第一回戦SS・電力施設その1

第1話

  • 1-

「よぉ、仙波。久しぶりだな」

仙波透の前にスーツ姿の女性が立っている。
透はかつてヤクザの鉄砲玉のような仕事をしていた事がある。
その時に幾度か、顔を合わせた女性、つまり彼女もヤクザなのだ。

闇金の所長であり、彼女からの仕事は暴力的ではあったが金払いは良かった。
透の体も気遣ってくれる方であったし、妹の為にと菓子や寿司などを持たせてくれる事もあった。
若いが透から見ても将来大物になるのではないかと思える。

悪い人ではない。
ヤクザとしては。

「相変わらず、しかめっ面してんな。でもな、もうちょっと笑ったほうが良い。お前はいい男なんだからよ」
「どうも、お久しぶりです」
「お前に話があって来たんだが」
「すいませんが、自分はもう」

足を洗ったのだ。
妹の為に、その為のケジメもつけたはずだ。
短くなった左手の小指がジワリと熱を持った。

「いや、そういう話じゃあねえんだ。こっちも妹の為にカタギになったお前をな。チンピラ紛いのヤクザに引き戻そうなんて思っちゃいない」
「では、どういう事ですか?」
「C2カード、持ってんだろ?」

焦りが透の心をざわつかせた。
このカード自体が金になる、そんな事は予想できたはずだ。
ヤクザなら、たとえ悪い人ではなくてもヤクザなら、透のようなチンピラ崩れを始末するだけで手に入る利権を野放しにするはずがない。

この人に恩はある、だがここでやるしかない
これを手放すわけにはいかないのだ。

「おっと、待て待て。私はそれを奪いに来たわけじゃない。情報を持ってきたんだ」
「情報…ですか?」
「お前それを持ったは良いがどうするつもりだ?対戦相手の情報ってのは掴んでいるのか?」
「それは」
「まさか、適当に出会った相手をぶちのめそうって訳じゃないよな。誰ともわからん、いつ襲ってくるかわからない状況でどうするって言うんだ?お前は強いが、ベストなコンディションで戦えずに負けちまったら元も子もないだろう?」

確かにそう思える。
ヤクザですら透の情報を掴んだのだ。
他の参加者ならさらに上を行く者もあるだろう。

「情報ってのは、どんな情報なんですか?」
「幾人かの参加者はこちらでも掴んでいる。と言うかな、そのうち一人は私の知り合いでね。そいつとお前の対戦をマッチングしたい。こんな楽しそうな話をただ指をくわえてみてちゃあ魔人ヤクザの名折れなんでな。独自に盛り上げさせてもらおうってわけだ。どうだ?」
「俺にメリットがあるのか?」
「あるとも。買っても負けても公式の賞金とは別にウチでやる賭博の上がりの少しを報酬として出そう。金はあって困るもんじゃないだろ?あと場所のセッティングをしてやる。最初の戦いだ、奇襲とかそういうのがない方がいいだろ?正々堂々真正面からの殴り合いだ。さらに今後の戦いに関してもウチで出来ることはしてやろう」
「あんたは悪い人じゃないのはわかってる」
「おいおい、お姉さんはヤクザなんだぜ?悪い人に決まってるじゃないか」
「そうだな、だからそこまで信用するわけには行かない」

そう、ヤクザだ。
ヤクザはメンツを重視する。
だがそれでも。
犯罪者に過ぎない。
かつて透がそうだったように。

「だろうなあ、私もそう思う。信用できねえよな。だから信用しなくても良い。ここは私の本音だが。どっちかというと知り合いの方に肩入れしているからな。完全に公平じゃないさ。でもお前のことも嫌いじゃないし応援したいと思ってる。これは嘘じゃない。そうじゃなけりゃあ妹の事を人質に取ればいいだけの話だからな」
「ッ!!」
「な?こういう話をだすだけでお前、警戒するだろ?情報ってのは大事なんだ。お前これからどうするつもりだ?妹を攫われて負け続けるつもりか?」
「しかし、俺には他に方法が」
「ない!そうだ、お前には選択肢はない!だからよりマシな方向に持っていけ。私ならそうできる」

「戦いは公平だろうな」
「ある程度は」

「報酬は」
「約束する」

「妹の安全は」
「こちらでできる限りの手はうってやる。少なくとも日本最大クラスの魔人ヤクザ夜魔口組に喧嘩を売れるような組織や、出し抜けるような奴ら以外からって前提だ。この魔人社会に絶対はない。それはわかるな」
「わかる」
「さらに今後の戦いにおいてウチの情報網を使っても構わない」
「いいだろう、その話にのろう」

