204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 01:58:11.15 ID:zMnftVGO0
階段を駆け上がった先には、一本の枝が伸びていた。
その中ほどに、タラップで枝と連結された一艘の『船』が停泊している。
船といえば星間航行可能な宇宙船を真っ先に思い浮かべるベイダー卿にとってみれば、
これから乗り込むべき船は、あまりにも原始的で頼りない。
どうやら、マストに張られた巨大な帆布で風を受け、それを主な推進力にする仕組みのようだ。
宇宙空間を航行する『帆船』を知識として知ってはいたが、それですらもはや希少な骨董品
である。
そもそも舷側から突き出た二枚の大きな翼は、何のためにあるのだろうか。
「さあ、行こう」
ベイダー卿の困惑をよそに、ワルドがルイズの手を引いてタラップを渡り出した。
210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:02:50.99 ID:zMnftVGO0
三人が甲板に降り立つと、甲板で眠っていた船員が目を覚ました。
突然の闖入者に驚いた様子だったが、ワルドとルイズが貴族であることがわかると、慌てて
船長室にすっ飛んでいった。
しばらくして現れた初老の船長に、ワルドは居丈高に命じた。
「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。トリステイン王室からの勅命により、今すぐ
アルビオンに出港してもらいたい」
船長は困惑して反論した。
アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのは明日であり、最短距離分の『風石』しか積んでいない
当船は、夜が明けてからでなければ出発できないとのことである
212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:07:14.35 ID:zMnftVGO0
ワルドは船長の言に小さく頷いてから、再び口を開いた。
「急ぎの任務だ。『風石』の不足分は僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長と船員が顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向く。
「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ」
「積荷はなんだ?」
「硫黄で。アルビオンの貴族の方々が高値をつけて下さいますんで、今じゃ黄金並みの
値段で取引されます」
船長は小ずるそうな笑みを浮かべた。取引成立だ。
213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:09:23.24 ID:zMnftVGO0
船長が出港を命じると、睡眠を貪っていた船員たちは不満そうな表情を浮かべた。
それでもよく訓練された彼らは命令に従い、あれよあれよと言う間に準備は整った。
こうして、トリステイン船籍『マリー・ガラント号』はアルビオンに向かって暗闇の中を出港した。
215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:11:16.78 ID:zMnftVGO0
「ねえ、ワルド。どうせアルビオン中の港は反乱軍に押さえられてるんでしょ? 王党派とは
どうやって連絡を取ればいいのかしら」
出港後しばらくして、ルイズは船員に聞かれないよう声をひそめてワルドに諮った。
この船はおそらく貴族派とつながっているのだろう。
追い詰められた王党派が硫黄の取引などできるとは思えない。
この船に積んである硫黄は、火薬や『火』の秘薬に加工され、王党派の戦士の生命を奪う
ことになるかもしれないのだ。
そのことが気がかりで、ルイズはこの船旅を忌まわしく感じるのだった。
217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:15:02.90 ID:zMnftVGO0
「陣中突破しかあるまいな。この船の目的地、スカボローの港から、ニューカッスルまでは
馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできない
だろう。隙を見て突破する」
ルイズは緊張した面持ちで頷いた。確かにそれしかなさそうだ。
それから、尋ねる。
「そういえば、あなたのグリフォンはどうしたの?」
ワルドは微笑んだ。舷側から身を乗り出すと、口笛を吹く。船の下からグリフォンが姿を現し、
そのまま甲板に着陸して、船員たちを驚かせた。
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:17:35.33 ID:zMnftVGO0
ワルドに微笑み返してから、ルイズはそこで自分の使い魔の方を見た。
ベイダーは二人から少し離れて立ち、腕組みをしていた。
さっきから一言も口を聞かない。
無口なのはいつもどおりとしても、その振る舞いは普段に比べてどこか覇気に欠ける気がした。
222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:21:52.66 ID:zMnftVGO0
「ベイダー、そういえばあんた、怪我はないの?」
ルイズはベイダーのそばまで歩み寄り、その顔を見上げた。
白い仮面の男の『ライトニング・クラウド』を受け、転落したのだ。常人なら間違いなく死んでいる。
「問題ない。快適に機能している」
ベイダーはルイズの方を見ようともしない。
ルイズは意を決して尋ねた。
「さっきのこと、気にしてるの? ……あのメイジに、遅れを取ったこと」
本当はそれ以上に、ワルドがベイダーに投げつけた言葉の方が気にかかっていたのだが、
そのことを聞くのは禁句に思われた。
