第一回戦SS・工場その2




 C2バトル運営から提供されたカード所有者リストの中に、記憶にある名前があった。
「量橋叶……」
 七坂七美はその名を知っている。父より紹介を受けた事がある。路地の暗い占い師。
(彼女は占い師なんだ。だから我らのネットワークで握り得ない情報をやすやす手に入れられる)
(仲良くしておいた方が良いぞ。情報は命だからね。常に、どこでも)
「どうかしたか」
 兄、七坂七鬼が声をかけてくる。七美は黒手袋に包まれた指でその名を差した。七鬼は眉をひそめた。
情報屋(占い師)か」
「放って置いて良いものだとは思えません」
 七坂グループは既に日本全国に対してC2バトルの参加を宣言している。
 そんな自分たちを倒そうとする者がいたとして、七坂グループの情報を得ようとしたら、彼女のような存在を頼って然るだろう。
「しかし相手はカードを持っている。二度と占いができないようにするほどの抹殺は非現実的だぞ」
「敗北した際、同じ相手と再戦はできないというルールがあります。つまり前もって量橋叶に勝っておけば、彼女がC2バトルのためにこちらを探る事はなくなるという事」
「放置しておけば、こちらと戦う相手が彼女を頼るだけでなく、今後こちらと戦う事を見込んで何らかの妨害工作を仕掛けてくる可能性がある……確かに、余計な煩いは減るか」
「怨恨でこちらの足を引っ張るほど愚かでもないでしょう。今後の取引もできなくなるでしょうけど」
「全てに勝てばこんなネズミの力を使う事もないだろう」
 七美はリストを起き、愛用の車椅子、ポールフリに座ったまま動き始める。
「量橋叶の居場所の特定を急ぎなさい。それと、特別武装群(七つの美徳)をいつでも出せるように。この初戦を重要な一戦(ターニングポイント)と認めます」





 C2バトル運営から提供されたカード所有者リストの中に、記憶にある名前があった。
「七坂……」
 量橋叶はその名を知っている。七坂グループの参加宣言の以前から。七坂グループは自前でも強力な情報網を持っているが、叶の衛星群には当然劣る。なので時折、彼らは自分を頼ってきた。
 グループが国内で隆盛し、国外からの商品を常に凌駕できていたのは、ここぞという所で叶の情報を使っていたからだ。
「七美ね」
 当然、そのグループの現統括者の名も顔も知っている。しかし彼女はその病弱さゆえ、叶の持つ衛星による調査は十分に為されていなかった。
 単純に、今まで彼女を調査するという依頼を受けていなかったという点もある。グループは脅威だが、彼女の存在そのものはさしたる脅威ではない。
 その生態を覗き込むくらいなら、グループ内の七人の重役をつけ回した方がよほど有益な情報を得られるというもの。
「…………」
 数秒ばかりその名に視線を留めていたが、すぐに他の参加者の名へと意識は移った。叶は七美を、多くいる標的候補の一人と定義するに留めた。
 油断があった。彼女は自分の顧客の一人である。むしろ七坂の手の者が自分を頼ってくるかもしれない。そう思うほどの自負が彼女にはあったのだ。
 戦乙女の名を冠する衛星から常に地上を見下ろす彼女にとって、そんな地上の狭い島国で良い気になっている企業グループなど、その程度の存在でしかなかった。