仙波透と芹臼ぬん子の戦いが決まった。

  • 2-

「先輩、ここ何なんですかァ?」

芹臼ぬん子はフェンスの隙間をくぐり抜けながら先輩であるヤクザのお姉さんに質問した。

「変電所だよ、今は稼働してないが、一般人は入り込まねえ」
「へぇー。で?ここで何するんです?」
「戦いだ」
「はあ、戦い。抗争やるんですか?先輩のトコそういうのん、あんましせえへんと思うてたんですけどォ。映画みたいですねェ、人気のないところでヤクザVSヤクザですか?」
「ちげーよ、戦うのはお前だ」
「え?ええーっ?マジ?」

某国民的アニメの婿養子みたいなびっくり台詞を女子高生の可愛らしい声で発してしまった。
思わず尻餅でもつけばそれっぽかったかもしれない。

「このカードのバトル、ホンマにやるんですか?」
「ああ、対戦相手は私の知り合いだ。妹思いの良いヤツでなあ。金に苦労している。ちなみに妹は難病で金か優勝の願い事で何とかするつもりらしい」
「うわあああ、何それ、やりづらいやないですかー!!めっちゃウチが負けなアカン雰囲気やないですかー」
「じゃあお風呂の仕事するか?それとも映画出てみるってのはどうだ?ビデオ作品だけどな、良い監督を知って……」
「やだああああああああ」
「大丈夫だ、この作品にでいているのは成人です。女子校生って書いておけば大丈夫だから」
「ダメー!!何も大丈夫やないやないですかァ!!それ嘘やん!!成人ちゃうし!!ぴっちぴちの女子高生やし!言葉で言うたら高と校、変わらへんしィ!!」

扉のチェーンを叩き切りつつヤクザのお姉さんは中へと進んでいく。

「ちょ、先輩?」

ぬん子は走ってそれを追いかけた。
巨大なドームの中には変電装置が立ち並んでいる。
薄暗いドーム内に突如明かりがつく。

「うわっ?稼働してへんのちゃうの?」
「まあ電源くらいはなんとかするさ、それより」

ぬん子の真正面に作業着の少年が立っていた。

「ちなみにな、フェアじゃねーと思ったのでお前の事情も話してある」

無骨だが礼儀正しく少年は頭を下げた。

「仙波透だ。芹臼ぬん子さん、恨みはない。だが負けるわけにはいかない事情がある」
「あ、ははは。こちらこそ~。って先輩?先輩っィ?」
「試合には手出しをしないとの事だ。もちろん君が負けを認めてくれるなら。それに依存はない」
「いやあ、そちらの事情もわかるんやけどね。でもな、ウチもここで乙女の純情散らすわけにはね。いかんのよ」

ならば、と享は手刀を構える。

「とりあえず、うにゃあ!!」
「ッ!?」

シュルンと、ぬん子の手に白いボールの様な物が現出する。
それを透に目掛けて全力で投げつけたのだ。

不意の一撃を透は硬化した手刀で切りつけた。

仙波透の魔人能力「職人気質(しょくにんはだ)」は肉体の硬化である。
その硬度は透のカタヌキの技と相まってオリハルコンすら切削する一撃の前には問題ない。
こと近接戦闘において果て無き防御能力と攻撃力を持つ。

だが。

(経験が浅い)

その様子を映像で見ていたヤクザのお姉さんは思う。
不意の魔人能力での攻撃はなるべく避けるべきだ。

いかに防御力に自身があっても正体がわかるまで触れるべきではない。
透にはヤクザの鉄砲玉としての戦闘経験はある。
しかしヤクザは基本的に戦うことは手段の一つにすぎない。

まともな魔人の戦いは組と組の抗争につながりかねない。
魔人といっても魔人鉄砲玉とプロの魔人ヒットマンでは役割が違うのだ
だから透の経験した戦闘は、暴力のプロの戦いではあったかもしれないが魔人どうしの駆け引きのある戦いではなかったのだ。

ベシャッ

透の手に粘り気のある白い物体がまとわりつく。
テキ屋で焼きそばを焼いたときに触れたことがあるような感触。
ラードのような動物性の脂肪分の感触。
どんな名刀も肉の脂で切れ味を減じるという。