「気になどしていない。ダークサイドの前に敵はいない。次に会ったら即座に息の根を止めて
みせる」
その言葉が強がりであるかどうか、ルイズには判断がつかなかった。
「……そう。じゃあ、今の内に休んでおいて。アルビオンに着いたら、あんたにもたっぷり働いて
もらわなくちゃいけないんだから」
そう言い残して、ルイズは再びワルドの方に戻っていった。
224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:24:17.53 ID:zMnftVGO0
闇の中に一人残されたベイダーは、腕組みの姿勢のまま考え込んでいた。
(……多少危険ではあるが、試してみるしかなさそうだな)
225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:25:31.01 ID:zMnftVGO0
翌朝……。
「アルビオンが見えたぞー!」
鐘楼の上に立った船員の大声で、ルイズは目を覚ました。
ワルドとベイダーはとっくに起きていたようだ。
ワルドは船長と何やら話しこんでおり、ベイダーにいたっては、昨日から姿勢が変わっていない。
睡眠をとったのかどうかすら判然としなかった。
船の行く手に目を向ければ、見張りの船員の言葉どおり、巨大な浮遊大陸アルビオンが雲間に
その姿を見せていた。
227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:29:44.00 ID:zMnftVGO0
何度見ても壮観である。
アルビオンの面積はほぼトリステインの国土に匹敵し、川も流れていれば山脈もある。
陸地は視界を越えて彼方まで続き、河川から空中に流れ落ちる莫大な量の水が白い霧と
なって大陸の下半分を包んでいた。
アルビオンが『白の国』と呼ばれる由縁である。
さすがのベイダー卿もこの光景には目を奪われたようで、船首の方に体を向け、浮遊大陸の
偉容を仰いでいた。
常々傲岸不遜なベイダーがハルケギニアの文物に驚く様は、ルイズとしては何とはなしに
嬉しい。
229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:33:37.37 ID:zMnftVGO0
そのとき、鐘楼に上った見張りの船員が、大声を上げた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
ハッとしてルイズがそちらを向けば、たしかに船が一隻近づいてきていた。
『マリー・ガラント』号より一回り大きく、両舷ともに大砲で武装している。
タールで黒く塗りつぶされた船体が、ルイズの不安をあおった。
233 名前:さるさん喰らった……[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:40:22.72 ID:zMnftVGO0
「アルビオンの貴族派の軍艦か? お前たちのために荷を運んでいる船だと教えてやれ」
見張り員は船長の指示どおりに手旗を振った。
しかし、黒い船からは何の返信もない。
副長が駆け寄ってきて、蒼ざめた顔で船長に告げる。
「あの船は旗を掲げておりません!」
船長の顔もみるみる蒼ざめた。
「してみると、空賊か!」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
船長は慌てて船を空賊から遠ざけるよう命令された。しかし、時すでに遅し、併走する形で
針路を取った黒船から大砲の威嚇射撃を受け、停船命令を示す旗を揚げられては、それに
従うしかなかった。
「裏帆を打て。停船だ」
すっかり観念して、船長は指示を出した。
237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:43:13.50 ID:zMnftVGO0
いきなり現れて大砲をぶっ放してきた黒船に怯え、ルイズは思わずワルドに寄り添った。
「空賊だ! 抵抗するな」
黒船から、メガホンを持った男が怒鳴った。
「空賊ですって?」
ルイズが驚いた声を上げる。それから、ワルドの顔を仰ぎ見た。
「抵抗はできないな。この船を浮かべるために、僕の魔法は打ち止めだ」
次にルイズは、いつの間にか隣に来ていたベイダーを見る。
「コーホー」
彼女の使い魔は、相変わらず腕組みしたまま、空賊の船を見つめていた。
242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:49:34.26 ID:zMnftVGO0
『マリー・ガラント』号は、あっという間に空賊に制圧された。
鉤のついたロープが舷縁に放たれ、それを伝って武装した男たちが二十人ばかり乗り込んで
きたのだ。
黒船の片舷に並んだ大砲がぴたりと狙いをつけている以上、抵抗は全く無意味だった。
「使い魔くん、きみの凶暴さは僕もよく知っているが、ルイズの身の安全を考えるなら抵抗は
やめておくんだな。向こうの大砲が火を噴いたら、この船はあっという間に沈められる。それに、
向こうの船にはメイジがいるかもしれない」
ワルドがベイダーを牽制する。
前甲板に繋ぎ止められていたワルドのグリフォンが、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、
ギャンギャンとわめき始めた。その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われた。
グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。
「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」
半分以上ベイダー卿に言い聞かせるようなひとり言だった。
244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:53:40.42 ID:zMnftVGO0