 なればこそ。
「……そう」
 己のカードにその名が浮き上がった時、叶が品のない舌打ちをしそうになった事を、誰も責める事はできないだろう。





 黒光る高級車の後部座席。ポールフリに座ったまま改造されたその空間で、七美は紅茶を飲んでいた。セブンカードの一人が淹れたものだ。風味、温度、量。全てが七美の気分と好みに合わせられている。
「ネズミには似合わない場所だ」
 運転席の七鬼が鉄のような表情で辺りを見渡す。工場地帯である。しかもその多くは、21世紀に入ってから建造、あるいは改築開発された工場。時代の先鋭技術が生み出される場所であるといえよう。
 ここには七坂グループの管理下にある工場がいくつも存在する。そのうち一つのゲート監視カメラの数週間前の記録に、叶の姿が綺麗に映っていた。正確には乗用車に乗る彼女の姿であったが、最新鋭の監視カメラがゲートの前を通過する女の顔を特定できない訳がない。
 そこからは統計学的な単純作業。顔認証AIのバックアップと人力の情報統括により、ターゲット、量橋叶の行動を割り出す。カードによってその存在を探知する事もできた。
「それにしても、特定作業は想定よりも早く済みましたね。二、三日はかかると見ていましたし、その間に五色院へご挨拶でもと思っていたのですが」
 叶特定の初報が入ったのは、七美が指示を出して半日後の事だったのだ。ティーポットを持つセブンカードが答える。
「最近の監視カメラの性能は段違いですからね。産業スパイへのセキュリティ対策も重要です。IT黎明期が一周してセキュリティが強固になった現代、原始的な泥棒は改めて警戒すべき存在となりましたから」
「スマートフォンでハッキングなんて、当たり前の時代ですものね。それで、彼女はどうしてこの辺りに出没していたの?」
「調査中です。……ただ、直接聞いた方が早いかもしれませんね」
「ええ。ただもう少し。『叡智』の走査が済むまでは……」
 そう言って七美がティーカップを置き、髪を梳いた瞬間、
 銃声が轟き、弾丸が車体を貫いた。


「…………」
 予定通りの銃声を『情報網』により聞き届けた叶。
 彼女がいるのは工業地帯の間近に建つビジネスビルの屋上だ。ビル内には現在取引中の宇宙ベンチャーが入っている。ここはそこから提供されたリラクゼーション・スペースだ。
 景観のための緑地化が施されている。その造られた自然の最中、彼女は己の情報網で炎上する高級車を凝視している。
 カードをちらと見る。対戦相手、七坂七美の名は依然存在している。終わっていない。

 量橋叶の最大の力は衛星による情報把握だ。しかしそれを活かした魔人能力は対個人的なものに限定される。
 相手の過去の体の状態を再現する能力を発動させる条件は二つ。自分から対象へそれについて呼びかける事。そして対象がそれに応じる事。
 これは相手が単独であり、なおかつ正規訓練を積んでいない――それこそ、能力と腕力で生き延びてきた野良の魔人を敵とした時は、絶大で不可避な威力を発揮する事ができる。
 だが、相手が複数であったり、警戒する相手を前に余計な事を言わないような者だったりすると、途端に発動率は下がってくる。
 つまり、七坂七美が動員してくるであろう私兵集団との直接対決なんて愚の骨頂だということ。七美が接近してきた時点で、打つ手はすぐに決まった。
(私兵を持っているのが自分だけと思わない事ね)
 各界の大物を相手に立ち回る常として、叶もまたいくばくかの戦力を私有している。普段は睡眠中の自身を護衛させるに留めているが、いざという時はこのような事も行える。
 放たれた銃弾は超大口径の狙撃ライフルによるもの。水族館の展示ガラスだって撃ち抜けるその一発で、七美の頭を弾いて飛ばせと命じたのだ。

「でも、生存している。どういう事かしら」
 衛星からの情報把握では車体の様子を見通す事はできない。狙撃手に通信で直接問いただす。
『……防がれました』
「へえ」
『申し訳ありません。自分からはそのようにしか報告できず……』
「言い訳は良いの。どんな風に防がれた?」
『ガラスは破砕しました。しかしその後……』


