さぬ合間に。神速の光は、彼方へと飛翔する。量橋叶は咄嗟に日傘を前に構えた。だが、間に合わぬ。弾体(オブジェクタイル)はとうに駆け抜け、跳ね飛ばした衝撃の波が傘をズタボロにし、彼女の身体を跳ね飛ばした。
「くっ……う」 
 量橋叶は地面へと投げ飛ばされ、よろよろと立ち上がる。上空へと逃げた弾が工場の天蓋に開けた穴から、光が差し込む。全身ズタボロだが、彼女はまだ、生きている。
 直撃すれば、肉片すらも残さぬ一撃だ。ならば……外れたのか?否、外したのだ。
 『魔弾の射手』から冷却液ボンベが排出される。七美は次の弾と冷却液ボンベを装填する。
「やはり、似ています」
 量橋叶は、そう呟きながら壊れた傘を杖に立ち上がる。
「だから、貴方は私に勝てない」
 叶の能力は極めて強力だが、衛星を起点にしている。だから、それが『見えない場所』では働かない。至極単純な弱点だ。例えば、屋根で覆われた場所や地下では。
 だが今、その覆いは取り払われた。彼女の能力の枷は外された。
「貴方は……今までに食べたパンの枚数を覚え」
 叶が、七美に向けて問い掛け終える寸前。銃弾が彼女の脇を通り過ぎた。
 『魔弾の射手』のものではない。ごく普通の、狙撃銃の弾だ。七美配下の『セブンガード』。彼等は散会して工場内に隠れ、叶を密かに狙っていたのだ。
(……目的は、時間稼ぎですか)
 叶は静かに分析する。本気で殺す積りならば、もっとまともな狙い方をする筈だ。それならそれで、手が無い訳でもないが。あの『お嬢様』は、自分の手で叶を倒すことに拘っているようだ。
 能力を発動させないよう、注意を逸らす気なのだ。射撃地点は複数。位置を掴むのにも時間は掛かる。これでは相手の思う壺だ。
 ビー、というブザー音が『魔弾の射手』の本体から鳴り響く。冷却が完了した証だ。次弾が来る。このままでは、叶は七美のところまで辿り着くことすら叶わない。
「二発目」
 再び、雷光が駆ける。叶は、今度は距離によって爆風を交わした。弾は再び、工場の屋根を抜けて天へと消えて行く。
「遊んでいる暇は、無さそう……ね!」
 叶は駆ける。七美の座す場所目掛けて。彼女の通った後を、狙撃銃の弾丸が掠め地面を抉る。今度も外れ。どうやら、あの異形の銃の整備不良では無さそうだ。
 相手は何かを考えている。だから、真っ先に潰す。一瞬、彼女の能力の『起点』を潰そうとしている可能性も頭を過ぎった。だが、無理だ。
 『あの程度の速度』では、弾丸を軌道に届かせることも叶わない。最低でも数倍は必要だろう。まして、狙うべきは『真上』にある衛星だ。単純な物理の問題として、あの異形の銃で彼女の衛星は潰せない。
「七鬼!」
 七美の声と共に、彼女の前に、屈強な偉丈夫が立ち塞がる。七坂七鬼。彼女の兄にして護衛。しかし、その身体能力は、今は虚弱な七美のものと入れ替わっている筈。

 だが同時に、巨大な『魔弾の射手』が七美の手から滑り落ち、地面に叩き付けられる。彼女は地面へとへたり込む。
 ジャスト七分。身体能力が、七美から七鬼の元へと戻った。
「えっ、」
 七鬼が叶の身体を投げ飛ばし、彼女は宙へ舞う。何が起こったのか理解が追い付かぬまま、叶は地面へと叩き付けられる。
「これで、おしまい」
「いえ、まだ」
 叶と七美。両者の言葉が被った。叶はボロボロの体を引き摺りながら、立ち上げる。
「貴方達は、今までに吸った空気の量を。覚えていますか?」
 叶は既に、狙撃者の位置を把握していた。七美も、七鬼も。この場全ての人間の場所を。
 天には、彼女の星が輝いている。
 幾つかの弾丸が、叶の臓腑を抉った。だが、どれも致命傷ではない。七美と七鬼が近過ぎて、正確な狙いを付けられないのだ。
 数瞬後には、この場の人間は全て『呼吸の記憶』によって破裂死する。

 ……だが、それは起こらなかった。
「……何、故?」
 叶は己の手を見て、立ち止まる。
 そして、空を見上げる。
 まさか。
 ……まさか。
「かちあい玉、というものをご存知?」
 地に伏したままの七美が、口を開く。
 かちあい玉とは、激しい戦場で見られる、『弾丸に弾丸が衝突する』という希少な現象だ。
 魔人能力すらも組み込み、創り出された『魔弾の射手』が放つ弾は必中。物理的限界を越えぬ限り、必ずや、思った場所に届く。
 ならば、例え、一つの弾では足りなくとも。二つの弾を互いにぶつけて、軌道を変えれば?
「……そういう、こと」
 彼女の星は、既に無い。
 量橋叶の能力の起点の一つ。日本上空をカバーする『ブリュンヒルデ2』は、軌道上で跡形も無く破壊され、通信を途絶していた。
「七鬼」
 偉丈夫が七美に向けて手を差し伸べる。彼女はそれを掴み、助けを借りて立ち上がる。
 きっかり七秒。これで、勝利は確実なものとなった。最後の止めは、彼女自身で刺すべきだ。そうでなければ、デモンストレーションの意味が無い。
「……くくっ」
 量橋叶は、笑みを浮かべた。狂ったような笑い声を漏らしながら。
 こんなにも彼女が感情を露わにしたのは、初めてのことだった。直後、『七欲七聞』が異変を伝えた。
 七美は、思わず空を見上げた。そこに、輝く星が見えた気がした。
「どうやら、備えが役に立つようですね」
 天に輝くのは、『ブリュンヒルデ3』。つい先日、極秘に打ち上げられた『三基目』の衛星だ。
 今や、人工衛星(ほし)は彼女に微笑んでいる。
「さぁ、貴方達の記憶を、思い出させてあげましょう」
 人工衛星(ほし)の女神たる彼女もまた、微笑んでいる。
 それが、七美の意識が途絶えるよりも前に見た、最後の光景だった。



 ……七美が、次に眼を開けた時。辺りに広がっているのは、血の海だった。C2カードの加護がある彼女を除き、『セブンガード』は全滅していた。七鬼だけは屈強な体に助けられたのか、辛うじて一命は取り留めていたものの。呼吸器の殆どを失う重症を負っていた。
「……七鬼」
 彼女は、七鬼の手を取る。声は聞こえない。気管が破裂し、とても出せる状態ではない。だが、彼女の『七欲七聞』は、七鬼の意志を伝えていた。七鬼はただ、七美に『生きろ』と言っていた。
 待機していた、七坂財閥の医療ヘリが降りてくる音が聞こえる。
「……どうして」
 何故、こんなことになったのか。七美は残された僅かな時間、そのことばかりを考えていた。

最終更新:2016年09月03日 23:55