芹臼ぬん子の魔人能力「カロリー☆メイク」は熱エネルギー(カロリー)を脂肪に脂肪を熱エネルギー(カロリー)に変換する事ができる。
周囲の熱を吸い取りソフトボール大の脂肪を産み出し投げつけたのだ。
マネとはいえ陸上部に所属するぬん子の運動神経はそれなりに良い

「なんだ?」

そこに気を取られた透が顔を上げたとき。
少女、芹臼ぬん子は彼の視界から消えていた。

  • 3-

「動いとるなあ…、探してるんかな。能力は肉体の硬化やったっけ」

変電設備と壁の隙間に身を潜めながら、ぬん子は透の動きを探っていた。
彼女から透の姿は見えていない。
だが、動きを察知することができるのだ。

これは、ぬん子の魔人能力「カロリー☆メイク」に依るものである。

一見無造作に熱エネルギー(カロリー)を脂肪に脂肪を熱エネルギー(カロリー)に変換している様に見えるが実はそうではない。
熱の移動、熱源の把握、それらがなければ熱エネルギー(カロリー)を的確には使用する事が出来無い。
熱知覚と呼べるような感覚が彼女には備わっているのだ。
それは視覚をサーモグラフの様に上書きするのではなく視覚や聴覚と同じように全く別の感覚として熱エネルギーの位置や動きを知覚できる物である。

「さあて、どないしたもんかなってうわああ!?」

透が一色線にぬん子の方に向かってきたのだ。

ザシュッ!!

手刀の一閃が変圧装置ごとぬん子を叩き切る。
バリバリとした電撃がほとばしるが透の体は伝導体ではない金属質に変化している。
多少は熱いが感電はしない。

「うわっ!?あぶなッ!」

ぬん子は露出した電線からの火花を即座に脂肪に変え電気ショックのダメージを防ぐ。
熱知覚による察知がなければここで終わっていただろう。

「切れ味落ちてないやん!!先輩のアホー!うそつき!」
「粗悪なカタヌキは油まみれな場合もある、それに比べればこれは上質な油だ」
「ぎゃー!!」

透は金属とともに育った。
カタヌキ師はカタを切り取るのではない。
金属の中に眠るカタを取り出すのだ。

透の母はそれを金属の声を聴くと言った。

(その通りだ。)

カタヌキ師になって透はそう思った。
母の言葉が理解できる。
透の耳は金属の声を聴く

金属とそれ以外の音をわずかに聞き分ける。

ぬん子が熱知覚を持つのと同じように
透には超聴覚があるのだ。

  • 4-

透の手は刃である。
透の掌は鑢である
透の手の甲も鑢である。
透の右足は鋸である。
透の左足は斧である
透の頭は鎚である。
透の肉体は全てが金属を穿ち、切断し、削り取る。

透の心は鉄よりも固く、オリハルコンのように繊細で、黄金のように輝く。
全ては妹の為だ。

態勢を崩した相手に逃げ場はない。
かわいそうだがC2カードで生き返る、ならば逃すわけには行かない。

「でやあ!!」

ぬん子が手をかざす。
周囲で稼働する機械の熱を吸収し脂肪に変換しているのだ。
これが魔人ヤクザのお姉さんがこの場所を戦場に選んだ理由だろう。
即ち邪魔が入らず熱源を確保できる。

「うっ?」

透の体が、腕が白い脂肪で覆われていく。
このまま脂肪に閉じ込められると分が悪い。
ぬん子が拳を振り上げる。

(だが、問題はない)

ドゴォ!!
凄まじい勢いで透は頭を振り下ろした。

「ゲッ…ハァ…ッ!!」

透の頭は槌である。
如何に弾力のある脂肪に覆われても、その衝撃が減じられても。
その一撃は女子高生の骨を砕くのには十分だ。

ぬん子の手は透の体に触れた。
だがそれを振り払い。
一撃だ。

「カハァ…ゲホッ…痛ったァ…アバラか、鎖骨かなァ…ぐ、いででででで」

意識はあるのか。
流石にそう甘くはない。
だがオリハルコンの塊すら砕くこの石頭ならぬハンマーヘッドなら…。

「カハッ!?な?が?」

突如透の意識が混濁した。
息が。
できないのだ。
のどに何か違和感が。

「ごああッ?がああ?」

喉を掻き毟ろうとしても手には厚い脂肪がまとわりついている。

「ゴメンなァ…いだだだだ。喉の形ぴったりの脂肪の塊やから。まあ取れへんよ。」

直接身体に触れる、それだけでいい。
相手の体内を熱知覚で正確に見て、美容整形するのと同じだ。
正確に喉の形にぴったりとはまり抜けない脂肪の塊を叩き込む。

「ぐうううう!!」
「動かんほうがええよ」

優しく語りかけるがその状態でも、ぬん子は能力を解除しない
周囲の機械から発せられる熱を変換し脂肪が透の体を包み込んでゆく。
これが硬い物質ならば透の力とカタヌキの技で突破できたであろう。
窒息状態になる前に冷静さを取り戻し、ぬん子にトドメを差しただろう。