 こぼれた紅茶が、足下に染みていく。
「…………」
 七美は呆然と痛みを感じていた。突然割れたガラスが、全身を容赦なく傷つけたのだ。でも、何故?
「狙撃だ」
「え?」
「説明は後です、お嬢様!」
 セブンカードが電動車椅子、ポールフリの操縦桿を操作する。七鬼は一帯にスモークを発生させた。そして電磁波ゴーグルを装着し、七美にも同様に装着させる。
「お前は狙撃されたんだ。恐らく相手は頭部を狙ったんだろう」
「ですが、私は……」
「セブンが防いだ」
 車から離れながらの説明を受けて、七美はようやく気付いた。まさか自分が髪を梳いた瞬間に銃弾が放たれて、それを特別武装群(七つの美徳)のうち最強の一着『セブン』が弾いたというのか。
「……その様子だと、本当に気付いていなかったみたいですね」
「着弾の衝撃すら無効化するか。第七部長め、あんな映像を作るだけはある」
「あ、七鬼様もやっぱりあれには怒っていましたか!」
「無駄口を叩くな」
「……すみません。呆けてしまっていて」
 事態を把握して、七美は背筋がぞっとするのを感じた。今自分が生きているのは、偶然によるものだ。たまたま相手が引き金を引いた瞬間に自分が髪に触れていなかったら、もはや勝負は決していた。
(いや……)
 その考えを改める。確かにこの防御は偶然だったかもしれない。しかしセブンがなければ、その偶然を引き寄せる事すらできなかった。この結果を導いたのは、七坂の武装の力である。
 スモークを脱し、路地へと入る。先頭は七鬼。それに自動で七鬼についていくポールフリに揺られる七美が続き、しんがりはセブンカード。ティーポットを白く美しい拳銃に変形させ、周辺警戒を怠らない。
「大した狙撃手ではない」
「え?」
 しばし逃走し、周辺に展開していたセブンカードを含む私兵にいくつかの命令を出した後、七鬼は不意にそう言った。
「お前が撃たれたのは、紅茶を飲むのをやめた瞬間だ。人間にとって飲食は憩いの時間であり、飲食の時間は大きな隙。動きまわりながら飲み食いする奴も少ない。だから狙われる」
 しかし、と七鬼は続ける。
「まさに飲んだり食ったりしているという事をしている人間は狙いづらい。状況の隙ではなく動作の隙を突く真似をすると、人間はその動作をする事が恐ろしくなる」
「飲食してる最中の人間を殺しちゃうと、自分も飲食してる最中に安心できなくなるって事ですね」
「敢えてお前が紅茶を飲み終わった瞬間を相手が狙っていたんだとしたら、そういう人間的な心理を捨て去れていないという事の証だ」
「……つまり、相手は大した敵ではない」
 七美はようやく気付く。七鬼が自身を安心させようとしてこんな事を話しているのだという事実に――そう、七鬼はそういう人間なのだ。
 三名は七坂グループの工場内へ入り、ようやく一息つく事ができた。
「『叡智』の調子はどうだ」
「そうですね。まだ70%という所ですが、そろそろ良いでしょう。範囲はこの一帯に」
「セブンカード傘下部隊、一帯の監視網は完了しています。現在二重、三重に構築中。ドッグハウス、設置完了」
「結構」
 耳に飾ったイヤリング……イヤリング型操作器に触れ、七美は宣言する。
「七坂の技術の粋を結集せし特別武装群(七つの美徳)。その一片をご覧に入れましょう」
 C2カードを通じ、何らかの手段でこの戦いを見ている全ての日本人。未来の七坂グループの顧客に向けて。
「喚ぶは叡智を司る第六。その刻銘を『Argos』――そして、『Lailaps』」





 リアルタイム配信される戦闘放送の中で七坂七美が口にしたその名を、叶は脳内で反芻する。
(Algos、Lailaps)
 どちらも架空の神話の存在である事を、叶は知っていた(何せ衛星に戦乙女の名を付ける女だ)。アルゴスはギリシア神話に登場する百眼の死角なき巨人。ライラプスは同じくギリシア神話に登場するどんな獲物も逃がさないと運命に定められていた猟犬。
「……番犬。そう。そういう事」
 その唇に薄笑みが浮かぶ。つまる所、何らかの監視システムと、それに基づくドローンか何かと言った所か。
 七坂グループの中でも『第六部』と呼ばれる部署が、自動機械技術開発管理部である事を叶は知っていた。七美の言う『叡智を司る第六』という言葉にも合致。
 衛星からの目を広げ、辺りを見渡す。人目につかない所に無造作に置かれたステンレスのボックスから、中型犬程度の四足のロボットが飛び出てくるのが見て取れた。読みは当たり。
「この程度のサイズだと、殺傷能力には欠ける……そう」
 ここで叶は、おおよそ七坂七美の意図を悟った。戦闘力が高いとは思えないが社会能力が高い対戦相手にけしかけるには、確かに悪くない選択と言えるだろう。
「いいじゃない。勝負と行きましょうか」
 叶は腰を上げる自分を空の上から見た。