甲板に降り立った空賊たちの指揮を取るのは、派手な格好の青年だった。
元は白かったらしいが、汗と油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色
に日焼けしたたくましい胸が覗いている。
ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精ひげが顔中に生えている。
ご丁寧にも、左目には眼帯が巻いてあった。
この男が空賊の頭目らしい。
全く抵抗を受けずに船を制圧でき、満足そうににやけ笑いを浮かべる頭領の前に、ワルドと
ルイズが引っ立てられてきた。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 02:57:14.18 ID:zMnftVGO0
「この船は貴族のお客も乗せてるのか」
口笛を吹き、ルイズの顎に手をかけて持ち上げる。
「こりゃあ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねえか?」
ルイズが頭目を睨みつけ、男たちからは失笑が漏れた。
だがそれは、どこか遠慮がちな乾いた笑い声だった。
怪訝そうに辺りを見回した頭が、そこでようやく異変に気づいた。
高空を吹き渡る風の中でも、一定のリズムで響く「コーホー」という音。
見れば、二人の貴族の後ろに、黒い影が控えている。
「この耳障りな音は何でえ? それからそこの気味の悪い甲冑はよ? この貴族様方の
趣味か?」
どこかで聞いたような質問に、ルイズは思わず口を開いた。
「あれはわたしの使い魔よ」
250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 03:05:02.39 ID:zMnftVGO0
身代金を当てにした賊たちによって、ワルドとルイズの二人は黒船に移された。
『マリー・ガラント』号の船員は、乗り込んできた空賊たちの指揮の下、自分たちのもので
あったはずの船の曳航を手伝わされている。
そしてベイダー卿は危険分子と判断され、腰に差したデルフリンガーを取り上げられて鎖で
後ろ手に拘束された挙句、眠りこけたグリフォンと一緒に、船倉に閉じ込められていた。
使い魔は使い魔同士、というわけだろう。
不意に、その足に震動が伝わった。
拿捕された『マリー・ガラント』号が、動き出したようだ。
今の動きから察するに、同船は乗り込んできた空賊たちの指揮下にあるだけでなく、頑丈な
曳航索で黒船に繋がれているようだ。
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 03:09:28.43 ID:zMnftVGO0
「さて」
ベイダー卿は一人呟いた。
その声と共に、賊の誰一人として武器とは思わず、取り上げられることのなかったライトセイバー
が腰のフックから外れ、その手に収まる。
後ろ手に縛られたまま器用にライトセイバーを作動させると、鉄製の鎖が瞬時に断ち切られた。
「心配ないとは思うが、マスターは怯えているようだな」
光り輝く刃が、船倉の扉の蝶番を一振りで切断した。
264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 03:15:43.44 ID:zMnftVGO0
「なっ、てめ――」
運悪く船倉の外の通路に配置されていた見張りは、驚きの声すら最後まで言うことができずに、
壁面に叩きつけられて昏倒した。
荒事を厭うベイダー卿ではなかったが、騒ぎが黒船にまで伝わると面倒なことになるため、
フォースの声に耳を傾けながらやや慎重に通路を進み、誰にも発見されずに甲板に出た。
物陰に身を隠しながら様子を窺えば、予想どおり『マリー・ガラント』号は船首に取り付けられた
二本の太いロープで、前を進む黒船に繋がれていた。
両船の距離はおよそ百数十メイル。
熟練の船乗りなら、黒船が合図なしに急に停戦しても回避できる距離だ。
270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 03:22:35.31 ID:zMnftVGO0
ベイダー卿はそのままタイミングを計った。
すでに本来の乗組員は船室にでも閉じ込められているようで、甲板に立つ見張りの数は
それほどでもない。
しかし、これからすることを考えれば、人目につくことはなるべく避けたかった。
見れば前方に、比較的大き目の雲海が浮かんでいる。
黒船がその中に突っ込み、そこから伸びるロープも次第に視界から消失していく。
ベイダー卿は精神を集中した。元々太いロープが遊歩道のように感じられてくる。
『マリー・ガラント』号が黒船に続いて雲間に飛び込み、甲板上の風景がミルク色に染め
上げられた直後、ベイダーは極限まで集中したフォースの力を借りて、矢のように駆け出した。
273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/09(水) 03:27:21.86 ID:zMnftVGO0
それはまさしく超人の技だった。
ベイダーは百メイルを越えるロープの上を二十歩足らずで駆け抜けた。
後甲板に立っていた見張り二人が、雲を払いながら接近する影を認めた次の瞬間には、
すでに両者の喉を機械の手が掴んでいた。
二人の足が床を離れる。警告を発する間もなく一人が絞め落とされた。
動かなくなった方の賊を甲板に投げ捨てると、ベイダーは意識を保っているもう一人に尋ねた。
「捕虜の二人の貴族はどこだ?」
あの、地底から響いてくるかのようなくぐもった声で。
「最下層の、船倉、です……」
形を持った暗黒に心臓を鷲づかみにされているかのような感覚に、百戦錬磨の水夫も正直に
答える他なかった。
「ご苦労」
ベイダーが軽く手を捻ると、こちらの賊も動かなくなった。
最終更新:2007年05月09日 23:46