だが柔軟でブヨブヨとした薄いピンク色がかったこの油の塊のような肉は透の体を押し包んでゆく。

数分後、この戦いに決着がついた。

  • 5-

「ぐっ」

透は目を覚ました。

「よっ、ちゃんと生き返ったな」

目の前にはヤクザのお姉さんがいる。

「負けた、んですね」
「ああ」
「クソ」
「そう、落ち込むな。相手が悪かったのもあるさ。それに完全に公平じゃないっていったろ。場所のアドバンテージは取らせてもらった。対戦相手を探す手間賃替わりだ。それにこれからの援助を惜しむつもりはないからさ」
「すいません、それはお願いします」
「妹さんは嫌がるかもしれんが、とりあえずカタギの病院を紹介してやる。良いところだ。ウチの幹部もお世話になるまっとうなところだぜ」
「ありがとうございます」

体についた油を払いながら透は立ち上がった。

ドサァ。

足元に鞄が投げられる。
中身は金だった。

「これは?」
「今回のファイトマネーさ」
「聞いてたより、随分多いように思えます」
「あいつなー、甘いよなー、バカだよなー、自分の借金は何とかするってさ。だからそれな、一千万はお前にやるんだと」
「そんな情けをかけられる謂れは」
「ないよな」

とヤクザのお姉さんは格好良くタバコに火をつけた

「まあ、そんな情けをかける謂れはないんだが。まあとっとけよ。お前金がいるんだろ?」
「…」
「どうせ、あいつの借金は一千万とかどうとかじゃどうにもならねーんだ、あいつの甘さはよ」
「ありがたく貰っておきます」

透の目に少し涙が滲んだ。

(ヤスリ、お兄ちゃんは人を傷つけて金を稼ぐしかない。でもそれでも人が嫌いなわけじゃないんだ)

「じゃーな、困ったことがあったら私の事務所に顔出せ、こっちは一応表向きはちゃんとした金融業だ、実際はちゃんとしてないがそれはこの際良いだろう。そこで金を借りたって妹には説明しろ。」

歩いて行くヤクザのお姉さんに透は深く頭を下げた。

  • 6-

今宵私は殺される、殺されるために走るのだ!

メロスの足は、はたと、とまった。
見よ、前方の川を。
きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り。
猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁はしげたを跳ね飛ばしていた。

夕張メロスは北海道にいた。
妹を祝うために郷里に戻っていたのだ。

ちなみにメロスに妹は居ない。
故郷も北海道ではないし、目の前の荒れ狂う波はオホーツク海だ。

メロスはラリっていた。

芹臼ぬん子の友人である魔人夕張メロス。
その能力「ランナーズハイ!」によって脳内麻薬のオーバードーズ状態にあった。
彼女は無敵にイカレていたのだ。

「ああ、鎮しずめたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」

時刻は真夜中だった。

ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。

「ひゃー!!うっひょー!!えひゃひゃー!!」

およそスポーツ少女が発するべきでない笑い声が夜の海にこだました。

  • 7-

「ぬん子」
「なんです先輩?」
「ウチの組な、ロシアから拳銃を仕入れてるんだが」
「へぇー、ハードボイルドですねえ」
「密輸船沈んだんだけど」
「あちゃー、それは大変やね」
「沈めたのはメロスだ」
「え?」
「まあ船はウチの組の物じゃないんで良いんだが」
「はあ、じゃあ関係ないんですねェ」
「拳銃はウチの組のだ」
「は、ははは。まさかそんな事あらへんですよね」
「請求はお前あてだそうだ」
「メ、メロスのアホー!!」

アホー
アホー
アホー

哀しみの声が響く

第一話「ああ、メロス!天すら彼女を見放したのか!それはそれとして戻れアホー!」

おしまい

最終更新:2016年09月03日 23:51