 金属質の駆け足がアスファルトを蹴り、飛びかかる。
「……!」
 飛びかかられた人影はナイフを抜き、飛びかかってきた犬――ライラプスを峰で打ち飛ばした。その体は決して軽くないが、機動性を維持するために軽量化がなされているのだろう。そして拳銃を抜き、撃つ。停止するライラプス。
「ケッ」
 飛びかかられた時にできた浅い裂傷を忌まわしげに押さえながら、すぐさま男は雇い主……量橋叶へ連絡を入れた。彼は叶の私兵の一人だ。
「まーた一体仕留めました。ここに潜伏してんのはどれくらいでしたっけ」
『あと二つよ』
「ケッ!」


 七美のライラプス投入開始から、60時間が経過していた。
「0816、0817、0818、シグナル消失。……0819、0820も!」
「……」
 0001から投入を開始されたライラプスの撃破数は既に800を上回っていた。想像を遥かに超える苦戦に、七美は眉をひそめる。
 ライラプスの強みはその安価さだ。ありとあらゆる既存の監視網を統括して指示を与えるアルゴスというシステムの下で働くライラプスの性能は知能のない中型犬程度で、武器も鋭い牙くらいだが、一機辺りの原価は2000円以下に抑えられている。これだけ投入しても、まだ勝利の末に獲得できる予定の賞金を15%も使っていない。
 しかし……
「900まで追加投入。投入準備は1200まで進めなさい。……相手の空間把握能力はアルゴス以上という事ですか」
「そのようです。完全にライラプスの動きは把握されています」
 ライラプスの輸送・投入はまったく原始的で、封鎖した一帯までトラックまで輸送し、そこで起動するというものだ。投入箇所は可能な限りランダムに散らばらせているが、敵の対応は全く揺るがない。
 七美は辺りを見回す。最初の襲撃の後に七坂グループ傘下の工場に転がり込んだ後、地下通路を通じて別工場へと移動し、アルゴス・ライラプス統括の司令所を設営した。運営スタッフは全て七坂グループの技術者たちだ。
 そんな技術者たちの間には、今回の尋常ならざる対戦相手では、ライラプスが通用しないのではないかという些細な猜疑心が生まれ始めていた。少なくともそのように、七美は感じた。
 ……実の所、それは七美も同意見だ。このままのやり方では相手を捕捉できないのではないか、という不安が、自分の中に芽生えていた。
 だから七美は、敢えて声を上げる。
「作戦は継続。ライラプスの順次増産、投入を進めてください。包囲網は決して崩さずに」
 強い語調で。
「七坂グループの最強を人々に示すのです」
 事実、七美はいつまでも愚直に同じ手を打ち続けるつもりは毛頭なかった。





「……しつこい」
 七美のライラプス投入開始から、100時間。一週間という戦闘期限は、既に折り返している。
 全く攻めの手を緩めない相手に対し、叶は苛立ちを覚え始めていた。戦力たる私兵は傷つき少しずつ欠落してきている。潜伏箇所はいくらでもあるし、食料備蓄は十分だが、このままくだらない消耗戦が続くと、時間切れによる双方敗北が見えてくる。
 叶の衛星から得られる情報により、ライラプスの位置把握は常に万全であった。その情報を配下の私兵に与え続け、その数を減らし続ける。作業と言うのもバカバカしいルーチンワーク。
(焦ったら負け、と思っていたけれど)
 しかしそんな事を長く続ければ、私兵の体力・気力は減り続け、負傷はかさむ。七坂グループの包囲網が徹底的なのも悩ましい。その気になれば外部から傭兵を呼んで叩き壊す事もできるだろうが、それにはカネがいる。
(勝った所で、足が出ては意味が無い)
 彼女の求めは賞金による衛星の打ち上げだ。なりふり構わず勝てば良い訳ではない。経済的な消耗は押さえる必要がある。
「仕掛けるしかないか」
 幸い、七坂七美の拠点はもう特定できつつあるのだから――そう考えた瞬間、電話に着信が来る。私兵の一人から。
「何?」
『…………』
「……何? どうしたの?」
 返事はない。やがて、通信が切れる。何事かと首を傾げ――
「……ッ!」
 その意図に気付いた瞬間、叶は携帯端末を叩き割った。


 叶の私兵の中のひとりに、現金を必要とする者がいた。現金にして800万円。父親の治療のために。
 七坂ITの調査によってそれを割り出した七美はセブンカードを差し向け、交渉を行った。叶を裏切れと。
 そして彼の携帯端末を用いて叶の携帯端末を特定し、バックドアを仕掛けた。通話機能にもインターネット回線が用いられる現代において、通話を受ける瞬間というのは大きな隙を晒す瞬間である事は、意外と知られていない。
「ありがとう」
「……良いんですか。だって、戦闘の賞金は1000万なんでしょう。今まで投入したあの機械犬の値段だって……」
 小切手をしまいつつそんな事を訊ねた彼に、七美は穏やかに笑って言った。
「お金のために戦うとね、負けるのよ」
 そして、叶の観測能力の正体が知れるのは、それから数時間後。
 アルゴスの監視網に三基の宇宙衛星が加わるのと、同じタイミングであった。





 ライラプス投入開始から120時間。
「ハァ……ハァ……」
 戦況は一変していた。叶の指揮に機械の犬たちが対応し始めたのだ。もはや疑うらくもない。
(見られ、ている……ッ!)
 叶の情報源は自身の打ち上げた衛星群。だが、それらと通信するのは彼女の能力ではなく、あくまで彼女の道具――携帯端末に拠っていた。
 もちろん、その通信が知られないように何重もの偽装と防壁を用意していた。だが、リアルタイム性を維持するためには万全の防備にする訳には行かなかった。そこを突かれた。
(あの通話の瞬間……通信番号を盗られて……ッ)
 端末を壊した後、すぐさま予備端末に切り替えたが、もう遅い。端末を壊した所で通信記録は残る。それを手繰られれば、手の内を明かされるのはあっという間だ。
 だからあの後、残留戦力を束ねて七美のいると思われた建物に対しほとんど無茶と言える突撃を敢行した。しかしそれも空振りに終わった。敵はすでに撤収済みだったのだ。
 そこからの戦況は惨いものだ。私兵は挟み撃ちや包囲によって次々撃破され、自分もまた満身創痍。片腕、片足、脇腹をライラプスに噛み千切られている。
「ライラプス……」
 それはどんな獲物も逃がさないと運命に定められている猟犬の名前。運命、運命だと。運命に縋って名付けられた機械なんてものに、私は負けるのか?
(せめて……せめて一言、せめて一言!)
 電話越しでも良い、一言でも言葉を交わす事ができれば、七坂七美を仕留める事ができる。彼女の今まで負ってきた疾病、症状の数々は調査済みだ。それらを一瞬で同時再現すれば、10回死んだってお釣りがくるレベルのダメージを与えられる……なのに!

 ――金属質の足音が迫る。

「くッ!」
 天から己の姿を見る。前方に二頭、後方に一頭、上方に三頭。機械の猟犬は品定めするように叶を見ている。
「……七坂CEO、七坂七美! 見ているんでしょう! 聞いているんでしょう! ……一つ尋ねたいのだけど、貴方は随分身体が弱いみたいね!」
 最後の賭けに出た。もしもこの呼びかけに七美が少しでも応じれば、自分の勝ちだ。
 金属質の足音が迫る。縋る気持ちでC2カードを見る。
 その表示は、戦闘が依然継続している事実だけを告げる。
「……ふう」
 目を閉じ、天を仰いだ。
 七坂七美。貴女は。
「私の敗北を見届ける事すらしないのね」


 数秒後、七坂七美はアルゴスの報告により、量橋叶の行動不能――すなわち、戦闘の決着を知った。ティーカップを置いて、ぽつりと呟く。
「広告費にしては、安かったわね」

最終更新:2016年09月04日 00:10